第33話 灯台もと暗し
チアガールの姿で、あいつはグチっていた。
上は真っ赤なノースリーブの服で、下は白いミニスカート。
「……好きでやってるんじゃないから」
聞けば、応援団の女の子が体調をくずして代役をたのまれた、ということだった。
一年のときの秋の体育祭。
「ほんと、男子がチラチラみてきてウンザリ。どうせ、アンタもラッキーとか思ってるんでしょ」
「べつに」
「はぁ~~~!!??」
と、幼なじみは両手を腰にあてて
風でショートの髪が一部ふわっと浮き上がり、てっぺんにツノのように立つ。
そんなタイミングで、
「おーっ、色気のねぇチアがいると思ったら、
そう言ったのは、数メートル向こうにいる背の高い男子。
髪の色が少し茶色くて、くちびるをななめに曲げている。
「うっさいなぁ!」
だーっ、と
おれをそこに置いて。
「おこんなよ」となだめる彼の声。
「おこるでしょ」と言い返す幼なじみの声。
向かい合う二人。
青い空と運動場をバックにしたその光景がカッ‼ と記憶によみがえって―――
(告白されてるのかっ!!??)
ばっちり今のアングルと重なった。
近さといい、萌愛が男を見上げている角度といい、あの日を再現したかのように同じだ。
空が赤くて、場所が自転車置き場のスミっていうところだけが、ちがう。
おれは姿勢を低くしたまま二人のほうに少し近づいた。
「おい。なにだまってんだよ、里居」
「……」
「わるいけどすぐに返事くれ。ここで。じらされんのは、好きじゃねぇんだ」
「うん……」
おれのほうから斜め前を向いている角度で見える男。
片手をズボンのポケットにつっこんだポーズで、第三ボタンまであけた学ラン。中は黒いTシャツ。
あれは
いっしょに遊んだこともあった。たしか、
(あれっ? そういえば、あのループのときも
幼なじみが告白されるイベント。
前もそういうことがあったが、その日付が同じっていうんなら、ただの偶然とは思えない。
もしや、
(このイベントは〈確定〉……?)
ひょっとしてループするたびに、萌愛はあいつに告白されていたのか。
ということは、つまり、毎回オッケーせずにフッてきたってわけだよな。
だったら、きっと大丈夫だろう。うん。あいつを信じて…………
――「これは」
ちりっ、と頭の中に静電気がはしった感覚。
――「あなた自身さえ知らない本当の〈10月〉」
ふいに思い出したのは
そしてなぜか、はげしくドキドキしはじめる。
こっそり告白を盗み見してるから……ってだけじゃ、こうはならない。
萌愛の後頭部が、わずかに斜めになった。
「とりあえず、ありがとね。気持ちをはっきり伝えてくれて、うれしかった」
「おう。で、どうなんだ? 里居」
「あの、さ……」
ぐっ、と言葉につまったような
それがちょっと長くて、その長さにおれは不安になってしまう。
(おい、まさかだろ……まさかだよなっっっ⁉)
あいつの答えしだいでは、ループの終わりが絶望的に遠ざかる。
いや、もうループなんかどうでもよくて、おれは萌愛のことを――――
「返事は……まって。すこし、考えさせて」
音のしない息がおれの口から「ふう」と抜け出た。
ひとまず、告白成功とはならなかったようで安心だ。
どっちつかずな
うごかない二人。
うしろ頭の微妙な動きで、自分をみつめつづける的場から、萌愛が目をそらしたのがわかる。
(いったか…………)
男が先、萌愛があとの順番で立ち去ったのを、おれはかくれたままで見送った。
ドッとつかれが来る。
時間にすると『好きだ』からたった数分のみじかさだったはずなのに。
(……)
ぼんやり、しばらくそこにいた。
楽しそうに下校してる話し声や、自転車のガシャンガシャンいう音をききながら。
(おれもあんなふうに―――直接コクったほうがよかったのかな)
手紙じゃヨワかったか、なんて思いながらゆっくりと立ちあがる。
自分の影が、実際の身長以上にぬーっと伸びた。
その先に足があって、おれの影の頭のあたりを
白いスニーカーに白いソックス、から見上げて、紺色のスカート、赤いスカーフ。
どこか落ちついた雰囲気があって、てっきり
「あのぉ……大丈夫です?」
ちがった。うちのクラスの級長だった。
「……
「しゃがみこんでたようですけど……具合でもわるいんですか?」
片手を口元にあてて、めっちゃ心配そうな表情だ。
「とりあえず保健室に……」
「あっ、大丈夫。平気平気」
「ほんとです?」
と、体が当たるほど接近した状態で、上目づかいで言われた。
どきっとする。
末松さんは、メガネをかけた女の子だ。深森さんがかけているのとはちがって、レンズにふちがなくて軽そうなタイプ。
彼女の性格もそんな感じだと思う。
バリアをつくらずにフットワークが良くて、女子のどのグループとも仲いい、みたいな。
「道、こっちです?」
「うん、まあ」
うしろの髪を左右、バツの形でクロスしたヘアピンでピシッととめたソフトツインテールが、おれの右どなりでゆれている。それもけっこう近くで。
てか、
(ナチュラルにいっしょに帰ってる??)
