第11話 安らぎ
その日は朝から天気が悪かった。
嵐でも来るのでは?と、思わせるような曇天とそこそこ強めの風が窓を揺らす。
「今日は天気が悪いわね」
「そうですね……お洗濯物が乾かないので少し残念です」
何とも家庭的なウチのリナリアさん。
「乾燥機でも作りましょうか」
「乾燥機……ですか?」
「ええ、洗濯物を乾かす魔道具よ」
「それは便利ですね」
心からそう思っているようで、嬉しそうな表情を浮かべるリナリア。
その前に洗濯機をもう少し普及させるのもいいかも。
手洗いの良さもあるけど、洗濯機による恩恵はかなりのものだし。
そんな風に、またお小遣い稼ぎを考えていると、一瞬ピカッと外の空が光る。
その光に思わず私はビクッ!と、体を震わせてしまう。
「カトレア様?」
「……いえ、何でもないわ」
見られてた?
いや、誤魔化せるレベルのはずだし、ギリギリセーフと思いたい。
「そ、そういえば、今日はお母様は居るかしら?」
「奥様は確か、本日はお留守ですね。王妃様にお呼ばれしたとか」
そういえばそうだった……アカン、こんな天気の悪い日に最大の味方のお母様が留守とは。
しかも昼にこの天気だと夜なんてもっと酷くなるかも……いやいや、私は日頃の行いには自信がある。
きっと、夜までには天気も良くなって、お母様も帰ってくるだろう。
……なんて、思っていた時期が私にもありました。
「わぁ……凄い雨ですね」
寝る準備を終えた頃には、外ではバケツをひっくり返したような雨がざぁざぁと降りしきり、風で窓がガタガタと音を立てていた。
転生してから、これまで天気が悪い時は何度かあったけど、こんなに酷いのは初めてかもしれない。
「……リナリアさん、お父様とお母様はやっぱり……」
「ええ、本日はお戻りになるは難しいかと」
ぐっ……まずい、非常にまずい。
「ライナさんは確かお母様に付き添ってたわよね?」
「はい、そうですね」
お母様のお付のメイドさん枠にちゃっかりと入ったライナさんも留守となると、いよいよもって詰んだかも。
「カトレア様、お加減が優れませんか?」
そんな私の様子を心配そうに見つめてくるリナリア。
その優しさが心に染み入るけど、この子には私の弱いところは見せたくない。
ゴロゴロと、空が不機嫌な声を上げる。
落ち着くのよ、カトレア。
雷なんて、魔法で生み出せるものだし、私は何度も魔法でそれを生み出した。
だから、ちょっと音が鳴ったくらいで慌てることは――
ピシャン!
「ひゃっ!」
思わず耳を塞いで丸くなる。
わぁ、びっくりしたぁ、びっくりしたよぅ……はっ!
私は恐る恐る、振り返る。
すると、そこには少し驚いたような表情をしたリナリアが私を見ていた。
あ、終わった……せっかくクールでお淑やかなカトレアさんを見せていたのに……
「カトレア様、もしかして……」
「……ええ、少し雷が苦手なの」
大人しく認める。
これで多少は私のイメージへのダメージは最小限になるはず。
無駄な抵抗をやめて素直に認めたことで、好感度の下落は多少抑えられたらいいなぁと思いながら、リナリアの様子を伺う。
すると、リナリアは私の近くまでくると私の手を握ると、優しい笑みを浮かべて言った。
「大丈夫ですよ。カトレア様が寝るまで、私が手を繋いでます。だから、安心してください」
……え?
こんな弱くてガッカリする所を見て、この反応……この子ってば、本物の天使なのでは?
