第7話 八歳児、カトレアの婚約事情

「カトレア様、朝ですよー」


年々、朝に弱くなって気がする今日この頃。


布団の中で幸せを噛み締めていると、優しく私に声をかけてくる天使の存在を感じる。


ゆっくりと瞼を開けると、そこには先月八歳になって益々可愛くなってきたヒロインちゃん……ふわふわのセミロングの金髪と澄んだ優しい碧い瞳の美少女であるリナリアが笑みを浮かべていた。


「うぅん……あさ……?」

「はい、朝になりましたよ。起きましょう」

「……おきる」


まだ少し重たい瞼だけど、リナリアを見るために何とか焦点を合わせる。


顔を洗って、着替えを手伝ってもらったら、最後に髪を梳かして貰う。


何だか、すっかりリナリアに依存してる気になってくるけど、これも公爵令嬢としては普通のことなので素直に受け入れる。


「カトレア様の髪は本当に綺麗ですね」

「あら、リナリアさんだって綺麗よ」

「私は少しくせっ毛なので」


そう言いながらも、自然なその髪はやはり素敵だ。


楽しげに私の髪を梳かしてくれるリナリア。


私のお世話が楽しくて仕方ない……そんな気持ちが顔に出ていた。


「たまには髪型を変えてみますか?」

「それも楽しそうね。何なら似合うかしら?」

「カトレア様なら何でも似合いますよ」


お世辞のはずなのに、本心から言っているようにしか聞こえないから不思議だ。


でも、何でもは絶対ない。


例えば、ツインテールや三つ編み辺り。


あの辺は、目つきの鋭いカトレアさんには少しばかりに相性が悪いと思う。


ポニーテールは……まあ、普通のなら似合うかな?


サイドで結ぶのも微妙そうなイメージはあるけど、リナリアならどんな髪型でも可愛くなれるのだから凄い。


「リナリアさんは髪は伸ばさないのかしら?」

「私はこの位が好きなので……似合ってませんでしたか?」

「ううん。とっても可愛いわよ」


そう言うと嬉しそうにはにかむリナリア。


早いもので、リナリアと出会ってから三年ほど。


その間に、距離を縮めたいと思っていたのだが、忙しさもあって未だに『リナリアさん』とさん付けでしか呼べてない。


……いや、これは単なる言い訳だ。


実際は、私の気持ちをセーブするために意図的にそうしている。


三年も傍に居られれば、惹かれて深みにハマるのも仕方ない。


そう、私はリナリアの魅力にドップリと浸かってしまったのだ。


そんな事に気が付かないリナリアは、「そういえば……」と、少しだけ不安そうな表情を浮かべて言った。


「今日なんですよね。婚約者の王子様に会うのは」

「ええ、そうみたいね」

「……その、カトレア様は……どう思っているのですか……?」

「どう?」

「……婚約者さんのことです」


どう、か……素直な感想だと、私からリナリアを奪うかもしれない敵とか?


まあ、無論そんな事を言えるわけもなくなるべく素直に話せる内容にしておく。


「そうね、会ったことがないから何とも言えないけど、私では釣り会えないだろうし、他の方に譲りたい気分かしら?」

「ええっと……その、特別に思ったりは……」

「無いわね」


そうキッパリと言い切る。


そもそも、会ったことも話したこともない相手に何か思える訳もなく、攻略対象として知ってはいるが、それでさえそこまで良い印象を持ってないので、正直、ヒロインちゃんが惚れないように上手く立ち回りたいという本音すらある。


とはいえ、それを決めるのは私ではなく、リナリアの気持ち次第なので、あまり下手な真似も出来ない。


難しい問題だよ……。


そんな私の気持ちとは裏腹に、私の答えにどこかホッとした表情を浮かべるリナリア。


「リナリアは恋とかしたりしたい?」

「ふぇ!?そ、それは勿論……」


その初心な反応が心底愛おしいよ。


「じゃあ、リナリアのタイプってどんな人かしら?」

「そうですね……私の事を特別に思ってくれて、私が傍でお支えしたい……そんな人がいいです」


……私も含まれてる!?


