第23話 善は急げ

 昼休みのあとは体育がある。

 体操服は、男女共通でブルーのジャージ。

 このせいで萌愛もあは以前、知らない男子に友だちとまちがわれたことがあった。

 その一件は、もちろんとびっきりのタブーだ。



「話がある? 私に?」



 めんどくさそうな顔をかくそうともしないで、鎖骨さこつのあたりに自分の人差し指をあてる。

 体育館へつづくわたり廊下。

 そこで運よく、ジャージ姿のこいつをつかまえることができた。


「またなやみの相談する気?」

「そういえばモア」

「ん?」

「男子だと思われて人まちがいされたのって、たしかこのあたりだったよな」

「…………ケンカうってんの?」


 と、誰かをホウフツとさせるような力強い腕組み。

 でもまだまだ、こいつじゃあの人の迫力にはとどかない。


「それはおれのセリフだよ」

「はぁ~~~っ!!?? なにそれ。意味わかんない。いまおこってんの、私じゃんか」

「きいたんだ、朝の廊下での山中やまなかとの会話」


 むかしから表情ゆたかで、小細工ができなかったヤツだ。

 ドキッ! とわかりやすく眉毛と肩の高さが上がった。


「一年後に戦争がはじまるんだってな」

「あー、あれ……ね。コウちゃん、きいてたんだ……」

「出まかせもほどほどにしてくれよ。これからそこに引っ越そうっていうのに縁起えんぎがわるすぎるだろ? それに言葉にはコトダマがだな――」

「い、言ってないし!」

「えっ?」

「ぜんぶソラミミだから!!!」


 ぎゅっと目をつむって、だだーっ、と萌愛は土煙つちけむりをあげながら運動場に走っていった。

 とり残されて、ふう、とため息をつくおれ。

 足元で黒い影がうごいた。


「ヘタね」


 深森ふかもりさんだ。

 半回転するようにおれの前に回りこんで、おもむろに腕を組んだ。

 黒ぶちのメガネでポニーテールでジャージ姿。

 さすが本家の存在感は一味ひとあじちがう。


「あれじゃ追いみかたが甘い。動線どうせんもガラき。さあ逃げて下さいと言ってるようなもの」

(その道のプロみたいな言いかただな……)


 おれに背中を向けて二、三歩はなれて、くるっとふりかえった。


「ストレートに質問したって、言った言わないで話がもつれるのが予想できなかったの? ん?」


 ん、ともう一度ハミングを鳴らす。

 遠くから授業前にサッカーで遊んでいる男子のさわぐ声がきこえてくる。


「一応幼なじみだし、なんとかなるかと……」

「なんとかなってないじゃない」組んでいた腕をほどいて、片手を腰に、片手をメガネの横にもっていく。「とりあえず別所くん、あのプロジェクトはもうナシだから」


 おれの疑問に先回りしてこたえる。


「プロジェクトっていうのは、私に『いかないで』をいわせること」

「ナシ? どうして?」

「靴箱に入っていた手紙を確認したら、こう書かれていた。『別所くんは 運命の相手。お願いだから 邪魔しないで』って。相手っていうのは、もちろん山中やまなかさん本人じゃなくて、あなたの幼なじみなんでしょうね」

「その手紙は?」

「あんなもの残しても意味がない。とっくにゴミ箱よ」

「書いたのは江口えぐちさんじゃな……」


 まだ言い終わってないうちに、かぶせぎみに深森さんは言う。


「文字のクセまでコピーされたんじゃ、私も完全にお手上げ。あれは、よく考えればじつに巧妙なトリック。江口さんだと思わせたことで、私と彼女の両方をあなたからいっぺんに遠ざけようとしたんだから」


 あはは……ととりあえず愛想笑いするしかない。

 文字をみてクラスメイトの誰が書いたか当てられるなんて、彼女にとってはなんでもないことなのか?


