第8話 カトレアさんの錬金術

将来のために、必要なもの。


パッと思いつくのは、既存の魔法の習得とオリジナルの魔法の研究と開発。


あとは、人脈作りに地位とか?


とはいえ、一番必要になりそうで、本来は稼ぐのが難しそうなものがあったりする。


そう、お金だ。


無論、才能ある人は色んな方法で儲けられるが、残念なことに私は才ある人間ではない。


カトレアさんはハイスペックだが、前世の私はゴミと言っても過言ではない。


そんな前世私の唯一の長所……それこそ、異世界定番の知識無双の出番という訳だ。


ただ、料理系は私には難しい。


何故なら、簡単な知識しかなくそれを活かす技術が無いからだ。


それに、伝え聞く話によると、料理に関しては先日会った転生者……攻略対象の王子の転生レオンが既にいくつか広めつつあるようで、わざわざライバルがいる分野を選ぶ必要もないだろう。


というか、あの転生レオン料理できるんだ。


それに地味に驚く。


しかし、いかに転生レオンが料理に優れてようと、技術面ではウチの可愛いヒロインちゃんのリナリアさんには勝てまいと密かにほくそ笑む。


ふふふ、ウチのヒロインは最高の嫁なのだよ!


などと、話が逸れそうにはなるけど、何とか抑える。


うーむ、私はやっぱり思っていたよりもリナリアに心を奪われているみたいだ。


無意識でそれなのだから、意識したら恐らく更に凄くなるだろう。


その時はその時かな。


さて、そんな訳で私は現在、とある魔道具の試作をしていた。


魔道具――それは、魔力を込めるだけで、魔法を発動することが出来る便利アイテム。


魔力自体は、魔法の才能がなくても誰しもが微量は必ず持っているので、基本的には誰にでも使えるものだ。


割と広く普及しているのだが、まだまだ少しお値段が高いものも中にはあった。


例えば、氷を生み出す魔道具。


氷魔法の難易度の高さと使える人の希少性ゆえか、貴族層ですら満足のいく数は手に入らず、高値で買い求めるくらいには生産されている数は少ない。


私は氷魔法も使えるし、ここ数年で魔道具の作り方も学んだので、今後は内職程度にそれらの依頼を国から受けて作ることになっている。


なぜ国からかといえば、国内外問わず需要がある上に王家でもまだまだ必要なのだろう。


それ故に、国が主体となって受けるのが最もいいということらしい。


さて、それだけでもそこそこお金は稼げるけど、もう少し定期的に入るお金も欲しいところ。


そうなれば、私オリジナルの魔道具を作ってそれを広めるのが最も効果的だろう。


そこまで決まるとあとは何を作ればいいか。


やはり、あれが一番だろう。


「カトレア様、そろそろお茶でも如何ですか?」

「あら、ありがとう」


夢中になって作っていると、リナリアから休憩するように声がかけられて私はすぐにそれに答えていた。


凄いね、めちゃくちゃ集中してたのに、リナリアの声を聞いた瞬間、体が勝手に反応してたよ。


リナリアにお礼を言うと、紅茶を一口。


前世の私は、緑茶のほうが好きだったんだけど、最近はリナリアの紅茶の方が好きになってきてる今日この頃。


好きの効果が絶大なことを認識していると、リナリアの視線が、私の作っていた魔道具にちょくちょく向かうのが見えた。


「気になる?」

「い、いえ!その……はい……」


うむ、その素直さは本当に長所だと思うよ。


「いくつか出来たから、リナリアの意見も聞かせて貰えるかしら?」

「えっと、私なんかで良かったら」


むしろリナリアがいいんです!


