第37話 論より証拠

 中学には歩いて通学している。

 当然、家が近い幼なじみの萌愛もあも同じだ。

 当然、ルートも同じになるはずなんだが、


(ここは……)


 あいつは一ヶ所、わざわざ遠回りになるような道をえらんでいた。

 そうする理由は知っている。

 知っていて、おれはずっと知らないふりをしていた。


「あの……」

「ん?」

「あなたは萌愛のお母さんですね?」


 けっこう車が多い交差点。

 その何メートルか手前に、もともとバス停だったところがあって、そこにぽつんとベンチがある。学校の行きや帰り、たまにお年寄りの人がここにすわっているのをみかける。


「はーーよっこいしょ」


 うすい水色のスーツとスカートという服装の女の人が腰かける。

 長い髪を、なれた手つきで耳にかきあげた。


「まま、どーぞどーぞ」

「あ、すいません」


 成り行き上、となりにすわることになってしまった。

 ふわっ、といいにおい。萌愛のシャンプーの香りと、同じだ。


「さあ……どうしようねぇ。なにから話そっかー」


 ふふふ、と口元をアヒル口にして、面白がるようにおれのことをじっと見つめている。

 彼女は足を組んで、組んだ足の上に頬杖ほおづえをついた。


「おれは……」

「ん?」

「もうループから、出れるんですか?」

「そうだよ」


 うんうん、と二度うなずく。


「うれしい?」

「まあ、それは」

「そこは『べつに』がほしかったなぁ」ぱちっ、とウィンク。「せっかく『べっしょ』って、あの子のかわりに返そうと思ってたのに」

「あいつはもう……そういうの言ってくれませんから」

「ふーん。そうかなー?」


 組んだ足を元にもどして、スッと背筋をのばした。


「ところでむかうくんね、けっこうヘビーなネタバレがあるんだけど、いい?」 

「いや、ふつうによくないですけど……」

「一年後の10月1日ついたち

「えっ」

「あの子がニュースで〈それ〉を知ったのが、その日だった。〈それ〉っていうのはキミのフホウ」


 ぐっ――!!! とおれはツバをのみこんだ。

 フホウ、ってはっきり言われたら、もうごまかしようもない。

 やっぱりおれは死んでるみたいだ。

 うごかぬ証拠を、つきつけられた。


「さぞかしショック……だろうけど、よくこらえたね。えらいっ! ほめたげる。よーしよーし」

 

 わしゃわしゃとおれは乱暴に頭をなでられた。


「ま……前もって、ある程度はわかってましたから」

「そうか。ワクチンっていうか、心の準備ができてたわけだ。これは深森ふかもりちゃんのお手柄てがらかな」


 やさしい手の動きになって、乱れた前髪をととのえて直してくれる。

 まるでお母さんのように。


「でね、一年後のその日からあの子をびゅーんて過去の10月まで飛ばしてね、向くんをくるくるくるーって10月にとじこめておいて、って流れになって」

「なんでそんなこと、できたんですか?」


 ばちっ、と真正面から目があった一瞬、

 萌愛の顔が、うっすら重なってみえた。


「母親の愛情は、どんな不可能だって可能にするのだよ」 

「もっときいてもいいですか?」

「もちオッケー」

「……どうして『いかないで』って言ってもらってないのに、ループが終わるんですか?」

「ほほう。終わると、つごうがわるいような言い方するネ」

「いえ……そういうんじゃないですけど」

「理由とか、もーいいじゃん。やっと自由になったんだから」

「結局、このループっておれを助けてくれるためにやったこと……なんですよね? 〈おれ〉の命は助かるんですよね?」

「助かってほしいよ」

「えっ!!?」


 ほしい、ってなんだ? 

 ふと〈夕焼け小焼け〉のメロディが鳴り始めた。 

 音が鳴り終わるまでまって、


「私もそこはわからない。私は、キミに、向くんにね、女の子から『いかないでー!』って言ってもらえるような男の子になってほしかっただけだから」


 ほんとにそう? とおれの中の深森さんが、用心ぶかくうたがった。

 直感。

 たぶんこれはウソだと思った。


「未来はだれにもわからない、ってところカナ」


 サラサラの黒い髪の毛先のほうだけが、風で小さくゆれていた。

 顔は、ニコニコ。


「どう? この何回もくりかえした10月、キミはたのしかった?」

「まあ、はい」

「でもね、ループしてた間の記憶、ごそっとなくなっちゃうから」

「ええーっ!!!??」

「キミも、キミにかかわった全員も。あの深森ちゃんだってそう」

「忘れてしまう、ってことですか?」

「ん。そもそも記憶を持ち越してリプレイするっていうのが、かなり特殊なコトだからね。まれに何回もしてるうちに、むかうくんみたいにループを自覚できるようになる子もいるんだよ。私は、それを《スーパールーパー》って呼んでるんだけど」


 むむ? とメガネの横に手をあてる彼女の姿が思いうかんだ。


「《スーパールーパー》……?」

「ごめん。もう時間みたい。いかないと」


 女の人が立ち上がった。

 全身に、夕方の金色きんいろみたいなキラキラした光があたる。


「10秒したら、そこのかどからお花をもった男の人がやってくるから」

「えっ? ちょっ……」

「私のことは、シー、だ・よ」


 口の先に人差し指をたてたまんま、


(もういない)


 きれいに姿が消えた。


(10秒?)


