第27話 寝耳に水
目的のためなら手段はえらばない。
おれも、そういうところを見習う必要が――
「もしことわったら、べっちんのセクシーな水着姿、みんなに一斉送信しちゃうよ~?」
いやいやいや! ないってーーーっ‼
ありえない。
こんなアクどいシワザがあってたまるか。
プールサイドで「コンビ組んで」って言われた次の瞬間、
ぱしゃっ、と電光石火でおれは写真をとられてしまう。
目の前にはスマホをかまえて、にっこりと笑う
「さあ、どうする? おとなしく私とステージに立つのか、それとも」
「…………わかったよ」
「ほんと?」
ああ、とおれはヤケクソで返事した。
やった、とうれしそうなリアクションの安藤。
「サンキュー! べっちん!」
がしっ、とおれの両手を両手でにぎりこむ。
このあったかい感触は……はっきり言ってわるくない。
でも漫才なんて、とんでもないムチャを言いだすヤツだ。
(ま、いっか。どうせ文化祭の日には、おれはもう〈いない〉わけだし)
適当なところで、転校することをあいつに打ち明けよう。
さんざん練習したあとはショックがでかいだろうから、なるべく早くに。
「えー!」ってあいつはイヤがるだろうけど、
やりかたの強引さを考えたら、自業自得ってやつだよな。
そして土日が終わって月曜日。
教室の前で顔をあわせた安藤の「おはよう」からはじまって、
何事もなく一日が終わるかと思ったそのとき、
(あれは)
図書室の方向へ歩いていく二本の三つ編みの髪。何回も見たあのきれいなうなじ。
ループ脱出を手伝ってくれている、おれの唯一の味方。
(まてよ……でもどうやって話しかけたら……)
迷っているうちに、校舎と校舎をつなぐ二階の渡り廊下まできた。
夕日がななめに
まわりに人はいない。
とりあえず、なにか
「あ、あのっ!」
ふり向いて―――くれない。
「ふかも……」
「べっちん!」腕をぐーっと引っぱられる。「放課後、ソッコーで私から逃げようとするなんて、ひどいじゃん」
見ると、安藤がそこにいた。
しゃっ、とサイドの髪を外に向かって手ではらう仕草。もちろん今日も編みこみでカチューシャをつくっているから、髪は横に流れない。
「土曜日にした約束、もう忘れたの?」
と、おれは教室につれもどされた。
テスト前のせいか、中にはあまり人が残っていないようだ。
「これヒマなときにみといてよ」
「DVD? もしかして漫才の?」
「できればリピートして何度もみてね」
タバでごそっと渡された。ざっと10枚以上はある。冗談だろ。
「あのさ、安藤……」
「なーに?」
「おまえ、まじなの?」
「ガチ、まじ」
「ネタっていうか、こういうのって台本があるんだろ? それはできてるのか?」
「できてないよん」
にひっ、とイタズラっぽく笑う安藤。
至近距離でのふいうちだったせいか、ちょっとドキッとしてしまった。
おれは横顔を向けてごまかす。
「まだ一ヶ月ぐらいあるんだから、そこはどーにかなるっしょ。ぜんぜん書けてないわけじゃないし」
「ほんとか? ちなみに、いま書いてるのはどういう内容なんだ?」
「えーっとねぇー、『おまえって機関車トーマスみたいなカオしてるよな』からはじまってぇー」
「それ……おれが言われるのか?」
「うんにゃ。べっちんが私に言うんだよ?」
ものすごくカオスな予感……。
ま、まあいいんだよ、べつに。
くり返すが、おれは文化祭の日には、とっくにとおくの場所に行ってるんだからな。
「サプライズみたいにしてびっくりさせたいから、このことは誰にも言っちゃダメだよ?」
「ああ」
「とくに
「なんでモアの名前が出てくるんだよ」
「なんでかな~」
「おい」
「じゃ、また明日ね。バイバイ」
靴箱のところで、安藤とわかれた。
すっかり友だちみたいな
――あのときのキス。
たしかに、ただの事故といえば事故なんだけど。
向こうが気にしてないのなら、おれも気にしないでいいのかな。
そんなことを歩きながら考えて、
校門を出た直後、
「ねえ」
横から声をかけられた。そっちを見ると、
「アンタ、最近私のこと
幼なじみがいた。
あからさまにムスッとしている。
すでにケンカ腰というか……たぶん風のせいだろうけど、ショートの髪も少し
「どういうつもり? カレンと仲良くしたいから邪魔するなってこと?」
「カレン?」数秒おくれて、ああ安藤の下の名前か、と気がつく。「いや、そんなつもりじゃ……」
「急に距離とろうとしちゃってさ。ムカつく」
げし、とクツの先で、おれのクツをけってくる。
「そんなにおこるなよ、モア」
「おこってないから。おこる理由がないし」ツーン、と横顔を向けた。
「もしかして、おれのこと待ってたのか?」
「は、はぁ⁉ はあーーっ!!??」
耳まで赤くして、ダンス部の用事してただけだからっ‼ と力強く反論した。
わかったよ、とおれは納得したフリ。
(まったく、むかしからウソがヘタなヤツだ)
でもこういうところが萌愛の魅力なんだよな。
ん?
