第18話 災い転じて福となす

 おれは自分の顔以上に、幼なじみの顔をみてきた。

 だから、もしこの状況で萌愛もあがシラをきったりウソをつこうとしたって、

 見破れる自信がある。


「……?」


 萌愛はきょとんとしていて、知らない人に声をかけられたみたいな反応だ。

 これが演技かどうかはまだ微妙。

 うまい言いわけを考えている可能性もある。

 なら、考える時間を与えちゃダメだな。


「いいかモア、もう一度きくぞ? さっきまで、おまえも〈学校の校門前〉にいたのか? どうなんだ?」

「は、はぁ!!?? なによ、それ」


 質問をきいたあとに、こいつの表情にいつもとちがう変化がないか注目する。

 ここが一番大事なところ――前のループの深森ふかもりさんの指示なんだからな。


「アンタ寝ボケてる?」

「おれは真剣だ。ちゃんと正直にこたえてくれ」

「……知らないじゃん」

「知らないじゃんじゃなく―――――てっ!!!??」


 ぱっかーん、といい音がした。おれのアタマから。

 ふりむくと、高校の制服を着た姉の別所行美いくみ。手に持ってるのはおれの家のスリッパ。


「パジャマのまま家を飛び出したかと思ったら……なーにをやっとるんだウチの愚弟ぐていは」

「いや、おれは……」

「ご迷惑をおかけしました~! ほらっ帰るぞ」


 こうしておれの奇襲は強制終了した。



「ねえねえコウちゃん、〈もどってきたのか事件〉ってのはどう?」



 あはは!!!! とエンリョなく笑う幼なじみ。

 おなかをおさえるように前かがみになって、サラサラのショートの髪がゆれた。


 ループ初日の10月1日。


 おれたちは――また――通学路を二人でならんで歩いている。


「やっぱりシンプルに〈お寝ボケ事件〉がいい?」

「どっちでもいいよ」

「じゃ、〈もどってきたのか事件〉ね」

「はいはい」


 恥ずかしい思い出に名前をつけてる場合じゃないんだよ、こっちは。

 萌愛には勝手にしゃべらせておいて、すこし頭の中を整理しないと。


(あの深森さんの推理がはずれてた……?)


 最終日におれに残してくれた手紙。

 途中で萌愛の邪魔が入ったせいで、ぜんぶは読めなかったが、



 ――里居さとい萌愛は、なんらかの理由でループしていることをかくしている。



 そこまでは目に入った。そして最後のところに、



 ――時間がもどったらすぐ、里居さんに会ってそれを質問すること。



 とあった。これが指示だ。

 おれなりに想像すると、すぐ会えっていうのはたぶん、萌愛に心の準備をさせないためだったんだろう。

 電話じゃ表情がわからないし、メールやラインだといくらでも考える時間ができるから。

 

 とにかく結果は……。

 きびしくチェックしてみたものの、あいつにアヤしいそぶりはなかったといわざるをえない。

 なのになぜか、スカッ、とつかみそこねた感覚もある。


(彼女の意見をききたい。でも今の深森さんには、わかってもらえないんだよな……)


 朝の教室。

 窓際の席にいる三つ編み二本の彼女は、窓の外をみていた。

 そこから視線を前に向けると、さくらが友だちとしゃべっていた。

 おれと目が合う。

 しかし、あっというまに視線をはずされた。当然ウィンクなんかしてくれるわけもない。


 はあ……。


 その横のほう、イスにすわって足を組んでグループの中心で話しているのは、翔華しょうかだ。

 楽しそうに笑ってる。

 おれと目が合う。

 しばらく合ったままだったから、もしかしたら翔華にも前のループの記憶が――と思いかけたが、


「キモっ! めっちゃこっちみてる」


 友だちにそう言ったように彼女の口がうごいた。ちょっと眉間にシワの寄った、イヤそうな顔で。

 声がこっちまで届かなかったのが、せめてものさいわいだ。


 はあ……、はあ……。

 ため息も出まくるよ。


 おれ、こんなんでループを抜けられるのか?


 ◆


 初日の昼休みは、まずここにくるしかない。

 図書室。

 借りるのはもちろん『恋愛心理学』の本。


(でも、もう必要ないかもな)


 ふつうに考えれば、これからおれがやることは決まっているんだ。

 飯間いいま翔華に再チャレンジ。 

 同じ方法、同じ順番でやれば、結果だって同じになるはずなんだから。


(しかし……なんか、それはちがうような予感が……)

 

 そもそも、ぴったり〈同じ〉になんかできっこない。

 どこかで必ずズレる。

 前回のループは、たまたまうまくいっただけってこともありえる。


(そうなると、またクラスメイトの中から――――)



「いたっ」

「あ。ごめん」



 自習してる人の背中に、本のカドがぶつかってしまった。

 思いっきりジト目でみられたが、あっ、と目が見ひらいて、


「なんだ別所くんか」


 耳元から首元までまっすぐらした髪。毛先がやや内側にカーブしている。


「ちょうどよかった。いまヒマ?」

「え? ああ……まあ」

「キミ、マンガとか読む?」

「読むよ」


 どんなの? ときいてきたのでいくつかタイトルをこたえた。

 ほぉ……、とあごに手をあてて感心するようなリアクション。


「趣味が合うね。いい感じ。私―――――」


 立ち上がりながら、彼女はおれの耳に口を近づけた。



「あなたみたいな人、さがしてたの」



 ゾクゾクっ‼ と今まで経験したことのない新感覚だった。

 とくに息が鼓膜まで届いた瞬間。

 やばい。


「え……えっ⁉」

「いっしょにきて」


 こ、これは。

 いったい何が起きてるんだ?

