第9話 三角関係

王太子の婚約者というのは、中々に大変だ。


一日でも早くこの苦行から解放して欲しい願いながら、私は転生レオンの隣で笑みを浮かべて貴族の子息やご令嬢のお相手をする。


本日は、王太子転生レオン主催のお茶会なのだが、婚約者として私の仕事はそこそこある。


お互いにそのうち解消するはずの関係なのに、ここまでする必要も無い気は正直するが、それでもこの演技が転生レオンの貴族大改革の伏線なのだろうというのは何となく分かる。


分かるが……だからといってこの苦行を許す気にはなれそうもなかった。


まあ、もう少しの我慢ね。


「なあ」

「何か?」


笑みを浮かべて、愛想良く対応していると、空いたわずかな時間に周りには絶対に聞かれない声量の小声で話しかけてくる転生レオン。


「どう思った?」

「……騎士団長の息子と魔法師団長の息子ですか?」

「ああ」


別に以心伝心してる訳ではないが、私と転生レオンの共通項から伝わることもある。


それこそが、乙女ゲーム関連であり、先程挨拶に来た攻略対象の騎士団長の息子と、魔法師団長の息子の事だろうと察しはついた。


「妙に明るい様子だが、ゲームだとあの二人は幼い頃から闇が凄かったはずだ」

「それは存じておりませんでした」

「興味なかったんだろ?」


まあね。


ヒロインちゃんが可愛くてやってたのだから、そこまで細かい部分は覚えてる自信はなく、また、公式の資料集とかまでは網羅してないから知らない事柄もあるのだろう。


「何か理由があるようだが……心当たりは?」

「こちらにはありませんね。というか、殿下の気にされることですか?」

「当たり前だ。あの二人は才能もあるし将来は弟の下で頑張ってもらう人材だからな」


なるほど、だから本来興味無いはずの乙女ゲームの攻略対象のことを気にかけたのか。


「そうですね……強いていえばあれが理由なのかもしれませんね」

「……なるほど」


私の視線の先を見て、納得したように頷く転生レオン。


そこでは、騎士団長の息子と魔法師団長の息子が一人のご令嬢と楽しそうに話している姿があった。


可愛らしいご令嬢だけど、ゲームでは記憶にない顔だし、転生者の可能性もあるのかな?


「確か……ベンゼル伯爵家のご令嬢だったか。ご同類の可能性もあるが……」

「んー、見た限りでは違う可能性もありそうですけどね」

「ほう、その根拠は?」


面白そうに問いかけてくる殿下に私は自信を表情に乗せて言った。


「女の勘ですよ」






ーーー







「本日はようこそおいで下さいました」

「お招き頂きありがとうございます、カトレア様」


数日後、私は件のご令嬢……ベンゼル伯爵家の長女である、セシル・ベンゼル伯爵令嬢を屋敷に招いていた。


ショートカットの地味目のご令嬢だけど、しっかりとした振る舞いを見ればきちんと教育を受けているのだろうことが伺えた。


「セシルさん……と、お呼びしても?」

「はい、是非ともそうお呼びください。私も勝手にカトレア様とお呼びしてしまいましたが、問題なかったでしょうか?」

「ええ、是非そう呼んでください」


公爵令嬢であり、王太子の婚約者である私はそれなりに他のご令嬢とも交流を持つためにお茶会を開いたり、逆に他の人のお茶会に参加することもあったが、この子とはほとんど話したことがなかったはず。


まず、確認すべきことは転生者かどうかだろう。


しかし、話しているうちに私は転生者である可能性は低そうだいう予感を感じた。


何度か、揺さぶりをかけてもそれらしい動揺も反応もなし、年相応……いや、それよりもきちんとしているくらいの普通の女の子であろうという結論が出るまでにそう時間はかからなかった。


