5
「して、その娘の
いささかならず時代錯誤な物言い。
しかも口にしたのは、キリリと髪を襟足でひとつにきつく結び、シンプルな濃紺のスーツに身を包んだ妙齢の女性。
その見事な脚線美をやや持て余すように斜めに足をそろえ、ソファーに浅く座っている。
ピンと伸びた背筋は、緊張というより普段からの習いなのだろう、自然体だった。
ノンフレームのスクエアレンズの眼鏡の下は、濡れたように濃い影を落とす長いまつ毛とくっきりしたアーモンド・アイ。
大きな茶色がかった瞳は、光の加減で赤みを帯びて見える。
すんなり通った鼻筋。ピンクオレンジのルージュに彩られた唇は、けれど厚すぎることなく品が良い。
よく見れば、そこまで化粧は濃いわけではなく、首筋と見比べても、張りのあるきめ細やかな白い肌は彼女本来のものだと分かる。
ひっつめた髪は、けれど顔のラインに沿って緩やかなカーブを描く後れ毛によりそこまで堅苦しさを感じさせない。漆黒よりワントーンだけ明るい髪色は、日の光の下であれば栗色に見えるかもしれない。
一見地味な吊りのリクルートスーツのようにも見えるが、体のラインにぴったりとなじんだ仕立ては、
「顔の左上半分、目の周囲が眼球及び筋組織ごと
答える声は、耳触りの良いハイトーンテノール。
「なっ!? …………そうか」
あまりの惨状を表す報告に、女性は思わず立ち上がり、我にかえって息を整える。
そのまま窓に近づき、やや空を眺めてから目線を下げる。
今、治療を受けているであろう少女がいる建物が、そこにはあった。
「痛ましいこと。まだ年若い娘が……命を取り留めたとはいえ……ん?」
同情めいた言葉を吐いてから、ふと、女性はわずかな違和感を覚える。
「
「はい」
短く答えてから、『今生』と呼ばれた白衣を羽織った青年は、わずかに口の
「『抉られて』いる、のではなく、『いた』、と? あえての過去形、か?」
そのかすかな笑みに、女性は半ば確信しながら、問いを重ねる。
「さすがは
「世辞などいらぬ。このような時に人を試すようなことを……」
「そのような思惑は毛頭ございませぬ。私も驚愕のあまり、言葉が足りず」
「そのうすら笑いで殊勝なことを言うても意味はないぞ。まったく、先代も食えぬお人柄ではあったが、それ以上よな。
「残念ながら、まだ十六でございます」
「なお悪いわ。……『今生』は安泰よの」
瀬戸のため息まじりの言葉に、彼はわずかに笑みを強めた。
彼女に負けず劣らずの、端正な顔立ちは、表情の作り方で彼を二十歳間近にも見せる。
クセのないさらさらとした黒髪は顎辺りで切りそろえられ、耳ばさみにしている。
半二重の切れ長の目。どこまでも深く黒い瞳は理知的で、どこか油断のならない鋭さも備えていた。
外見だけでなくその老獪ぶりも実年齢を凌駕する少年が筆頭を務める『今生』の家門は一族の中でも重要な役割を負っている。
人間性は信用がおけぬ苦手な
「で、何が起きたと?」
「人の力の神秘を見ました」
「まだるっこしい言い方はやめや。事実だけ伝えよ」
「傷は修復されました」
「は?」
「そのままですよ? 傷は跡形もなく、眼球も含めて、形は元通りです」
「形、は?」
今生の含みのある物言いに、瀬戸は苛立ちを覚えるが、何とか飲み込んで、先を促す。
「少女が、もう一人、いたそうです」
「……そう、聴いておる」
平静に努めて返答する。が、すでに怒りを孕んでいることに、瀬戸本人も気づいている。
「そう急かさずに。さすがにこれは、状況を知らねば、結論だけでは理解できませぬ」
「……分かった。説明せい」
大きく息を
「
「血だまり、とな? 血の痕、ではなく?」
「はい」
「……では、
怒りの色は消え、今生の言葉を反芻しながら、瀬戸は自問自答する。
「はい。そこには確かに、アレの残滓が残されていたと」
「堤は、
「はい。そして、もう一人の少女ですが……」
「行方が知れぬ、とな? ……もしや?」
「おそらく、本来の『
「……追われて、喰われた、か」
確認のためとはいえ、残酷な言葉を口にする苦痛に、瀬戸の眉間がゆがむ、が。
「いえ、喰われたのは、逆です」
「は? ……な?!」
一瞬意味が分からず、呆けたように声を発して。
そして思い当たる事実に、今度は驚愕の声が漏れる。
「まさか……?」
「アレを、飲み込んだと思われます。おそらく……」
今生は、一度言葉を切る。
どこか人を小馬鹿にしたような薄笑いを引っ込め、その深い黒瞳に真剣な光が宿り、言葉を続けた。
「『封鬼』の能の持ち主かと」
風を待つ少女~封鬼五行秘譚・序の巻~ 清見こうじ @nikoutako
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