なんて、自意識過剰も甚だしいが、私はリナリアが私を意識してる疑惑を密かに持ってたりする。


親友のような間柄になってきた昨今だが、距離の近さによって見えてくる景色もある。


とはいえ、所詮は疑惑に過ぎない。


もし、それが疑惑ではなく真実なら……


「カトレア様?」

「……いえ、何でもないわ」

「そうですか。では、朝食に参りましょう」

「ええ」


その時は……私はリナリアを自分の物にするのを躊躇うことはないだろう。






ーーー






「お初にお目にかかります。カトレア・アンスリウムです。本日は殿下の貴重なお時間を頂き誠にありがとうございます」


割と様になってきた令嬢としての振る舞いをフルに発揮して、挨拶をする。


父様の見てる前で失敗することは出来ないし、目の前の相手はそれをしていい相手でもない。


「こちらこそ、お会い出来て光栄です、カトレア嬢。第一王子のレオン・バルケミックです」


ニコニコと愛想良く作り笑いを浮かべている王子様……この子こそ、この国の第一王子であり、乙女ゲーム『勿忘草』の攻略対象の一人であるレオン・バルケミック殿下である。


五歳の時に婚約してから、かれこれ三年ほど。


その期間、主に私の忙しさによって顔合わせのスケジュールが合わせられず、結果として本日が顔を合わせる最初の日となったのだ。


それにしても……本当に見事なまでの作り笑いだなぁ。


「カトレア嬢、また一段と美しくなってきたな」

「ありがとうございます、陛下。ですが、陛下の愛される王妃様にこそ、その台詞は言うべきかと」

「くく、相変わらず面白い娘だ。頼もしいものだな、アンスリウム公爵」

「はっ、ありがとうございます」


顔合わせということは、親同士も当然参加するのだが、お母様は本日は来てない。


理由は、私に新しい妹か弟が出来たからだ。


あのラブラブ具合なら、すぐにでも子宝に恵まれるかと予想していたが、二人目の妊娠が発覚したのはつい最近のこと。


中々次の子供が出来ないことに、二人は不安そうな顔をしていて、養子の件も考え始めていたのだが、私が新しく開発した魔法にてその問題は解決した。


その魔法とは、不妊に苦しむ人をほぼ100パーセント救える(理論上は)という魔法。


そう、不妊治療の魔法を私は生み出してみた。


無論、不妊の原因は色々あるから、全てに効くのかはこれからの実験次第だけど、理論上はまず間違いなく不妊を治せることになっている。


まあ、この魔法自体、私の目指している魔法の副産物なのだが……それでも、両親の役に立てたならそれ以上に嬉しいことはない。


なお、同じように二人目の子供が出来なくて悩んでいた王妃様にもこの魔法を使ったことで、王妃様もご懐妊されたことで、この場には居なかったりする。


「そうそう、私の側妃も先日妊娠が分かった。カトレア嬢の魔法のお陰だ」

「お役に立てたなら幸いです」


この世界には、一夫多妻制や多夫一妻など色々な考え方があるらしい。


その割には、同性愛などはあまり広くは無いのが謎だが……まあ、要するに子を成すことが大事らしい。


そして、王族は必ずと言っていいほどに王妃となる正妃以外にも、側妃を娶るらしい。


……つまり、私はこの王子と結婚したら他にも妻となる女性が私以外にも複数居るということになるのだろう。


女の子は好きだし、それが一杯なのも悪くないけど……やっぱり、私は愛する人は一人で独占したい。


あ、無論王子様はどうでもいいよ?


本当はリナリアを独占したい所だけど……まだリナリアの気持ちは聞けてないし難しいところ。


「さて、少し大人同時で話もあることだし……レオン、カトレア嬢に庭でも案内するといい」

「はい、父上。では、カトレア嬢。お手をどうぞ」

「ありがとうございます、殿下」


私が殿下の手を取ると、お父様が少しムッとした表情になる。


愛娘が男と手を繋いでそんな反応になるくらいには、私のことを愛でてくれているらしい。


相変わらず過保護なお父様だけど、そんなお父様はお父様として凄く大好きです。


「お父様、行ってまいります」

「……ああ」


不器用な返事を背に、見事な城の庭園を見て回る。


おお、見たことない花も多いなぁ……デートスポットに良さそうだけど、王城に出入り出来ないと難しいかな?


