第5話 その蕾の名は
「まぁ、美味しい……」
思わずそんな感想を口にしてしまう。
それくらいに美味しいシチューであった。
「お口にあって何よりです。貴族のお嬢様のためのお料理は知らなくて……」
「いえ、とても美味しいわ。ライナさんはお料理がお上手なのね」
その言葉に嬉しそうに微笑むライナさん。
何となく、この人のことはさん付けで呼びたくなった今日この頃。
私は色々と頑張ってくれているジュスティス達の邪魔にならないように避難先でライナさんとヒロインちゃん……リナリアと過ごしていた。
ある程度の指揮は私だけど、私を危険な目に合わせる訳にもいかないとジュスティスはやる気満々だ。
ミーナが心配するから程々にとは言っておくが、まあ、ジュスティスとしてもこのような蛮行を野放しにしたくないのだろうなぁ。
正義感の厚さは凄く好印象ですよ。
「リナリアさんもお料理はされるのかしら?」
「えっと、おか……母のお手伝いなら少し」
「そう、凄いのね。私は作れないから羨ましいわ」
「そうなのですか?カトレア様は何でも出来そうに思えます」
二人に貴族と話した時は、かなり驚かれたけど、何とか普通に話せるようにはなって良かった。
それにしても、リナリアさんや、それはあまりにも過大評価だよ。
カトレアさん自身はスペック高くても、私の地の部分はスッカラカンだからね。
「そういえば、ライナさんはお仕事は何をなさってるのかしら?」
「知り合いのお店で働かせて頂いてます」
夜のお仕事とかではなく、ウェイトレス……店員さんのような明るくキュートな方面なようで一安心。
「そこではお料理なども?」
「ええ、少しですが」
「それは是非行ってみたいわね」
シチュー、一つ取ってもこのクオリティ。
きっと、料理の才能がライナさんにはあるのだろう。
「娘にも教えてはいるので、この子も将来はきっと私以上に料理が上手くなると思いますよ」
「お、お母さん……」
どこか恥ずかしそうにするヒロインちゃん。
その様子さえ可愛いのだから、美少女とは幼少時代から可愛いの権化なのかもしれないと考察する。
「で、でも、私なんてまだまだで……とても人様にはお出し出来なくて……」
私と同い年だし、それは普通なのでは?
そんな事を思うけど、ヒロインであるリナリアさんは才能の塊だし、私とは違って天然物の早熟なだろうというある種の納得もする。
「では、上手に出来たら私にも食べさせてください。リナリアさんのお料理とても楽しみだわ」
「……!が、頑張ってみます……」
照れ照れなヒロインちゃんめちゃんこカワユス。
ああ、幼くてもやっぱり本物は違うなぁ。
この癒しが日常で欲しいレベルだよ。
ーーー
「お嬢様」
和やかに過ごしていると、ミーナが声をかけてくる。
来たかな?
私は二人に断りを入れると、表に出る。
すると、見覚えのある馬車からお父様が血相を変えて出てきた。
「カトレア、無事か?」
「はい、ジュスティス達に守ってもらいましたから」
「そうか……」
私の無事に、心底ホッとしているお父様。
めちゃくちゃ心配して飛んできてくれたのが見てわかる。
「お仕事の方は大丈夫でしたか?」
「問題ない。お前の無事には変えられないからな」
お父様ったら、過保護モード全開ですね。
嬉しいけど、少しこそばゆい気持ちになる。
「それで、私の言付けは届いてましたか?」
「ああ、私の私兵と、王城からも直ぐに動かせる部隊も貸してもらってきた。ぺドラル男爵の屋敷に入るための令状も国王陛下から賜っている」
急なことなのに対応がえらく早いな。
これは、前々から国の方でもぺドラル男爵に目をつけていたということかな?
「ジュスティス、半分の部隊の指揮を任せる。賊のアジトを襲撃、全員捕らえよ」
「かしこまりました」
「騎士団の副団長と合同の作戦になるが、面識もあるし問題ないな。私は屋敷に乗り込むのでそちらの指揮は任せた。我がアンスリウム公爵家の力を見せつけよ」
「はっ」
ん?屋敷に乗り込む?
「お父様自ら行かれるのですか?」
「成り行き上そうなる」
まあ、娘を迎えに来ただけではないだろうとは思っていたけど……お父様頑張りすぎでは?