「……その、いいの?」
「はい、私でよければお側におります」
「あ、ありが――ひゃっ!」
ピカっと光ってから直ぐに、ドゴーン!と、近くに雷が落ちる振動が響く。
それに私が怯えていると、リナリアは私を優しく抱きしめてから、安心するように声をかけてくる。
「大丈夫ですよ。私が雷からカトレア様をお守りしますから。だから、安心してください」
回復魔法専門で、雷が降ってきたらどうしようもないはずのリナリアの励ましの声。
客観的にそうだと私は分かっているはずなのに、リナリアの声には不思議な安心感があった。
ぽんぽんと、優しく背中を撫でながら私を落ち着かせる。
きっと、私は凄くカッコ悪い所を見せているだろうに、そんな私にガッカリせずにこうして安心させてくれるリナリアさん……うん、この子は本当にヒロインちゃんだわ。
「り、リナリアさん、ありがとう……」
「いえ、私でよければいくらでもお側におります」
……アカン、リナリアさんマジ天使なんやが。
「じゃ、じゃあ……お願いがあるのだけど、いいかしら?」
「はい、何なりと」
「……今夜は一緒に寝て」
「え……?」
その言葉にリナリアが一瞬驚いたような表情を浮かべてから、少しだけ迷うような素振りを見せていたが……さっきの私の様子を思い出したように優しく微笑むと頷いてくれた。
下心は皆無であった。
控えめに言っても、雷が苦手な私はこういう時にはお母様を頼っていた。
お父様にも一度だけ頼ったけど、お仕事の邪魔になりそうだったのでその一度きりだけにしておいて、後はお母様に甘えていた。
流石はお母様というか、その母性が側に居れば不思議と怖い雷も安心して寝ることが出来た。
そんなお母様は本日はお留守で、お父様も居ない。
そして、母性という点ではお母様に負けず劣らずのライナさんも居ない私は、私が想いを寄せている人に弱い所を見せて、頼ってしまっていた。
その結果どうなったかといえば……
(こ、これは……)
思わず私は心中で唸ってしまう。
「な、何だか少し緊張しますね……」
「そ、そうね」
布団の中で、少し距離を開けて寝そべっているリナリア。
こうして同じベッドで寝るなんてことは、今までリナリアとはした事がなく、私は雷の恐怖と同時に否応なく高鳴る胸の鼓動を抑えるので必死であった。
(これは、リナリアの善意なんだから、変な動揺はダメ……平常心よ、カトレア)
そう思っても、やはり意識してしまうのは当然の事だった。
パジャマ姿のリナリアは実に愛らしく、同じベッドで寝ているというこの状況はどうやったって私はには刺激が強いとさえ言えた。
うぅ……雷なければもう少し楽しめたのに……
ピカっ!
「ひぅ!」
外の光に変な声が出てしまう。
そんな私の様子を見てから、リナリアは意を決したように私に近づくと、丸まっている私を優しく抱きしめて安心させるように言った。
「大丈夫ですよ。怖くない、怖くない」
幼子のようなあやされかただけど、不思議な安心感があるのだから、リナリアも母性が強いのかもしれない。
この歳で母性が強い……なるほど、これがバブみか。
なんて、くだらない事が思えるくらいには心にも多少のゆとりが出てくる。
「でも、意外でした。カトレア様が雷が苦手なんて」
少し落ち着いたのを確認すると、リナリアがそう言って私を安心させるように話をしてくる。
とはいえ、内容は少し答えにくいものだけど……リナリアとしては本当に意外だったのかもしれない。
「……ええ、これだけは昔から怖いの」
この雷への恐怖心は、私の前世からのものだったりする。
昔、本当に小さい頃に、我が家に雷が落ちた。
その時は私一人で、留守番をしていたのだけど、物凄い轟音と、振動、そしてそこから電気が付かなくなり真っ暗になったまま、一夜を明けてしまったのがトラウマの元である。
幸い、私自身は怪我なども一切なかったけど、幼い子供の私の心にはすっかりと雷への恐怖が張り付いてしまった。
それ以降だろう、雷が物凄く怖くなったのは。
今世ではその辺も少しは緩和するかと思ったのだけど……残念なことに、その期待は叶わず今もこうして情けなく震えている始末である。
「……情けない姿を見せてしまったわね」
本当に、カトレアさんの株を落とすような前世の私のビビりにも困ったものだと思っていると、リナリアは抱きついていた私から離れていく。
軽蔑させたかな?なんて、思っていると、リナリアは私をこちらに振り向かせると、私の両手を、自分の両手で重ねるよう……包むように握ってから、ま直ぐな瞳で私を見て言った。
「そんな事はないです。むしろ、私はカトレア様の事がまた一つ分かって嬉しいです」
