第25話 七転び八起き
先生がおれの転校をみんなに伝えたとき、
「かわいそー」
と、女子の誰かがつぶやいた。
その子にはたぶん、おれがかなり落ちこんでいるように見えたんだろう。
たしかに、このショックはかくしきれない。
(
教室を出ようとする先生にきくと、二人とも「体調不良で欠席」。
そうですか、と返事して、おれはその場でがっくりとうなだれた。
「ベツ! ベツっ!」
「…………
「そんな
友だちのこいつが、おれの両肩をつかんで強引に体をゆする。
イケメンじゃないのにイケメンにみえる、最高に気のいいヤツ。
「かわってやりてーよ! くそっ! ベツがこんなにヘコんでるとこ……見たくなかったぜ!」
「ありがとな……そのコトバだけで、うれしいよ優助」
「おう」さっ、と優助は親指で目元をぬぐった。「じゃあ先に行ってるからな」
手をふって、ダッシュで廊下の奥に消える。
しん、と物音ひとつなくなった。すでにクラスメイトのみんなは、正門のところへ移動してしまったようだ。
―――たった一人をのぞいて。
教室には、まだ彼女が
やわらかな光がさす窓の近くに立っていて、今、顔をおれのほうに向けた。
「人生は約三万日」
「えっ」
「そして
メガネの横に手をあてながら、
ちなみに髪型は、昨日までのポニーテールとちがって、ツインの三つ編みにもどっていた。
「いや……ちょっと……」
「あ、っ、ほ」
クールな表情で、くちびるをほとんど動かさずに言った。
「もっと頭をつかうこと。そんなふうに、そうそうにあきらめない。さもないと、永久にあなたの問題は解決しないんだから」
「……ごめん。で、それってどういう意味?」
「1000回くり返す覚悟を決めなさいって意味」
想像以上にハードなことをいわれた。
おれはおでこに手のひらを、深森さんは人差し指の先をこめかみにあてる。
「思うに、まだ失敗のサンプルが全然足りないのよ。なまじ成功しそうなパターンばっかりだから、逆に成功に近づけないでいる。それが現在のあなた」
「おれは、これからどうしたら……」
「そこは心配ご無用。言ったでしょ? 世話の炎で別所くんを焼きつくしてあげるって」
彼女はおれの耳に口を近づけた。
(――!)
こくっ、とまっすぐ目をみてうなずく深森さん。
「いい? それが次のループで、必ずやるべきこと」はっ、と彼女にはめずらしく、いきなりおどろいたようなカオになった。「かすかに汗のにおい……こんなに涼しくて、私には寒いぐらいなのに」
「えっ? なにが?」
「じっとして」
わっ!
おれの頭のうしろに片手を回し――――
「やっぱり。熱がある。きっと、
自分の頭をつきだしてきた。
ぴたっとくっつく、おれと深森さんのおでこ。
「彼女に電話はしてみたの?」
至近距離でささやくように言ったその声が、ふだんきいてる声とちがうようで、少しドキドキした。
明かりを消して寝る前に小声でおしゃべりしている感じ、っていうか。
「いや、してない――よ」
「そう」
ふっ、とおでこがはなれる。
「お大事に。それじゃ、もう私は行く。あまり長い時間ここで二人きりでいたら、わるいウワサになって、今後の学校生活にさしつかえるといけないから」
「わかった。今まで」
「まだお礼はいらない。それは、ループが終わりをむかえるときの〈私〉に言ってくれる?」
「深森さん」
「私の明日は11月。二度とあなたと会うこともないでしょう」
「ま、まって‼」
追いかけようとしたら、足がもつれてコケそうになった。
ふつうに歩いてるようにみえたのに、すでにあんなところにいる。
とおくで、深森さんが肩ごしにおれをふりかえった。
なにか言いたそうにしばらくそのままの姿勢でいたけど、結局、無言だった。
ついに誰もいなくなった。
(いや、まだ……あの深森さんとわかれずにすむ方法がある!)
おれはスマホをとりだした。
操作しながら廊下を、近くの教室の先生に見つかって注意されないように、階段のところまですすんだ。
「……あれ? うそ。
「
「ごほっ、ごほっ」
「あっ、大丈夫?」
ん、とききなれたハミングの音。
見えないけど、電話の向こうで葵がほほ笑んだような気がした。
「大事な話って?」
「おれ今日で転校する」
「ん?」と疑問のハミング。「なに、きこえない」
「ずっと言いだせなかったんだ。ごめん」
三秒ぐらいの、静かな
「私こそごめん」
葵のほうもあやまった。
反射神経で「どうして」という言葉が口から出る。
「最初に美術室で、私がマンガをみせたのおぼえてるかな?」
「おぼえてる」
「あれってね、計算だったの」
気がつけば、おれはスマホを耳にぎゅーっと押しつけていた。
いったん肩の力を抜き、息をととのえる。
慎重にいこう。
どうやら、ここが今回のループの最大の山場のようだからな。
「あらかじめ原稿にカッターで切れ目をいれててね、……うん、中身はお父さんにスキャンっていうのをやってもらったから、データはちゃんと残ってる」
二回目のおれの「どうして」に、
葵はこうこたえた。
――おかしな行動をする女の子って、不思議と印象に残るでしょ?
