第34話 鉄は熱いうちに打て
――『ウラをとる』
新聞記者の父さんがよくつかってて、おれは小さいころにこの言葉を耳でおぼえた。
(いまこそ、そのときだ!)
告白をOKしたのが本当かどうか、はっきり、あいつの口から教えてもらいたい。
家は目と鼻の先。スマホで連絡だってとれる。
カンタンなことじゃないか。
「なあモア。ダンス部のやつとつきあうことになったって、ほんとか?」って切り出せばいい。
(ウラをとるんだ、ウラを………………)
きょうは土曜日。月曜はスポーツの日だから、三連休の初日だ。
火・水には中間テストがあるが、今回で7度目なので勉強はもう必要ない。
(え~~~~いっ!!!)
ようやく決心がついて、家の外に出ようとしたら――――
「おっ。いいトコにヒマそうな少年発見」
「いやヒマじゃな……」
「はい! メモとエコバッグとお金。お姉さまの代わりに、おつかいよろなのじゃ~」
手をひらひらふりながら、姉の
おつかい? いまからー? まじかよ。くっそー。
(まあ……、時間はあるからいいか)
けっしてモアのことを先のばしにできてラッキーとか、思ってない。
しかし気持ちがちょっとラクになったのも事実。
いま昼の2時ごろ。
スーパーに行って帰ってきても、まだ夕方にもならないだろう。
そして、
「なぁ、キミだよキミ。こっち向けし」
お菓子売り場にて、めっちゃギャルにからまれた。
チラ見で顔をたしかめたが、まったく知らない人だ。もしかしてカツアゲ?
はやく逃げなきゃな……。
おれは、彼女がつかんできているヒジを、そっとふり払った。
「あの、えっと、急ぐんですいません」相手と目を合わせて、きっぱりと言った。
「あー! ほら、やっぱり‼」
「はい?」
「私、私っ!」と、自分を指さした。爪は長くトガっててシルバーのラメっぽいのがついてる。
「あの……どちらさま……ですか?」
「あーっ、ひっどーーーい!」
どん、と肩をおされた。
くちびるをつきだしたフキゲンな表情で、じーっとおれを見てくる。
「ねーぇマジでおぼえてないのぉ? ほらぁ、五年生のときに同じクラスだったじゃん。ってか、私学級委員長やってたんですけど」
「あ」
瞬間――。
頭の中で彼女の写真がバサバサバサってつづけざまにあらわれた。
休み時間に静かに本を読んでいる彼女、
よみがえった。おれの初恋が。
ある意味、それはゾンビ的な復活で―――――
「まさか
「そーだよ」
「まっ、まじで!!??」
「あっははは‼ リアクション、まじウケるんだけど!」
なんなんだこのヘンボーぶりは。
ぶあついメガネ→コンタクト、黒髪→茶髪(しかもくるくるカールしてる)、ひかえめな口元→パッと明るいピンクのくちびる、ふつうのまつ毛→バッチリつけまつ毛。ざっと見ただけでも、ここまで変わってる。
「あーね。でもそうだよね。ちっともオモカゲないもんね」
と、彼女は横を向いた。
このさみしそうな横顔の感じは、あのころの彼女のイメージとすこしリンクした。
長いまつ毛の目でパチパチッとまばたきして、またこっちに向いた。
「でっ、なにしてんの?」
「いやべつに……おつかい」
「キミ一人で?」
「うん、まあ」
「
おれは首をふって、おそらく姉が追加で書き込んだと思われるお菓子を手につかみながら、考えていた。
初恋の子がみごとなギャルになった。
人生で最初に好きになった、小五のときのあのマジメでおとなしい女の子が。
(もしかして、なんかあったのかな……)
彼女はお嬢様学校に進学したときく。
そこで今までの自分を根っこから変えないといけないような〈何か〉にぶつかったのか。
それとも、もともと〈こう〉だったのを、小学生のときはガマンしておさえていたのか。
わからない。
でもこれは、かるい気分でウラをとっちゃいけないヤツだ。そのへんだけは、わかる。
「いっしょじゃないんだ。あの子と」すっ、と春尾さんは長い髪をかきあげた。出てきた耳にはピアスがついていた。
「あの子って?」
「わかってるくせに~~~」うりうり、とおれの横っ腹をヒジでついてくる。「サッちゃんだよ、きまってんじゃん」
「あいつは……ただの幼なじみだから」
「ふーん。ところでさ」ぱちぱちっ、と二回大きくまばたきして世間話のように彼女は言う。「二人ってもうヤッた?」
ループで流れる店内のノリのいいBGM。
ニヤニヤしたままの彼女。
そばをパタパタ走る子どもと、カートを押しながら注意するお母さん。
どフリーズ
数秒してやっと声をだせるようになり、
「ええっ!!??」
「あっはは。おもしろ。ごめんごめん。ちょっとからかいたくなってさ。私ね」
ぐいっ、と服のソデをつかまれる。
持っている買い物カゴの中の牛乳パックが横にたおれた。
「別所くんのことがずっと………………」
(おおっ!!?? まじか! トートツにこの流れがくるとは……。まってくれ。心の準備が)
「き・ら・い、だったから!」
彼女はパッと手をはなした。
パーにした手を顔の横に。表情は笑っている。「にひひ」って感じの笑顔。
「……えっ?」
「私だけじゃないよ。たぶん女子全員。まじだよこれ」と言う彼女の目の色は、たしかにガチ。