 9、8、と心の中でカウントダウン。

 ゼロのところで、本当にだれかきた。ひょこっ、という感じで猫背ぎみの男の人があらわれる。さわやかな短髪。半袖に半パンで、まるで海に行くようなかっこうだ。


 人に見られたくないような、なにかを体のうしろにかくすようにして歩いている。


「おーっ。別所べっしょくんやーん」


 いつものように声をかけてくれたが、心なしか、いつものような元気はなかった。

 近くまで来て、バレるのをあきらめたように、手にしていたものを体の前に回す。


「今からデート。これ女の子にプレゼント」眉間と鼻の先にシワが寄って、目も細くなって、くしゃっとした表情になる。この人は笑うときこんな感じなんだ。「ちがうか」

「カーネーションですね」


 まあな、とガードレールと信号の間あたりにかがみこんで、そこに花をそなえた。

 すわったまま、立っているおれを肩ごしにふりかえる。


「最初のパートナーの命日が、そろそろなんだ」

「……」


 なにも言い返せなかった。

 オトナだったら、こういうとき、なんて言うんだろう。


 萌愛のお父さんは無言で手をあわせた。おれも同じようにした。


 と、

 いきなりスンスンと鼻をならしながら立ちあがる。


「あれっ? 別所くん、この近くに萌愛がいた?」

「あ……いや」


 ほんの少し、おれはまよったが、 


(シー、だ・よ)

「いなかったです……べつに、だれも」


 あの人がないしょにしてほしいんだから、そうしよう。

 萌愛といえばさ、とお父さんは話をつづける。


「昨日から、どうもあいつの元気がなくてなー」

「そう、なんですか」

「たしか、いっしょに出かけたんだろ?」


 するどいまなざしで、おれを見た。

 でもマジじゃなくて、冗談っぽい。 


「あ……えっとですね」

「いいよ。ウソウソ。おれは別所くんを信用してる」


 ただな、と言って横顔を向ける。


「もしケンカみたいなことだったら、わるいけどキミから折れてやってくれないか。あいつは素直になれない性格なんだ」

「はい」

「ところで、マジでこのへんに萌愛っていなかった? おかしいな、今日部活はないはずなんだが」

「――え?」


 まだ家に帰ってない?

 おれが学校をでたとき、すでに萌愛は下校していた。

 お店に寄り道するタイプでもないから、

 いるとしたら、家のそばの―――


(いた)


 公園のブランコ。

 板にすわって、両手はチェーンをにぎって、ぼんやり前後にうごいている。


(どうやって声をかければ……)


 まず、あやまるしかないか。

 わざとじゃないとはいえ、引っ越しのことをずっと言わなかったわけだし。


 シミュレーションして―――


「引っ越しするっていって、おまえをキズつけてすまない!!!」

「はぁーーーっ!!!??? キ、キズなんかついてないしっっ!!!」


 ――これだな。あいつなら、きっとこういうリアクションだ。


 が、



「………………ほんとに私、キズついてるから」



 現実は思いどおりにいかなかった。

 両手をあわせて下げた頭を、おれはゆっくりともどす。


「わるかったよ、モア」

「ごめん、一人にして」


 言われたとおりに背中を向けて行こうとしたら、


「はじめて会った公園」

「え?」


 ふりかえると、モアはまだうつむいたままだった。


「おたがい赤ちゃんのときだって。コウちゃんと私」

「そうなのか」

「つきあい長すぎない? いくら幼なじみっていってもさ」

「たしかに長いな。ほとんど家族みたいなもんだ」


 家族なの……? とギリギリきこえるボリュームで萌愛がつぶやいた。

 つぶやいたタイミングで、おれに顔を向けた。



「ねえ、コウちゃんは、私のこと、どう思ってる?」



 ぴたっ、と時間がとまったようだった。

 とまってない。犬を散歩させている人は歩いているし、空には鳥もとんでいる。

 それでもなんか、

 世界におれたちだけみたいな、

 ふしぎな居心地いごこち


(彼女とか恋人―――? それは)


 事実じゃなく、たんなる希望だ。


(家族やきょうだい?)


 そんなことを言われたいわけじゃないのは、さすがにわかる。


「どうしたの。はやくこたえてよ」

「あ、ああ……」


 かされておれは「友だち」だとこたえた。


「そうなんだ。ただの友だちか……」

「モア」


 静かにブランコからおりて、

 スクールバッグをつかみ、

 だっ、といきおいよくダッシュする。

 おれは、あとを追っていけなかった。 



(――くっ!!!!)



 ミスった。まったくミスった。信じられないおおポカだ。


 特別な瞬間に100点の行動がとれれば、ウソみたいに女の子の好感度が上昇する。そんなヒミツの仕組みがあって、

 特別な瞬間に0点の行動をとると、ウソみたいに女の子の好感度が爆下ばくさがる。

 特別な瞬間は、モロハのツルギなんだ。


 次の日の朝。


「おはよう。別所べっしょくん」


 靴箱のところで声をかけられた。

 意外な相手に、びっくりした。


「おはよう、江口えぐちさん」

「うん」


 うなずいて、笑顔になる。

 セミロングの長さの、毛先が内にカールしている髪。

 なつかしい、という感想すらある。

 この彼女と〈恋愛〉したのは、もう一月ひとつき以上も前だ。


「おかしなこと、きいてもいい?」


 セーラー服の赤いスカーフの上に片手をあてて、おれに一歩接近する。

 いいよ、とおれは思わずなれなれしい口調になってしまった。

 今の江口さんとは、一度も会話したことがないのに。

 すぅ、と息をすいこむ小さな音がして、



「私と水族館に行ったこと、ない?」

(なーーーーっ!!!???)



 衝撃の問い。

 これは……。

 す……《スーパールーパー》。

 こんなところにいたのか。

 てっきり、深森ふかもりさんを想像してたんだが。


「あるよね? ダーリン・・・・

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