第6話 ヒロインちゃんメイドになる

「お嬢様、旦那様がお見えになりました」


翌日、昼食も終わりのんびりしていると、そんなミーナ報告が来た。


昨夜、そこそこ仲良くなったリナリアと私とリナリアが仲良くしてるのを微笑ましそうに見守るライナさんに断ってから、私は外に出ると、そこには少し疲れが見えるお父様が馬から降りるところであった。


「お父様」

「……カトレアか。何もなかったか?」

「はい、お父様のお陰です」

「……そうか」


心から安堵してくれるお父様。


もしかして、徹夜でお仕事してたのかな?


まあ、現場指揮なんかはほぼほぼお父様に任されてるだろうし、その負担はかなりのものだろう。


「それで、お父様お仕事の方は?」

「何とか一区切りだな。捕まってた人達のケアと、売られた人達の行方を追うことになるが、賊のアジトの制圧と全員の捕縛も済んでいる。これから更に尋問だが……一度、私は屋敷に戻ることにする。カトレア、お前も一緒にだ」

「分かりました」


つまり、ヒロインちゃんとの時間も終わりか。


まあ、仕方ないけど……本音としては物凄く寂しいものだ。


ずっと傍に居たい可愛さ……プライスレス。


やっぱりなるべく通うべきかな?


でも、悪役令嬢カトレアをする場合は仲良くしたら逆にリナリアを傷つけることになる。


あぁ……本当に悩ましい。


いっそ、私の手元に置いておこうか……でも、ヒロインちゃんにとっての最良の幸せの模索は必要か。


「お父様、屋敷に戻ったら少しお休みください」

「……いや、まだやる事があるからな。王城にも行かないと……」

「なら、せめてお母様を安心させてあげてください。お父様の元気な顔を見せてあげないと、お母様も安心できません」


確かに大切な仕事だろうが、それでも夫婦円満の秘訣は互いを想い合うことだし、お父様が仕事一直線だろうと、お母様の存在を忘れないようにさせないと。


まあ、余計なお世話でもありそうだが……お父様ってば、私の思っている以上にお母様のこと大好きだし、放っておいてもその想いは変わらないだろう。


とはいえ、お母様自信を安堵させる必要性を説くことは忘れないよう。


自分と相手、互いに幸せと思えるようにしないとね。


「……分かった。ただ、お前もちゃんとお母様に顔を見せるんだ。お前のことも心配していたからな」

「分かりました、お父様」


その言葉に頷くと、準備のためにまた遠ざかっていくお父様。


さてさて、話さないとな。




ーーー




「そうですか……お戻りになるのですね」


少し寂しそうなライナさん。


思ったよりも、好かれていたようで嬉しくなるが、問題は娘の方であった。


私の言葉にショックを受けたように固まったままのリナリアさん。


比較的大人びた部分もあるヒロインちゃんだが、年相応の部分もあるのだろう。


私だって、精神が肉体に引っ張られているのか、年相応な所もあるくらいだが、まあ、それは全く別の話だし意味は無いか。


それにしても、もしかして私の帰還に泣いてくれたり……は、流石にしないかな?


泣かれたら、正直私はここに永住する決心がついてしまうのだが、はてさて。


「カトレア様、あの……」

「何かしら?」

「……いえ、何でもありません。またお会いできることを心よりお待ちしております」


行かないで……とか、そんな言葉が出そうなのを必死に堪えて、リナリアはそう優しく微笑んだ。


私を困らせたくないのと……身分差もあって、会えない可能性が高いと分かっているからこそのその答えなのだろうが、それは私にある決心をさせてしまう。


「ところで、ライナさん。転職とお引越しのお話があるのですが……話だけでもどうですか?」

「それはどういう……?」

「実は、私の個人的な侍女を雇おうかと思いまして。屋敷に住み込みで、私のお世話とお話し相手になってくれる人が欲しいと思っていたんです。お給金は……そうですね、この辺でどうでしょう?」


