第20話 渡りに舟
忘れもしない2回目のループ。
おれは幼なじみの
「いかないで」と言ってもらうために。
そのときも、最初はこんなふうにことわられた気がする。
「コウちゃんと出かける? えー……ふつうにイヤだけど」
腰に片手をあてて、ちょっと口をつきだすようにして言う。
さっき起きたばかりみたいな、うすい黄色のパジャマ姿で。
(やっぱり、ことわられたか)
ここまでは想定してた。むしろ、こうじゃないと調子がくるう。
おれはパン――と大きな音を鳴らして手をあわせた。
「たのむ! そこをなんとか」
「……行かないけど、どこ行くつもり?」
「水族館」
「はぁーー!!!?? めっちゃデートじゃん!!!」
「そうだ。おれとデートしてくれ、モア」
ピュウ~~~ッ、とリビングのほうから口笛がきこえてきた。
きっと萌愛のお父さんだ。明るくてノリがいい人で、道ばたであったら必ずなにか冗談を言ってくる。
いい追い風がふいた――と思ったんだが。
「かえって」
ダメだった。
しかも、しっしっ、という動作つき。
こうなるともう、帰宅するしかない。
――が、
(あいつなら絶対にくる)
そんな確信が、おれにはあった。
そして待つこと約30分。
インターホンが鳴る。
(モアだ!)
いそいで玄関にむかってドアをあけると、
「わっ! おどろいた~」
口元に手をあてて、目をぱっちりあけた女の子。
「まだ名前も言ってないのに。もしかして、なにか配達でも待ってたの?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「私がくる予感がしてたのかな?」
ニコニコして言う彼女。
おれは
「っていうか、別所くんかっこいい服きてる。これからお出かけなんだ?」
「えっと、まあそんな感じ」
「誰かと?」
もわぁ、と頭の中にさっきのあいつが浮かぶ。
だがここでその名前は出せない。
――
服装はグレーのタートルネックに紺色のジーパン。手には黒いトートバッグで、頭にかぶった白いベレー帽がよく似合っている。
「ひ、一人で……だよ」
「ラッキー。ちょうどよかったぁー‼」
「え?」
「今日いっしょに、どっか行こうよ」
おれはこんなにカミサマにお願いしたことはない。
どうか今だけはあいつがきませんように――――と。
きたっていい……んだっけ?
いやそれって〈シュラバ〉っぽくなんないか?
「おーい、コウちゃーーん。もー、しょうがないから…………」
ぴたっ、と動きがとまった。この場にいる三人みんな。
おれとあいつで江口さんをはさんだ位置関係。
となりの家の犬がウーとうなった。
ゆっくり萌愛の口があく。
「……アオイ? どうしてここにいるの?」
「モッちゃんこそ。どうしたの、そんなオシャレして」
「私? 私は……」
あいつは目でおれに質問してきた。
外見はかろうじて無表情だけど、心の中ではかなりアセっているのがわかる。
「どういうことよっっ⁉」
わるいがおれにも答えようがない。
完全にふいうちされてるんだから。
家はどこ? ってきかれて教えたことはあるけど、まさかこうしてアポなしでくるとは思わなかった。
「あのー……」
萌愛が返答にこまってる。
ここは、おれが助け
「どうせ
「えっ⁉ あ、あー……そうなんだー」白々しく頭のうしろに手を回す。「
あいつが家にもどっていくのを確認して、あらためて江口さんと向かい合う。
「そういうことなんだ。二人、友だちみたいに仲良しでさ」
「別所くん、お姉さんいるんだ。ウチと同じだね」
チラッと一秒だけ、遠くから萌愛がこっちを見てきた。
幼なじみのおれが見ても微妙な表情。
なにか言いたそうな顔だったんだが、なにが言いたいのかまではわからない。
◆
「カクレクマノミだー!」
思いのほか、江口さんははしゃいだ。
「ねえ、すごいよこれ、エイの裏側!」
バスと電車を乗り継いでやってきた水族館。
日曜日の昼間だから中はかなり混んでいる。
「別所くん、一面クラゲの
白いベレー帽から胸元まで下りるきれいな髪。今日も毛先は内向きに曲がっている。
追いかけるおれは、心中フクザツだった。
きているのだ。
おれのうしろからもう一人。
(おい萌愛っっっ! デートの尾行はやめろって!)
と、スキをみてはアイコンタクトしているのだが、あいつは言うことをきかない。
それどころか、どんどんやる気になっているみたいだ。
ときどき数メートルの距離まで近づいてきたりして。
服は、いつかの映画館で着ていたパーカーつきのトレーナーとハーフパンツ。
(まいったな。せめて……絶対に見つかるなよ)
もうデートを楽しむことはあきらめた。
江口さんが楽しんでくれたら、それでいいことにする。
「告白――――していいかな?」
180度クラゲが泳いでいる前で、唐突に彼女は言った。
おれは急に……なんか恥ずかしい表現だが、胸がときめいてしまった。
たった2回の下校デートと、1回の休日デートでもうそれ?
これがもしかしたら、リアルな恋愛のスピード感なのか?