「私が着いていくのはお邪魔でしょうか?」
「……ああ、済まないがお前は屋敷に戻ってくれ」
「いえ、せめてお父様のお仕事が終わるまではこちらに居させてください。私にもアンスリウム公爵家の娘としての意地があります」
「カトレア……」
なんてカッコイイことを言ってはみるけど、ヒロインちゃんと別れるのが寂しいのでもう少し一緒にいたいだけだ。
「……仕方ない。だが、外には出ないように」
「はい。分かりました」
「それとだ……」
お父様はしばらく迷うように視線を逸らしてから、ポンと私の頭にその手を乗せると、不器用に撫でながら言った。
「……良くやった。お前は自慢の娘だよ」
照れ隠しのためか、そう言うと私の返事も聞かずに行ってしまうお父様。
まだまだ人前ではデレが長続きしない父ではあるけど、こうして褒められるのは悪くない。
ーーー
不思議なもので、転生したばかりの頃には広すぎると思っていた屋敷のベッドが今の私にはどこか恋しく思える。
だからだろうか、寝付きが悪く目覚めてしまった私はベッドから抜け出して何となく窓の外を眺める。
月明かりが実に明るく、良い夜だ。
田舎とかだと、街灯もなく月明かりを頼りに歩くこともあるのだが、それと比較してもこの世界の月の光は前世よりも明るく思える。
少し遠くに目をやると、鬱蒼とした森が目に入る。
その先は人として自然と恐怖してしまうような闇夜だが、見てるだけならこれはこれで悪くは無いかな。
家の周囲には、念の為に見張りをしてくれている騎士さん達がいる。
ウチの騎士さんではなく、恐らく騎士団の騎士さんだろう。
お勤めご苦労様です。
感謝の意を静かに心の中で伝えていると、少し喉が渇く。
いつもなら、ミーナに頼むところだけど、今日は夜は控えてなくていいと伝えたので、寝てるかな?
公爵令嬢ともなると、夜中に何かあった時のためにメイドさんが夜勤で待機してるのが自然なのだが、そんなに今回は人数連れてきてないし、皆も疲れてるだろうから休んで貰ったのだ。
なので、頼むことはせず私はキッチンへと向かう。
水で軽く喉を潤してから、ふといくつか置かれている林檎を見つけて何となく手に取る。
夜に甘いものは……という乙女な気持ちもなくはないが、果物だしセーフだよね?
とはいえ、私一人で丸々一個食べるのは難しいし、どうしましょうか。
「カトレア様……?」
悩んでいると、後ろから声が聞こえくる。
振り返るとそこには天使……のような可愛らしい寝巻き姿のヒロインちゃん、リナリアが立っていた。
「あら、リナリアさん。ご機嫌よう」
「えっと、ご機嫌よう……?」
なんと返事をすればいいのか迷ってから、私の言葉に続いてみせるリナリア。
それにしても、まだ起きてたとは少し驚く。
「リナリアさんも喉が乾いたのかしら?」
「はい。あの、カトレア様も?」
「ええ、私もそうよ」
それにどこかホッとするリナリア。
勝手に調理場を使ってもいいか不安もあったのだろう。
安心させるように微笑むと、リナリアは少し頬を赤くする。
ん?何か変なところあったかな?
普通にしてると、つり目で睨んでるようにも見えるカトレアさんフェイスも、最近はなるべく柔和な笑みを浮かべられるようになってきたが、こういった反応は初めてで少し気になる。
「あの、林檎がお好きなんですか?」
話題を変えるようにそんな事を尋ねてくるリナリア。
ふむ、林檎を手に夜中に一人でキッチンに佇む公爵令嬢を見ての反応としては妥当かもしれないな。
「ええ、嫌いじゃないわよ。食べようかと思ったのだけど、一人で食べ切れるか心配で少し迷ってたのよ。良かったらリナリアさんも一緒に食べない?」
「いいんですか?」
「ええ、嫌じゃなければ是非」
とはいえ、私もリナリアも別に沢山食べれるような胃袋は持ってないし、それでも少し余るかもしれないわね。
甘いものは別腹だしギリギリ行けると信じよう。
「あ、カトレア様。私がやります」
早速洗ってから皮を剥こうとすると、リナリアがそう言ってくれる。
気持ちは嬉しいけど、大丈夫かしら?
でも、よく料理の手伝いをすると言ってたし自信もありそうなので任せてみようかな。
「そう、ならお願いね」
「はい!」
元気に頷くと、リナリアはどこからかマイ包丁を取り出して林檎の皮を剥きはじめる。
凄い、上手すぎじゃね?