「でも、カトレア様からお声をかけて頂けるなんて思ってもいませんでした」

「あら?迷惑だったかしら?」

「いえいえ、カトレア様とはお話してみたかったので嬉しかったです」


本音……みたいね。


お世辞を言うにしてはあまりにもナチュラル過ぎるし、本心からそんな事を言われると多少は照れる。


とはいえ、リナリアが側に居るのでデレることはしないけど。


今も、私の近くに大人しく控えてはいるけど私には分かる。


私が他の娘と話しているのを少し寂しそうに見つめたその眼差し……それこそ、ジェラシーというやつなのだろう。


大変可愛いので、そんなリナリアには軽く微笑んで安心させておく。


その私のフォローにリナリアは嬉しそうに笑みを浮かべてから、そっと空気に徹した。


本当に出来る子で……そして愛らしいものだ。


「そういえば、この前のパーティーでは素敵な殿方とお話されてしましたけど……婚約者かしら?」

「えっと……幼なじみです」

「お二人共?」

「はい、そうですよ」


……ここまでキッパリと幼なじみと言い切られると脈ナシそうで少し可哀想にもなってくるけど、まだ分からない。


「アゼルとバレン……えっと、騎士団長のご子息のアゼル・ニルバレルと魔法師団長のご子息のバレン・エグレナリアとは小さい頃からの付き合いでして……」


何でも、昔から父の仕事を手伝うために騎士団長の息子のアゼルと魔法師団長の息子のバレンは王城に通ってたらしい。


そこに、同じく父親の仕事で来ていたセシルが喧嘩をする二人を止めてから三人の関係は始まったそうだ。


「騎士最も愛するアゼルと、魔法使いが一番だと思うバレンは喧嘩ばかりして、それを止めるのがいつの間にか私の役目になりまして」


……なんというか、大変なポジションなのだろうなぁと少し同情してしまう。


「それで、気がついたら何年もの付き合いになってきまして、ただ二人とも将来有望なのでそろそろ私以外に目を向けないといけないと言ってはいるんですが……」


婚約者を見つける気もなさそうで、パーティーでは静かに空気に徹しているセシルを見つけて、話しかけてそのチャンスを潰してるらしい。


……いえいえ、それは貴女に気があるからなのでは?


などと思ってしまうが、まあ、続きを聞くことにする。


「しかも酷いんですよ。二人で戦って、負けた方が私を娶るとかいう罰ゲーム扱いして……二人とも本気でやるから、私嫌われてるのでしょうか……?」


……逆じゃない?


なんか、むしろ裏で他にも協定とかありそうなくらい見事な三角関係にしか思えないんだけども。


「ちなみに、その髪止めは?」

「これですか?二人が誕生日プレゼントに贈ってくれました。なんでも、『それがあれば、少しは可愛く見えるかもな』とか『お前に俺の証を刻めば、俺のものに出来る』とか言われましたね」


