第2話 家族仲を再構築

「うーん……」


手鏡を手に持ち、私は表情を柔らかくしようとして、あまり効果がないことに気付き諦めた。


鏡に映るのは、今世の自分……カトレア・アンスリウムちゃん、五歳の姿だ。


幼いながらも整った顔立ちに、長い透き通るような銀髪を持つ女の子。


その目は少しつり目がちで、普通にしていてもどこか威圧感を出せそうなくらいではあった。


容姿は完全に今世の母親……お母様に似てるみたいね。


(そういえば、ゲームの悪役令嬢カトレアとお母様凄く似てるわね……まあ、美人は確定かな)


無論、努力は必須だけど、将来に希望が持てるのはそこそこ大きい。


初見ではきっと、あまり愛嬌を感じさせるような印象を与えるのは難しいかもしれないけど、ヒロインちゃんと会えた時に少しでも良い印象を持ってもらいたい……そんな気持ちがあったので、私は今世ではあまり動いてなかった表情筋をほぐしていた。


あ、でも逆にこのまま凛々しい印象で行くのもありかも……うーむ、迷うなぁ。


ベッドでの生活も数日続くと飽きるものだけど、私は今世の自分を見て暇つぶし出来てしまっていた。


そう聞くとナルシストみたいだけど、カトレアさんは確かに可愛いのでそこは自慢していきたいもの。


「それにしても……広い部屋だなぁ」


小声でポツリと呟くが、答える声は居ない。


私付きのメイドさんは今外しており、部屋には私一人。


豪華な広い部屋だけど、ハムスター的な習性のあるインドアな私は狭いところの方が落ち着いたりもする。


まあ、貴族に転生したのだから、決してそんな事は口にはしないけど……やっぱり1人は寂しいものだ。


早くメイドさん帰ってこないかなぁ。





ーーー




「これはアカン」


百合音改め、カトレア・アンスリウム五歳。


しっかりと静養して、回復してから私は思わずそんな事を口にしていた。


何がアカンのか……今世の家族仲だ。


正直貴族の家族仲というものに詳しくないとはいえ、絶望的なのは過去のカトレアの記憶からも明らかになっていたのだが、娘が生死の境をさ迷った後なのに一度も尋ねてくる気配のない両親にそう思うのも無理もないだろう。


興味無いのかな?


うーん、でも忙しいという線も無くはないし……分からないなら調べるに限るな。


「ジャスティス、少しいい?」

「これはカトレアお嬢様。ご回復お慶び申し上げます」


如何にも凄腕執事の貫禄を醸し出す、老練なこの紳士は、我が家の執事長のジャスティス。


名前からして凄いが、不思議と似合ってしまうくらいには人柄の良さに溢れていた。


「ええ、ありがとう。それで聞きたいんだけど、お父様とお母様はここ最近どうしていたのか分かるかしら?」

「旦那様と奥様ですか。旦那様は現在、領地の視察へと向かわれておりますね。奥様は旦那様の名代として夜会などにご参加されてから、現在は王妃様のお相手をされているかと」


ふむふむ、忙しいのは間違いないかな。


「お帰りはいつか聞いてる?」

「旦那様は3日後には戻られるかと。奥様に関しては明日には戻られるご予定になっております。ただ、旦那様は何やら国王陛下のご命令で何かしらの任務を受けているようですので、ご帰還が後ろにずれることも有り得るかと。奥様も明後日からまた連日夜会やお茶会のご予定が詰まっておりますね」


流石は公爵家というか、それにしてもスケジュール忙しすぎない?


「そう……ジャスティスに聞きたいのだけれど、お父様とお母様は仲良くなれるかしら?」


カトレアの記憶では、家族全員が揃った記憶はほとんど無い。


両親のどちらかとさえ、ほとんど時を共にした記憶がないのだが、これで両親だけ仲良しならカトレアさんは泣いていいと思う。


ただ、記憶にある両親の会話の距離感から、それはあまり考えられないので、政略結婚らしい仮面夫婦のような距離感になっているのかもしれないと推察してみる。


原因は互いの忙しさだろうが……それを抜きにしても、空いてる時間で距離を縮めることがそもそも可能なのか……まず、それを知らねば。


「そうですね……」


どう答えるべきなのか悩む素振りを見せてから、私の視線を受けてジャスティスはニッコリと微笑むと言った。


「今はお忙しいので難しいかもしれませんが、旦那様と奥様は互いを想いやっておりますし、不可能ではないかと」

「そう、それなら良かった」

「それに、カトレアお嬢様のこともお二人は気にしておられますよ」

「そうなの?」


少し意外な話に思わず首を傾げると、ジャスティスは内緒話でもするようにお茶目に笑って言う。


「ええ、いつもお屋敷でのお嬢様のご様子を確認なされますし、お嬢様が寝ている時に尋ねたこともあるようですよ。それに、お嬢様がお怪我をされたことを知った時には、予定を破棄してお二人共戻るつもりのようでした。ただ、旦那様の場合は距離の問題ですぐには難しく、奥様もどうしても抜けられないパーティーだったので後で無事だとご報告したら心底安堵としていたご様子です」


