第14話 嵐の前の静けさ


「もしかして、これからデート?」


 じろ、じろ、じろっ、と直立するおれをなめ回すように見たうえで、


「そんなわけないよね」


 ハッ、とバカにしたような鼻息つきで言う。

 こいつにはおれの格好かっこうが女の子に会いに行くような服装に見えなかったのか、それともデートなんかするはずがないと思っているのか。

 おれの背中側から、お母さんが萌愛もあに「あがっていかない?」と声をかける。


「あ。大丈夫です~。すぐ出かけま~~~す!」

「どこにだよ」


 よそいきの笑顔のまま「ちょっと」とおれにささやいて、外に出た。

 おれもついていって、玄関のドアをしめると、



「ねぇ、コウちゃん。誰と遊びに行くの? 優助ゆうすけくん?」



 言い終わったタイミングで、となりの家の犬が「わん?」と疑問形でないた。

 ここは……意外に考えどころだな。


(どうする)

 

 ウソでやりすごすことだってできる。

 むしろ、それがもっともラクな選択――


 ――のはずなんだが。


「ほんとにデートなんだよ。それもあの飯間いいまさんとな。すごいだろ?」

「またまた」

「信じろよ。ウソじゃないから」

「そんな妄想はいいからさ、ね? ヒマだったら、私といっしょにどっか行こうよ」


 ざざっ、と見づらいノイズがかかったような映像で、あのときの萌愛が頭に浮かんだ。

 あの……おれじゃない男と歩いている、幼なじみのあいつが。

 やられたらやりかえす、とかそういう感情じゃない。

 たぶん……。


「えーーーーっ!!!???」


 おれはスマホをとりだして、昨日の夜の飯間さんとのやりとりをみせた。

 まちあわせの時間と場所を彼女が送ってきて、おれが「了解」とこたえただけのメッセージ。


「モア、うるさくすると近所迷惑だろ」

「いや、うるさくもなるでしょ……」


 萌愛は右手で頭をおさえた。


「今年一番の衝撃。アンタ、彼女のどんな弱みをにぎったわけ?」

「なんだよそれ」

「飯間さんはねぇ、ねらってる男子が多くて競争率たかいんだから。コウちゃんなんか正攻法でいって相手にされるわけ――」

 

 っていうかさ、とおれは切り返した。


「おまえ、今日どこに行こうとしてたんだ?」

「言いたくない」

「おれと、どこかに行きたかったのか?」

「知らないじゃん……」


 ツン、と横に向く萌愛。

 ミントグリーンのパーカーに、下はベージュのチノパン。そして、お気に入りの赤いスニーカーと、こめかみの斜め上でキラリと光るヘアピン。

 空を見上げた。

 白い雲がべたっと広がる、くもりの空模様そらもよう

 これから晴れるのか雨がふるのかはっきりしない天気。


(こうなったら、正直にいってみるのもアリか) 


 おれは心を決めた。


「なあ……モア」

「ん?」

「もしおれとすごく仲良くなって、ほとんど彼氏と彼女みたいな関係になったとしてだな」

「……なんの話してんの?」

「いいからきけよ。つきあってる同然どうぜんみたいにおれたちがなったとして」


 おれの真剣な雰囲気が伝わったのか、萌愛の顔つきが少しかわった。

 どこか不安そうな表情で、ひかえめな声で言い返す。


「うん。私とコウちゃんが、そうなったとして……?」

「おれ今月いっぱいで転校するだろ?」

「そうだね」

「もう明日は会えないっていう、最後の日の最後のときにさ」


 萌愛とまっすぐ合う目。



「おまえはおれに『いかないで』って言ってくれるか?」



 予想外。

 あいつは即答した。

「言うわけないじゃん」――って。すこし笑いながら。


 わかってたことだけどな。

 実際、おれとほとんど恋人ぐらいにまで関係をふかめたときでも、言ってくれなかったから。



「明日が、なかったらいいのに」



 それがあの――2回目の10月での――最後の夜に、あいつがおれに送信したメッセージだった。おれたちの恋愛は、そこまで進んでいた。でも結果は失敗。


 わかってたことだよ。

 性格上、そうなるというか、

 おれが好きじゃないとかそういうんじゃなくて、

 あいつはおそらく、ダダこねたってしょうがないみたいなドライな考え方なんだ。



「いい度胸だよね。約束の時間におくれてくるとか」

「ごめん」



 10分、遅刻してしまった。

 迷いに迷って、電車をひとつスルーまでしたのが、やっぱりいけなかったみたいだ。

 そういうフリとかじゃなく、ガチで飯間いいまさんはご機嫌ななめ。

 つまり本日のデートは、マイナスからのスタート。

 まずはどうにかプラスにもっていかないと。

 萌愛のさそいをことわって、ここにきたんだからな。


(ん……?)


