第24話 大は小を兼ねる
土曜日。
デートは照れ笑いからはじまった。
「色、
思いがけずペアルックっぽくなったというか……ときおり、すれちがうオトナのカップルの人が、ほほえましいものをみる目でおれたちを見てくる。
「ね、別所くん。私たちって、ほんとうに相性がいいよね?」
風で少しずれた真っ白なベレー帽をなおしながら、
今日も髪の毛先は、ふんわりと内側にカールしている。
お店のガラスに、街を歩くおれたちの姿が映っている。
クリーム色のジャケットを着ていて中は黒のタートルネック、下は茶色のスカート、クツは新品みたいな白いスニーカー。
「ほんとにぴったり」
と、ジャケットをおれのパーカーにあててくる。ちがいがわからないレベルで同じ色だ。「ほらほら」と、スカートの
「なんかうれしい。こういうの、心が
上目づかい。
その表情で、おれのハートがぐらぐらゆれた。
同時に、なぜかあいつのことがチラッと頭に浮かんだ。
「む~~~」という顔でおれをにらんで、ほっぺをふくらませている。
髪が長くて今よりも顔のまん丸い、むかしの
「どうしたの?」
「べ、べつに……」
まさかデート中にほかの女の子のことを考えていた、なんて言えない。
知らないふりをして、おれは「いこう」とスタスタ歩きはじめた。
すると、
「…………ごめんね。でも、こうしたほうが自然だから」
にぎっ、と手に感触。
またしてもハートが―――ぐわんぐわんうごく。
(
まだおたがい、親しく名前呼びもしていないのに。
ひょっとしたら江口さんは転校――おれがするんじゃなくて、彼女がする――のことがあるから、かもな。
「タイクツでしょ? お買いもの、すぐにすませちゃうね」
「大丈夫。こういうトコあまり来ないから、興味ぶかいよ」
やってきたのは大きな文具店だった。
きけば、ほしいスクリーンなんとかがあるとのことだった。
ああスクリーンのね、とおれが知ったかぶりすると、くすっと笑う。
べったりくっついていてもさがしにくいだろうから、いったん距離をとるか。
(おれもなにか買おうかな)
目の前に、ずらーっとペンがならんでいるコーナーにきた。
そういえば、アレはいま思うと衝撃的だったな。
美術室でマンガの原稿をビリビリに破いたこと。
おれが〈江口
(…………ん⁉)
視界のスミで何かがササッと流れた。
あわててかくれたような感じ。
(いや、そんなはずは……)
けれども二度あることは三度ある。
追いかけるように移動すると、ショートカットの女の子が、背中を向けて立っているのをみつけた。
考えるより先に、おれは声をかけていた。
「おいモア。たのむから、今日ぐらい空気を読んで……」
「はい?」
ふりかえったのは、知らない子だった。
目、はな、口、どこも萌愛と似ていない。
まちがえました、すいませんとキョドりつつ、すみやかにその場をはなれる。
(よくよく考えたら、うしろ姿もそんなに似てなかったじゃないか。服だって、微妙にあいつのシュミじゃないし……)
もしや、いてほしかったのか?
しつこくデートについてくるのを、心のどこかで期待――――
いーやっ‼ と心の中で首をふる。
(萌愛はもういいんだ。で、おれは恋愛に夢中にもなっちゃいけない。目的はループからの脱出のみ!)
おれは見えないハチマキをしめなおした。
「おまたせー。いこっ?」
「うん」
その3秒後、
おれは「ダーリン」と呼ばれてしまう。
おそらく人生初の「ダーリン」。
言葉が出てこなくてだまっていると、江口さんが高速で手を顔の前でぶんぶんふった。
「あっ、あのっ! 誤解しないで。じつは次の作品がね、そう呼び合うカップルが主役なの。だから私も、どんな気分なのか経験したかったから……」
「おれはなんて呼べばいいかな?」
「えっ」
「おれも『ダーリン』って」なれない発音で、ちょっと舌をかみそうになった。「呼ぼうか?」
「それは……はずかしいかな」
チャンス。
じゃあ
ん、とちいさなハミングの返事でうなずく。
「私も『
いいよ、とこたえたら葵は、そっか、と小声で言いながら目を
そのあと、大型書店にマンガをみにいって、
「おいしい」
サンドイッチ屋さんで昼ごはんを食べることになった。
あとでおなかがすかないように、おれは小さいのよりも大きいのを注文した。
「別所く……じゃなかった、向は将来の夢ってあるの?」
「今は、とくにないよ」
「お父さんって、どんな仕事してる?」
「新聞記者」
「じゃあ向も、そっち系の仕事を目指すのかな?」
どうだろ、とサンドイッチをかじりながらこたえる。
こたえながら思った。
(あれ……そういえば、おれ『恋愛心理学』でおぼえたこと、あんまジッセンしてないな)
たとえば〈とにかくホメる〉とか、そういうやつ。
しなくていいぐらい、おれたちは気が合ってるってことだろうか。
っていうか、返却するのを忘れてた。図書室に返しにいかないと。
次の日の日曜日も、デートした。
当然、この日も萌愛はついてこない。
冬物の服をさがしたい、ということでいろいろ見て回った。
結局なにも買っていないけど、おれにとっては彼女と交わした言葉とにぎった手のぬくもりでじゅうぶんだ。
ところで――
(あいつとは、前からこんな感じだった……っけ?)
