悪役令嬢に転生したので、ヒロインを溺愛します

yui/サウスのサウス

第1話 悪役令嬢になったらしい

「お嬢様!しっかりなさってください!お嬢様!?」


ゆっさゆっさ、と体を揺すられる。


頭が痛い。


ボヤける視界の隅には赤色が映る。


血だろうか……誰の血?


私……のなんだろうなぁ。


「急いでお医者様を!」

「お嬢様!お嬢様!」


私付きの侍女さんが取り乱したように私のことを呼んでいる。


そんなに揺すっちゃダメだよ……もっと悪化するから、焦る気持ちも分かるけど冷静にね。


不思議と落ち着いてる気持ちを抱きつつ、私の意識は徐々に沈んでいく。


死ぬのだろうか?


でも……なんか、既視感を覚えるような気がする。


転んで頭を打って派手に血をばら撒くなんて経験無いはずなのだが……何でだろう、何故かデジャブを感じなくないこの感じ。


これが悟り……なのだろうか。




ーーー




「ゆーりね!おはよ!」


本日も晴天なり。


そんな日差しに焼かれて、蒸発しそうな私を後ろから容赦なく攻撃してくる親友は鬼だと思う。


「……瑞穂みずほ、不意打ちは卑怯だよ」

「いや、普通の挨拶じゃん?相変わらず、百合音ゆりねは軟弱だなぁ〜」

「む、失礼な。これでも中学は弓道に命かけてたスポーツ少女だったのよ?」

「いや、可愛い女の先輩に上手いこと乗せられて入っちゃっただけでしょ?まあ、それでも全国大会で結果残した時点で凄いけど」


痛いところを……確かに、めちゃくちゃ可愛い先輩に「人が少なくて……入ってくれない?」と、あざとく上目遣いで頼まれたから落ちしてしまったが、体は屈しても心までは屈してないからセーフだろう。


「それで、朝からゾンビみたいに歩いてるけど……高校入って帰宅部になってから、本当に落ちぶれてるよねぇ〜」


親友を落ちぶれてる扱いするこの子は、本当に鬼だと思う。


「で、そんなになるまでやるってことは……またお気に入りのギャルゲーでも見つけたの?」

「いんや、乙女ゲーム」

「え!?あの百合音が乙女ゲーム!?」

「何その驚きは?」


年頃の乙女がそうしたゲームをやってても違和感ないはずなのに、かなり失礼な驚き方をしている親友の瑞穂。


「だって、あの百合音だよ?二次元の美少女にしか興味なくて、乙女ゲームなんてやる価値がないとか言ってたあの百合音だよ?」


……そう客観的に言われれば、確かに違和感はあるかもしれないな。


私は、可愛い女の子(二次元オンリー)が好きなので、ギャルゲーや百合ゲー(これは外せない)その他も、ジャンルとしては、恋愛もので、女の子いっぱいのストーリーしかやらないのだが、それでも最近乙女ゲームにも手を出し始めた。


その理由は……


「ふふふ、瑞穂。私も大人になったんだよ。確かに乙女ゲームは女の子が少ないけど……」

「少ないけど?」

「ヒロインが可愛いのよ!」


どやさと、実にいい笑みを浮かべて言うと、呆れる親友さん。


おや?そこは、百合音学会の新しい発表にうち震える場面では?


「はぁ……百合音って、本当に女の子が好きだよね。美少年とか興味無いの?」

「まあ、嫌いじゃないけど……女装が似合う女顔の乙女な性格ならあるいは……」


温和なお人好しは、見ててストレスがないから嫌いではない。


「いや、それはそこそこ特殊だから。そうじゃなかて、こう……俺様系とかツンデレにときめいたりは?」

「美少女ならウェルカム」

「美少年は?」

「……ストーリー楽しむ過程で多少なら」


キャラを愛せるかと聞かれたらノーと答える他ないのはお察しで。


というか、顔良くても俺様とか強引なのは普通に無理です。


「本当に……私は百合音が結婚どころか彼氏出来るか心配になってきたよ」

「今更だね。もし無理なら、瑞穂に養って貰うから」

「いや、私は洋介くんという人が居るし……」

「私を選べ!瑞穂!」

「いや、ヒモになりたいのが分かってて、そんな熱い告白は受けられないから」


残念。


まあ、瑞穂は彼氏とラブラブだし、いつまで続くかは不明だが幸せになるといいよ。


「それで、何の乙女ゲームしてるの?」

「あれ?興味あるの?」

「まあね」


聞かれたなら話す以外の選択肢はあるまい。


「『勿忘草』ってタイトルの乙女ゲームだよ」

「あー、あれか」


中世ヨーロッパ風の、時代感にファンタジー要素を組み合わせた作品なのだが、何故かタイトルはシンプルイズベスト……というか漢字3文字ってそれってどうなのかと思わなくもないが、それでも面白いから気にしない方がいいだろう。