……むっちゃ、好かれとるやん。


物凄くお高そうな髪止めに、ツンデレ混じりの言葉……もう、二人とも完全にセシルにホの字ですわね。


うむ、これは完璧な三角関係としか思えない。


「ちなみに、もしセシルが二人からプロポーズされたら、どっちと結婚するのかしら?」

「うーん……私なんて、二人とは釣り合わないし、断りますかね」


しかも、本人が鈍感系って、ラブコメ展開ですね、はい。


「そういえば、カトレア様は王太子殿下の婚約者ですよね?凄いです」

「そうかしら?まあ、私では釣り合わないとは思うけど、相応しいように振舞ってはいるわね」


周りから見て不自然に思われてないなら、私の演技は完璧なのだろうと少し嬉しくなる。


実際は二人の間には愛だの恋だのはなく、そのうち婚約を解消するのだが……まあ、バレてないなら大丈夫だよね。


「私もそのうち婚約者が決まるといいのですが……カトレア様は誰か心当たりはありますか?」

「私?ごめんなさい、即座には思いつかないわね」


というか、もう幼なじみの攻略対象と結婚しちゃいなよユー。






ーーー






「お嬢様、レオン殿下からの手紙です」


攻略対象のうち二人が三角関係になってそうだと知ってから数日後。


私が転生レオンに報告をかねて手紙を出したのとほぼ同時に向こうからも報告の手紙が来たようで、リナリアの母親のライナさんが持ってきてくれる。


ウチのお母様もそうだけど、全然歳を取らないからきっと二人はそういう種族なのだろうとしみじみ思う。


「ありがとう、ライナさん。でも、私の部屋でくらい普通に呼んでいいんですよ?」

「お仕事中ですからね」

「それじゃあ、仕方ないですね」


強制する訳にもいかないし、本当はお義母様とお呼びしたい気持ちすらあるのは心にそっと忍ばせる。


ライナさんは手紙を渡し終えると、お母様の元に戻っていく。


私が雇ったのに、いつの間にかお母様にライナさんを取られていた件について。


まあ、リナリアが居ればそれ以上望むまい。


「殿下からのお手紙多いですね」


手紙での報告のやり取りの回数がそこそこあるので、リナリアも慣れたものだけど、やっぱり少し複雑なのか表情に出ることもしばしある。


「お忙しいからでしょうね。リナリアさんも私とお手紙のやり取りする?」

「えっと……すぐ近くに居るのにですか?」

「それが楽しいのよ」

「ふふ、そうかもしれませんね」


私の天使に、笑顔が戻ったのを確認すると私は手紙を開けて中身を確認する。


殿下の方は、騎士団長の息子と魔法師団長の息子の二人を招いてお茶会をしたらしいが、書かれていた内容は三人の三角関係を決定づけるもので間違いなかった。


二人は、どっちがセシルを手に入れるのか勝負をしており、表向きは負けた方の罰ゲームだが、本当は先に100勝した方がセシルに先にプロポーズする権利を得るらしい。


……いやいや、何故に100回も戦って優先されるのがプロポーズ権なのだろうか?


一応、セシルの気持ちを考えてのことなのは理解できなくもないけど、それならもう少し普段から優しくしてあげればいいのに……なんて、思うけど無理か。


特に年頃の男の子には、そういった好きな相手に素直に好意を示すなんてかなりの難度だよね。


それにしても……まさか、攻略対象のうち四人が既に乙女ゲームのルートから外れてるとはびっくりだ。


いや、正確には確定なのは王子二人だけだけど、騎士団長の息子と魔法師団長の息子も完全にセシルに惚れてるようだし、この様子だと三角関係の果てにどちらかを選ぶか、三人で結ばれるルートも有り得るかも。


後者なら、私の愛するリナリアとのルートが完全に折れるので有難いし、少し支援でもしようかしら?


「ふふふ」

「ご機嫌ですね」

「ええ、面白くなってきたわ」


意味深な私の笑みに、リナリアは実に優しく微笑んで見守ってくれていた。


「あら?これは……」


三角関係と攻略対象の今後に少し期待を高めていると、封筒に隠れるようにもう1枚手紙がある事に気がつく。


三角関係の報告が綺麗に終わっていたから、今気が付かなければきっと一生気が付かなかったと我ながら思う。


ふむふむ……ほう。


見落としていた最後の手紙。


その中身は、最後の攻略対象……宰相の息子の現在が書かれていた。


それによると、宰相の息子は他国に留学する事が決まったらしい。


つまり、乙女ゲームの舞台の学園には通わないとのこと。


それは、彼がゲームよりも更に優秀らしく、早くに外の世界を知って国作りに活かしたいとのこと。


ちなみに、ブラコン転生レオンの弟の第二王子にも留学はさせるらしく、今はその準備に奔走してるとのこと。


……おいおい、攻略対象がほぼ全員学園には通わないってどうなのよ?


まあ、私も通うかは迷っているけど……学園で学ぶレベルなら既に修めてしまったので、通うのは本当に人脈作りか青春の2択しかないからだ。


まあ、ヒロインであるリナリアが通うなら通おうかな……無論、学費は私が払うけど。


それなりのお給料をリナリアには出しているけど、学園の入学にはそれなりにお金もかかる。


特待生の制度もあるようだけど、特待生は卒業後必ず国家の所属になるという条件が付くのでその辺が悩みどころ。


「リナリアさん、学園には通いたい?」

「学園ですか?」


いきなりの質問にキョトンとしてから、リナリアはくすりと笑うと質問に答えた。


「カトレア様が行くのであれば、私も侍女として行きたいです」


すっかりと、私のメイドさんが気に入ってるご様子。


メイド服可愛いし、個人的には嬉しい答えだけど……うん、乙女ゲームファンの方々に謝罪だけはしておく。


ヒロインを私色に染めてしまい、すんまそ。


ただし、反省はしても後悔はしてない。


リナリアを手元に起きたかったのだから、方法はあまりないし、これが最善だと信じている。


「そう……これからも、私の側に居てくれるかしら?」

「勿論です!ずっとお側におります……」


照れ照れでそんな事を言われてしまえば、堕ちない人は居ないだろう。


現に、私は再び心を鷲掴まれた。


本当に……リナリアさんはずるいっすよ。














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