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「して、その娘の容態ようだいはどのような塩梅あんばいぞ?」




 いささかならず時代錯誤な物言い。


 しかも口にしたのは、キリリと髪を襟足でひとつにきつく結び、シンプルな濃紺のスーツに身を包んだ妙齢の女性。


 その見事な脚線美をやや持て余すように斜めに足をそろえ、ソファーに浅く座っている。


 ピンと伸びた背筋は、緊張というより普段からの習いなのだろう、自然体だった。


 ノンフレームのスクエアレンズの眼鏡の下は、濡れたように濃い影を落とす長いまつ毛とくっきりしたアーモンド・アイ。


 大きな茶色がかった瞳は、光の加減で赤みを帯びて見える。


 すんなり通った鼻筋。ピンクオレンジのルージュに彩られた唇は、けれど厚すぎることなく品が良い。


 よく見れば、そこまで化粧は濃いわけではなく、首筋と見比べても、張りのあるきめ細やかな白い肌は彼女本来のものだと分かる。


 ひっつめた髪は、けれど顔のラインに沿って緩やかなカーブを描く後れ毛によりそこまで堅苦しさを感じさせない。漆黒よりワントーンだけ明るい髪色は、日の光の下であれば栗色に見えるかもしれない。




 一見地味な吊りのリクルートスーツのようにも見えるが、体のラインにぴったりとなじんだ仕立ては、オートクチュール高級オーダーメイド。その生地は優美な風合いの艶をまとうシルク。




「顔の左上半分、目の周囲が眼球及び筋組織ごとえぐられていました。もちろん視神経も」




 答える声は、耳触りの良いハイトーンテノール。


「なっ!? …………そうか」


 あまりの惨状を表す報告に、女性は思わず立ち上がり、我にかえって息を整える。


 そのまま窓に近づき、やや空を眺めてから目線を下げる。




 今、治療を受けているであろう少女がいる建物が、そこにはあった。




「痛ましいこと。まだ年若い娘が……命を取り留めたとはいえ……ん?」




 同情めいた言葉を吐いてから、ふと、女性はわずかな違和感を覚える。


 


今生いまおの。おぬし、先ほど『抉られていた』、と申したか?」


「はい」




 短く答えてから、『今生』と呼ばれた白衣を羽織った青年は、わずかに口のを上げる。


「『抉られて』いる、のではなく、『いた』、と? あえての過去形、か?」


 そのかすかな笑みに、女性は半ば確信しながら、問いを重ねる。




「さすがは瀬戸せと様」


「世辞などいらぬ。このような時に人を試すようなことを……」


「そのような思惑は毛頭ございませぬ。私も驚愕のあまり、言葉が足りず」


「そのうすら笑いで殊勝なことを言うても意味はないぞ。まったく、先代も食えぬお人柄ではあったが、それ以上よな。こなたが十八の頃は、もっと素直であったぞ?」


「残念ながら、まだ十六でございます」


「なお悪いわ。……『今生』は安泰よの」


 瀬戸のため息まじりの言葉に、彼はわずかに笑みを強めた。


 彼女に負けず劣らずの、端正な顔立ちは、表情の作り方で彼を二十歳間近にも見せる。


 クセのないさらさらとした黒髪は顎辺りで切りそろえられ、耳ばさみにしている。


 半二重の切れ長の目。どこまでも深く黒い瞳は理知的で、どこか油断のならない鋭さも備えていた。


 外見だけでなくその老獪ぶりも実年齢を凌駕するが筆頭を務める『今生』の家門は一族の中でも重要な役割を負っている。


 人間性は信用がおけぬ苦手なたぐいだが、当主として、そして盟友として、その才覚は信頼できる。




「で、何が起きたと?」


「人の力の神秘を見ました」


「まだるっこしい言い方はやめや。事実だけ伝えよ」


「傷は修復されました」


「は?」


「そのままですよ? 傷は跡形もなく、眼球も含めて、は元通りです」


、は?」




 今生の含みのある物言いに、瀬戸は苛立ちを覚えるが、何とか飲み込んで、先を促す。




「少女が、もう一人、いたそうです」


「……そう、聴いておる」




 平静に努めて返答する。が、すでに怒りを孕んでいることに、瀬戸本人も気づいている。




「そう急かさずに。さすがにこれは、状況を知らねば、結論だけでは理解できませぬ」


「……分かった。説明せい」




 大きく息をいて、瀬戸は続きを促す。




つつみが駆けつけた時、その場にいたのは、二人の少女ということでございます。一人は、目下治療中――と申しましても、治療は意味を持ちませんでしたが、くだんの少女。血だまりの中に横たわっていたそうでございます。ここに運ばれてきた時にも、確かに衣類は血まみれでした」


「血だまり、とな? 血の痕、ではなく?」


「はい」


「……では、此度こたびの襲撃は、によるものではないいうこと……いや、それも在り得ぬ。だが……」




 怒りの色は消え、今生の言葉を反芻しながら、瀬戸は自問自答する。




「はい。そこには確かに、の残滓が残されていたと」


「堤は、の一門でも上位の『見鬼』の才を持っておる。おぬしのことだ、他の者にも確認させておるだろうしの」


「はい。そして、もう一人の少女ですが……」


「行方が知れぬ、とな? ……もしや?」


「おそらく、本来の『獲物ターゲッド』は、その少女でしょう」


「……追われて、喰われた、か」




 確認のためとはいえ、残酷な言葉を口にする苦痛に、瀬戸の眉間がゆがむ、が。





「いえ、喰われたのは、逆です」


「は? ……な?!」




 一瞬意味が分からず、呆けたように声を発して。


 そして思い当たる事実に、今度は驚愕の声が漏れる。




「まさか……?」


を、飲み込んだと思われます。おそらく……」




 今生は、一度言葉を切る。


 どこか人を小馬鹿にしたような薄笑いを引っ込め、その深い黒瞳に真剣な光が宿り、言葉を続けた。








「『封鬼』の能の持ち主かと」





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風を待つ少女~封鬼五行秘譚・序の巻~ 清見こうじ @nikoutako

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