第21話 毒を食らわば皿まで

 やっとループの終わりが見えてきた。

 頭がキレる深森ふかもりさんが協力してくれるっていうし、しかも「いかないで」と引きとめてくれそうな女の子までいる。

 ――ってことは、あいつとのわかれもいっそうリアルに……



「私ね、コウちゃんが幼なじみで……本当によかったと思ってる」



 ぎゅっ、とつよくにぎってきたあいつの手。最後のデートの最後の時間。

 風がふいた。

 中庭。

 おれと深森さんは背中合わせのベンチに、背中合わせにすわっていた。


「なるほどね」


 彼女はいつもどおり、ため息がでるほど理解がはやい。

 ファンタジーすぎる〈10月のループ〉の説明さえ、すんなり納得してしまう。


「話をきいたかぎりだと、やっぱりカギは2回目のループのようね。でももう完全な再現はできないから、アレコレ考えたってムダ。生産的じゃない。それは4回目にしたってそう。転校を知らせるタイミングを変えてうまくいくかどうかなんて、正確に知るすべがない。だったら――」

「だったら……?」

「ちょっと! こっち見ないで! 目線は前に向けたままでって言ったでしょ」

「あ、ごめん」


 あわてて顔の向きをもとにもどす。

 足元で、意味ありげな感じでイチョウの葉っぱがつむじ風でくるくる回っていた。

 いい? 別所くん、と前置きするように小さな声で言って、


「過去のミスにとらわれるよりも、新しい方法をためすべき」


 ばっ、とそっちに向きたい思いを必死でガマンした。

 こうやって他人のフリしとかないと、深森さんはイヤだっていうからな。

 新しい方法――――?

 ものすごくありがたい感じがするが、おれには告白してくれた……江口えぐちさんがいる。

 彼女と「いかないで」を結びつける方向がベストなんじゃないのか。


「告白された? あなたが?」

「そうだよ」

「同じクラスの女子に?」

「もちろん。さすがに名前は言えな――」

「江口あおいでしょ? 逆にまさか、あの子といい仲なのをかくせてる気でいたの? それなら」


 3秒、5秒、10秒と、

 無言のをためにためて、


「あ・ほ」


 一気にきはなつ。

 頭の中では、翔華しょうかに格ゲーでK.O.ケーオーされたときのシーンがチラついた。


「無限大のあほ。わるい意味で、ポテンシャルがはかりしれない」

「いや……でも、教室ではほとんど二人でしゃべってなかったし……」 

「帰り道、ウの目タカの目、どこにでも」


 俳句みたいなリズムで深森さんは言った。


「女子のネットワークを甘くみないこと。すでに今週の月曜には、クラスの女の子たちの間で下校デートが周知の事実になってたんだから」

「ま、まじで……?」

「クソまじ」


 と、おとなしいキャラに似合わない言葉づかい。

 でもおれは「あほ」とか「クソ」とか口にしてくれるたびに、すごくうれしいんだ。

 深森さんが教室で見せない一面を、おれだけに見せてくれてる気がして。


「そういえば、以前、江口さんに自作のマンガをみせてもらったことがある」

「えっ」

「私はあなたみたいにやさしくないから『おもしろい』ってこたえておいたけど」


 ゾッと背中が冷たくなった。

 どうしておれが『おもしろくない』ってこたえたのが、わかったんだ? そこは説明してなかったぞ。


「処女作って言ってたっけ。あの作品のモチーフが、きっとあの子のコアな部分なんだと思う」

「転校することが?」

「べつにどうでもいいけど」


 かさっ、とかわいた音がした。見えないが、たぶん腕を組んだんだろう。


「別所くん」

「はい?」

「心してきくように」


 彼女は立ち上がって、おれの前に回りこんだ。

 目が行くのは、やっぱりポニーテール。三つ編みからの急すぎるチェンジだからな。

 腕を組み、足を肩幅にひらいた、堂々たる仁王立ち。

 逆光になっていて、表情はよくわからない。

 サーッ、とさわやかな風がふいて、セーラー服のスカートがゆれた。

 ん?

 かすかに、にぃ、と片方の口のはしが上がった…………か?