「如何です?カトレア嬢」

「とても素敵ですね。流石は我が国の中心であるお城の庭園です。庭師の方の拘りを感じます」


そんな感想を述べると、私の様子を観察していたレオン殿下が「なるほど……」と呟く。


「やはり、ただのご令嬢ではないようだ。立ち振る舞いも年齢以上だし、伝え聞く話が本当ならとても悪役令嬢カトレアでは無いのだろうな」


口調と空気が一変する。


……はぁ、そういうパターンでしたか。


「そう言う貴方様も、どうやら攻略対象のレオン殿下ではないようで。いえ……レオン殿下が前世の記憶でも持ったのでしょうか?とはいえ、お互い転生者らしいですね」

「そのようだな」


否定することはないだろうと思っていたが、あっさりと認められるとそれはそれで気持ち悪くなる。


とはいえ、攻略対象の中に転生者が居る可能性も一応考慮はしてたので、驚きは少なかった。


「さて、カトレア嬢。ヒロインをメイドにしたのは本当か?」

「ええ、その通りですよ」

「……それは、どういった理由で?」


ほぼ100パーセント成り行きとリナリアの可愛さです……なんて、言えるわけないか。


「私が可愛がるためですよ」


その答えに、レオン殿下……いえ、転生レオンとでも呼びましょうか?


転生レオンは呆れたような表情を浮かべて言った。


「なるほど、ヒロインの事が気に入ってるようで」

「ええ、大好きですよ。ちなみに殿下はどう思っておいでで?」

「そうだな、正直に言えば興味はない」


ほう、いい度胸だ小僧。


私のリナリアに魅力が無いと?


……なんて、少し変な方向に怒りが向きそうにはなったが、私は堪えて続きを聞くことにした。


「俺は、王になる気はないし、乙女ゲームもヒロインも悪役令嬢にだって興味がない」

「では、何をお求めで?」

「弟の幸せ」


……ブラコンってやつかしら?


「第二王子のロメリオ殿下のことでしょうか?」

「ああ、あの子が幸せになれればそれでいい。王太子の座もそのうち渡したいが……弟には想い人が居てな」


ふむ、なるほど。


「つまり、私は邪魔だと?」

「ああ、とはいえ願ってもない話だろ?」

「ええ、それは当然」


王子二人がルート外に行く上に、私は王妃にならなくても良くなる。


これほど、嬉しいことはそうそう無いだろう。


「時に、ロメリオ殿下の想い人とは?」

「それは教えられないが……お前とヒロインでないのは確実だ」

「なるほど。して、この婚約に関しては何時まで?」

「情勢を見てからだな。父上はかなり堅実な統治をしているが、貴族連中の腐敗はそこそこ進んでいる。お前も覚えてるだろ?ぺドラル男爵みたいな連中はそこそこ居るのさ」


あれは氷山の一角でしかないと言いたいのだろう。


とはいえ、その辺は気にしなくても良さそうで少し安心する。


この様子だとこのブラコンが勝手に解決するだろうし、お任せした方が問題も無さそうだ。


「では、時期が来たら婚約解消ということで」

「ああ、頼む」

「ちなみに、ロメリオ殿下のどこがお好きなので?」


その言葉に……クワッと目を見開くと転生レオンは実に楽しげに語り出す。


「まず、あの子が生まれた時に俺は心底思ったね……あの子は将来大物になると。いつだて笑顔で素直で真面目で、俺の後ろをよちよちと着いてくるその愛くしい姿はとても言葉では表せないほどに凄まじい破壊力がある。それに――」

「いえ、その辺でもう大丈夫です」


地雷踏んだ感が半端ないことこの上ない。


うん、この人は真のブラコンなのだろう。


「……逆に、お前はヒロインの何処に惹かれたんだ?」


その問いに、私も思わずリナリアを思い出して言葉が考えるよりも先に出ていた。


「それは勿論、全てが愛おしい。あのふわふわの金髪も、澄んだ色の優しい碧眼も、愛らしい唇も、柔らかい肌も、そしてその清き心も全て最高ですわ。朝は私のために優しく起こしてくれるし、私が疲れているとすぐに気づいて何も言わずに、そっと癒してくれるし、それに昨夜だって――」

「オーケー、ストップ。もう十分だ」


む、まだ0.1パーセントも語ってないのに……まあ、とはいえあまり話してリナリアの魅力に気づいても面倒だしこの辺にしておこう。


「どうやら、利害は一致してそうだ。頼もしい限りだよ」

「こちらこそ、お互いの利のためによろしくお願いしますわ」


そうして、初めての婚約者との顔合わせは終わった。


お互い転生者で、お互いの利害の一致と、メインの攻略対象の王子二人がヒロイン以外を愛してるというのは大きい収穫だった。


何はともあれ、これであとはリナリアの気持ちとかくらいかな?


よし、頑張ろう。
























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