第4話 ヒロインちゃん

「のどかねぇ……」


ガタガタと、揺れる馬車から外を眺めて思わずそんな事を呟いてしまう。


日々の学びを頑張ったことにより、何とか空けたスケジュール。


それを使って、私は乙女ゲーム『勿忘草』のヒロインちゃんに会いに向かっていた。


馬車には護衛としてジャスティスのお孫さんのジュスティスとジャスティス監修の公爵家の精鋭さん達、そして私とお世話係としてミーナを筆頭に数名のメイドさん達。


……うん、お父様凄く過保護で可愛いと思います。


どっしり構えて、笑顔で見送ってくれたお母様を見習ってもいい気はするけど、お父様とお母様らしいといえばはしいかもしれない。


「ジュスティスは隠居したら田舎とかに住みたい?」

「ええ、人並みに憧れはありますね」

「小さな家で、たまに来る孫たちを迎える老後とか良さそうね」

「それは楽しそうですね」


いかにも好青年なこの人こそ、ジャスティスの孫であるジュスティスくん。


ミーナと同い年って言ってたかな?


ラブラブなようで、馬車でも私が居なければイチャイチャしてたかもしれないくらいは、視線が交わってた。


何かごめんね、こんな小娘の護衛に時間割かせて。


勿論、そんな事は言わないし、言ったら気を使わせるので言うつもりもない。


「まあ、その前に結婚よね。ミーナのウェディングドレス姿は凄く似合いそう」

「そんな……私なんかが着るのは申し訳ないです」


そんな風に謙虚なミーナだけど、確かにウェディングドレスは今世ではかなり高いものだ。


どんなに安く抑えても庶民には手の届かないランクではあるのだが、名門公爵家の使用人である2人はそれ相応の地位でそこそこのお金を貰っているので、手が届かなくもないだろう。


単に、ミーナ自身が着ることを遠慮しているのだろう。


着てはみたいけど、お金を考えるとそんな贅沢は言うべきではない……そんな所かな?


「ジュスティス、甲斐性を見せるところね」

「ええ、頑張ります」

「もう……ジューくん、無理しないでいいんだよ?」

「お嬢様に言われる前から、ミーナとの未来はいつでも考えてますよ。無理はしてませんし、信じてください」

「ジューくん……」


どこもかしこもラブラブモード全開ですね。


砂糖マシマシで、見てて胸焼けしそうになるところだけど、私はこういう甘々が好きなので微笑ましく見守る。


と、そんな私の視線に気づいたのか、ジュスティスが少し恥ずかしそうに頭を下げた。


「失礼しました。お嬢様の前でこのようなやり取り……ご不快でしたでしょうか?」

「気にしなくて構わないわよ。ミーナにもジュスティスにもお世話になってるし、ミーナの幸せそうな顔を見れるのは私も嬉しいしね」

「お嬢様……」


うるうるしているミーナ。


まあ、本心だけど、そもそも私はこの程度で不敬と言うほど根っこから貴族では無いのでイチャイチャしてくれるならそれを鑑賞するのみ。


他人の恋バナほど面白いものはないしねぇ。


「でも、ミーナが結婚したら……というか、私が嫁いでしまったらあまり会えなくなると思うと少し寂しいわね」

「私はお嬢様にどこまでも着いていきます!」

「気持ちは嬉しいけど、その頃にはジュスティスとの間に子供も居るだろうし、無理はしなくていいわよ」


とはいえ、本当に攻略対象の王子様に嫁ぐかはこれから会う予定のヒロインちゃん次第だけど。


悪役令嬢カトレアさんルートで行くのなら、私はヒロインちゃんの踏み台になってから、適当に他国に逃げて暮らすプランを検討しなくてはならないしね。


お父様やお母様、ミーナやジュスティス達と会えなくなるは寂しいけどヒロインちゃんを不幸にするのも忍びないし、その辺は上手くやるとしよう。





ーーー





「確かこの辺のはず……」


記憶とジャスティスに頼んで手に入れて貰った情報を頼りに、私はヒロインちゃんの家を探す。


幼少時代のエピソードはゲーム本編では軽くしか触れられてないが、私のヒロインちゃんに対する絶対記憶と女の勘、そして名探偵並の推理力と考察力を持ってすれば、ネットがなくても個人の特定など朝飯前だ。


