第10話 可愛いの権化
「『ヒール』」
そのリナリアの声に、リナリアの手元が淡く光る。
ゆっくりと染み込んでくるその力こそが、光の治癒魔法の基礎の一つ……『ヒール』の魔法である。
「凄いわね。もう完璧よ」
「そ、そうですか?」
「ええ、本当に凄いわ……流石ね、リナリアさん」
そう言って頭を撫でると、少し恥ずかそうに、でも嬉しそうにはにかむリナリア。
あべし!
……失敬、変な声が出そうになったもので。
可愛いとは誠に罪な事だ。
「でも、それにしても飲み込みが早いわね」
「カトレア様のご指導のお陰です。でも、すみません。攻撃魔法は全然ダメ上手くならなくて……」
シュンとしてしまうリナリア。
最近になって、リナリアが魔法を覚えたいと言い始めた。
せっかくなら、一流の講師をと思っていたのだが、リナリアが師事したいと言ったのが私であったので、ウッキウキに魔法を教えたところ、3日で治癒魔法のコツを掴みました。
流石はヒロインちゃん……末恐ろしいものだ。
しかし、治癒魔法特化なのか、攻撃魔法の壊滅的なセンスのなさで治癒以外は補助くらいしか魔法を使えないことも判明した。
回復補助特化って、絶対リナリアの性格を表したものだと私は思う。
なるほど、だから私は攻撃性の魔法がやたら得意なのか……ふむふむ、まあ、確かに私は凶暴だし仕方ない……なんて、少しへこみつつも私は目の前で可愛らしくシュンとしているリナリアのフォローに回る。
「気にしなくて大丈夫よ。魔法の適性は個人差があるのだし、それにリナリアさんは回復魔法に関しては私よりも絶対に才能があるから自信を持ちなさい」
「カトレア様……」
うるうると、実に嬉しそうな目を向けてくるリナリア。
……可愛すぎて、私そろそろ限界かも。
とはいえ、一歩関係を深く踏み込むには、私にはまだ覚悟が足りないのかもしれないと客観的に思う。
そろそろ、私も頑張らないと……うん、頑張る!
「それはそうと、リナリアさん」
「はい、何ですか?」
実に嬉しそうに私の言葉に反応するリナリア。
そう、勇気を……
「……いえ、少し顔にホコリが付いてるわね。拭いてあげるからそのまま」
「分かりました」
素直に私に身を委ねてくれるリナリア。
……もう少し、私を意識して貰えるイベントも必要かもと思う今日この頃。
「ふふ……」
私がハンカチで頬についたホコリ(私にしか見えないでお察しを)を軽く拭くと、くすぐったそうに、身をひねるリナリアさん。
うーむ、可愛すぎるなぁ。
ーーー
「お母様、体調の方はどうですか?」
「カトレアですか。ええ、問題ありませんよ」
いつも通り麗しいお母様は、ゆったりとした椅子に座って愛おしげにお腹を撫でていた。
その横には、私がスカウトしたのに、いつの間にかお母様に引き抜かれていたリナリアのお母さんのライナさんがおり、お母様のお世話をしていた。
……それにしても、相変わらず子持ちの人妻には見えない2人だなぁ……結婚年齢が比較的若いからという理由もあるのかもしれないけど、それを差し引いても圧倒的な若さと美があるのだから凄まじい。
私は分からないけど、リナリアはお母さんに似てきっと綺麗になるだろうなぁと少しワクワクしてくる。
「今日の授業は終わったのですか?」
「ええ、なのでお母様に会いにきました」
「そう、モノ好きな子ね」
そう言いつつも、少し嬉しそうなお母様。
相変わらず可愛い母親だ。
「赤ちゃんも御機嫌よう」
お母様のお腹に手を当てて、そう挨拶をすると、めちゃくちゃ微笑ましく見守られてしまう。
それにしても、この大きなお腹を見ていると、妊婦さんの大変さが欠片でも分かるから不思議だ。
これからさらに大きくなるとなれば、益々興味深いものでもある。
魔法があるとはいえ、出産というもの自体、本来は一つの命をこの世に生み出す凄まじいものなので、命懸けというのは正しいと思う。
まあ、過保護なお父様はその辺のフォローも抜かりないようで、国で一番の治癒魔法使いを確保しているとのこと。
うん、お父様ってば萌えますね。
「お母様は、男の子と女の子どっちがいいですか?」