たしか深森さんはこんなことを言ってたっけ。
――「中学二年の10月の
そんなおれに対して、こんな態度をとるもんだろうか。
べつに、すごく矛盾ってワケでもないけど。
ちょっとした違和感っていうか。
「誤解しないでよね。これ、アンタといっしょに帰ってるんじゃないから。方向が同じだけだから」
「はいはい」
言いつつ、おれと横にならんで歩く萌愛。
さりげなく世間話をふってきたりもして。
話しているうちに盛り上がったりもして。
「……あ。もう家か。……じゃあね」
最終的には少し残念そうな表情をみせたあいつと、わかれた。
じつはおれも、もっと話したかった。
前回のループの深森さんにはわるいけど、どうやらこのへんが限界みたいだ。
(やっぱりおれは、あいつに〈つめたく〉なんかできない)
はやくもこの時点で敗北宣言というか、10月がつづくのが決まった。
「いかないで」はおあずけで、ひたすら終わるのを待つだけの一ヶ月になりそうだ。
「みたみた? べっちん。DVD。ぜーんぶおもしろかったでしょ?」
「私が好きな芸人さんはさ……」
「やっぱり
「そうじゃなくて、こう。ぺしっ、と私の肩をうしろからたたくの」
あっというまに一週間がすぎて、中間テストも終わった木曜日。10月16日。
おれは心に決めた。
っていうか、もっと早く言うつもりだったんだけど……
(キスの一件で、こいつに
あと、思いのほか安藤がおれと漫才をすることに真剣に取り組んでいたもんだから、なおさら言えなかった。
「――――えっ」
口の下に細い指先をあてて、もともと大きな目をさらに見ひらく。
放課後。
みんなにバレないようにと練習場所にえらんだ、学校の近くの河原で。
オレンジ色の光が安藤の顔にあたっている。
キラッ、と目の下のほうで、小さくかがやいたような気がした。
(……えっ)
安藤がつぶやいたのと同じことを、おれも心の中でつぶやいた。
これは、そんな、まさか。
完全に油断していたタイミングで〈それ〉をきいて、おれは耳をうたがった。
こんなにトートツに、あっけなくおとずれるものなのか?
「べっちん。うそでしょ。転校なんて……そんな……」
つーーーっとスローモーションで涙のつぶがほっぺを下りていった。
瞬間。これまでのことが、つぎつぎと頭に浮かんでくる。
萌愛のこと。
「いかないで」
陽気に笑っている印象しかないこいつが、八の字に眉毛を下げて、
泣きながら、そう言った。
「いかないでよっっっ! べっちん!!!!」
おれは『恋愛心理学』の本で読んだんだ。
もう会えなくなると思うことで、はなれたくないっていう気持ちが強まる――そんな心理があるって。
くわしくは、よくわからないけど。
でも、本も、恋愛心理みたいな知識も、おれには必要がなくなってしまった。
「いかないで……」
長かった10月は、これでやっと終わる。
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