第26話 水泡に帰す
どこのクラスにも一人はいる、お笑い担当。
たいていそういうのは男子なんだが、うちのクラスではなぜか―――
「はじめましてー‼ 私の名前は、
今でも記憶にあたらしい、一年のときの横ピースの自己紹介。
クラス全員、ぽかーん、とした。
おれもだ。
黒板の前に出てきた彼女は、クラシックをききながら紅茶を飲むのが似合いそうな、いかにも上品でお嬢様な雰囲気をただよわせていた。
そんな子がいきなりコレをやったんだから、おどろくのは当たり前だといえる。
もっとおどろいたのは、そのコミュ
誰にでもタメ口なのはもちろん、男子女子どっちも名字で呼び捨てにするというストロングスタイル。
なのに、なぜかおれだけ「べっちん」とあだ名で呼ばれている。理由はわからない。
とにかくそれが、
―――安藤なんだ。
「ヒマだろ、どうせ。なぁ、べっちん」
「うるさいな。おれはヒマ……」ではない。ループ脱出のために、こっちは一日たりともムダにできない状況だ。「かりにそうだとしたら、どうするんだ?」
ちょっと興味がわいたので、一応、質問してみた。
かすかに「いかないで」の可能性を感じたからだ。
まあどうせ……大人数でぱーっと遊びに行こうよ、みたいなそんなオチだと思うけどな。
ぱちぱちっ、とまつ毛の長い目が二回まばたいて、
「え? ヒマかどうかきいただけだよん」
にこっと笑う。
イタズラがうまくいったときの子供みたいな表情だ。
「もしかして、いまデートにさそわれると思った? 思っちゃった?」
「…………思ってない」
「またまた~」
ぐりぐりっとおれをひじでついてくる。
はあ……まいったな。
こうなるともう完全にこいつのペース。
「かんべんしてくれよ。おまえのボケにつきあう気分じゃないんだ」
「そりゃまたどうして?」
横にならんでおれの顔をのぞきこみながら、首をかしげる安藤。
今日も横の髪を
「トラブルがあってな。ナヤんでるんだ」
「グーゼン‼」安藤がおれの肩をさわった。「私も同じ! こまってるの!」
ああそう……とおれは話を流す。
これはせめてもの、さっきのイタズラの仕返しのつもりだ。
そのあと、ほとんどひっきりなしに彼女が「おはよう」と声をかけられたせいで、つづきの会話はできなかった。
――そして運命の放課後。
(準備はオーケーだ)
前回、前々回と同じようにやれば、きっと大丈夫だろう。
唯一、朝ヘンなことを言ってきた安藤だけが不安だったが、あいつはもう教室にいない。
あとはアピールするようにモクモクと読書するだけ……
「ねぇコウちゃん」
びくっ、と肩が上がってしまった。
読んでいた本をとじて、正面を向くと、
「昨日といい今日といいさぁ、やけにアオイのほう見てない?」
気持ち、ジト目ぎみにおれを見ている萌愛。
片手はおれの机に、もう片手は自分のショートの髪にあてている。
「あ、アオイ?
「そう」
気のせいだろ、とおれはまた本を読もうとした。
すると萌愛は、ばん、とすばやく表紙を上から手でおさえる。
「ひょっとして好きになった? ねぇ? だったら私、協力してあげよっか?」
「協力?」
「うん」
「いいよ。べつに」
「べっしょ」
そう言って笑顔をうかべる。
おとといの朝の一件を、もう忘れているかのように明るい。
こういうさっぱりしたところが、こいつのいいとこ……
――「次のループで、できるだけ
――「冷たくして」
――「つ、め、た、く」
うっ。そうだった。
この〈10月〉でそうしろ、っていう指示があったんだった。
おれは意味もなく窓の外をみた。
ザーザーぶりの大雨だ。
「ところでコウちゃんさ、今から帰るんでしょ? よかったら私がいっしょに」
「まてモア」おれは言葉をさえぎって、手のひらをあいつの顔の前にかざす。「それはできない。おれたちは、たんなる幼なじみで、つきあってるわけじゃないんだからな」
むむむ、と眉間にうすいタテのシワができる。
あきらかにおこってる様子だ。
ぷいっ、と顔を横に向けて、
「あーそうですかっ!」
捨てゼリフとともに教室を出ていった。
近くにいたクラスメイトが何事かと、出ていく萌愛を目で追いかける。
(地味にメンタルやられるな、これは)
だが「いかないで」のためだ。心を鬼にするしかない。
ため息をついて、おれは読書を再開した。
時間がたつごとに一人また一人と教室からいなくなってゆく。
そして無人になり、その数十分後。
(よし。そろそろ――)
やろう。
おれは非常階段につながる通路に出るドアをちらっと見た。
おそらく、すでにあの向こうには彼女がスタンバイしてるはずだ。
すこしイスを引いて、彼女の机の中へ、そっと手を差し入れた。
予想どおりドアがひらく。
「あーーーーっ!!!!!」
「んまっ!!??」
おれはびっくりしてシリモチをついてしまった。
びっくりさせた張本人が、かけ足でこっちにやってくる。
「あっははは! なに今の! べっちんが『んまっ』だって!」
と、指をさしてバカ笑い。
「『んまっ』って! あはは! おもしろすぎるじゃん!」
「あのなぁ安藤……」床に手をついておれは立ち上がった。「おまえが大声で……」
ちがう。
そんなことはべつに、どうだっていいんだ。
そもそも、おれのコシが抜けたのは、安藤が思っているのとは全然ちがう理由なんだから。
――どうして、あらわれたのが深森さんじゃないんだ?