「そうですね……家を継ぐのは男の子が良いのでしょうが、私は元気に生まれてきてくれるならどちらでも嬉しいですよ」
公爵夫人としての責任は無論あっても、それでも愛しい我が子に違いはないと言い切るお母様は凄くカッコ良かった。
「ふふ、羨ましいです。私ももう一人くらい欲しかったのですが……」
「ライナさんも再婚されてはどうかしら?ウチの使用人の中にはライナさんを狙ってる人も居ますしどうですか?」
「ふふ、光栄ですけど、今は大丈夫ですよ」
やんわりと断られてしまう。
事実、ライナさんを狙う人はかなり多い。
未亡人の子連れとはいえ、美人で仕事が出来て、人柄も良く、何より可愛い。
そんなライナさんに憧れる人は多いようだけど、ライナさん自身はまだ再婚は考えてないようだ。
あるいは……亡くなった旦那さんの事を思っての気持ちなのかも。
どちらにせよ、強制するつもりもないのでやんわりと断られたらそれはそれだね。
「奥様は旦那様と仲睦まじいご様子で微笑ましいですわ」
「……まあ、そうですね」
照れつつも肯定するお母様。
「とはいえ、カトレアが私と旦那様のすれ違いを取り持ってくれなければ、今はありませんでしたが」
「私もそうですね。カトレア様が居なければ、娘と離れ離れで売られていましたから」
……あの、もうその辺で。
「ふふ、カトレアらしいですね。あの時もカトレアが急に出掛けたいと言ってびっくりしましたが、旦那様が凄く心配してまして……それはそれで、凄く可愛かったですが」
「旦那様は奥様の事が大好きですからね。そういえば、カトレア様は本当にタイミングを読んだように来てくださいましたね。急に現れて私たちを救ってくれたカトレア様は凄くカッコ良かったです」
二人で盛り上がり始めたのを尻目に、私はこっそりと部屋の外に出ていく。
急な褒めは心臓に悪いのでご勘弁を……マジで、私は褒められ慣れてないので、ちょろいのでご注意です。
(それにしても……お母様もやっぱり、お父様のこと可愛いと思ってたんだ)
そんな本心を聞けたのは収穫かも。
私もあんな仲睦まじい家庭を作りたいけど……仮初の婚約が終わったら、その後どうするのか。
そろそろ本気で覚悟を決めたいところだけど……むむむ。
とりあえずは私目指してるとある究極の魔法の完成を目指しはするけど、その前に想い人に私のことをアピールしないと。
……まあ、ヘタって及び腰な私に出来るのかは不明だけど、やれるだけやって、あの子を幸せにしたいものだ。
乙女ゲームのルートからは大幅に外れてるし、私にもワンチャンあると思うからこその希望。
よし、頑張ってみよう。
そんな気持ちを固めてはみるけど、いざ本人を前にすると中々出来ないこのジレンマ……うーむ、気のある人へのアピールというのは、どうにも緊張してしまうのだろう。
「ん?カトレアか」
廊下を歩いて、自室へと向かっていると、珍しいことにお父様と鉢合わせになる。
お母様の様子でも見に行くのかしら?
「お父様、御機嫌よう。お母様のご様子を見に行かれるのですか?」
「……まあな」
照れてらっしゃる。
これで、攻める時は攻めるのだからお父様ってば実は策士だよね?
「……そっちは、行ってきた帰りか?」
「ええ、お元気そうで安心しました」
「そうか」
嬉しそうに頬を緩めるお父様。
お母様のこと大好きだよね。
お母様もお父様のこと大好きだし、本当に相思相愛で仲睦まじい夫婦だ。
……しかし、あのままゲーム通りに進んだらこうはならなかったのかしら?
この微笑ましい夫婦のイチャラブに私が一役買えているならこの上ない喜びと言えた。
「では、私は自室へと戻ります」
「ああ。あまり無理はするなよ」
私が自主的に魔法の稽古……というか、オリジナル魔法の開発や研究、そして実験をしていることに勘づいてるお父様からの有難いお言葉。
「はい、ありがとうございます」
「……お前は、お母様に似てるからな」
「我慢しやすいと?」
私の問にこくりと頷くお父様。
そうだろうか?
まあ、容姿は完全にお母様に似たけど、性格はお父様も混じってる気がする今日この頃。
どこがって?
不器用な所とか?