サラッと提示した額は、庶民からしたら破格な値段で、公爵家としては普通の部類。


とはいえ、恐らく今の仕事の数倍以上の額は保証出来てるはずだ。


ちなみに、これは私のポケットマネーを使う予定。


それなら、文句も出にくいしね。


「それはとても魅力的なお話ですが……そのようなお話、私達でいいのですか?」


私の話に驚きつつも、冷静にそう尋ねてくるライナさん。


すぐに飛びつかない所が、益々好印象ですね。


「ええ、ライナさんとリナリアさんがいいんです」

「……分かりました。では是非よろしくお願いします」


その答えに、リナリアは実に嬉しそうな表情を浮かべる。


そこまで喜ばれると逆に申し訳なくなるけど……ヒロインちゃんをメイドさんにすれば、傍にいられる時間はグッと増える。


その分、乙女ゲームのルートから外れていくが……まあ、私のメイドとして攻略対象に会うことでまた別の形になる可能性もあるし、それはそれで面白いかも。


ただ、問題があるとすれば……


「カトレア様!私、頑張ります!」

「ええ、よろしくね」

「はい!」


……この、可愛い生き物を、あの攻略対象達に渡す私の複雑な気持ちが増してしまう点かもしれない。


ヒロインちゃんの幸せを願っているのに、こうして接する度に私はヒロインちゃんに魅了されていく。


なるほど、これが主人公……ヒロインちゃんの人柄の良さと魅力なのだろう。


悪役令嬢には真似出来ない、圧倒的ヒロイン力……素晴らしいものだ。


そうして、私は少しお父様に時間を貰うとついでにライナさんとリナリアを連れていくための準備にも入る。


引っ越しのために必要なものは、あまり無いようだ。


無くても、大抵のものは現地で調達出来るし、ちょっと手続きや挨拶回りに時間はかかったが、何とか無事私は二人を引き抜くことに成功する。


いやー、可愛いって本当に凄いことだね。







ーーー






「カトレア様、お茶です」

「ええ、ありがとう」


ヒロインちゃん達をお持ち帰りしてしばらく。


やる気満々のリナリアは、どんどん仕事を覚えており、着実に成長しているようだ。


私の好きな銘柄の紅茶を一口。


うん、凄く美味しい。


現時点で、既に私付きメイドのミーナと同等にお茶を淹れられるヒロインちゃんってば、凄すぎない?


「ど、どうですか?」

「ええ、とっても美味しいわ」


この答えに嬉しそうにはにかむリナリア。


……アカン、何この可愛い子。


誰の目もないし抱きしても構わないわよね?


うん、そうしよう。


なんて思考になりつつも、私は何とか踏みとどまる。


確かに、自室にはリナリアと私しか居ないけど、いきなり抱きついたら、いくら女の子同士でも……まあ、ヒロインちゃんは気にしないだろうけど、それでも私はこの溢れそうな気持ちを押しとどめる。


これ以上、ヒロインちゃんを愛おしく思ってしまうと、きっと私は悪役令嬢になりきれない。


まだ攻略対象には誰一人として会ってないけど、全員がヒロインちゃんに惚れると私は断言出来る。


それだけの魅力がこの子にはあるのだ。


「そういえば、今日はミーナがジュスティスとデートに行くと言ってたわね」


話を変えるように、私はそんな事を言う。


「ええ、ミーナさん。凄く楽しそうでした」


私付きのメイドさんのミーナは、新人のリナリアに色々と教えてくれいるようで、リナリアもミーナには懐いていた。


ちなみに、少しはリナリアやライナさんの雇用に関して、他の使用人が思う所があるかと思ったが、よくできた公爵家の使用人さん達はその辺には特に思うところはないらしい。


だからこそ、新人で優秀な二人はすぐに公爵家に馴染んでいた。


なお、ライナさんの方はお母様に気に入られたのか、よく話し相手をしてくれてるそうだ。


主に、夫婦生活に関してなどらしいが……ライナは中々に策士のようなので、お母様はその戦術を用いてお父様とイチャイチャしてるようだ。


両親は相変わらずなようです。


「ここ最近は忙しかったし、それが済んだからのんびりしてきて欲しいわね」

「ですね」


あの後、お父様は色々大変そうだったけど、結果的に多くの人が救われる結果となり、お父様と我がアンスリウム公爵家の名前も高まったらしい。


ぺドラル男爵は、領地と爵位を没収され、その後は……まあ、聞かない方が良さげな目にはあってるのだろう。


私としては、ヒロインちゃんを売ろうとした奴を許す気はないが、国が裁いたのなら仕方ない。


結果としてヒロインちゃん達は無事なのだし、それで良しとしたい所。


ただ、国王の私への評価が密かに上がったらしいことは私としては少し解せない。


頑張ったのは、お父様やジュスティス達、我が家の兵士さんに、騎士さん達だが、国王陛下は私がこの事態を狙っていたのではと勝手に深読みしてる様子があるらしい。


いえ、ヒロインちゃんに会いたかっただけなのです。


……なんて言えたら、どれだけ世界は平和になるのだろうか。


「そういえば、ライナさんは今日もお母様のお相手を?」

「はい、そのようです」

「そう、本当に仲良しね」


私的な時間に、ライナさんを呼んでお話してるらしいけど、母娘揃って魅了されているとは……思わず苦笑してしまう。


まあ、ライナさんってば流石はリナリアの母親というか人たらしな所があるようだし、お母様としては娘の信頼するメイドの母親というのもあって、色々と思うこともあったのだろう。