おれはまだ笑ってるこいつをほっといて、急いで外に出た。
いない。
あの深森さんがどこにも。
カッ、と空が白く光る。
(もしかしてこういうことなのか?)
・安藤がおれをおどろかそうと、非常階段のほうから教室に回りこむ
↓
・そこで深森さんを発見
↓
・「なにしてるの?」みたいなことを話しかけたら、深森さんはその場から退散した
っていうか、貴重なファーストコンタクトの機会が
「あ~あ、おっかしい」目をこすりながら、安藤も外に出てきた。「ごめんごめん。笑いすぎたよ。そんなにおこるなって」
「べつに」
「べっちん」
わざとやりとりっぽく言ったのかと思ったら、たんに呼んだだけのようだ。
「だからごめんってば」
「おこってないけど」
「ほんとに?」
教室にもどる。
でも、今さら深森さんの机をどうこうしても、もうおそい。
あきらめて家に帰るしかないか。
「べっちん、明日ヒマー?」
「あーヒマ。めっちゃヒマ。死ぬほどヒマだよ。こう答えればいいんだろ?」
「半額のチケットがあるんだけど、いっしょに室内プール行かない?」
「なにっ⁉」
「ね? 決定? ね?」
両手をうしろで結んで、廊下がわの入り口近くにいるおれに近づいてくる彼女。
おれに何かしようとしたのか、安藤がスピードを上げたのとほぼ同時に、
まぶしいほどのフラッシュと耳をつんざくような爆発の音が鳴りひびく。
「きゃっ!!??」
びっくりして思わずつまずいて、
目をとじて、
前のめりに、
てかほとんどダイブで、
体ごと飛びこんできた。
おれはよけたりせず、とっさに受け止めようとしたんだけど――――
「…………あのさ、安藤」
「なに」
両肩をつかんだまま、
大事なことを確認しなくてはいけない。
「もしかして、あたった?」
「あたったね」としれっという。「私とべっちんの
◆
翌日。
昨日のことの整理もつかないまま、おれは室内プールに出かけた。
「はい、えっちな目でみるの禁止」
最初からドキドキが止まらない。
まさかのビキニ。色はピンク。
(これは萌愛よりも……)
なにとは言わないが〈ある〉。
っていうか、同級生のこんな姿をみれるとは。
日ごろ苦手としている女子ではあるんだが、かなりうれしい。
まわりを見回した。
でかいプールと高い屋根。
微妙に季節はずれのせいか、たまたまなのか、意外に人がいなくてけっこう
たのしい一日になる予感……
「じゃ行ってくるね」
「え?」
……のはずが、いきなり自由行動になってしまって、ずっと安藤は一人でガチで水泳していた。
「つかれた~」
肩にバスタオルをかけた彼女と、プールサイドでふたたび合流。
ぷしゅ、と缶ジュースをあけて、なぜかカンパイみたいに二人で缶をあてる。
「でね、折り入って相談があるんだけどさ」
「まてよ安藤。それより、昨日の……」
「あー、あれはいったん忘れよう」
「忘れるって――――」ぼっ、と体のシンが熱くなった気がした。まがりなりにもあれはキスなんだぞ。そう簡単になかったことにはできないだろ、ふつう。「いや……なんていうか」
「私の
テーブルをはさんで座ったまま、上半身をおれのほうにかたむける。
胸元に目がいっていると思われないよう、視線のコントロールに集中しないと。
プールで水がざぶんと音を立てて、泡がこぽっと鳴った。
「な、なんだよ、それ。もしかして、つきあってくれっていう意味なのか?」
「ちがうちがう」
ゆっくりと首をふって、
安藤にはめずらしく真剣なまなざしで、まったく笑わずに言った。
「今年の文化祭で、私と漫才のコンビを組んでってこと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます