赤ずきんリローデッド

amaru

赤ずきんリローデッド

「主文、被告人は無罪」


 無意識に吐息が漏れる。安堵からか、手の震えも止まった。どのような結果も覚悟していたとはいえ、判決に臨むには相当な緊張があった。


「祖母である被害者に続き狼に飲み込まれたとの証人の証言は、狼が被害者のふりをして待ち伏せしていたことや、狼と証人との会話の内容に関して具体性があり、不自然な点は見られないことから、信憑性がある」


 あの子が考えたストーリーだ。私がたまたま狩りで仕留めた狼を引きずっていたことから、それをうまく利用することを思いついたようだ。

 彼女は、いきなり丸のみにされたのではリアリティに欠けるからと、祖母に変装した狼に対して耳や口の大きさについて質問するシーンまで付け加えてみせた。


「先に飲み込まれた被害者は既に絶命しており、被告人が狼を銃撃後、その腹を裂いて助け出した時点では、手遅れであったという証言も、証人が実際に飲み込まれた際に知覚した内容にもとづくものであり、説得力がある」


 銃で撃った獲物は、通常内臓を取り出すために腹を裂く。誰かを助け出すために切り開いた痕だと言われれば、後からそれを確かめる術はない。

 彼女の計画の核心は、彼女の祖母の死因が狼に飲み込まれたことであると裁判官に印象づける点にあった。そのために彼女は、自分も狼に飲み込まれたことにして、その腹の中で見てきたかのように証言した。


「被害者の胸部および腹部に見られる複数の刺し傷も、被告人が狼の腹を裂く際についたものでないとは言い切れない。以上から、本事件において被告人が被害者を殺害したと決めつけるだけの証拠に欠け、被告人を犯人と断じることは躊躇せざるを得ない。よって被告人は無罪である」


 そしてそれは、うまくいった。

 あの子の証言が信じてもらえたということは、私が、そしてあの子が罪に問われることはもうないということだ。


 私は短く息を吸い込んだ。


 私があの家に入ったとき、あの子が血だらけのナイフを握りしめて、空を仰いでいた理由はわからない。私にとってそこは問題ではなかった。すぐに凶器を取り上げ、逃げるように促した。あの子を守りたい一心で、この後自分がどうなるかはまったく考えていなかった。

 私は殺人の罪で起訴された。


 面会に来たあの子は驚くような提案をした。私は断った。私が身代わりになれば済む話であり、わざわざ証人として関係者の前に姿を見せるのは危険だと思ったからだ。時折村で見かける程度の猟師のことなど、忘れて先に進めばいい。それでもあの子は譲らなかった。


 ――或いは、気づいていたのかもしれない。


「判決は以上です」


 刑務官に付き添われ、傍聴席を振り返ることなく私は法廷を後にした。

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赤ずきんリローデッド amaru @amaru123

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