土日で萌愛の姿は一秒もみていない。ラインもない。
あの話も、このままウヤムヤになってしまうんだろうか? 家族で引っ越す予定の場所が、一年後に戦争に巻き込まれるっていう予言みたいなやつ。
だが、おれはこう考えることにした。
そこはきょうだい
何かしら手を打ってくれるはずだ。絶対。
サイアクでも「気をつけてね」ぐらいのアドバイスはあるだろう。
現状、それがまったくない。
逆に言えば、萌愛がそれっぽいアクションを起こさないかぎりは、おれの未来は心配する必要がないんだなって思ってる。
――翌日。
10月
いっこ前のループのときは、ここで萌愛がまっていた。
(いない、な……)
ということは今回のループはプレゼントはゼロか。
この残念な事実に、朝から少しがっかりした。
昼休み。
かりていた本を返却しようとしてカウンターに置いたら、
「なによ、この『恋愛心理学』ってゆーのは」
やけになれなれしい女子の声。
おれはハッと顔をあげた。
そこには、かりたときの図書委員の人じゃなくて、
「期限もすぎてるし」
クラスメイトがいた。
ちょうどエアコンの風がそこにあたっているのか、セーラー服の赤いスカーフがバタバタとゆれている。
うっ、と鏡をみなくても自分の顔がひきつっているのがわかった。
おれはこいつが苦手なんだ。
「……かんべんしてくれよ、
「まー、べっちんと私の仲だ。よきにはからってやろう」
「図書委員だったのか?」
「まあね」
目をつむって、しゃっ、と耳元の髪を外にひくように指を流した。
実際はそこに髪がないというか、横の髪は編みこんで上にあげてカチューシャみたいにしている。
どうしてこんな、お調子者のボケキャラに合わないお嬢様みたいな髪型にするのか、一年のころからマジでわからない。
「それはそうとべっちん、最近モテまくってない?」
「気のせいだろ」
「あー! 逃げんなよぉ!」
おれは図書室をあとにして、教室にもどった。
(おっ)
入り口のところに萌愛がいる。
近づくおれに気がついて、おたがいに目が合った。
そのまま、あいつの口がスローモーションで「コウちゃん」の「コ」の形になったとき、
「ダーリン!」
教室の中から、親しげに呼びかけられる。
はぁ!!?? と声もなく萌愛がそんな顔つきになった。
つけ足すならば「アンタがなんでそんなふうに呼ばれてるのよ⁉」とかか。
「どこに行ってたの?」
「図書室……だよ」
「へー。私も、もっと小説を読まなきゃなーって思うんだけど―――」
文字を読むとねむくなるんだよね、と話しながら、なめらかに二人で教室にはいった。
さながらカップルみたいに。
(ちょっと萌愛としゃべりたかったような気も……)
正直、おれの
「コウちゃん。私、さみしいよ」
最後のデートのとき、あいつはいきなりおれに抱きついてきてそう言った。
その声が、今でも耳に残ってる。
印象的だったんだ。萌愛らしくない弱気な態度だったから。
(ブレるなって、おれ! あと一息でループも終わる!)
そして10月最後の日曜日。
楽しかったデートの帰り道でこんな確認をした。
「葵。おれがもし、どっか遠いところに向かうことになったら、引きとめて……くれるんだよな?」
「ん」と、かわいらしい音でハミングを鳴らす。「きっと『いかないで』って、どれだけ
かちっ、と歯車がかみ合った手ごたえ。
ここまできたら、もう失敗するほうがむずかしいといえる。
ただ、不安な要素がひとつだけある。
それは――――
(おれから告白してない、ってことだ)
はっきりと彼女への想いを伝えていない。
そこを葵が不安に思っているとしたら、最後の最後でつまずく可能性もある。
(よし!)
だったら、伝えよう。
「好き」や「大好き」じゃ足りない。そういう小さく切り売りしたようなものじゃなく、もっと大きなほうがいい。
大きければ大きいほどいい。
かといって、中学生のおれが大人みたいに「愛してる」なんて言うのもウソっぽいし……
「葵。あのさ」
「なに?」
「おれと結婚してくれないか?」
「え……、えーっ!!???」
10月30日の下校の途中で、おれはプロポーズした。
「いかないで」のダメ押しのつもりで。
「ん、ごほっ、ごほっ!」
「大丈夫?」
「もう、
そう笑っているけど、たしか昼間も何度かセキをしてた。
体調がわるいのかなと、気になっていたんだ。
――このときすでに、おれの運命は決まっていたのかもしれない。
(なんだとーーーーっ!!??)
5回目の転校の日。
朝、先生が黒板の前に立った時点で、誰もすわっていないイスが二つあった。
二人の欠席者がいる。
それは萌愛と葵だった。
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