そんな話を聞くと、ますますタイミングの悪さと忙しさのせいだと分かった。


それにしても、寝てる時か……確かに、子供のカトレアが気がつく訳もないよね。


「ジャスティス、少し協力して欲しいのだけど……」






ーーー




「お母様、お帰りなさいませ」

「カトレア……?こんな時間まで起きていたのですか?」


夜遅く、子供が起きているには辛い時間帯に、私は帰ってきたお母様をお出迎えしていた。


正直、この身は子供なので物凄く眠たいけど……我慢して笑顔で迎えてみる。


すると、帰ってきたお母様は実に驚いた表情を浮かべていた。


お母様はカトレアさんと同じく、銀髪でつり目気味の少し気が強そうな顔立ちをしているが、凛々しく美しい気品のあるそのお顔は実に麗しい。


こういう人をデレさせたい人生でした。


なんて思っていると、お母様は嬉しそうな表情を一瞬浮かべそうになりつつも、取り繕うように表情を凛々しくして言った。


「お出迎えは嬉しいですが、時間も時間です。早く寝ること。それに、貴女は先日怪我をしたと聞いてます。少しでも早く寝ないといけませんよ」


厳しいことを言ってるつもりなのかもしれないが、完全に私のことを慮ってくれていて嬉しくなる。


お母様、デレが隠せてませんよ?


「はい、すみませんお母様。ですが、お母様の顔が見たくなったのです。こうして無事に帰ってきてくれた事、カトレアは嬉しく思います」

「カトレア……」


ちょっとジーンとしているご様子のお母様。


そういえば、こうしてちゃんと話すこと事態下手したら初めてなのかもしれないな。


「お母様、お疲れでしたら断って頂いて構いませんが……一つだけお願いがございます」

「お願いですか?」

「はい、今夜は……カトレアと一緒に寝てくださいませんか?」


少し踏み込んだお願いをしてみる。


娘からのそんな積極的なアプローチに困惑しているお母様だったが、私の上目遣いのお願いに勝てなかったようで、ため息混じりに、でもどこか嬉しそうに頷いた。


「分かりました。今夜は一緒に寝ましょう」

「ありがとうございます、お母様」


色々と寝るまでにも準備のあるお母様は、辛ければ先に寝てなさいと言いながら自室に戻ったけど、私は部屋で眠気を我慢してお母様が来るのを待っていた。


子供の体ってこんなに眠いものなのか……でも、お母様とちゃんと話すまでは寝る訳にはいかない。


この身が出来る精一杯をしようと何とか睡魔と格闘することしばらく、控えめなノックと共に、どこか緊張しているお母様が部屋に入ってきた。


「お待たせしました。まだ起きていたのですね」

「お母様と一緒がいいんです」

「全く……その頑固さは私に似たのでしょうか」


そう言いながら、私の隣に座ってくるお母様。


安心する優しい匂いに、思わず沈みそうな意識を何とか保つ。


「こうして、一緒に寝るのは……貴女が生まれた時に一度あったかどうかですね」


そっと、横になったお母様は疲れているだろうに、私を安心させるようにポンポンとリズム良く振動を与えてくれる。


アカン……これは長くは持たない……。


「お母様」

「何でしょう?」

「お母様は私のこと……好きですか?」


その質問に、少しの沈黙の後……お母様はハッキリとした声で答える。


「ええ、勿論」


……良かった。


分かっていても、その返事が聞けて安堵しかない。


「じゃあ、お父様のことはどうですか?」


その質問には、お母様は先程よりもどこか考えるような間があってから……少し小さな声で答えた。


「私は旦那様……貴女のお父様のことを心から愛していますよ」


その言葉には、確かな熱があった。


それと同時に、不安そうな心も覗くことができた。


お父様の気持ちは分からないので、一方通行な想いだと思っているのかもしれない。


ひとまず、お母様の本音は聞けた。


次はお父様かな。


「カトレア……寝てしまいましたか」


静かにそう考えていると、そう微笑むお母様は、私の頬に軽く口付けをしてから優しく頭を撫でると言った。


「貴女が私の娘で、本当に幸せです。もっと貴女に構ってあげられたら……ダメな母親ですみません。ですが、私は貴女と貴女のお父様……旦那様を心から愛してますよ」


……お母様、こんな事を言うのは非常に申し訳ないんですが、可愛すぎませんか?