ちなみに、ヒロインちゃんヒロインちゃんと名前を呼んでないのは、デフォルトの名前以外にも自由に名前を入力出来たため、名前が違う可能性も考慮してだ。


最も、念の為公式のデフォルト名も候補に入れて探して貰ったら、特徴の一致する女の子が見つかったのでほぼ間違いないけど、直接会うまではヒロインちゃん呼びにしておく。


さてさて、ヒロインちゃんのお家はどんな家なのかしら。


お菓子の家や不思議の国に住んでいると言われても、私は驚かないよ。


ヒロインちゃん可愛いもの。


そう、きっと幼少時代は平和に過ごして――


「おらぁ!ここ開けろや!」

「さっさと払わんかい!」


ピタリと足を止める。


ガンガンと一軒の家の前で、ドアを蹴ってこじ開けようとしてるガラの悪い男たちの姿がそこにはあった。


借金の取り立てかな?


何にしても、こういう輩は本当に見てても華がないよね。


稀にカッコイイのが混じってるけど、私はそういうちょいワルや極ワルは苦手かも。


スリルとかは要らないので、危ない人より安全な人。


安全な人より、可愛い女の子と私の優先順位は定まっている。


さてさて、ヒロインちゃんを探そうかな。


貰っている情報からして、この辺に住んでいるはずなんだけど……


そんな事を考えていると、脆い木製のドアを蹴破り男たちが民家に侵入していくのが見えた。


何となく胸糞悪そうなことが起きるかなぁと思ったので一度引こうかとも思ったのだけど、「きゃー!」という、民家から聞こえてきた悲鳴に聞き覚えがあり、ジュスティスの静止をスルーしてそちらに向かった。


室内では、今にも女性と私と同じくらい年頃のふわふわした金髪の可愛らしい女の子が拐われかけており、その姿を見た瞬間、私は思わず声をあげていた。


「やめなさい」


自分でも驚く程の凛とした声が室内に響く。


その声に一瞬の静寂の後、ガラの悪い男たちの視線が私へと向かってくる。


「何だこのガキ?」

「知らん、この辺では見覚えのないガキだが……見た目は悪くないな」

「帰んなお嬢ちゃん。おじさん達はお仕事中なんだよ」


そう言って、私を追い出そうとする男の手をすり抜けて、私は女性と女の子の顔を良く見て確信する。


それと同時に、この状況に困惑してしまうが……何にしても、男達を何とかするのが先かな。


「貴方達、どういった経緯でこの人達を連れ出すのか、それを教えてくださるかしら?」

「はぁ?お前には関係ないだろ。いいから帰んな」

「他人の家のドアを蹴破って、今まさに拉致しようとしてる現場を見せられたら、気になるは当然ではなくて?それとも、後暗い言えない事情でもあるのかしら?」


その言葉に、イラッとしたのか男の一人がリーダーらしき男に言った。


「どうします?見たところ高く売れそうなガキですが……面倒だし一緒に拉致りますか?」

「……そうだな。やれ」


その言葉に私の後ろに居た、先程すり抜けた男が私を捕らえようと動き出すのを見て、私は小さく詠唱を済ませて待機する。


「ほら、お嬢ちゃん。おじさん達といい所に――へ?」


私に手を触れた瞬間、触れた手が凍ったことに間抜けな声を上げる男。


数瞬後、悲鳴をあげて騒ぎ出すのを見ていると、別の男が私を捕らえようとしてくるが、その手は私に届くことはなかった。


「……は?」


気がつくと床に付している事に戸惑った声を上げるが、その声は別のイケメンの声にかき消される。


「遅れましたお嬢様。お怪我は?」

「無いわ」


成り行きを見守っていたジュスティスは、私の危機とこの状況に何となく察したのかタイミング良く割って入ってくれた。


他の男達も私の連れてきた護衛に抑えられているのを見守ってから、私は怯えている二人に優しく声をかける。


「大丈夫よ。私は貴女達の話が聞きたいだけ。何があったか話してくれるかしら?」


私の優しい声音に、女性の方がポツリと話してくれる。


曰く、数年前に夫を亡くして一人で娘を育てていたが、最近になって夫の生前の借金があると男達が返済を迫ってくるようになったと。


男たちはこの辺では有名な賊で、噂では領主とも繋がっており助けを求めようがなく、何とかその怪しい覚えのない借金支払おうとしたが、その金額はあまりにも高く、払えなくて、期日の今日連れ去られそうになったとのこと。


「――という事なんです」


女性の説明を聞きながら、その様子を窺っていたが……嘘はなさそうだ。


それにしても、子持ちの女性……なんだよね?