「私に好かれる覚悟はある?」



 ◆


 まだ気持ちがおちつかない。

 一時間目の授業中。

 むねで何度もループしているのは去りぎわの彼女とのやりとり。


「ループを〈確実に〉出たいのなら、うってつけの方法がある」

「確実って……それほんと?」

「あなたが、私に圧倒的に好かれればいいだけ。デレッデレになるぐらい」

「えっ⁉」

「二回も言わせないで」


 そこで深森さんは背中を向けた。

 まったく、おどろくべき発想だった。


 つまり――


・おれは好かれようとひたすら努力する

・深森さんも(なるべく)おれを好きになろうとする

・最終日までに好感度がMAXになったら、あとはその言葉を口ずさむだけ


 という、いわば「いかないで」のはさみうち。


 江口さんとちがって事情を知っているぶん、「いわない」というミスのないたしかな方法といえる。


 だが、ひっかかってしょうがない。

 んー、うまくいくイメージがなー……。

 あのとき、さっそく髪型をほめてみても、


「ただの気分転換」


 と一蹴いっしゅう。 

 負けじと、もっともっとほめてみたんだが、


「テ、テストの成績がいいよね」

「あなたは成績で人をみるの?」

「メガネかけてると知的にみえるよね」

「だから?」

「え、えっと、セーラー服がとても似合って―――」

「ど・変態」


 ひどいいわれようだったが、おれも最後のヤツだけはほめる部分をまちがえた気がする。

 ふーっ、と長い息をはいたあと、深森さんにさりげなく質問した。


「……あのさ、どうしておれに手をかしてくれる気になったんだ?」


 じろり、と光を反射させながらこっちを向くメガネ。

 詰め寄るようにおれに接近してきて、くいっ、とすこし上がるあご。


「終わらせることが大事なの」

「えっ」

「あなたをとりまく異常現象を」

「ループのこと?」

「偶然とはいえ事情を知ってしまった以上、それを途中でほうりだすのは、すこぶる気持ちがわるい。私はどんなにつまらない小説でも最後まで読みとおすクチなのよ」


 さっ、と敬礼にみえる手つきでメガネをさわる。


「なぜならラストシーンには物語のすべてがあるから」


 すがすがしいくらい、ドヤッ! のカオでそう言った。

 あの深森さんのドヤ顔は、さぞかし貴重だろう。


(あっ)


 運動場に向いた窓際まどぎわの一つ横のならびの、前から三つ目の席。おれの席からみると左のちょっと前のほう。


 視線を感じると思ったら、江口さんがじっとこっちを見てた。

 上半身をやや前にかたむけた、ノートをとってる姿勢で。自然な感じで内に巻いた髪の毛の先は、机の数センチ上。

 にこっと笑ってる。

 目が合うと、ちいさく手をふってくれた。


(おお……。なんか……いいな、こういうの)


 おれだってできたんだな、こういう恋愛が。

 ステキだ。こうなると、転校するのが残念に思える。


(あれっ? まてよ)