 じゅうぶんカミワザだよ――おれにとっては。

 こうして世話を焼いてくれてなければ、きっと事実を知ることはできなかっただろう。


「まだ何かあるの?」


 あと何分かで昼休みも終わる。

 おれは、これだけは伝えておかないと、と早口で急いで説明した。

 萌愛が「未来で戦争」なんて物騒ぶっそうな、あいつらしくないコトバを口にしたことを。


 あー、はいはい、というかるい感じで深森さんはアイヅチを打つ。

 やや首をかしげて、冷たい――でもきれいな――ひとみでおれをみる。

 近づいてげたセリフは、両足が地面にめりこむぐらい重かった。



「あなた、すでに死んでるのかも」



 ◆


 笑えない話だ。


(おれが? まさか……)


 まるで、お医者さんが聴診器をあてて「心臓がとまってますね」っていうコントみたいじゃないか。そういう場合、たいがい耳に入れるところを耳に入れてなかったりして、ほんとにとまっているっていうのはない。

 ないんだ。

 ない。

 ない……よな?

 おれはこんなに元気なのに。


 六時間目の授業中。

 迷いに迷ったが――――もっとくわしいことを、一秒でもはやくききたい!


「せ、先生……」立ち上がって手をあげているおれに、クラス中が注目する。「気分がわるいんで、保健室にいってもいいですか?」


 もろに仮病なんだが、うたがわれなかった。

 一人でいけるか→いけます、というやりとりだけで、あっさり教室を出る。

 これでたぶんOK。

 あとはまつだけだ。


(彼女なら、あの一瞬で送ったサインが伝わるはず)


 そして、おれが保健室にいなければ、前にいっしょに話した〈ここ〉だと思ってくれる。

 10分後。

 ざっざっ、という規則的な足音がきこえてきた。



「ウィンクきも」



 それが第一声。


「二度とああいうこと、しないで」

「……わかった。でもこうやってきてくれて、うれしいよ。深森さん」


 中庭におかれた背中合わせのベンチ。

 意外にも、彼女はうしろのやつじゃなくて、おれの横にすわった。

 ふわっ、と風がふくたびにシャンプーらしい香りがする。

 思わず舞い上がりそうになるが、そんな場合じゃない。

 まずは―――


「おれ、死んでるの?」


 という、ブラックジョークみたいな問いかけからスタート。


「一見、私には死んでいないようにみえる」

「いやまじで深森さん……」

「あなた、里居さといさんにチョコをもらったことはある? バレンタインで」

「チョコ? なんの話?」


 い、い、か、ら、とベンチに片手をおいて、ずいっと上半身をおれに近づけてきた。

 首元からその下へとつづく、セーラー服の胸元のちょっとあいたスペースからあわてて目をそらす。


「こたえて」

「あー、ない……よ」

「じゃ当然、彼女に『すき』って言われたこともない。そうね?」 

「おれに告白ってこと?」


 こく、と彼女はタテに、おれは横に、首をふった。

 ただし、おれが熱烈にアプローチした2回目のループのときは、何回かあったかもしれない。

 でも告白っていうほどじゃなく、デートのとき、彼氏彼女っぽい会話の中で自然に――――


「いてっ」


 頭をパシッとシバかれた。


「思い出にひたってる場合? 私が言いたいのは、つまり〈2回目の里居さんを別人〉とする仮説なのよ」

「えっ」

「あなたもあほじゃないんだから、女子なら誰でもしつこく言い寄れば恋人になれるなんて思ってないでしょ?」


 返事もきかず、彼女はベンチから立ち上がった。


「私の記憶にある〈4月から9月までの里居さん〉は、あなたには耳がいたい話かもしれないけど、まったくミャクがないように見えた」

「そ、そうかな? おれたちは、けっこう仲がいい幼なじみだと思うんだけど」

「近所にすむ幼なじみだからこそ、冷たくあしらえないケースだってある」

「けど、朝、タイミングが同じだったら、いっしょに登校することもあったし……」

「正直に『イヤ』ってことわったらカドがたつ。それを避けたのかもね」


 すわっているおれを見下ろすような角度で、彼女は腕を組む。

 今までの中で一番、とてつもなく不吉ふきつな予感がした。 



「結論をいうと、中学二年の10月の里居萌愛は、別所くんのことなんかカほども気にしてないってことよ」



 カ?

 おれは無意識に、深森さんの言葉をくり返していた。

 カ?