「全員っ⁉ ど……、どういうこと? 春尾さん、おれなんかしたっけ?」
「あれ? ってか逆に、別所くん知らなかったんだ?」
知らないよ、と言い返す前に、食いぎみに彼女はぜんぶ説明してくれた。
彼女いわく――
「三年生のさ、たぶん給食の時間って言ってたと思うけど」
「そんときたしか、サッちゃんと同じクラスだったでしょ?」
「男子のだれかがキミに質問したんだって。ふざけてリコーダーをマイクみたいにしてさ。『あなたはサトイさんとケッコンしますか?』って」
「キミってば、すーぐ否定して」
「『するわけないよ』とかって。ひどくない?」
「その日の帰り道にさ、サッちゃん泣いてたらしいよー?」
「キミはもっと幼なじみを大切にしなきゃ」
またね、と春尾さんは手をふって、おれよりも重そうな荷物を持って向こうに歩いていく。どうやら彼女も、家のおつかいだったようだ。
またね……か。
たぶんもう、彼女と会えることはない。
(引っ越しするの、言ったほうがよかったかな)
でもそれより、
いまは考えることがあって、
過去、
おれがおぼえていない〈おれ〉が、
あいつをキズつけてたっていう出来事。
(いやおぼえてるぞ。思い出してきた。あのとき……モアは席がとおくて、てっきり聞こえてないと思ってたんだ)
歩くテンポがはやくなる。
気づけば走りだしていた。
ソッコーでエコバッグを家の台所におき、高速でくるっと回転して、また外に出る。
びゅっ、と正面から吹いてきた10月の風がつめたい。
だがこの気持ちは冷めない。まちがいなく
「モアっ‼」
「わ! ……なによ、急にどうしたの?」
すぐ家から出てきてくれ、とおれは電話した。
10分ぐらいたって、あいつはあらわれた。
「なに……?」
おそるおそるドアから顔だけ出して、目つきは警戒心バリバリ。
そりゃそうだよな。理由も
おれはパチンと手を合わせて、頭を下げた。
「わるかった!」
「はぁ!?」
「心の底からわるかった! おれをゆるしてくれっ!!!」
「アンタ……私に何したわけ?」家の中に目を向けて、またもどす。「声、大きすぎ。今、お母さんが中にい―――」
「おまえを泣かせるようなマネをして、
「は……はぁーーーっ!!??」
バカじゃないの、とつぶやきながらおれの横を抜けて手招きする。
向かった先は公園。
おれたちがベビーカーに乗っていたときからつかっている場所だ。
「……知らない」
ぷいっと萌愛はおれから目をそらす。
「きっとだれかが話を盛ったんでしょ。遠くから見て、私が泣いてるように見えただけじゃないの?」
「そうなのか?」
「本人が言ってるんじゃん」きっ、と萌愛は強いまなざしを向ける。「はい。もうこの件はおわり。じゃ、テスト勉強があるから私かえる」
「まてよ」
ベンチから立とうとした萌愛に声をかける。
おれはあいつの正面にいて、立ったままだ。
服装は、うすいピンクのナイロンパーカーに、ひざ
そして、左の耳の上あたりにつけられているもの。
赤い花のヘアピン。
(あわてて出てきたからか?)
これは萌愛のお母さんの形見だ。
基本、家の中でしかつけないときいている。なくすとこまるから。
(まあ……ふれないでおこう。モアも、かるがるしくふれてほしくないだろうしな)
「なんか最近のアンタ、へん」
「えっ?」
「いきなりラブレターだしてきたり、今日のコレみたいなことしたり。まるで別人になっちゃったみたい」
「そう、かな?」
「でもさ」ちょっと上目づかいになる角度で、おれをみつめてくる。「むかしみたいでいいかも。こう、なんて言うか、いろんなことにガムシャラにがんばってるみたいな」にこっ、と口元だけで萌愛は笑った。「サッカー部やめたあたりから、コウちゃんなんか元気なくなってたじゃん。自信がなさそうな男子って感じでさ」
「いや……ジカクはないけど」
「っていうか、なつかしい名前だしてきたよね。ハルちゃんか~。スーパーで会ったの?」
ん、とおれはうなずく。
こんなときでもおれは『恋愛心理学』の本で身につけたテクニックを自然につかっていた。
『うなずき効果』。
よくうなずけば相手はいい印象をもってくれるっていうヤツ。
「アンタにインタビューって、たぶんトンちゃんだよね。
「そうだな」また一回、うなずいた。
そこからしばらく思い出ばなしになった。
おもに先生とか同級生とかの話題だ。
「とにかく、あやまれてよかったよ」
「スッキリできたんなら、よかったんじゃない?」
ベンチから萌愛が立ち上がる。
「じつは、おたがいさまだったりね」
「なにが?」
「私も、コウちゃんの知らないうちに迷惑かけてるのかな」
うなずきかけた動きをとめて、おれは質問する。
「どういうことだ? おれに迷惑なんか、かけてないだろ」
「ウワサできいたんだよ。ほんと、ただのウワサだよ? ある女の子がね、私に気をつかってコウちゃんに告白するのをあきらめた―――とか」
萌愛の顔は、スーパーの方角にむいていた。
あっ! とおれは思った。
ひらめいた、という感覚にちかい。
スーパーで、あのときの、
「別所くんのことがずっと………………」
やたらとながく感じた
あれはもしかして、彼女の急ハンドルだった?