 おれをどこへつれていくつもりだ?


(この子は江口えぐちさんだよな)


 おとなしい印象の同じクラスの女子だ。たまに、萌愛、中山、山中と合流して四人でおしゃべりしてるところをみかける。


(名前の中にエロがある……って、バカなのかおれは)


 しかし、先ほどの〈ふきかけ〉からのこの急展開だ。

 そんなことだって想像してしまうだろ。おれもそれなりに思春期だから。


 やってきたのは――――



「…………どう? よかった? 感想きかせてよ」



 ――美術室だった。

 わたされて「読んで」と言われたのは、マンガの原稿。

 20ページぐらいある。

 ジャンルは恋愛ものらしく少女マンガな作風で、おどろいたのがテーマが〈転校〉ってところだった。


「ストレートにお願い。これ、月末のコンテストに出そうと思ってるんだ」


 図書室にいたときよりも気持ちキラキラした目をおれに向けて、そんなことを言う。

 

「どうしておれなんかに?」

「うーん」こめかみに指先をあてる。「ピンときたから、かな」

「内容がおれと関係してる……とかじゃなくて?」

「ん?」江口さんは、きき心地のいいハミングを鳴らして首をかしげる。「どうしてー?」

「いや……べつに」


 べっしょ、とニヤニヤしながらつぶやく萌愛が頭に浮かんだ。

 彼女は本当に疑問に思ってるみたいだ。

 ってことは、おれの転校を知ってて、というわけではないのか。


「もう昼休み終わっちゃう。はやくはやく」

「わかった」


 迷ったが、



「おもしろくなかったよ」



 本音ほんねで伝えることにした。

 これはガチでがんばっていたヤツだ。だからこそ、うわべだけのことを言ってもしょうがない。

 ループ脱出っていう点でいうなら、ここはとりあえずホメておくとこなんだが。


「…………」

「ごめん。なんか」

「ひっど~~~~~~~~」


 ぷぅ、と彼女はほっぺをふくらませて、ゆっくり空気を抜く。

 おれは手に持っていたマンガを彼女に返した。


「どこがいけなかったかな?」

「主人公が最後にさ、転校していくところだけど」

「ふんふん」

「ヒロインの女の子がだまって見送ってるだろ? だからなんか……こう、肩すかしっていうか」

「なるほどね」


 あっ、というヒマもなかった。

 すばやい動き。

 となりに座っていた彼女が立ち上がったと思ったら、

 その原稿を縦にまっぷたつにるように、

 びりぃぃ~っ‼ といきおいよくやぶいた。

 さわやかな笑顔で。



「うん。私もこれ、つまらないと思ってた。正直に言ってくれてありがとう」



 強がりとか負けおしみじゃなかった。

 江口さんはたぶん本心で言っている。

 クラスでは目立たない女の子で、気弱なタイプなのかと思っていたけど、こんなにシンがしっかりしてたなんて。


 おれは――パワーを分けてもらったような気がした。


(そうだよな。失敗は失敗だ。くよくよ考えてもしょうがない。もっと前向きにいかないと)


 次は絶対うまくいく。

 成功を信じてがんばろう。


 教室の入り口に萌愛がいる。


「あ。コウちゃんじゃん。昼休み、どこ行ってたの?」

「美術室」

「はぁーー!!!?? なにそれ、からかってんの? アンタみたいな絵心ナシのいくトコじゃないでしょ!」


 からかってないよ、と、この声はおれではない。 

 さっきまできいてた声。


「そこにいるのアオイ? えっ? なんでコウちゃんといっしょに……」

「モッちゃん。私と彼ね、美術室でさっきまで、すっっっごいオトナなことしてたの」


 なーーっ⁉

 どうしてここでそんなウソを?

 どういうつもりなんだ、江口さんは。それとも、ふだんからこんな冗談をいう子なのか?


「二人でオトナな……こと?」

「私、彼のこと気に入っちゃった」

「どいて」


 萌愛と江口さんの間に割って入ったのは、深森さんだった。

 無表情でスタスタと教室の中にすすむ。

 すれちがうみじかい時間、彼女はこっちをみた。


(あなたはなにをやってるの?)


 そんな表情のように読み取れた。

 おれが自分で自分をそう思っただけかもしれない。


 放課後。


「別所くん別所くん」


 と名前を呼ぶ声に、おれは顔をあげた。

 両手をうしろで結んで立った、江口さんがいた。


「自転車通学だっけ?」

「いや、おれは歩きだけど」

「そうなの? 残念。私、自転車だよー。でもキミさえよかったら、いっしょに帰ってくれない?」

「えっ」

「好きなマンガのはなしとかしながら、帰ろうよ」


 と、彼女はまわりの目も気にせず、おれといっしょに校門を出て下校した。

 おたがいに昨日まで名前しか知らなかったのがウソみたいに盛り上がった。

 ラインも交換した。


 帰宅して『恋愛心理学』の本を読み返す。


・類似性は心のガードがゆるみ、とても安心する

・いくつ似ているかより、どれだけ似ているかが重要

・感性が近ければ近いほど、相手への好意が増す


 つまり、これは、その、なんだろう。

 なんかドキドキしてきた。

 彼女のことを想うだけで……


(あっ!)


 スマホがふるえた。

 江口あおいというフルネームとともに、彼女の手書きらしい自画像のアイコンが画面に表示されている。

 このメッセージは―――もしかして遠回しな告白なのか。

 図書室で本が体に当たったアクシデントが、最終的にこんなことになってしまうなんて。

 まだ10月1日だぞ。信じられない。新しいループは、はじまったばかりなのに。



「別所くんは、好きな子っているのかな?」


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