どーなってるんだ。
そう思いつつ、おれはさりげなく歩く速度をおとしてまわりをチェックしていた。
まさかとは思うが、この状態で萌愛とエンカウントするわけにはいかないからな。
「来週はテストですねー。
「えーと、うん、そこそこかな」
「今回の社会の範囲、広すぎません?」
「たしかに。大変だよね」
「得意な教科とかあるんです?」
「それは―――」
そこからしばらく、ラリーがとまらなかった。
彼女がつねに「?」をつけてきいてくるもんだから、ヘンな
正直、おしゃべりしてるうちに、おれも楽しい気分になってきた。
そしていつのまにか、
「いいですよね。幼なじみがいるって」
話題が、そこへいった。
横顔でそう言い、彼女はおれのほうに向く。
「別所くん。はっきり言って、男子からうらやましがられてますよー」
「いやいや」
とヘラヘラこたえた直後―――
「やっぱり、初恋って幼なじみなんです?」
無邪気になげられたその質問に、
おれは、かたまってしまった。
びっくりしたんだ。
自分の知らない部分に光をあてられたみたいで。
(そういえば、そうだよな……。どうして、おれの初恋は萌愛じゃなかった……んだ?)
「どうかしたんです?」
「あ……いや」おれは末松さんに、幼なじみに言うようにつぶやいた。「べつに」
なにかを察したのか、そこで「じゃあ失礼しますね」と末松さんは手をふった。
道路のずっと向こう、曲がり角のところで、彼女はおれのほうをふりかえった。
遠すぎて表情はわからないけど、フシギとにっこり微笑んでいるように見えた。
◆
10月10日。金曜日。
以前のループで、クラスのアイドル的女子の
そこまで急接近できたことには、
だからおぼえていたんだ、昨日(9日)があいつが
(うまくいかないな)
こう……告白で水をさされた、っていうのか。
全力疾走をハガイじめでムリヤリとめられたっていうか。
とにかく、スピード感がなくなってしまった。
「いかないで」もスーッとはなれていくようで。
(デートにさそったりしたいけど、あいつが返事をするまではな……)
そういうのってなんとなくフェアじゃない。
むろんフェアとかいってる場合じゃないが。
「バリうまくいってる」
と、彼女はおれの反対を言う。
敬礼のようにメガネの横に手をあて、そのまま、おなじみの腕を組んだポーズにかわった。
「幼なじみがほかの男子に告白されて、あなたは彼女への想いがいちだんと強くなったわけでしょ?」
「それは、まあ……」
あらためて、はっきり言葉にされるとハズかしい。
いつものように
「私の見立てでは、きわめて順調。ダメなのは慎重。行動に応じて好感度は上昇」
「……そうだよな」
昼休み。
体育館につづく渡り廊下。
空はどんよりとくもってて、風が少しつよい。
セーラー服の前にたれる二本のおさげ髪が、同じ角度でななめにゆれた。
なんで二人でこんな場所にいるかというと――
「ここは
そう彼女はいった。
教室は二階にあり、次の授業は理科で理科室。それは向かいの校舎の三階にある。つまり、わざわざ一階のしかも体育館のほうまでくるようなクラスメイトはいないだろうってことだ。
「よっぽど予想外のことがない限り、あなたはこの〈10月〉から出ていける。最悪、うまくいかなくてもあなたには好きなだけやり直せる手段がある」
「かんべんしてくれよ。もうおれ、ループするのいやだって」
「いえ現在の状況では、私はループは希望だと考える。逆に、それができなくなってしまうことこそ、およそ考えられうる中で最悪なパターン」
「できなくなる?」
「そう。たとえば―――」
深森さんの言葉をきき、おれはある意味、安心した。
自分が平凡な男子でよかったと、はじめておもえた。
ただ唯一、あの
「わかってるの?」
「ああ。オッケー、問題ないよ」
「まったく。ほんとにあなたは、私に世話を焼かせるんだから」敬礼っぽくメガネの横に指先をそろえてあてる。口元は、笑っている感じだ。「でもこうやってたよられるのも、
おれは笑ってるようなこまってるような、微妙な表情をつくった。
深森さんはおだやかな顔で、両手をおへそのあたりで組んでいた。はじめて見るポーズだ。
「話は終わりね。じゃ、あなたから先に行って」
「あー、あのさ……深森さん」
「なに」
「初恋って、いつ?」
「ふぁっ!!??」
うおっ、とおれのほうがびっくりしてしまった。
ききまちがえ、とか、ソラミミ……だったのか?
