第5話 辺境へ旅立っちゃった

「お父様、どういうことですの?」


 追い出されるように城を後にして、屋敷に帰りついた。本来は城での勤めもあるはずのお父様も一緒に。


 帰りつくなり身支度も解かず、私はお父様の書斎に押し掛けた。

 公爵家令嬢としてははしたない振る舞いだけど、緊急事態だから許してもらおう。


 ルクレツィアもそう感じていたのか、今度は抵抗感はなかった。


「どうもこうもない。アールグレイ殿下の言うように、ひとまず辺境の領地に行くとよい」


 アールグレイってのは、第一王子の名前ね。


 第二王子はディンブラ、第三王子はアッサムなので、紅茶の名前に由来しているんだと分かる。

 

 だけど、この国のどこにも紅茶が名産だとか王家に紅茶にちなむ謂れがあるとか、設定されてない。

 たぶんゲーム制作者神さまの思い付きだな、きっと。


「ですから! どうしてわたくしが追放されなくてはなりませんの?! わたくし、あの娘に嫌がらせなんてしておりません!」


「それは承知している。まあ、殿下の言う通りのことがあったとしても、それにイチイチ目くじらを立ててあんな風に訴えるその神経を疑うがね。あの娘のクラス替えを取り下げるよう命じたそうじゃないか」


「クラス替え……? まだ、前期が終わったばかりですのに?」


 王立学院には成績優秀者を集めた特進クラスとそこまでの成績ではない一般クラスとがあり、私やアールグレイ殿下、それにヒロインは特進クラスに在席している。


 年度末(この世界では6月ね。で、夏休みを挟んで10月から新年度が始まる設定)には成績によってクラス変更が行われる。年度半ばというのは、ないわけではないけど、珍しい。


 あ、そういえば今夜の断罪イベント、卒業式のプロムナードとかではなく、単なる新春の舞踏会。

 半年足らずでラストイベントまで進むのも、わりとスピード展開だよね。


 テンプレじゃなくて珍しいな、と思ってけど、もしかして、そのクラス替えのせい?


 てっきり現実側のクリスマスイベントにぶつけたのかと思っていたけど。


「すでにいくつもの単位を落第しているそうだ。まあ、入学前から家庭教師について学んで来ている貴族の子弟の、それも優秀生ばかり集めた特進クラスの授業についていくのは容易ではないだろう。後期から一般クラスに移動するように勧めたが、横槍を入れてきたらしい」


「まあ……そうでしょうね。あの様子では……」


 マナーやダンスは仕方ないとはいえ、座学もお世辞にも出来ているとは言いがたい……というか、赤点だらけだって聴いている。


 努力したって簡単には縮められない差が存在するのは、事実。

 うっかり入学してしまったから、準備不足だってのも分かる。


 でも、ね。


 それをどうにかしようっていう気概が、ヒロインからは感じられない。


 困っていると攻略対象が助けてくれるんだ。


 ……あれ?


 私が最初にプレイした時は、頑張っていたよね?


 コツコツ図書室で自習していると、秘書官の攻略対象が勉強教えてくれるんだ。一生懸命教わって、それで成績も上がって、好感度もアップして。


 そういえば、第一王子ルートに入ると、甘々慰めシーンが多くて、だから人気もあったんだけど、あんまり勉強していなかったかも。

 ダンスの練習だけはしていたけど、上手に踊るってより、ボディタッチでデレデレ、みたいな流れで。


 ……そっか、あの王子は、ヒロインをダメにするんだ。


 ダメンズならぬダメインメーカーかよ!


「ですが、ならばなおさらのこと、何故わたくしが罪に問われるんですの?」


「罪に問われたわけではない。春休みに自領の視察に赴くだけだろう?」


 あ、そっか。


 お父様は、「北の辺境に赴く」と口にしただけで、「隠棲する」とも「謹慎する」とも言ったわけではない。


「まあ、宮廷でこれから起きる騒ぎは私や兄たちに任せて、お前はゆっくり心の傷を癒してきなさい。いずれ、お前に分け与えるつもりの土地だからな」


 北の辺境とはいえ、公爵領を分譲?

 領地分譲は、新設爵位が伴う大事だ。

 それは、王家の認可が必要なはず……あ、なるほど。


「紛れもなく王子が口にしたのだ。お前に『辺境の領地に行け』と。王家に命じられたことに、従わざるを得ないだろう?」


 お父様、めっちゃ悪人顔です。

 せっかくのロマンスグレーが台無し……でも、頼りになるぅ!



 というわけで、私は大急ぎで出立の準備に取り掛かり、翌日には取るものもとりあえずという風情で、王都を旅立った。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る