第17話 断じて行えば鬼神もこれを避く

 クラスメイトの反応は、いい意味で予想とちがっていた。

「ふーん」ぐらいかと思っていたら、何人か「えー!」「うそ?」「まじかよ」と残念そうに言ってくれた。 

 それが地味にうれしかった。


 四回目の最後の登校日。


 一回目から三回目までは先生が一週間前にみんなに伝えていたんだが、今回はギリギリまでぜったいに誰にも言わないでくれとお願いしておいた。


 もちろん――「いかないで」のために。


 だから、あらかじめ知っていたのは、萌愛もあと昨日の夜に電話した優助ゆうすけだけだ。


 まだざわついている朝の教室。


 今日も通常どおり、六時間目までしっかり授業がある。

 でもおれは昼の12時きっかりの飛行機に乗る予定だから、一時間目だけで下校しないといけない。

 その一時間目の授業をつぶして、ちょっとした〈おわかれ会〉みたいなのをやってくれた。先生が花束をくれて、おれは前に出て「今までありがとうございました」みたいなことを言って、あわただしく書かれた寄せ書きをもらって、


(校門の前に全員集合……いよいよこのときがきたか)


 先生の呼びかけで、教室からぞろぞろと移動していく同級生。

 おれはなんとなく、しばらくその場に残ってみることにした。


「……」


 一瞬だけ、廊下に出ようとしていた翔華しょうかと目が合った。でもすぐそらした。おれじゃなくて向こうが。


「……」


 つづけて、そのうしろを歩く萌愛がおれを見る。何か言いたそうな感じだったが、幼なじみの長いつきあいをもってしても読み取れないフクザツな顔つきをしていた。幼なじみじゃないヤツがみると、ただの無表情にしかみえないと思う。


「ベツっ!!!!」

「わっ、びっくりした!」

「なぁ! 親にムリいってさ、ここで一人暮らしするとかできねーのかよ!!」

「できないよ。せめて高校生だったら、わからなかったけどな」


 くっ、と友だちの優助がくちびるをかみしめる。

 こいつは……本当に、わかれたくないほどいいヤツだ。


「ベツ。握手してくれ」

「ああ」

「元気でやれよ」

「わかってる」


 にぎっていた手をはなして「先に行ってるからな!」あいつは走っていってしまった。


 しーーーん、と静かになった。


 見わたすと、いつのまにか教室にいるのはおれ一人だけ。


 となりのクラスからかすかにチョークの音がきこえてくる。


(この一ヶ月、いろいろあった。ほんとに)


 思い出ぶかい。

 楽しいこともあったけど、とまどうことも多かった。

 とくに、前回のループの終わりぎわに出されたミッションというか、机の中をみろってやつ。


(まさか……)


 まだあるんだろうか。

 あの子ブタのイラスト。「バカがみるブタのケツ」。

 そういえば、前もっておれの転校を知っていた人間が、クラスにあと一人だけいた。


 深森ふかもりさんだ。


 おれは見えない力に引き寄せられるように、彼女の席のほうへ向かっていた。

 花束を机の上におき、

 手が……勝手に奥に入っていく。


(!)


 かさっと指先にふれる、かわいた感触。


 迷う時間は一秒もなかった。おれはそれをつまんで、ゆっくりと中からだした。


 白い紙。何本かの黒い線にそった、横書きのていねいな文字。


 これはおれに――なのか?


 手にした紙の向こうに、二本の三つ編みと黒ぶちメガネの彼女がうっすら浮かんでみえる。

 彼女が読み上げるように、文字も頭の中で音声つきで再生された。




 別所君。


 もし、またタイムリープしたときは、

 もうあなたを助けない。だから当てにしないこと。いい?


 私は私の目利めききに自信がある。


 いまでも飯間いいま翔華で正しいと思うし、次の10月の私もきっと同じ結論をみちびくはず。


 そういう意味で〈もう助けない〉。

 より正確にいえば〈もう助けようがない〉。


 ただ、ふいに不可思議ふかしぎな仮説を思いついた。

 わざわざ書き残しておくほどでもない気がするけど。


 心の準備をして読んで。


 あなたの幼なじみの里居さとい萌愛もあは―――――――




 ――「コウちゃん!!!!!」


 ぴーん、と丸めていた背筋がのびた。のびすぎて、少しうしろにった。

 とっさに手紙を背中に回してかくす。


「えっ⁉ ど、どうした?」

「なかなか来ないと思ったら、まだ教室にいるじゃん。てかアンタ、なにやってんの?」 

「べつに」


 にまぁ、と萌愛がアヤしく微笑む。


「べっしょっ‼」


 元気よく言いながらおれの背後に回りこんだ。


「さー! おとなしくその手にもっているものを……はぁぁーっ⁉」


 おれは手紙をもつ手をすばやく前に回す。

 しつこく萌愛がついてくる。

 またうしろに。

 萌愛もうしろに。


「ムカつく! 見せなさいよ‼ へるもんじゃないでしょ‼」

「いや、これは……」

「まさかラブレター?」

「そんなんじゃないって」

「見せて!」


 おれは窓際に追いつめられた。

 面白そうにおれのまわりをくるくる回って、なかなかやめようとしない。

 そして、



「あっ!」

「あーあ……」



 萌愛がため息をつく。

 おれに密着したままで。こいつの髪からシャンプーのいいにおいがする。

 紙は、紙飛行機でもないのに、さっそうと空を飛んでいった。青い空に向かってぐーっと上昇して。


(最後まで……いや、最後しか読めなかったな……)


 じゃさっさときなさいよ、とあいつは何事もなかったように教室を出た。

 もしかしたら、おれといっしょに行ったら恥ずかしいみたいな気持ちがあるのかもしれない。


(でも、どういうことだ?)