――私、
「そういう、なんていうか……ずるいところがあるの。いきなり向の家に押しかけたのもそう。よく考えたら、あんな迷惑なことって、ないよね?」
「ぜんぜん!」
「えっ」
「おれ……あの、この一ヶ月楽しかったよ。ほんとに。めちゃくちゃ楽しくて、胸がときめいた」
ぷっ! と葵がふきだした。
つられて、おれも笑う。
せまい階段のスペースに、あはは、という二人の声がひびいた。
「おもしろい。ときめくなんて表現。でも、それは私だって、同じだよ……」
「葵。それで、おれ転校―――」
「ごめん。お母さんがきちゃった。もう切るね」
「え⁉ う、うん……」
「また明日、学校で会おうね」
通話――終了。
10月1日にもどること――決定。
しかたなくスマホをしまって、とぼとぼ正門へ向かう途中、
グサッ!!! とするどいものが、おれの体のどこかに刺さった。
体っていうか、たぶんハートに。
これってザイアクカン……なのか?
彼女は純粋におれを好きになってくれたのに、おれはループ脱出のために利用していただけ。
恋愛するんじゃないって割りきっていたのは、あくまでもおれの都合にすぎない。
最後の最後であの子の体調や気持ちとかより、自分のことばっかり考えていたりして。
すってーん、と思いっきりころんでしまった気分だ。
こんなメンタルじゃ、とてもこの先、がんばっていけない。
まったくおれはとんでもない「あほ」だった。
まじで……。
結婚してくれ、とか、どの口が言ったんだよ。
でも、けっこうガチで葵のことが好…………
(なんで今あいつのことがチラつくんだ?)
おれの幼なじみが。
昨日はピンピンしてたように見えたんだが。
(まあ、あんなヤツでも体の調子がよくないときぐらいあるだろ)
正門前についた。
わっと笑いが起こってそっちを見たら、中心にお調子者の
どうせ今回も、花道をおれのかわりに歩いて「おまえじゃねーだろ!」ってツッコまれたんだろうな。深森さんと話しこんでいたから、その場面は見れなかったけど。
はあ。
しょうがない。いさぎよく失敗を受け入れよう。
しかしユーウツだ。
次のループがな……。
・
・
・
「いってきます」
おれは家を出た。
6度目の10月1日。さわやかな秋晴れの朝。
「コウちゃんじゃん」
おれはあいつが家から出てくるのを、まちぶせしていた。
が、いかにも偶然とおりかかったというふうな芝居をした。
「しょうがないなぁ~~~、いっしょに登校してあげよっか?」
右足、左足とくつの先で地面をトントンとして、おれに近寄ってくる。
「うれしいでしょ? ん?」
「べつに」
「べっしょ」
ずいぶん久しぶりだな、このやりとり。
あかるく無邪気に笑う
こんなんじゃダメだ。ループを抜けるためには鬼にならないと。
「あれ? どうしたの? 忘れものでもした?」
ついてこないおれに気づき、萌愛がふりかえって言う。
「おれ……はずかしいから一人でいい」
「はぁ!!?? ちょっとそれどーいう意味?」
「いっしょに登校なんかしたら、つきあってるんじゃないかって誤解されるだろ」
うっ。
犬、猫にかまれる寸前みたいなこの感じ。
両手をピーンと下に伸ばして手先はグー。
ショートの髪の毛先をぷるぷるゆらして、あごをひいてて。
「お、おれが前をあるくから、適当に間をあけてくれよ?」
返事もきかずに早歩きで前進した。
そのすぐあと、
「いった!!!」
たぶんスクールバッグで、おれは思いっきり背中をたたかれた。
前のめりに、ヘッドスライディングみたいにこける。
タタタ、とこっちをふりかえりもせず走っていく萌愛。
深森さん……これ、出だしからキツいって……。
――「次のループで、できるだけ
でも、やりとげなきゃな。おれの未来のために。
次の日。10月2日。
「おはよ。べっちん」
朝、席についていたら
「なんだよ、おれにたのみごとでもあるのか?」
「そんなんじゃなくて、ただアイサツしたかっただ・け」
「やめろよウィンクとか。似合ってないぞ」
うれしそうに笑いながら安藤は向こうに行った。
相変わらず、今日もキャラに似合わない、いいとこのお嬢様みたいな髪型だ。
……ん⁉
(あれは)
あいつが手にしている本。
おれが何度も読んだ『恋愛心理学』の本。
もう必要がないと思って、昨日は図書室にいかずにかりなかった本。
(もしかして……今のは毎日あいさつするだけっていう〈単純接触〉だったのか?)
いやいや、
それは恋愛のテクニックだぞ? 気になってる男子にやることだ。
翌日。
朝から雨。
校舎に入ってカサをたたんだら、すぐ真横に、
「おはよう、べっちん」
安藤がいた。
すこし前髪がぬれている。
「おはよう、って」
「あ、ああ……うん」
「言えよ。はい。お、は、よ」
「おはよ」
「う」
「う」
あはっ、と笑顔をみせる。
おれは
でもなんか苦手なんだ。
中身と外見が合ってないミスマッチな部分が。
クツをぬいではきかえる。
同じようにはきかえたところで、上半身を起こしながら安藤はこう言った。
「ところでべっちん、明日ヒマ?」
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