「カトレア様、今日はお休みなんですよね?」


授業やその他諸々のことだろう。


確かに、毎日忙しく私は色々しているから、久しぶりに予定のない日かもしれない。


「ええ、最近は詰め込み過ぎてたから、少しだけ余裕があって今日は休みね」

「なら良かったです」


どこかホッとしたようにそう微笑むリナリア。


「もしかして、心配してくれてたの?」

「いえ、あの……いつも、カトレア様は凄く大変そうなので……私には、何も出来ませんが、少しでもお役に立てたらなぁ……なんて……」


……あの、凄く可愛いのは伝わるので、もう少し抑えてもいいんですよ?


健気さすら感じる程に、一途な想いを感じてしまう。


なるほど、この子はあれだ、きっと天使なんだろう。


「その……ご迷惑でしたか?」

「いいえ。そんな事ないわよ」


上目遣いで尋ねられて、NOと言える人が居るだろうか?


少なくとも、私はこの子のこの上目遣いという反則的な可愛さの前では、怪しい書類にだってサインしてしまう自信がある。


なるほど、女の子に騙される男の気持ちが少し分かったかも。


可愛いとはそれだけで、凄いものなのだろう。


「じゃあ、早速お願いしてもいいかしら?」

「はい!何でもどうぞ!」


今、何でもって言った?


え、それならちょっと私と添い寝を……って、いかんいかん。


欲望を垂れ流して、リナリアにひかれるのは避けねば。


私は今、物凄くクールな公爵家のご令嬢なのだ。


ここは毅然としていないと。


「じゃあ、リナリアさんの美味しいお茶のお代わりが欲しいわね」

「分かりました」


嬉しそうに頷くリナリア。


お茶を用意する後ろ姿を眺めて思うのは、新婚さんのエプロン新妻とはこれと同じくらいに尊いのだろうなぁという何ともおかしな発想。


結婚か……まだ会ったことさえない、第一王子のレオンと婚約者ではあるけど、リナリアの様子によっては私も頑張って悪役令嬢しないといけないのよね。


リナリアの幸せのためになら、その程度はお安い御用だが……それにしても、その前に私がリナリアに依存してしまうかもしれない問題も浮かんできている。


この子には、そっちの才能もあると私は睨んでいるけど……私もこの子みたいに頑張らないとね。


「カトレア様」

「ええ、ありがとう」


お上品にお茶を一口。


前世でもそこそこマナーには気をつけてたつもりだけど、それさえ甘いと思えるほどのマナーの勉強をした今世で、はしたない真似をすることも無く、私は上品にお茶を楽しむ。


その様子を、リナリアはボーッと見つけてから、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる。


最初のはまさか、私の姿に見惚れてた……なんて事はないか。


それだったら、かなり嬉しいけど、そこまで望むまい。


妄想は自由だけど、あまり失礼な妄想をしてはリナリアにも申し訳ないし……この天使を汚したくはない。


あぁ……やっぱり、この子は私が欲しい!


ずっと傍に居たいよぅ。


それくらい、私はリナリアの事が大好きになっていた。


ラブが溢れるレベルで。


あれだね、両想いなら私はこの子を拐うか何とかして結婚する手段を見つけることにしよう。


魔法がある世界で、私には魔法の才能もあるようだし、何かしら出来ることもあるはず。


見ていてくれ!前世の親友瑞穂!


私は、きっとハッピーエンドをみつけてみせる!


……何て、勢いよく言っても最終的にはヒロインちゃんの気持ちが最優先なので、ヒロインちゃんが攻略対象とかに惚れちゃったら……私は血涙を流すのを我慢しつつも応援するしかないかもしれない。


奇跡を起こすためには、行動あるのみ。


私は、とりあえずリナリアのお茶を飲んで可愛いリナリアを目で楽しんでからのんびりするのであった。

















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