まあ、いずれにしても、心配は有難い。
「大丈夫です。無茶はしません」
「……ならばいい」
そうして、今度こそお父様はお母様の元に向かって歩き出す。
心做しか、お母様の部屋が近づく度に足が軽くなってそうなお父様は……よっぽどお母様に会いたいのだろう。
微笑ましい夫婦で素敵ですね。
ーーー
「カトレア様、お茶が入りましたよ」
自室に戻ってから、しばらく。
集中していると、時間を忘れるようで、休憩にしようとリナリアがお茶を入れてくれたらしい。
「ありがとう。美味しそうね」
「本日は、チーズケーキですよ」
「まあ、いいわね」
私もこれでも女の子なので、甘いものは好きだ。
チーズケーキもそこそこ好きなので有難く頂く。
「それ、私が焼いてみたのですが……どうですか?」
その言葉に驚いてしまう。
物凄く美味しい。
しかし、リナリアさんまた腕を上げたのかしら?
「ええ、とっても美味しいわね。ありがとうリナリアさん」
「そ、そうですか?良かったです……」
ホッとした後に、「えへへ……」と、嬉しそうにはにかむリナリア。
ふむ、これはもう私そろそろ愛でてもいいわよね?
なんて、思ったけど、流石に流れというものがあるし我慢我慢。
「でも、お母さんの焼いた方が美味しいんですよ」
「そうなの?」
「まだまだ敵いません……でも、いつか勝ちます」
何ともアグレッシブなリナリアさん。
そのアグレッシブさを少しは私も見習いたい所。
やはり、乙女ゲームのヒロインちゃんというのはメンタルも私なんかとはレベルが違うのだろう。
スペック差だけでなく、気持ちの面でも私はこの子に勝てるか不明なところ。
まあ、勝つつもりはないけど。
勝ち負けなんてどうでも良くて、私はリナリアが……ヒロインちゃんが幸せになれるならそれでいい。
その幸せに私が含まれていればなおいあけど……それは、リナリアが決めることだしね。
とはいえ、それが待てなくなるほど愛おしくなってしまうのが見えてしまうのが困ったところ。
もはや、乙女ゲームの攻略対象達との恋は恐らくほぼ無くななったと言っていいくらいフラグが遠のいたけど、それでも何が起こるか分からないのがこの世なので注意は怠らないでおこう。
「そうね、いつものリナリアさんのお菓子も好きだけど、もっと美味しくなるなら楽しみにしてるわね」
「はい!カトレア様に美味しいって言って貰えるように頑張ります!」
本当に健気な子だ。
私もこの位無邪気で居られたら……いや、無理だね。
私が無邪気なキャラになったら演じてる感が半端ない。
悪役令嬢カトレアなら演じられるけど……あ、でも今のままだと演じる機会は無さそうかな?
一応、何度か練習はしたんだけど、リナリアが攻略対象との恋をしないとなると無駄になるな。
まあ、別にいいんだけど……悪役令嬢カトレアさんの名は心の中に封印かな?
流石に、乙女ゲーム補正……というか、世界が強制してくることは無いとは思うけど、そういう時の対策もそれなりに考えておかないと。
ゲーム補正とかいう、神の御業は絶対に理不尽過ぎるので御遠慮したいところ。
そんな事を思いつつ、私はリナリアの入れてくれたお茶を飲んで、リナリアの焼いてくれたケーキを食べる至福の時間。
好きな子お手製というだけで、五割増しで美味しくなるのだから、愛情とは究極のスパイスですこと。
スパイスか……スパイス類手に入れば、リナリアならカレーを作れたりするのかな?
分からないけど、とりあえず今度探してみようかな。
家庭スキルがカンストしているリナリアさんは、料理もプロ並みになってきてるので実に楽しみ。
ちなみなカトレアさんはといえば、出来なくはないけど少し不器用が入ってるので、食材のロスを減らすためにも私は料理はしない方がいいと確信している。
食べないと勿体ないお化けが出ると、幼い私に言ったのは誰だったか?
祖母だったかな?
今思えば、勿体ないお化けってネーミングセンスが凄くクールだと思う。
リナリアにも教えたら、教訓として話してくれそうだけど……面白そうだから今度やってみようかしら?
そんな感じで、私はリナリアとの時間でフルに休憩してから、再び魔法の研究、開発へと乗り出す。
どうしても完成させたい魔法があるので、頑張らないと。
輝かしい未来のために!
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