などと、がっついたことは言わずに優しく微笑むと、複数ある試作品の中から、1つの魔道具を手に取る。


「まず、これは一般向けの魔道具よ。水の魔道具に取り付けるとお湯に出来るの」

「え!?そ、そんな物があるんですか!?」


えらい驚きだけど、それも仕方ないか。


基本的に、水を出す魔道具は広く一般に広まっている。


生活の元を、魔力で補えるというのはそれだけで大きいからだ。


しかし、お湯を出す魔道具となると持ってる層は貴族階級や大商会辺りからになってしまいがちだ。


水とお湯の魔道具はそれぞれ別のものなのだが、二つ以上の魔法を重ねた魔道具というのは燃費やコストを考えるとどうしても高くなる。


しかし、私の作った魔道具は一般の水の魔道具に付属するだけで従来のものよりも低コストで庶民にも手の届く値段に抑えることを可能としていた。


「これなら、いつでも温かいお風呂に入れるし、衛生面も多少は良くなるはずよ」


とはいえ、毎日お風呂に入ろうと思えば難しいもの。


シャワーや、湯船にお湯を溜めるのだってそれなりに魔力を使うし、一般人では難しいかもしれない。


なので、低価格を目指して作った浄水器の魔道具とお湯の汚れを消す魔道具も同時に作ってみた。


女性にとって、お風呂の有無はやはり大きいし、庶民にも入浴の文化が広まればそれだけで衛生面は今よりも向上する。


うむ、我ながら良いアイディアだと思う。


問題があるとすれば、新しい術式を作ったので、後で魔法師団の方々にまた目をつけられて、それはもうたっぷりとこれらの魔道具の術式に関して聞かれそうではあるけど……それはそれ。


私の師匠であり、魔法師団の元部隊長……今は何故か副団長にまで昇格したマーリンにまたしても、熱い視線を向けられて、妹にされそうになるかもだけど……私にはリナリアが居るのであの誘惑には耐えねば。


「そこまで民のことを考えて……凄いです!流石はカトレア様です!」


なんて思っていると、実に感銘を受けたと言わんばかりに嬉しそうな笑みで私を褒めたたえてくれるリナリア。


……やめて、お金を稼ぐ目的なので、その目は少し罪悪感を感じるよ……。


「あとは、貴族向けのものね」


コトリと四角いそれを置くと、可愛らしく首を傾げるリナリア。


「カトレア様、これは……?」

「そうね……簡単に言うと、色んなお湯を楽しめる魔道具……かしら?」


入浴剤の作り方は不明なので、私は前世で覚えている記憶の温泉や入浴剤を再現する魔道具を作ってみた。


これは、私の記憶が元であり、人の記憶を魔道具に移すというのはかなり難しいことで、かなりコストがかかってしまうが……まあ、貴族向けには丁度いいかもしれない。


「色んなお湯……ですか」


今ひとつピンと来てないリナリア。


まあ、それはそうだよね。


温泉とか贅沢なものは無いし、その良さが分かるのは試してみないと分からないよね。


「じゃあ、少し試してみましょうか。今からお風呂に行くわよ」

「え……?お、お風呂ですか……?」


その言葉に顔を赤くしてしまうリナリア。


一緒に入ると思ってるのかな?


確かに、そういう下心も無くはないけど……リナリアが望まないなら強制はしないのが私。


実は、私の入浴に関しては、リナリアはまだ一切関わってなかったりする。


私一人でも大丈夫と言っても、メイドさん達は過保護に世話をやいてくるのだが、その中にはリナリアは居なかった。


本人曰く、「カトレア様の綺麗なお肌を見るなんて恐れ多い……」とのこと。


気の所為でなければ、私のことを完全に意識しており、その気持ちで恥ずかしいのだろう。


私は別にリナリアなら私の全てを差し出すのだけど……まあ、リナリアがその気になるまでは我慢ね。


「実際に見た方が早いわよ。この時間ならお湯は既に張られてるはずだし……見るだけみましょう」

「あ、そういう……は、はい……」


自分の勘違いに、恥ずかしそうにはにかむリナリア。


くっ……この可愛さを前にして、私はなんて無力なのだろう。


やはり何としてもリナリアの気持ちを私に向かわせねば……目指せヤンデレ化!