「深森さん?」
こん、とちいさくセキばらいするような音がした。
半分だけふりかえる形で、おれからは横向きの深森さん。
彼女のうしろのずーっと向こうには、おれが何度もループした学校の正門がある。
「あまり感心しないインタビューね。まさか私を、からかってるの?」
「そんなつもりは、ないけど……」
「なら、どういうつもり? いきなりそんな質問をした
「いやなんていうか、ただ気になったっていうか」――ここで昨日の
「ほんとうね?」
「? ほんとだよ」
うたぐりぶかい。
てか、なんでそんなに気になるんだ?
初恋っていうワードに反応したのかな?
まあ、話も一段落したし、もう教室にもどるか。
「あっ」
校舎に入って二階に上がったところで、ばったり女の子と顔をあわせた。
段ボールを体の前にかかえている。
「ちょうどよかったですー。あのぉ……これ重くて……手伝ってもらえません?」
「いいよ」
「えーと、私も片方もつので……」
「いや逆にもちにくいよ。おれが一人でもつから」
段ボールの両サイドにある手をいれる用の穴。
当然、おれが片手をいれると、彼女――――級長の
(えっ⁉)
手が不動。
なんかしっとりしてて、おれのよりちょっとあったかい。
下にずれたメガネの上目づかいでこっちをみつめてくる彼女。
時間がとまったようなサッカクがあった。
これは……
「わ! ごめんなさい、ボーッとしちゃってました……です」
末松さんはあわてて段ボールから手をはずそうとする。
一瞬おたがいの頭が近づいてシャンプーのいいにおいがした。
どきっ、どきっ、と心臓がはやくなってるのがわかった。
どうしたんだ、おれ。
今まであんまりイシキしてなかった女の子なのに……。
「いかないで」のためにくり返した日々の中で、一度だって気にしたことのない女子だぞ。
ずっと見落としてたとでもいうのか?
てか、おれが
たまたま気がある、ように受け取れた。そういうオチだ。
よりにもよって最後のループにしようってときに、
――下校時刻。
おれは靴箱のところで、立ち止まった。
そこに末松さんがいたからだ。
「別所くん!」
反射的に「いっしょに帰ろう」とさそわれる、と思って身がまえた。
でも、
「また明日です」
あっさりした声で、それだけだった。
おれが片手をあげるとマネするように彼女も手をあげた。
(はは。現実はこんなもん、だよな……)
べつに、さそわれなくてガッカリとかしてない。
そこまでおれはカルい男じゃないと思ってるし。
深森さんは、あのときこう言ってた。
「――たとえば、あなたにアプローチする女の子があらわれた場合、
『いかないで』って引きとめられると、もう〈ここ〉にはもどってこられない……それは、わかってるの?」
安心していいよ、ぜんぜん。そんな可能性はゼロだ。
うん。
ゼ――
「あ、あのっ‼」
ロッッッ!!?? と、おれは息がとまりそうになった。
クツを取ろうとしてるハンパな姿勢で体がストップ。
いつのまにかスッと間合いをつめて、至近距離で上目づかいしてる末松さん。
これはまさか……いったんフェイントでやっぱりさそうとかじゃなく、
おれに告白でもするような勢い……
「気を、あの、落とさないでくださいね」
「え? 落とす? 気?」
「あの……もしかして、まだ知らなかったんです? 私ったらヨケイなことを……」
「ごめん、なんの話?」
「別所くんの……幼なじみさんが」
目をつむって、首をふって、また目をひらいて、小さく口をあけて息をスゥっとすいこむ。
そして彼女はまっすぐおれを見つめながら、
「ほかのクラスの男子とつきあうことになったって、友だちから聞きました」
言って、末松さんは横を向く。
髪をとめている〈
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