「ヒロインがね、めっちゃ可愛いの!」

「確かに、百合音好みかもしれないね」

「そうそう!一途で、包容力があって、もう最高!」

「そういえば……悪役令嬢の子の方はどうなの?」


その言葉に上がっていたテンションが少し落ち着く。


「うーん、嫌いじゃないけど、ヒロインが可愛すぎて霞むというか……あれだね、デレさせて赤面させるのは楽しそうな性格はしてたね」

「それ、褒めてるの?」


勿論だよ、可愛いものは可愛い。


素直に認めることこそ、世界平和の第1歩だとしみじみ思う。


「私としては、ストーリーはまあまあだったかなぁ」

「あー、ストーリーは確かにそこそこかもね」


高い魔法の才能を見出された主人公が、学園へと入学する所から物語は始まる。


その学園は、貴族や貴族で魔法の才能のある子供達、後は平民でも魔法の才能がある人などが通うことができる学園なのだが、様々な学科に別れており、主人公は特別クラスへと割り振られる。


特別クラスは、最上位の貴族の子息や令嬢、魔法の才能が特に優れている者が入れるのだが、平民ではヒロインだけがそこに入ることができ、そこから攻略対象に目をつけられて恋愛へと発展していくというのがメインの物語だった。


メインの攻略対象の王子2人に、宰相の息子、騎士団長の息子、魔法師団長の息子と5人の攻略対象との恋が楽しめるのだが、どのルートを見ても主人公であるヒロインちゃんが聖母のような愛らしさを発揮していて、砂糖を吐くレベルであった。


「私としては、悪役令嬢が少し気の毒だったかな」

「まあ、振り回されていたしねぇ」


メインの王子2人の所で、主に登場する悪役令嬢さん。


彼女は2人の王子のうちの、兄の方の婚約者なのだが、弟ルートだと兄がとある事情で王太子の座から退き、そこに代わりに入ることになった弟の婚約者にさせられるのだが……まあ、何やかんやと責任感や幼なじみの情などもあって、王子のどっちにも惚れてる悪役令嬢を振ってから攻略対象とヒロインちゃんは結ばれるという感じになるのだが、ストーリー中はそこまで気にならなくても客観的に思い返すと中々に悪役令嬢さんは不憫に思えた。


嫌われるのを承知で、悪女のような振る舞いをしていた彼女はヘイトも集まるだろうが、それさえも受け入れるヒロインちゃんは本当に天使だと思った。


まあ、奪ったのがヒロインちゃんだと言われればそれまでだが、先に惚れたのは王子の方で、それを最初は悪役令嬢のこともあって受け入れられないヒロインちゃんがダメだと分かりつつも、受け入れちゃうしかないような状況になって、それでも悪役令嬢との和解も大切にした結果なので、あまりヒロインちゃんは責められないだろう。


「それで、その様子だと昨日は徹夜で全クリしたのかな?」

「まあね。あと、ヒロインちゃんが可愛すぎて、投稿サイトにお絵描きと自作のSS投稿してた」

「……相変わらず多彩だね。そっちで食べていけるじゃない?」

「趣味を仕事にしたら地獄だからしない」


楽しいを仕事にして、本当に楽しめるのは極わずかな天才だけ。


私のような尖ってない才能は、売れるために何でもアクティブにするしかなくなって、結果好きなものを書けなくなるのは目に見えているのでしたくない。


「まあ、いいけど。それよりその体調で大丈夫?今日体育あるけど」

「あー、そういえばそうだったね」


信号待ちをしながら、フラフラとしそうな体を近くの柱で支えながら、いつも通り友人と駄弁る朝。


こんな日が明日も続くだろうなぁと、思っていたのだが、神様はいつだって自由気ままらしい。


信号がもう時期変わりそうというタイミングで、大型のトラックが奇妙な動きをして、こちらに向かってくるのが見えた。


嫌な予感を覚えていると、明らかに運転席の運転手の様子がおかしく……そう、過労で倒れたような、事切れたようなそんな感じが私の視力では見えてしまった。


周囲も、そのトラックに気づいたのか、ヤバいと思って回避行動を取ろうとするが、瑞穂は固まってしまって動けてなかった。


相変わらず、咄嗟の事には弱い友人だが、私も寝不足で少し体が重いので無事脱出は難しいかもしれない。


……というか、明らかに私は逃げられる範囲には居なさそうだし、仕方ないか。


「きゃっ!」


フリーズしている瑞穂を突き飛ばして、ダメ元だが遠ざけてみる。


ふむ、ギリギリ当たらないかな?