そんなことを思ったが、流石に限界なので私はゆっくりと睡魔に身を任せてそのまま意識を底へと沈めていく。


あぁ……母親の温もりとはこんなに安心するのか……そんな事を実感できた本日であります。




ーーー



「お父様、お帰りなさいませ」


数日後の夜、今度はお父様のお出迎えに出た私。


「カトレアか……?」


起きてる姿ではあまり会ったことなかったからか、そんな疑問形の言葉をかけてくるお父様。


渋いイケメンおじ様のお父様は、その顔に困惑の色をありありと浮かべていたが、私は構わずに言葉を発した。


「お仕事お疲れ様です。お父様に会いたくて、こうして夜更かししてしまいました。その……ご迷惑でしたでしょうか?」


そう聞くと、お父様は驚いた表情を浮かべてから、「いや……」とどこか硬い表情を和らげるように軽く私の頭を撫でた。


「出迎えご苦労」

「はい」


お父様の精一杯のデレだと分かるので、嬉しそうに微笑んでみる。


それにお父様はどう答えればいいのか困っていたようだけど……迷惑だったり嫌がってる様子は無さそうでホッとする。


「お父様、ご夕食は終わってますか?」

「済ませてきた」

「では、寝るまででいいので、少しだけ……私の我儘をお許し頂けますか?」


立て続けに攻めてくる娘に、実にいいリアクションをしてくれているお父様だったが……うん、やっぱりこの人凄く不器用なのかもしれない。


仕事は出来るのだろうけど、自分の気持ちや家族とと触れ合いなんかは慣れてないご様子。


まあ、その辺は何れかな。


「我儘?」

「はい……お父様、私とお話してくださいませんか?」

「今してる」

「そうではく……お父様のお話が聞きたいんです」

「私のだと?」

「はい、何でも構いません」

「……お前がそう望むなら叶えよう」


本当はお母様の時と同じように一緒に寝て欲しいと言いたかったが、お父様の場合は処理落ちしてしまいそうだったのでそう妥協してみる。


そして、お父様は私が眠くなるまで色々と話してくれた。


それらはなんて事ない、真面目なお父様らしい話せる範囲での仕事の話や出掛けた先での珍しい食べ物なんかの話だったが、私に話しているお父様は少し楽しそうであった。


「お父様、私のこと……好きですか?」


唐突に挟み込んだその質問。


それにお父様は目を丸くしてから、不器用に笑みを浮かべると私の頭をポンと撫でて頷いた。


わぁ……なんか、お父様萌える。


でも、次が本命なのでそちらを尋ねる。


「じゃあ、お母様のことはどうですか?」


お母様と言った瞬間に、お父様がめちゃくちゃ動揺しているのが分かってしまう。


何とも初心な反応だが……言わずともお母様大好きなご様子で。


「お母様、心配してました。お父様がお忙しくて倒れないかと」

「……そうか」


めちゃくちゃ嬉しそうなお父様。


「それと、お父様に会いたがってました」

「……そうか」


今にも寝室に走り出しそうなお父様だが、残念なことにお母様の帰還にはもう少しかかるだろう。


「お嬢様、奥様がお帰りになりました」


なんて思っていたのだが、お母様が予想よりも早く帰ってきてくれたらしい。


「お前は寝ていなさい」

「お出迎えだけさせてください」

「……そうだな、分かった」


娘に甘くしてくれるお父様、凄く大好きです。


そんな事を思いながら、眠気を押してお父様とお母様の出迎えに向かうと、お母様は大層驚いたような表情を浮かべていた。


「旦那様……お戻りになったのですね。お帰りなさいませ」

「……ああ」


ぐっ、やはりお母様相手だと照れてしまうのか。


いつもより更に口下手なご様子のお父様。


「お母様、お帰りなさいませ」

「ええ、出迎えありがとうカトレア」


私の頭を撫でてくれるお母様は、ここ数日で大分慣れてきてくれたご様子。


うむ、これなら、今のお母様なら大丈夫かな。


「お母様」

「何ですか?」

「お父様、お母様のこと愛してるそうです。お母様のこと一人の女性として、妻として愛していると言ってました」

「ふぇ……?」

「……!か、カトレア!?」


呆然としてから、顔を真っ赤にするお母様と取り乱したようなお父様。


多少の荒療治はご勘弁してください。


「お父様、お母様はお父様のこと大好きです。男の人として、夫として愛してるそうです」

「なぁ……!」

「や、やめてカトレアぁ……」


恥ずかしそうなお母様が実に可愛い。


とはいえ、この爆弾を破裂させたからには一気に攻めるに限る。


「私、お父様とお母様が両想いで凄く嬉しいです。だから、もっと仲良くして欲しいんです」

「カトレア……貴女……」

「……」


私の言葉に、感じるものがあったのかお父様とお母様はしばらく黙ってから……お母様から切り出した。


「旦那様、私……」

「いや、待て」


お母様の言葉を遮るお父様。


どこか不安そうなお母様にお父様は一拍置くと、真っ直ぐな瞳を向けて言った。


「アザレア。私は君のことを心から愛している」

「え……?」

「私は君を愛している」


その言葉に……お母様は瞳をうるませて、お父様の胸元に飛び込んだ。


「旦那様……!」

「君の返事を聞きたい」

「私も……私も、ずっと旦那様のことお慕いしておりました……」

「……うむ」


頑張って絞り出した勇気が切れたようで、返事が不器用になってしまうお父様。


とはいえ、これで問題なかろう。


私はイチャイチャし始める前に部屋に戻ると子供らしく寝ることにする。


夜はまだまだこれから……弟か妹出来るかもね。

















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