第38話 目は口ほどに物を言う

 スピードがはやすぎて目に止まらない。

 今、そんな状況だ。



「おう」

「……どうも」


 

 中庭のはしのほうの、あまり日当たりのよくない場所。

 大きな木があって、その下で一対一で向き合っている。

 目の前には、自分よりも背が高いダンス部の男子。

 おれの、

 おれの幼なじみとつきあっている的場まとばだ。


 ちっ、と舌打ちの音。


江口えぐちはどこだよ。なんでおまえがいんの?」

「それは、まあ、ふかい事情があって……」


 ふと、彼の足元をみた。少し汚れの目立つ上靴。おれもだ。もし先生がここを通りかかったら、きっとおこられるだろう。

 そして目線をあげると―――


(なっ!!!???)


 校舎の窓ガラスの向こうに江口さんが立っていた。

 位置的に、ちょうど的場の背後になる。


(な、なっ!!??)


 そこでにぎりこぶしをつくって、おれの目を見ながら、ボクシングのフックみたいな動きを何度も何度も。


(「こう、こう」じゃないよ!!!)


 めっちゃ楽しそうに。ヒトゴトだと思って。

 これはケンカか?

 彼女はおれに、ケンカさせるつもりなのか?

 てか江口さんてこんなだった? キャラちがくない?


(まいったな……)


 本日は10月22日、水曜日。

 おとといの夕方に萌愛もあのお母さんにあって、昨日の朝、おれは衝撃の事実を知った。


《スーパールーパー》。


 ざっくり言うと、おれ以外にループしてることが〈わかる〉人のことで、

 それがなんと、江口えぐちあおいだった。


「わ! ほんとに?」

「うんうん。それでそれで」

「あはは! 別所べっしょくん、私にプロポーズまでしてくれたんだ?」

「……で、最終日、私はどうしたの?」


 カゼひいて学校欠席してたんだ、と教えると、彼女は申しわけなさそうに「ごめんね」とあやまった。

 いいんだ、と返して、そこから洗いざらいぜんぶ説明することになった。やってきたことと、現状を。


 ただし―――


「そうなんだ。もうループしないでよくなったんだね。おめでとう、別所くん」

「うん」

「引っ越した先でも、元気でね」

「もちろん」


 ひとつだけ言わなかった。未来で、おれが転校先の国でどうなるのかを。

 まあ、なんとかなると思うんだよな。あぶないメにあう日付も判明してるわけだし。

 あとは確実に助かるために、ぜひ深森ふかもりさんの知恵をかりたいんだが…………



 ギン!!!!



 と、するどい眼光がんこう

 放課後に教室で話しこむおれたち二人のそばを横切るときに。

「どうしてその子と話してるの? そんなヒマあなたにある? ないでしょ? あほなの?」と言わんばかりだった。

 そういったわけで、深森さんとは昨日一言もしゃべれてない。

 モアとも。あいつに近づけるチャンスが、全然なかったんだ。


「はー、ワケわかんねぇな。あいつ……」


 右手で頭のうしろをかくようにして、的場はおれに背中を向ける。


「え、え……江口さんとは」

「あ?」ふりかえる。おれを見る目は、冷たい。「なんだよ」

「どういうアレなんだ?」

「はぁ? 去年、同じクラスだっただけだよ。はっきり言って、親しくもなんともねー」


 さっ、とおれはさりげなく彼女のほうを見た。

 うそだろ。まだ楽しそうに、パンチパンチってやってるぞ。

 昼休みのこの時間、彼女がここに的場を呼び出して、(何も知らせずに)おれをつれてきたのはおそらく、


(幼なじみをちからずくでとりかえせっ! ってことなんだろうな)


 たしかにわかりやすい。これ以上なくシンプル。

 が、現実はそうカンタンにはいかないよ。

 なによりモアの気持ちを考えずに、おれだけで暴走したってしょうがない。


「ごめん。これは、おれが……江口さんにたのんだんだよ」

「おまえが?」

「言いたいことがある。ひとつだけ。あの……モアを裏切るようなことだけは、絶対にしないでくれ」


 無言。

 生徒のおしゃべりの声は遠くて、木がサワサワいってる音が一番大きい。

 しばらく的場と目を合わせたままだった。

 この〈彼〉には、おれやモアの友だちと遊びにいった記憶はない―――はずだ。


「ふざけてんな」


 そう言い残して、猫背の姿勢で歩いていってしまった。

 いれかわるように、タタタと江口さんがけよってくる。

 