そんな事を考えていると、トラックはどんどんと迫ってきて……ドンっ!と、物凄い音を立てて、私はトラックに追突された。


数瞬、意識が飛ぶ。


気がつくと、真っ赤な視界には泣きながら私を呼ぶ親友の瑞穂の姿が映る。


「――――!」


あー……ダメだな、音が上手く聞こえない。


視界も真っ赤だし、これは相当な出血でしょうなぁ。


不幸中の幸いというべきか、瑞穂は私の突き飛ばしたことではあまり怪我はないようで、そこだけは安心だ。


「みず……ほ……」


あ、何とか声が絞り出せた。


私の手を強く握ってくる親友に……私は大事なことを伝えておく。


「おそなえは……かわ……いい、おんな……のこで……」


そう伝えて最後の力は消えてしまう。


あちゃー、最後まで欲が隠せなかったなぁ……まあ、幸せになんて言わなくても伝わるだろうし、これくらいで丁度いいか。


そうして、私は薄れゆく意識に身を任せて深く沈んでいく。




ーーー




「いやはや、奇跡の回復ですな……」

「お嬢様……良くぞご無事で!」


医者の驚きの顔と、私付きの侍女の喜びの顔がそこにはある。


何だか、長い夢を見ていたような気分だけど、ようやくと意識がハッキリしてくる。


そうか……前世の私は死んじゃったのか。


それで、こうして今私は来世と呼ばれる存在になっていたのかもしれない。


2つの記憶が混じったような気持ち悪い感覚だけど、今世……この、自分の名前は、カトレア・アンスリウムと言うらしい。


アンスリウム公爵家の長女として生を受けて、かれこれ五年ほど。


その間、私は前世の百合音としての記憶はなく、ただ違和感のようなものを覚えて生きてきたようだ。


そして、ある日屋敷の階段から派手に転んで落ちて、調度品を巻き込んでそれらに頭をぶつけて死にかけたらしい。


その生死の堺で、私は前世の記憶を思い出した。


そして、前世の私……百合音という名前だったのだが、その前世の私はトラックに激突して死んだらしい。


親友に悲惨な現場を見せてしまったのが少し気がかりだが……まあ、死んで転生したのならどうしようもないし気持ちを切り替えないとね。


さて、この世界は前世の日本とは違い、中世ヨーロッパのような世界観とファンタジーが合わさったような不思議な世界のようだ。


……おや?なんか説明にデジャブを感じる。


そういえば、カトレアいう名前には聞き覚えが……何だったかなぁ?


今世の自分の名前なので違和感などないはずだが……強いていえば、あまり今世で名前を呼ばれた記憶が無いのでそう感じるだけかな?


カトレア・アンスリウム公爵令嬢かぁ……ん?


「あ、そっか。あくや……」

「お嬢様?」

「……いえ、何でもないわ」


危うく口に出そうになって、何とか抑える。


私付きの侍女さん……いえ、私は萌えを追求したのであえて、メイドさんと呼ぼう。


そのメイドさんには分からない範囲でどこか納得したような表情を浮かべてしまう。


(そっか……知ってると思ってたけど、死ぬ前にやってた乙女ゲームの悪役令嬢の名前だったなぁ)


道理で知ってる訳だ。


つまり、私は転生というだけでもレアなのに、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したみたいだ。


まあ、必ずしも同一人物とは限らないし断定は出来ないけど……そっちの方が面白そうなのでそちらで考えてみることにする。


(つまり……あの可愛いヒロインちゃんに会えるかもしれないんだ!)


そう考えると凄くワクワクしてくる。


攻略対象?まあ、会うことにはなるかもだが、そこまで興味無いかな。


私の可愛いヒロインちゃんを持っていくかもしれない奴らだけど、私としてはヒロインちゃんに会えるだけで幸せなので、精神衛生上、気にしないでおくに限る。


何にしても……前世の記憶も思い出したし、自由に動いてみようかな。


多少ワクワクする気持ちが出ていたからか、メイドさんにかなり微笑ましそうな表情を浮かべられていたが……まあ、それそれ。


早速、行動開始かな。


そう思ったが、死にかけた後なのでもうしばらくはベットの上に居るべきかも……ここで動いて死んだら洒落にならんししゃーない。


私は気持ちを抑えつつもゆっくり二度寝に入るのであった。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る