 あの手紙のラスト。

 深森さんはおれに〈ある指示〉を書いていた。

 とても信じられないことを。


(だめだ! はやく頭を切りかえろ、おれ!)


 こんなときに浮き足だってどうする。

 大事なことは―――――



 飯間翔華に「いかないで」と全力で引きとめてもらう。



 ――それだけだ。


 校門の前に移動して、

 クラスメイトが左右にならんでつくった花道を歩いていく。

 さわやかな秋の風が、顔にあたってすずしい。

 一歩一歩、おれは道をふみしめた。

 やがて彼女の前を通りすぎて、その数秒後、


「ちょっとまって!」


 タタッと駆け足で出てきたのは、


「別所くんに……ううん、ちがう、むかうに、言いたいことがあるの!!!」


 翔華だ。

 おわかれムードの空気をがらりと変えた、思い切った行動。

 何が起きているのか、みんなまだよくわかっていない。


「それは、ね……」 


 おれは翔華に歩み寄って、向かい合った。

 大きな目から一粒ひとつぶ、涙がこぼれ落ちた。


「あなたが好き! 私、あなたが大好きなのっ‼」


 セーラー服の赤いスカーフの前で、手はお祈りのように組み合わされている。


「だから、だからっ……!」

(く、くるぞっ‼)


 おれは身構みがまえた。

 こうなるとクリアは時間の問題。ほとんど勝ちを確信している。

 高鳴る胸。

 ほんの数秒がすごくながく感じた。


「い」

(よしっ!)

「い……」

(そうだ、そのまま、正直な気持ちを言ってくれーっ!)

むかう


 一度、翔華はおれの名前を呼んで、



「いってらっしゃい」

(………………へっ!!??)



 泣いていたのを一転、満面の笑みを浮かべる。

 まわりはよくわかってないながらも、お祝いするように拍手している。


「私、明るくむかうを送りだしたいから!」

「あ、あの翔華……おれに『いかないで』は……?」


 彼女は目をつむって首をふって、ふたたび目をあけて言った。



「私はそんなに、弱くないよ?」



 この言葉が完全終了の合図あいずだった。

 または無情なループ延長のお知らせ。

 おれはどこで、なにをまちがえたんだろうか。


 反省してみると……


 あの格闘ゲームの強さ。あれはハンパじゃなかった。よっぽどの負けず嫌いじゃないと、あそこまで上達しないだろう。

 バッティングセンターもそう。あの正確できれいなフォーム。かなり努力しないと身につかないはずだ。


 そしてときどき翔華は「男らしさ」と「強さ」を重ね合わせていた。

 きっと彼女の中では、それはどっちも同じ意味だったんだ。

 どっちにもあこがれていた……んだな。

 そこまで考えがいけば、彼女が「いかないで」というタイプなんかじゃないって気がつく。


 おれレベルで気づくことを、どうして深森ふかもりさんが……。


「朝、たたいてごめんね」

「それは、べつに……」

むかうはやさしいから、気をつかってナイショにしてたんだよね? 私……ショックで、ショックすぎて八つ当たりしちゃったみたい」

「ほんと……気にしてないから……」

「もしちゃんと言われてたら私」

「えっ」

「一週間まえとかにキミの転校を知らされてたら、しがみついて引きとめてたと思う」


 ガン!!!! とトンカチでぶんなぐられた気分だった。

 イメージしているのは、あのダムの写真集。

 おれは、翔華のおれへの気持ちをためてためて、最後に「いかないで」につなげようと思っていた。

 

 この考え方がまちがっていたんだ。


 先に転校を伝えて、翔華の「いかないで」をためてためて、いまのこの時間にもってこないといけなかった。


 つまり深森さんは「先生が一週間前に伝える」というのをりこんでいて、

 おれがみずからそれを台無しに…………


「元気でねーーーっ!!!! コウちゃーーーーん!!!!」


 うしろに幼なじみのバカみたいに大きい声をききつつ、

 次のループへのラインを、またいだ。



「い……いってきます!」


 おれは家を出た。

 5度目の10月1日。さわやかな秋晴れの朝。

 パジャマのままで。


「あ、あのっ、そのっ、も、萌愛もあはいますか⁉」


 玄関で出迎えてくれたお母さんは、もちろん、おれのヤバい雰囲気にとてもおどろいた。

 それでもただごとではない何かを感じとってくれたのか、急いで部屋に呼びにいってくれる。


 朝一番のふいうち。

 ひらきなおって無敵モードでいくしかない。


「もぉ~~~、まだねむいじゃ~ん」


 目をこすりながら、おれと同じくパジャマであらわれたあいつ。



 ――もしかしたら、おれに大ウソをついてたかもしれない幼なじみ――



「なあモア」

「ふわぁぁ……なーに? コウちゃん」

「おまえも今、もどってきたのか?」

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