一回もミスることなく、繋がったまま皮を剥ききった後に綺麗に八等分にするその手さばき……これがヒロインのスペックかと戦慄を覚える。
「上手ね」
「まだまだです。お母さん……母は、もっと薄く出来ますから……」
母娘揃ってハイスペックな。
「じゃあ、食べましょうか。あ、折角だし私の部屋に来ない?私の部屋からの景色が一番綺麗だしそこで食べましょう」
「分かりました」
ナチュラルに部屋へと誘ったが、下心は微塵もないよ?
幼女に手を出すような真似はしないってばよ。
まあ、大人になったら分からないけど……この天使を汚すのは躊躇われるし迷いどころ。
会ってみて思ってしまったんだよねぇ。
この子の為なら、悪役令嬢カトレアとしての使命を果たしてもいいかも……なんてね。
「さあ、入ってちょうだい」
「お、お邪魔します……」
初めて彼女を部屋に招くようなテンションに近しいかもしれない。
まあ、仮の部屋だし違うかもだが、それはそれ。
二人でベッドに腰掛けて、さり気なくお皿に盛り付けてきた林檎を手に取り一口。
程よい甘さと酸味で中々美味しい。
「美味しいわね」
「はい、とっても」
天使の笑みを浮かべながら、その小さな口で食べるリナリアは小動物のようにも見えて愛らしい。
まあ、私も似たようなペースではあるけど、可愛さは段違いだろう。
これがヒロインの風格か……悪役令嬢には縁遠そうな世界だよ。
「何だか、少しドキドキします……」
思わず林檎を詰まらせて噎せそうになる。
他意はないと分かっているが、頬を赤くしてそんな事を言われると変な意味にも聞こえてしまう。
だが、もちろんリナリアにはそんな気持ちはなく、続く言葉で納得する。
「夜に、こうして遅くまで起きて、お母さんに内緒で食べるのは……イケナイことをしてるようで、少しドキドキします……」
ああ、そういう意味ね。
自分の心の汚れ具合が透けて見えてしまう程の無垢なる心を感じる。
うんうん、そのまま無垢に育っておくれ。
私はそんな君を応援するよ。
「あの……カトレア様。本当にありがとうございました」
ふと、そんな事を言い出すリナリア。
何に対しての言葉なのか首を傾げていると、リナリアはギュッと両手を胸元で握るとポツリと言う。
「私、何にも出来なくて……お母さんを守りたいのに守れなくて、怖くて、もうダメだと思った時にカトレア様は私達を救って下さいました。危険なのに、何の関係もない私を……私とお母さんを救ってくれて、本当にありがとうございます」
そう、真っ直ぐな笑みを向けてくるリナリア。
……ヒロインちゃんや、何の関係もなくはないんだよ。
私は悪役令嬢で貴女は主人公のヒロイン……まあ、そんな事は言わないけど。
「勿論、カトレア様はお優しいので誰にでもこうして手を差し伸べてくれるのだと思いますけど……それでも、私は嬉しかったです」
その笑顔に私は……思わず本音を呟いてしまう。
「……誰にでも優しくはないわ」
「え……?」
「私は私の好きな人、守りたい人だけ助ける。だから、貴女を見て助けたいと思った……それだけよ」
「そ、それって……」
何を言ってるのだろうな、私は。
ただ、私には誰にでも優しいなんて評価は少し荷が重いのかもしれない。
そうして好かれるのはヒロインちゃんの役目で、私は嫌われる側で居る必要もあるだろう。
この子の幸せのために、そういう自分も出来るようになればな。
まあ、ここでそれを言う必要性はまるでなかったし、好感度を下げたかもしれないが……仕方ないかな。
軽蔑するだろうかと思って軽く様子を伺うと、リナリアは顔を赤くして俯いてしまう。
怒っているのだろうか?
少し違うような……でも、何だろう、不可思議だ。
そうして、二人で林檎を食べてから眠くなるまで私とリナリアは話をした。
時折、妙に私を意識するというか、謎の挙動が見られたリナリアだったが……やっぱり、公爵令嬢という高位の存在を幼くとも賢く理解してるからか、緊張が抜けなかったのだろうか?
でも、そこそこ仲良くなれたし、添い寝もできて私は大満足。
どさくさに紛れて、抱き枕にしてみたりもしたけど、最高の夜でした。
ヒロインちゃんってば、柔らかくてもふもふで本当に可愛いんだから……そこが好き!
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