「そうモスキート」


 と、彼女はダメ押しをしてくる。

 気持ち、体がちっちゃくなって逆に深森さんがデカくなったような気がした。

 とはいえ、とその先をつづける。


「心のどこかであなたに好意をもっているのは、まずまちがいない。こういう感情は寄せては返す、波みたいなものだから。けれども14才の現時点では、死ぬ気でコクってもOKしてくれないほどはなれている―――というのが私の観測かんそく

「おれは……ずっとあいつのことをカンちがいしてた?」

「そこで未来の話につながる」


 いつになく、深森さんはよくしゃべった。

 時間はあるのに、どこか急いでいるような感じで。

 これでおれと話をするのが、最後っていうわけでもないのに。


――「彼女が一年後からやってきたとしたら?」

――「そこからあなたのループがはじまったとしたら?」

――「やけにつじつまが合わない?」

――「2回目のループは、あなたじゃなくて、むしろ彼女のほうから好意を向けてきたのよ」

――「じゃあ、あなたを急に好きになったのはなぜ?」

――「自分の本当の気持ちに気づいた、いや、気づかされたんじゃない? とてもインパクトがある〈なにか〉をきっかけにして」

――「そのきっかけこそ…………」


「コウちゃん、大丈夫?」

「わっ」


 おれは机にダイブするようにたおしていた上半身を起こす。

 もう放課後だ。

 六時間目の終わりぎわに教室にもどってきて、掃除があって、ちょっとそんな体勢のままで考えごとをしていた。


 目の前に萌愛がいる。


「大丈夫。保健室にいったのは、たんにサボリたかったからなんだ」

「うっわ~。わるぅ。不良不良」

「それより、クラスで話題にならなかったか?」

「話題?」

「深森さんも、あとから出ていっただろ?」


 そうだったかな~、と萌愛はとぼける。 

 で、おれにまた〈あのこと〉をきかれると思ったのか、さっさとどっかへ行ってしまった。


「ベツ。平気か?」


 廊下で、ぱんぱんと2回背中をたたかれた。

 友だちの優助ゆうすけだ。

 テストが終わったから、こいつは部活でいそがしいはずなんだが、もしかしておれをまっててくれたんだろうか。


「ああ。ばっちり回復したよ」 

「それはそれとして――」声をひそめて、おれに顔を近づける。「ベツ、じっさい深森さんとはどうなん?」

「え?」

「おれはさー、だんぜん里居ちゃんのほうだぜ? あの人もスッゲーかわいいけど、ベツとのトータルの相性じゃくらべもんになんねぇよ」


 んじゃまた来週会おうぜ! と優助は重そうなスポーツバッグを肩にかけて走っていった。

 そういえば今日は金曜か。すっかり忘れていた。


(「いかないで」のことがあるから、休みってあんまりありがたくないんだよな)


 靴箱のところで靴をはきかえていると、


「あ、あのっ」


 前から声。

 顔をあげれば――



「いっしょに帰ってくれる……?」



 江口えぐちさんがいた。

 萌愛より5センチぐらい背がたかく大人っぽい雰囲気の、絵をかくのが上手な女の子。


「もちろん」

「そっか。うれしい」

「あれっ? すこし前髪きった?」

「あ……。わかってくれるんだね……。友だちみんな、わからなかったのに」  


 二人で歩きながら、おれはもくもくと考えていた。

 今日、久しぶりにおれと下校しようって彼女が行動を起こした意味を。


 理由は、ひとつしかない。

 告白の返事がほしい、ということだ。


 おれのハラはすでに決まっていた。

 かけひきなんかできるほど恋愛レベルが高くないから、

 やや急ぎ足で、学校も出てないうちに話を切り出した。


「告白のことだけど」

「えっ⁉」指の間をひらききった右手を、口元にあてた。「う、うん……。まって。心の準備する」


 最終日にここを越えたらループがはじまる、校門のレールをまたいだ。

 空は夕焼け。

 いいよ、と彼女が小声でささやく。

 至近距離で向かい合って、まっすぐ目をみながら、



「おれでよかったら、ぜひ、つきあってほしい」



 と伝えた。


 これでいいんだ。

 彼女なら絶対に「いかないで」でループを打ち破ってくれる。


 だから――― 


 おれは萌愛でも深森さんでもなく、残っているすべての時間とエネルギーを、江口さんだけにささげようと思う。

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