「いいよ」
平静をよそおうも、心臓はバックバク。
「いい?」
「うん」
「私ね、12月になったら、転校するの」
「えーーっ!!!??」
じろっ、と周囲の視線がささる。
このクラゲのところは静かな雰囲気だったから、思いっきり目立ってしまった。
(わ)
つよく手をひかれた。
江口さんにひかれるまま、あまり人のいない通路へ。
少しずれたベレー帽をなおして、彼女は上目づかいにおれをみつめた。
「ヘンな言いかただけどさ、あんなにびっくりしてくれて……ありがと。うれしかったよ」
「いや……」
「でね、ひとつキミにゆるせないことがある!」
さらに手をぐぃーっとひかれて、壁のちょっとヘコんだスペースにつれこまれる。
やばっ、と思うも時すでにおそし。
「モッちゃん。おつかれ」
「………………あ」
おれたちをあわてて追いかけてきた萌愛は、当然このトラップにひっかかった。
足元がぼんやり青く光る通路で、おれたちはちっちゃい三角形をつくるようにして立っている。
「別所くん。知ってたよね? 彼女があとから来てるのを」
もはやシラを切っても意味はないな。
「知ってたよ」
「あなたが『こい』って指示したの?」
「それは、してない」
「じゃあ……モッちゃんがそうしたかったから、したんだね?」
瞬間。
あいつのほっぺのあたりが、わずかにピンク色になった。そういうメイクをしてる――のではないと思う。
態度もどこかモジモジしている。
ふだんの萌愛なら「そうだよっ!」と胸をはってひらきなおりそうなものだが。
「いいタイミングだから質問するね」
江口さんは笑顔だけど、まなざしがマジ。
萌愛の目つきも、つられて強くなってる。
おれはただただ
――10月
午前中の自分に教えたい。
「別所くんは、私とモッちゃんのどっちが好きなのかな?」
◆
夜になった。
明日からまた一週間がはじまる。
そろそろ寝るかというときにラインがきた。
「感謝しなさいよ」
「か・ん・しゃ! OK?」
「私が気を
「わかってるよ」
「ありがとな、萌愛」
とメッセージを送ったら、満足したのかあいつは静かになる。
――あのとき、
「どっちが好きなのか知ってるよ」
と言って、あいつは江口さんを指さした。
えっ、と照れる彼女。
それだけで一応丸くおさまったんだ。
おさまったけど……
「あいにく、私はコウちゃんのタイプじゃないから」
その一言は必要だったか?
いらなかっただろ。
べつに。
……。
またラインがきた。
「今日はありがとう」
江口さんだ。
「こちらこそ。途中からデートにムリヤリ入ってきたあいつのことは、ほんとにごめん」
「いいよ気にしてない。それより私には時間がないから」
「時間?」
「転校のこと。私ね、最後の思い出を」
別所くんとつくりたくて。
はっきりそう書かれていた。
おれも転校するんだよ、と返信して伝えることは、なぜかできなかった。
「マンガ書き直してみたんだけど、どうかな……?」
水曜日の放課後。
美術室で読ませてもらった原稿は、みちがえるほど面白くなっていた。
中でも心がひかれたのは、ラスト直前の大きなコマでヒロインの女の子が――
いかないで
と泣きながら叫んでいるところ。
「もし別所くんが転校するなら、きっと私もこの子みたいに『いかないで』ってなるよ」
「えっ!!??」
「そんなおどろくことかなー? ふふっ、まるで、ほんとに転校しちゃうみたいだね」
江口さんは何気なく口にしたけど、
もしかしたらカギなんじゃないか。
あるいはループを抜ける可能性がある、大きな一歩。
彼女ならそう言って引きとめてくれるって、たしかな証拠を手に入れたようなものだろ?
しかし今回のループは、
「私、別所くんが好き」
その日の帰り道。
おれは告白された。
「返事は、すぐじゃなくていいから!」
ダーッと彼女は自転車に乗って走り去る。
今日は10月
勝ち
「……なにしてんの、そんなトコで」
「おまえが帰ってくるのをまってたんだ」
「『テスト前だから図書館で勉強してる』ってアンタにラインかえしたじゃん」
「どうしても直接、会いたくてな」
萌愛の家の前。
空はもう暗くなっている。
「おれ、ある女の子にコクられた」
「コウちゃんが? っていうか、それってアオイでしょ?」
「どうしたらいいと思う?」
「はぁ⁉ 知らないじゃん! 自分で決めてよそんなの」
「モア。おれが……ループを出ていってもいいのか?」
「ループ」萌愛は真上を見上げた。ショートの髪がサラッとゆれる。「――って、なに?」
ひっかからなかったか。
ひそかに、うまくいくかと思ったんだが。
「それは忘れてくれ。で、だな、おまえの意見をききたい。おれは江口さんとつきあったほうがいいか?」
「当たり前でしょ、そんなの」
即答。
迷うことすらしなかったから、そのぶん冷たい感じがした。
船がスーッと港をはなれていくように、おれから遠ざかっていったみたいだった。
現実は、幼なじみってこんなもんだよな。
わかってたことだろ?
悲しむなよ、おれ。
――もう2回目のループのあいつは、この世のどこにもいないんだ。
(……本当に〈今月〉でさよならだな、モア)
二度とあともどりはしない。
おれはおまえじゃない女の子をパートナーにして、すべてを終わらせるつもりだ。
次の日の朝。
「おはよう。別所くん」
「あ……」
校門の、学校名が書かれた柱のウラに、
ポニーテールの深森さんが立っていた。
おれは
ポニー……テール……だと……?
「気が変わった」手の形は敬礼。メガネの横に片手の指先をそろえてあてている。表情は無い。二つの
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