ーーー






「お嬢様、こちらが今月分です」

「ええ、ありがとう」


我が家の執事長のジャスティスから明細を貰い、確認する。


そこには、この前作った魔道具の売上の詳細やらが記述されているのだが……凄いわね、ゼロがいっぱいの見てて怖くなるくらいの数字になってる。


「評判も上々のようです。既に多くの民がこぞって買っているみたいですし、国外にも出回り始めたとか。国王陛下も民の衛生状況の改善に繋がるとお喜びでした」

「そう」


私としては、一人でも多くの美しい女性の手助けになれば程度の気持ちもあったので、悪くなかった。


「入浴剤の方はどう?」

「そちらも好評のようで。王妃様や側妃様が大層気に入られたようで、貴族のご婦人やご令嬢にも広まりつつあるかと」

「お父様とお母様も喜んでいたものね」


妊娠中の妻を慮ってか、体調の良い日に二人で仲良く入浴剤の魔道具を使ったお風呂に入っていたようだけど、お母様が実にご機嫌だったのは喜ばしい限り。


最近は、お仕事もどうにか効率ができたようで、益々家族の時間……まあ、私は気を使って2人きりにしてしまうんだけど……を共にしてくれるようになったお父様。


お母様の様子をちょくちょく見に行っては、大きくなってきたお腹を見て不器用に微笑むお父様は萌え要素であります。


そして、そんなお父様のご機嫌になりつつも、母性的に微笑むお母様は本当に可愛いです。


「それと、先日ご提案頂いた魔道具も量産体制に入ると報告が入りました」

「あら、早いわね」

「お嬢様の考案する魔道具は革新的ですからね。当然のことかと」


お金はあればあるほど困らない。


そうなれば、作りたいものと欲しいものと売りたいものが山ほどあるので、そのアイディアを形にするまで。


「一部はお父様の元に入るようにしてるわよね?」

「ええ、お嬢様のご要望通りにお嬢様のお名前で入ってくる魔道具の特許の金額の一部は旦那様へと流れるようにしておきましたが……よろしかったのですか?」

「お父様には色々ご迷惑かけてるもの。それくらいは当然よ」

「旦那様は受け取りを渋っておりましたけどね」

「だからこそ、ジャスティスに任せたのよ」


娘に甘いお父様でも、流石に受け取ってくれるか分からないものだったので、ジャスティスに上手いことお父様を説得してもらったのだ。


本当に頼りによる執事さんだこと。


「それと、お嬢様。レオン殿下から贈り物が届いておりますが……」

「そう、いつも通りにお願い」

「承知しました」


転生レオンとの婚約は、見せかけだけの事なのだが、その辺のカモフラージュのためにあのブラコンは私にプレゼントと称して適当なものを贈ってくる。


大半が食べ物なのが気になるけど……まあ、無駄にはならないし別にいいかしら?


私もお返しとして適当なものを贈る時もあるけど、あまり頻繁だと逆に転生レオンの体裁にも関わるのでその頻度と中身はジャスティスに一任していた。


だって、面倒なんだもの。


「……時にお嬢様。伺いたいことが」

「ええ、何かしら?」

「殿下とお会いした際、何かありましたか?」


ふむ、私と転生レオンの関係に気付かれてる……というか、勘づいたのかしら?


「どうしてそう思ったのかしら?」

「そうですね……お嬢様のリナリア殿を見る目があの日から少し変わった気がしたので」


……鋭すぎませんか?


確かに、メインの攻略対象の王子二人の戦線離脱……というか、乙女ゲームのルートを外れるのが分かってめっちゃ嬉しくて、同時に少しづつ気持ちが出てきてしまっていたのだが……こう、あっさりと気が付かれると私の演技力に自信を無くしてしまいそうになる。


「お嬢様、もしや……」

「ストップ、ジャスティス」


何かを言いかけたジャスティスに待ったをかけると、私は少し真剣な表情を浮かべて言った。


「ジャスティスの想像はきっと正解よ。でも、それで絶対にお父様やお母様、ジャスティス達に迷惑はかけないわ。だから、それは心の中にしまっておいて頂戴」

「……分かりました」


私の言葉にジャスティスは少し考えるとそう頷いてくれる。


とりあえず、これでジャスティスは私の事情をある程度知ったし、ジャスティスの事だから多少は協力してくれることだろう。


うむ、やっぱり、最初にジャスティスさんに目をつけたのは間違ってなかったね。


「お嬢様がどのような選択をなさろうとも、私はお嬢様の意志を尊重致します」


とはいえ、主である公爵家……お父様が優先なのは変わらないと言外に言いながらも出来ることはサポートすると誓ってくれるジャスティス。


うん、本当にジャスティスにはお世話になりっぱなしだけど、有難い。


「ありがとう。そうそう、赤ちゃん用に玩具を作ってみたんだけど……後でジャスティスの意見も貰えるかしら?」

「弟様か妹様のですか?」

「ええ、息子や娘、孫まで網羅した人の意見は貴重だわ」

「では、後ほど確認させて頂きます」


これから産まれてくる、私の妹か弟のための玩具なのだが、それは売るかは不明なため、とりあえずジャスティスに意見を仰いでおくことにする。


結果として、それも売ることになってまた私はお金を手に入れてしまうのだけど……悪いことではないし、いいわよね?
















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