お母様とは違う方向に美人というか、可愛い人なので思わず見惚れそうになるが、私は何とか堪えて微笑むと言った。


「なるほど、事情は分かりました。後のことは私に任せて貰えるかしら?」

「えっと……」

「た、助けて……くれるんですか?」


女性の子供の女の子がそう尋ねてくる。


その子の手を握ると、私はびっくりするその声に微笑んで言った。


「ええ、私に任せて。だから、貴女も笑いなさい。可愛いレディーには笑顔が似合うわよ」


その言葉にその女の子は少し顔を赤くしてから、笑みを浮かべる。


ぐふぅ!


こ、この笑顔ヤバ……なんて無垢な笑みなのだろう。


守りたい、この笑顔。


「そうだわ、お二人のお名前を聞いても?」

「り……リナリアです……」

「母のライナと申します」


その自己紹介でもはや決定してしまう。


リナリアと名乗るこの子こそ、私の探していた乙女ゲームのヒロインちゃんであると。





ーーー




ふわふわのセミロングの金髪に、澄んだ色の碧い瞳。


金髪碧眼は美少女の定番だけど、それをしても埋もれることのない圧倒的な可愛さがそこにはあった。


リナリアと言う名前のその子こそ、私の探していたヒロインちゃんの幼少時代に間違いない。


リナリアという名前はゲームの公式のデフォルト名なので、間違えようもなく、見た目も幼いヒロインちゃんであることは疑いようがない。


そして、母親であるライナはヒロインちゃんが綺麗に成長した姿を幻視させ、益々説得力が増してくる。


にしても、ロリヒロインちゃん可愛すぎんか?


思わずそんな言葉が漏れそうにもなるけど、その前にやる事がある。


私はヒロインちゃん達を落ち着かせてから、外に出て縛られている男達を一瞥してからジュスティスに尋ねる。


「それで、どうだったの?」

「黒ですね」

「そう、やっぱりね」


ヒロインちゃん達の言葉に偽りはなく、借金も偽造して母娘を売り飛ばすために仕組んだことらしい。


しかし、ヒロインちゃんにこんな過去あっただろうか?


知らないだけかもしれないが、乙女ゲームでこういう胸糞展開なんて……無いとは言いきれないけど、少なくとも乙女ゲーム『勿忘草』にはその片鱗は見えなかったように思えた。


「しかしお嬢様。あまり危ない行動は謹んでください」

「大丈夫よ。ジュスティスや皆ならいいタイミングで来てくれるって信じてたもの」

「それでもです」


まあ、確かに少し軽率だったかもしれない。


「それにしても、その寝てる男はどうしたの?」


一人だけ、何故か気絶させられているのが居たのでそう尋ねる。


「煩かったので黙らせました。何やら手が凍ったと騒いでましたが……もしかして、お嬢様の魔法ですか?」

「ええ、とはいえ本当に凍らせてないけどね」

「……なるほど、幻覚魔法ですか。お見事です」


私に最初に触れた男は、手が凍った幻覚を見せたのだが……思ったよりも効いたようで少しびっくり。


本当に凍らせても良かったけど、ヒロインちゃんの前で手荒な真似は避けたかったのだ。


「何にしても、この件はさっさと解決しちゃいましょうか。ここの領主は……確か、ぺドラル男爵だったわね」


余計な仕事が出来てしまったけど、このまま放置する訳にもいかない。


私は速やかな解決のために色々と準備をすることにした。


屋敷と王城に遣いを出して、ヒロインちゃん達を別の家へと避難させる。


ついでに、賊の情報を集めておくが、これは本当についでである。


お父様は私の言葉にきっと直ぐに対応してくれるだろうし、男爵の屋敷を探せば賊との繋がりの証拠は出てくることだろう。


話によれば、男爵の屋敷の地下には男爵お気に入りの女性が監禁されているのだとか。


しかもどうやら男爵はストライクゾーンが広いらしく、私よりも年下の女の子から年齢を重ねた妖艶な人妻まで手広く集めていたらしい。


うん、クズだね。


無理矢理なんて何がいいのやら……これだから度し難い変態は困るのだ。


まあ、ヒロインちゃん達に怪我が無いのが幸いと言うべきかな。


とはいえ、この件を見過ごす訳にもいかないし、出来ることはしておかないと。


貴族のご令嬢も大変なんだねぇ。








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