第19話 下手の考え休むに似たり
中学の入学式があった日。
親からではなく姉から「ほれ」と人生初のスマホを手渡しされたとき、なんかイヤな予感はしたんだ。
中をみたら、やっぱり。
電話番号、メール、ラインのぜんぶに問答無用で登録ずみだったその名前は―――「モアちゃん♡」。
「しょうがないじゃん。ことわれなかったんだから」
ぶすっとしたあいつの顔がみえるようなメッセージ。
これが、幼なじみからのはじめてのラインだ。もちろん、いまでもスマホに残っている。
そこからしれっと一年以上連絡ナシ。
最近だと夏休みに一度「宿題みせてよ」というのがあったぐらい。
「ふかい意味はないんだよ?」
しまった。
返信を考えすぎて、彼女から次のメッセージがきてしまった。
「ただ、きいてみただけ」
「ほんとほんと」
「でも興味あるんだよね」
……こまったな。既読もつけちゃってるし。
はやく返さないと。
「いるよ」
「おっ! それは……誰かな?」
「そ」盛大に指がすべった。「それはおれの名前だから」
まちがって予測変換をえらんで、あやまって送信ボタンにふれる。
これは
新しいメッセージがきた。
「?」
……そりゃそうだよな。
「ごめん!打ちまちがえた!」
「あー」
「前に、友だちに送ったやつの予測変換のせいでさ」
「友だちね。なるほど」
そして――――フルスピードのフリック入力。
相手よりもはやく、はやくないと意味がない。
「江口さんは、好きな人はいるの?」
「じゃ~また明日~☆」
なっ⁉
冗談っぽく、かつ、あざやかに質問がかわされた。
つづきがこないかしばらく待ったあとで、おれはスマホを机の上にもどす。
(もしかして、けっこう恋愛経験が豊富なのか?)
っていうか、じつは元カレとかいたり……。
いや現在進行形で彼氏がいても、べつにおかしくないのか。
どちらにせよ、おれよりオトナなのは確実だな。
10月2日。
朝の通学路では萌愛に会わなかった。
「うぃ」
靴箱のところで肩で肩を押してきたのは、おれの友だち。
「
「あぁ? 朝イチからおかしなこと言うぜ。ベツとダチんなって、まだ一年もたってねーぞ?」
「いや、もうだいたい一年になる」
「ははっ。わけわかんねーよベツ」
そして教室まで向かう途中。
「ひとつ教えてくれないか?」
「おお。いいぜ」
「こう……ある程度、なんていうか、おれが女子に好かれてる状態だとしてだな」
「えっ⁉
おれは否定せずに、話をさきに進めた。
「その子に対して、どういうアクションを起こしたらいい?」
「それはなベツ」優助は平泳ぎのマネをした。「流れに身をまかせんだよ」
ほんとにそれでいいのか?
でも、たしかに追えば逃げるとかいうしな。
江口さんにかぎっては、おれからグイグイいくのはやめておくべきなのだろうか。
「部活はやってないの?」
と、ナチュラルに靴箱で話しかけられる。
セーラー服に斜めにさしかかる
ストレートのきれいな髪の、少し内側にカールした毛先。
この流れは……まさか今日もおれといっしょに下校してくれるのか。
「別所くん、帰宅部だっけ?」
「一応、入ってる。あ、いや入ってた」
「どこ?」
「サッカー部」
「えーっ‼ めっちゃ意外だねー!」
手を口元にあてて、彼女は一瞬、おれの足をみた。
「スポーツ得意なの?」
「ぜんぜん。小学校がいっしょだった友だちにさそわれて、なかばムリヤリ。半年でやめたよ」
まるでずっとそうしてるみたいに、自然に話しながら歩きだすおれたち。
「江口さんは?」
「帰宅部」
「そう……なんだ」
「そんな残念な女子をみる目でみないでよ~。ラクでいいじゃんか」
笑顔で、ぽん、とやさしく胸を手でおされるおれ。
女子と二人でこんな会話するとは。リア充ハンパない。
(まてまて。ここだと〈入ってる〉ぞ。そーっと……)
おれはダテに『恋愛心理学』の本を何度も読み返していない。
人間にはパーソナルスペースっていうのがあるらしい。
わかりやすくいえばナワバリ。
そこに入りすぎると警戒――つまりきらわれる原因になってしまう。
で、さらにむずかしいのは、はなれすぎてもダメってことだ。
45センチが基準。だいたいペットボトルを縦に二本つないだぐらいの長さ。
それより接近すると〈親密ゾーン〉っていって、ようは彼氏彼女の距離感となる。
今はそこに入るのはまだはや―――
「もっと近づこうよ」
ぐいっと腕をひかれた。
「私といっしょにいるの、はずかしい?」
友だち同士だと45センチから120センチ……の、はずなんだが。
友だちの関係をスキップするような
ついカンちがいしそうになる。
おれがそんなにモテるはずないのに。
(本当にこの道をすすんでいいのか? 「いかないで」にたどりつく……のか?)