「あー面白かった! ねえ、ちゃんと言えた?」

「な……なにを?」

「『おれの幼なじみをかえせーーー!!!!』って」


 あはは、とおれはニガ笑いした。

 しかし、意外にも彼女の顔はマジ。


「笑ってないでさ。ね? ほんとにほしいものは、ちゃんと自分からとりにいかなきゃダメ。まってたって、向こうからはきてくれないんだよ?」

「ごめん……」

「じゃあ的場まとばくんとは、何も話せなかったの?」

「一応」

「ん?」

「モアは裏切らないでくれ、とは言ったよ」

「…………そっか」


 ふっ、と彼女の目が細くなって、微笑んでるカオになった。



「私があなたを好きになった理由、今、はっきりとわかったよ」



 ぼっ、とほっぺの奥で火がついたようだ。やばい。てれる。

 おれも逆にわかったよ。

 こうして自分の気持ちをしっかり声にだせるところが、江口さんのいいところなんだって。


「まだ時間あるね。美術室に移動しようよ」

「あっ」

「あ! ご、ごめんなさい。つい……」


 いきおいでつないだ手を、はなす。

 おれとしては、べつにいいんだが。

 いや、

 そんなカンケイじゃないから、やっぱよくないよな。みんなの目もあるし。


 美術室についた。

 がらり、と自分の部屋のように引き戸をひく。


「じつは美術部なの。もしかしたら、別所くんには『帰宅部』だって言ってるかもね。ほとんどユーレイだから」


 そこで、おれたちはまたループの話をした。


「実際……どんな感じなの? おれは、ふつうの日々と同じように、ループの記憶があるんだけど」

「んー、それよりは少しモヤッとしてる感じかな。そんなにクリアじゃない」


 まずね、と江口さんはおれを指さす。

 いたままの窓から、さわやかな秋の風が入ってきた。


「あなたが気になったの。そんでね、あれ? どうして私、こんなに彼のことを気にしてるんだろうって思いはじめて」


 ゆっくり窓のそばに歩いていく。おれもついていった。運動場のほうから、遊んでいる男子の声がきこえてくる。


「美術室にきて一人で考えつづけていたら、私がかいたマンガを破ってるイメージが急に浮かんだの。声でたよ、ほんと。『あっ!』って。そこからはもうイモづる式ってやつ? ああ私、別所くんに告白した、デートもした、この10月はきっと〈はじめて〉じゃない」

「なんかごめん」

「え? どうしてあやまるの?」


 おれもわからない。なんであやまったのか。ループは、おれのせいじゃないはずだ。すくなくとも、おれの意志ではじめたことじゃない。


「わるい優助ゆうすけ!」

「おい、なんであやまんだよベツ。おれまだ何も言ってねーぞ」

「部活休みだから、おれんにこないかって言うんだろ?」

「お、おお……そうだけど。ベツすげーな」

「すまん。今日、どうしてもはずせない用事があるんだ」

「まじかよー。まぁ、しゃーねーか」

優助ゆうすけ

「なんだベツ」

「たのむから長生きしてくれよ」


 そう言うと、あいつは目をパチパチさせた。

 で「年寄りみたいなこというなよ!」と、すぐ笑顔になった。


 心からそう思ってる。

 一年後おれがどうなってても、こいつには無事でいてほしい。


(えーと、まずダッシュで下校……だな)


 靴箱で靴をはきかえて、さっそく行動にうつる。

 しかし、今週はかなり目まぐるしい。月曜から今日にかけて、毎日なにかしらのサプライズがある。



げきおそ」



 そう言われて、反射的におれはあやまった。たぶん、的場のヤツにもあやまってるから、これで本日4回目だ。


「これ……なんかワケがあるの?」


 おれは声のボリュームをおさえて質問した。

 ここは学校の図書室。おれの足元は靴下。

 すべて、机に入っていた深森さんのメモのとおりにしているけど。


「さとられたくないのよ。私たちの動向どうこうを」

「学校からダッシュで下校―――とみせかけて、しばらくしたら学校にもどってきて図書室へ。ただし上靴は靴箱に残しておくこと……」

「そう。それが私の指示」


 ぱたん、と厚い背表紙の本をとじてたなにもどす。

 ここでやっと、深森さんはおれのほうに視線を向けた。相変わらずきれいな目だ。


「クラスメイトには見られてない?」

「たぶん」

「あなたって浮気性うわきしょう?」


 寝落ち寸前ぐらいまで、深森さんのまぶたがスーッと下がる。

 ジト目だ、これ。


「もしかして、江口さんのこと?」

「10月以前の傾向から推定するに、彼女はむかうに好意はないはず。最近、ときおりチラチラあなたのほうをうかがっていたフシはあるけど」

「……」


 さらっと名前呼びされてしまった。

 おそらくはじめてのことだと思う。

 たまたま?


「きいてるの、向」


 たまたまじゃなかった。


「きいてる。オッケーだよ。深森……さん」


 おかえしにファーストネームで呼びたかったが、あいにくおれはそれを知らない。知らないことに、今ごろ気づいた。


「最初にその点をきかせて。それで、彼女が敵か味方なのか判断するから」

「敵なんかじゃないよ。江口さんは――――」

「《スーパールーパー》?」


 めずらしい。

 あまり動きのない彼女の眉毛が、ぐいっと上にもちあがった。


「そうだよ。だから、いろいろ確認してきたんだ。おれ以外にもループを自覚……」

「なんてえないネーミングなの。おどろき」


 あ。そっち!?

 深森さんは、セーラー服の胸元に垂れていた二つの三つ編みの片方を手ではらって、背中へまわした。


「そんなの今さらの話」

「今さら?」

「失われた時間の記憶は、とっくに思い出してる。どうやら私も〈それ〉の素質そしつがあったようね」


 言いながら、腕を組んだ。

 おなじみの彼女の姿勢だ。


「その証拠を示しましょうか?」

「いや、いいよ、べつに」

「べっしょ」


 なつかしいフィーリング。かえすもばっちり。

 あれ?

 おれはそのやりとりをずいぶんモアとしたけど、深森さんがきけるようなタイミングで口にしてたっけ?


「前回のループの10月3日よ。あのとき、私はまだ教室にいた。だから耳に入ってるわけ」


 この心を読んだかのような会話のスピード感。

 まじ、ふるえる。


「――と、ここまではたんなる前置き。本題に入りましょうか」


 こくっ、とうなずいた。

 放課後の図書室のスミのスミ。なんとか全集みたいなのがおいてるスペースで、人気ひとけはない。


末松すえまつさんに、なびかないように」


 そろえた指先をメガネの横にあてる。知らない人がみたら、おれに向かって敬礼してるみたいに見えるだろう。


「くれぐれも。ガチ、くれぐれもだから」

「さっきの……『さとられたくない』っていうのは、彼女に?」


 YES、と深森さんは目で返事した。


「あなたにぶっとい、極太ごくぶとの五寸クギをさしておこうと思って」

「えっ」

「このまま、幼なじみとうまくいかない日々がつづくと、きっとくる」おれから目をそらして横顔を向けた。「魔がさす一瞬が、きっとくる」

「大丈夫だよ。うん。それは。絶対」

「油断はできない。いい? 向」きっ、とおれをみる。遠心力で、うしろに回っていた三つ編みが胸元にもどった。「私は今回のループが生まれた〈すべての原因〉は彼女にあると思っている」


 静かに、感情をこめずに、事実をラレツするかのように彼女はいう。


「あなたは彼女に言い寄られ、幼なじみはべつの男に告白された」

「ボタンのかけちがえみたいなところからはじまって、だんだんひどくなっていったの」

「あなたは幼なじみのために、幼なじみはあなたのために、それぞれ身をひいて」

「強烈なすれちがい状態のまま、あなたたちは、わかれてしまったのよ」

「そして一年後の10月の悲しいニュース」

「後悔の念はとても強く、里居さといさんは立ち直れないほどのダメージを受けた」


 いい終わると、深森さんはおれの肩に手をおいた。

 正面に立って、両手を。

 

「約束して。あなたがこの最後の〈10月〉で好きになるのは、里居さとい萌愛もあだけだって」


 するよ、とおれは即答した。


「ありがとう。私は、そんなあなたが大好き」

「はは……うれしいよ。それ〈人間として〉ってヤツだよね?」

「いえ。恋愛の相手として。こっちはバリ恋愛感情、あるから」


 えっ?

 えっ、えっ?

 えっえっえーーーーーーーっ!!!!???


 おれは、目が点になった。

 点すらないかもしれない。


 このあと、おれはボーッとした頭のままで帰宅した。


 眠る前のフトンの中で、はっと思い当たった。


(そうか〈単純接触〉! 毎日顔をあわせてたら好きになるっていう……もし深森さんがループのことを思い出せるなら、その日数は半年をかるくこえる――――)


 翌朝。


 学校の正面玄関の近くで、おーい、と元気よく手をふっているのは江口えぐちさん。 

 昨日の放課後どうしてたの、という話から、図書室での会話のことに行きつく。

 彼女にはかくす必要もないと思い、


「スエちゃん、かー……」


 数秒、言おうかどうか迷っているようなそぶりを見せたが、


「じつはね、昨日、廊下でスエちゃんにニラ……ああ、やっぱやめとこ」

「ニラ?」

「あー、失敗したなぁ。言いかけたら、気になるよね?」


 うん、とおれはうなずく。

 すると、江口さんは「こんな感じで」と、一度キツい目つきをしてみせて、

 また真顔にもどって、こう言った。


「ニラまれちゃった」

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