 なんか、ひらめいた。

 深森さん提案の〈はさみうち〉の件。

 もしかして……



「なーーーにたくらんでんの」



 これ以上まぶたを落とせないぐらいのジト目でそう言う萌愛もあ

 両手は腰。髪はショート。スカーフは真っ赤。

 空も赤い。


「ここ、家がたったんだな」

「話かえてる。ごまかせてないからね。コウちゃん、さっきから私のこと尾行してたでしょ」

「この空き地でおまえとよく遊んだよなー。ほら、一時期、いっしょにバドミントンばっかりやってただろ?」


 はぁ~、とため息をつく。

 そして、あきらめたように、


「……そうだね。やってたね」

「久しぶりにやるか?」

「いや。スカートだからパンツみえるじゃん」


 と、また不審者をみる目つきになって、さっと両手でおしりのあたりをおさえた。

 最初はむかしの思い出バナシからっていうおれの作戦は、そうわるくないスタートだ。


 しかしもっと助走がいる。

 なるべく空気をなごやかにしておく必要があるんだ。


 いきなり本題に入ったら、ヤバいヒトと思われるのは確実だからな。


「そこの自販機のところで、ちょっと休んでいかないか?」

「えー」

「いいだろ。ちょっとだけ。5分、いや3分」

「もー。テスト勉強しなきゃいけないのにー」


 サイフをとりだして、お金をいれた。

 がこん、とジュースが落ちてくる。


「ほら」

「お。ももソーダ。私が好きなやつ」

「最近どうだ、学校生活は」

「ヘンな質問」ぷしゅっ、といい音。「アンタもしかして、あの話をしたいわけ?」

「なにが?」

「て・ん・こ・う」


 そう発音してつきだしたくちびるが、思ったより距離が近かった。

 おれは体を浮かして、もっとあいだがあくように赤い色のベンチにすわりなおす。


「この道さ、知ってるか? ベビーカーでよく散歩してたって。おまえの家もそうだろうから、まだ歩けないうちから、おれたちはすれちがってたかもしれないな」

「どうだろ。でも、そのころは私のお母さん、元気だったんだよね」

「あ……わるい。べつに――そんなつもりじゃなかったんだ」

「はい。べっしょ」


 元気のない声でつぶやいた。

 ムリに笑おうとしてるような、微妙な表情で。


 おもいっきり話題えらびを失敗してしまった。


 が、こうなったらひらきなおってみるか。


「あのヘアピン、赤い花が咲いたデザインのあれ、いまも持ってるのか?」

「知らないじゃん」


 ぷい、と萌愛は横顔を向ける。


「大事な形見なんだろ?」

「……当然でしょ」


 いけるかどうか――――このしんみりしたムードからの急展開。


「あのな萌愛。おまえにひとつ、かくしてたことがある」

「えっ?」目を大きくひらいて、おどろいた表情になる。

「かなり真剣なんだ。心の準備をして、きいてくれ」

「はぁ⁉ そ、そんないきなり……」 

「おれ、じつはタイムリープしてるんだ」


 そう打ち明けたら、

 ジュースを右手にもって、無言で立ちあがった。

 そっとおれの肩に、左手をおく。


「コウちゃん、あんまりストレスためないようにね」

「スト……いや、そうじゃなくて、これは」

なやみがあったらきいてあげるから」


 と、夕日をバックにあいつは去っていった。

 くっ。

 あるていど信頼関係をきずいた、幼なじみでもこれかよ……。


(あらためて深森さんは特別だな。萌愛でこの態度なら、江口さんには絶対にわかってもらえないってことか) 


 おれもジュースでも買うか、と自販機のほうを見たとき、

 気のせいか、どこからか視線を感じた。

 けれど見回しても誰もいない。

 はは……。

 みごとに作戦をミスって、神経質っていうのになってるのかもな。



 次の日。10月10日とおか。金曜日。



 昼休み。


 おれは一人、たから探しをしていた。


 机の中に、~~~へ行け、みたいな指示が書かれたメモがあったんだ。

 おそらく深森さんだろう。


 図書室のある本のあるページ→自転車置き場の柱のウラ→中庭のイチョウの木の根元→つかわれていないロッカーの中→教室のおれの席……って、もどってくるのかよ!


優助ゆうすけはこんなイタズラしないし……さては萌愛か?)

  

 手さぐりで机の中をさがす。

 あった。

 紙が二枚。



 別所くんへ。

 朝、こんなものが靴箱に入っていた。

 あなたに連絡する必要があると思って。



 ―― 一枚目はここでおわり。

 二枚目をみたとき、これが〈こんなもの〉なんだとすぐに理解できた。

 クセのないきれいな字でこう書いてある。


「別所むかうに 近づくな」


 うわっ!!!?? と大声をあげそうになった。

 それはこの威圧的な文面のせいじゃなくて、その下に〈こめじるし〉をつけて残されていたメッセージのせいだ。



 この置き手紙の犯人は 江口あおい

 あなたの幼なじみにも注意すること。



 おれは顔をあげた。

 いま、教室の中に〈彼女〉はいない。


 数分後、江口さんは姿をあらわしておれの前を横切って――他人のように――、自分の席についた。


 おれは深森さんをみた。

 窓際の席で、もの静かに読書している。


 萌愛は、友だちとバカ笑いして楽しそうにしている。


 窓の外はどんよりとしたくもりの空。

 ドス黒い暗雲あんうんだった。

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