10月3日。
天気は朝から大雨、夕方には
おれは決心した。
もう助けてくれない―――って言ってたけど、やっぱり彼女はたった一人のたのもしい味方なんだ。
放課後。
わかりやすく読書のフリをしていれば、気がついてくれて前のループと同じになるはず。
会おう。もう一度だけ。
「なに読んでるの?」
声をかけられて、目線をあげる。
そうか。江口さんがいたんだ。
ニコニコした顔で、本をのぞきこむように顔を寄せてくる。いいにおいがした。
「私も自習でもしようかな。帰る気になったら、教えてね」
「あ、あのさ」
「ん?」彼女は口をとじたままでハミングをならす。
「ごめん。今日友だちと……約束があるんだ。しばらく教室で時間つぶさないといけなくて」
「えー。ほんとにー?」
じゃしょうがないね、と案外あっさり引き下がってくれた。
正直ホッとした。
彼女まで
そしてザーザーザーと切れ目のない雨の音をきくこと数十分。
テスト前のせいかこの荒れた天気のせいか、教室はからっぽになった。
いける。
(……)
おれは彼女の机に近づくと、手をゆっくり中へさしこんだ。
「盗難やイタズラを避けるために、私は机にモノを置かない」
(よしっ!!! ばっちりだ!)
教室の外側、非常階段につながる通路へのドアがあく。
あらわれたのは、びしょ濡れで腕を組んだポーズの彼女。
タイミングもセリフも、あのときのままだ。理由はわからないが、ちょっと泣きそうになってしまった。
おちつけ。
ここからが勝負。
ちゃんと、おどろいておかないとな。
「な、なにーーっ!!??」
ドギモを抜かれた―――演技。
無言で近づいてくる深森さん。
歩きながら、メガネの横に手をあてて
「あなた、タイムリープしてる」
バリバリッ!! と心に電撃が走った。
演技じゃなくてホントにおどろく。
見抜いたスピードが人間ワザじゃない。
最後の音を〈
「すくなくとも3回。ちがう?」
「え、えーっと……」
「なにもしなかった1回目、〈私〉にいわれて机の中をのぞいた2回目―――」
ばん、と彼女は乱暴に机をたたいた。たたいた音は、ほとんど雨音にかき消された。
「目的は何?」
「こ……こうなったら白状するよ。おれはずっと10月がループしてて、出られない。深森さんだけがそれに気づいて、助けてくれたんだ」
「あほ」
「えっ⁉」
「私が私なら、とっくにあなたなんかループを出てる」
「そ、それは……」
「あなたの失敗のシリぬぐいを、私にさせないこと。ケツは自分でふいて。話は以上」
くるっと回って背中を向けた。
遠心力で回った三つ編みの髪が、おれの顔に
「おれ、どうしたら……いいのかな?」
「まよったときは、原点にかえるのよ」
深森さんはふりかえって言った。
直後、どっがぁあぁん、というど派手なカミナリの音。
ワープしたように、彼女はおれに抱きついてきた。
パーソナルスペースなんかおかまいなしで。
(原点――――か)
おれもうっすらそう思っていた。
最初の失敗は、じつは失敗じゃなかった……そんなことも深森さんが教えてくれたから。
翌々日の日曜日。天気は晴れ。
「出かけないか?」
せいいっぱいオシャレしたおれが、萌愛の家の玄関で言った。
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