ジャマにならないように、正反対の言葉で……。
(って、まさかな)
はげしくカンちがいしてる場合かおれ。
それより確認だ。
ここから本題に。
「モアっ!」
え? という表情であいつはふりかえる。
「つきあうのか? あのダンス部のやつと」
「はぁ⁉」
「こ……告白、されたんだろ?」
「なんでそれ知ってんのよ!」
おちつけって、と近づいてきた萌愛に手のひらを向けた。
「つきあってるのかどうか、それだけきかせてくれ」
「……」
「モア」
「ちがうから。あいつとは……まだそういうんじゃないの」
それだけ言って、おれはあいつの数メートルうしろをついていって、いっしょに帰宅した。
(つきあってないのか)
なら安心していい。
ベッドに寝転がる。
(とりあえず『ウラはとれた』わけだな……)
でも不安がのこった。
ウラどりは不完全。
告白したがわ、つまり
それでもウソをつかれたり、かわされたりっていうこともあるわけで。
(もう、なりふりかまわずアタックするか。テストが終わってからが勝負だ)
残り時間は三週間を切っている。
おれは、やるしかない。「いかないで」のために。
三連休が終わって翌週の火曜日。10月14日。
「おはよう」
おどろいた。
校門の手前に、彼女が立っている。
みなれた二本の三つ編みに、細い体なのに堂々とした立ち姿。
指先をメガネの横にあてたタイミングで、レンズに太陽の光が反射してキラっとなった。
「すこしでも早いほうがいいと思って。あなたをまっていたの」
「
「テスト勉強もせずに私は週末、図書館に行っていた」
うん、とおれはうなずく。
これは恋愛のかけひきなしの、マジのうなずきだった。
「そこで資料をできるだけ集めて調べれば調べるほど、あなたの向かう国が戦争に巻き込まれる可能性は上がっていくばかりだった。近隣の国との関係……天然ガスの輸入先の急激なシフト……ねらわれるに
静かに語るその声に、おれは聞き
空気ごしに、彼女の熱量が伝わってくるようだった。
「そこで戦争が起こって、あなたがその犠牲になるのは、まずまちがいない。じゃあ、問題はその度合い」
彼女は腕を組んだ。
スクールバッグはもっていない。テストだから、手ぶらで登校したんだろうか。
「あなたがちょっとケガをしたというレベルでは、人間一人の時間をさかのぼらせて、かつもう一人を〈10月〉のループにとじこめるなんていう奇跡が起こる引き
「いいよ」
くるっ、と彼女は人差し指で空中に〈〇〉をえがいた。
「ただし、たとえ未来でどんな危険があるとしても〈この中〉にさえいればあなたは安全。命がおびやかされることはない。つまり、このループは〈シェルター〉。ここにいるかぎり、あなたはずっと、生きていられる」
深森さんがゆっくりした動きで、
黒ぶちのメガネをはずした。
(!)
はじめてみる。
すいこまれそうなほどきれいな両目。
それ以外に、表現するコトバはみつからない。
「命がおしいのなら『いかないで』はあきらめるべき」
「でもおれは……」
「別所くん。私でよければ、あなたと永遠だろうとつきあってあげてもいい」
まってくれというヒマもなかった。
告白――でもないと思うけど、けっこう近い提案。死ぬほどやさしい気づかいだ。
おれは首をふった。
もちろん、横方向に。
「本当にあなたは世話が焼ける」
深森さんはメガネをかけなおした。
口のはしっこが、ちょっと斜めに上がっている。
「私をビッチにするだけじゃ満足せず、重たい十字架まで背負わせようっていうのね」
「テストが終わり次第、おれはモアに全力でぶつかっていくから」
「くそ
―――そして、二日間の中間テスト終了。
緊張がゆるんだ教室で、
モアをみたら、あいつもおれを見ていた。
(よし……さっそくデートに)
ふっ、と急に視界がさえぎられた。
目の前に、紺色のセーラー服、赤いスカーフ。
「
級長の
ニコニコしながら、さわやかに彼女はいう。
「時間ってあるんです?」
「あ、ああ」ふいをつかれて、おれは反射的にうなずいてしまった。
ふぅ、と彼女は胸に手をあてて、目をつむる。
背後で、萌愛が近づいてくるのがみえている。
目をあけて、おれだけにきこえる声でいった。
「これから二人でテストの打ち上げしませんか?」
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