「そ、そう?」
「はい」
見ていると、吸い込まれるようになるような綺麗で優しい碧い瞳。
その瞳には、私への軽蔑や落胆はなく、ただただ私を思っての正直な言葉なのだと思わせるような優しさがあった。
「……ありがとう、リナリアさん。でも、リナリアさんには弱い所ばかり見せてしまっているわね」
「そうですか?」
心当たりがないようで、首を傾げるリナリアだが、私はリナリアには不思議と嘘が付けないのかもしれないと今更ながら思った。
「ええ、もう少しカッコイイ私を見せたいのだけどね……」
「私は、どんなカトレア様でもお慕いしております」
「え?」
「あ……」
思わず出てしまったのだろう、私がポカンとするとリナリアが顔を赤くしてワタワタとする。
「あ、あの、今のはちが……くはないんですが、そのそういう意味もなくはなくて、だからあの……はぅ……」
……うん、少し落ち着こうか。
そう言いながらも、私はリナリアの『お慕いしております』という言葉を脳内でエンドレスリピートしてしまっていた。
そういった意味に捉えたくなるその言葉に何て返すかを迷っていると、そんな私の天国を壊すようにまたしてもゴロゴロと外から不機嫌な空の声が聞こえてくる。
それに怯える私を見て、リナリアは優しく私を包み込む。
その包容力は言葉にするのは難しい。
どこまでも優しくて、温かい……お母様の時に感じた安堵に近いけど、少しだけ違う感じ。
(そっか……こんな私でもいいんだ……)
不思議な安堵があった。
弱い所を見せたら嫌われるのでは、失望されるのでは……そんな気持ちがどこかにあったのだろう。
しかし、リナリアの言葉にそれらが杞憂だと分からされた。
それでも、カッコ良くありたいと思うのは……きっと悪役令嬢カトレアさんに残った僅かな私の意地なのかもしれない。
意地やプライドなんて、そんなに気にしない方だと思っていたけど……リナリア相手だと違うのかも。
「リナリアさん……側に……側に居て……」
「はい、カトレア様」
その優しさに包まれて、私は心地よい眠りへと落ちていく。
今日はいい夢が見れそうだと思った。
雷の恐怖はいつしかリナリアによって和らいでいく。
柔らかく、優しい香りと共に私の意識はゆっくりと落ちていくのであった。
ーーー
「カトレア様……」
静かな寝息を立てるカトレア様を見ながら、私は不思議な気持ちになっていた。
カトレア様は、私とお母さんを救ってくれた。
怖い人たちから守ってくれて、こうしてお側に居させて貰える。
それだけで満足だと思っていたのに……
「いい匂い……」
無防備なカトレア様のその姿と、感じる体温、そして優しい香りに私は不思議な胸の高鳴りを感じる。
変だとは思ってる。
でも、カトレア様と出会ってから……気がつけば私はカトレア様に惹かれてしまっていた。
きっと、私はカトレア様のことが……
(でも、カトレア様には婚約者が……それに、私とは身分差もあるし、何より同じ女の子だし……)
そう懸念材料を思い浮かべると胸が痛くなる。
本音をいえば、私はカトレア様を独占したい。
ずっとお側に居たいし、カトレア様の隣に常にいたい。
叶わない夢だと分かってもそう空想してしまう。
(せめて、今だけは……)
そう思いながら、私はカトレア様を全身に感じる。
私に……いや、誰も弱い所を見せたくないカトレア様が、私にだけ見せてくれた雷が怖いというお顔。
奥様にも知られているとは思うけど、それ以外なら私しか知らない……婚約者の王子様も知らないカトレア様のそのお顔を私はしっかりと覚えておく。
そのお心を守るように、ゆっくりとカトレア様を抱きしめてから、私は呟く。
「カトレア様……私は……」
この気持ちはきっと、私からカトレア様には言えない。
カトレア様が私を……私だけを見てくれる確率はきっと低い。
それでも、私の気持ちは何ひとつとして変わらないと断言できた。
「私は……カトレア様を……お慕いしております……」
さっきは、咄嗟に出て言い訳をしてしまったその言葉を真っ直ぐに伝える。
寝ていて聞こえているはずはないけど……だからこそ、言葉にできただけで不思議な達成感があった。
高鳴ってしまう胸の鼓動は、その回数だけ私のカトレア様への想いが溢れていく。
例え、カトレア様がどこに行こうと私はカトレア様のお側にずっと居る。
そう決意を固めて、私はカトレア様のお顔に優しく触れてから、恐れ多くも手を握って眠りにつく。
カトレア様……大好きです。
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