 まちあわせの駅前から歩いてやってきたのは、


「はい。見ててあげる」


 かーん、きーん、という金属音が鳴りまくるバッティングセンターだった。

 むりやり背中をおされてバッターボックスに立たされるおれ。


(…………130キロだと⁉)


 いや、せめて一番おそいとこから……。

 だが、もはやあとにひけない。

 球をよく見ずにブンブンふりまわす。

 一回だけ、バットがかすった。あとはぜんぶ空振り。



「なっさけないよぉ~~~。男の子なのに~」



 かわって! とおれと入れかわる飯間さん。

 いつものように長い髪をシュシュでまとめて、ひざたけの白いスカートに、赤系チェックのえりつきシャツ。そして小型の迷彩柄めいさいがらのショルダーバッグみたいなのを肩にかけたままで打席にたっている。



 かっきーーーーん



 いきなり快音かいおん


(すご……)


 ずっとホームラン級の当たりばっかり。130キロで。スイングのたびにひらひらするスカートにも目がうばわれてしまう。

 そういえば萌愛の友だちの、山中やまなか中山なかやまかのどっちかが、


「あの子は運動神経ぶっ飛んでる」


 って言ってた。それと、


「そのことは、まわりにかくしたがってる」


 とも。

 打ち終わって、ベンチにすわるおれのほうにきた。


「どう? すごくない?」

「うん」おれは相手のリズムをずらすつもりで、「すごくかわいいと思う」と口にした。

「えっ……」飯間さんは手でサッと前髪をなおした。「急にへんなこと言わないでよ」

「野球、やってたの?」

「ま、まあね。少年野球っていうの? 小学生のときに。でも中学からは、やってないんだ」

「ソフトボール部しかなかったから?」

「半分正解半分はずれっ」くすっ、とやっと今日はじめて微笑んでくれた。「私、もともとチームプレーって苦手だしさ、汗流してがんばるのもきらいだし」


 おれたちの前を高校生ぐらいの男子がぞろぞろ歩いていく。

 全員、飯間さんのほうを見た。二度見してる人もいた。


 結局おれは一度も球を前に飛ばせなかった。

 まあ、べつにいいけど。

 それよりアテがはずれたな。

 てっきりゲーセンにでもいって、おれをフルボッコにしてくると思ったのに。


(2時間も……? まじか)


 つぎの場所はカラオケ。 

 1曲目からノリノリの彼女。アップテンポの曲を立って歌った。

 もちろん、おれも歌わされた。有名なアニソンを歌って、うまくもヘタでもなかったから、飯間さんの反応は微妙だった。


 いつしかどちらもマイクをおいて、会話する空気になった。

 長いソファに、1メートルぐらいの間隔をあけてすわっている。


「おい別所」

「……はい」

「どういうつもりなの? あーーーんなにかわいい幼なじみちゃんがいて、ほかの女子に手をだしてるとかさー」


 名前の呼び捨てでイヤな予感はしたが、彼女はおれに説教しようとしているらしい。


「ワケを言ってよ! ワ・ケ・を! じゃないと、この部屋から出さないんだから!」


 まるでお酒に酔ったみたいに、ほんのり顔を赤くしていて、ふだんよりも強い口調。

 もちろんお酒なんかたのんでいない。

 もしかしたら、萌愛に同情しているせいで感情がたかぶっているのかもしれない。


「前に教室で飯間さんが言ってたこと、おぼえてる?」

「私が?」

「『いかないでって言ってみたい』って」

「えーっと……そんなこと……言ったような気もするかなー」

「おれ、キミの希望をかなえたい」

「はっ⁉ えー? なに、なにをいってるの?」

「『いかないで』って大声で叫ぶぐらい、おれのことを好きになってほしいんだ」


 部屋の中の緊張感が、一気にゆるんだ。

 飯間さんは、おなかをおさえて大笑い。



「あはは! いやー、別所ってこんなにおもしろかったんだ!」



 笑いながら、肩から二の腕あたりにかるくタッチされた。


(おれはまじで……「いかないで」と言ってほしい)


 萌愛じゃなく、キミに。

 笑いすぎて涙ぐんだひとみを彼女はおれに向けて、


「いかないでーっ!」


 ふざけた感じで、でもたしかにそう言った。

 これでOKにならないだろうか、とおれはひそかに願った。


 その日の夕方5時すぎに、おれはデートを終えて帰宅。


 あくる日の日曜日も終わって、月曜日になった。日付は10月20日はつか



(モアは……?)



 出席していない。いつかのように寝坊かと思って様子をみるも、一向いっこうにあらわれない。昼休み、おれは担任の先生に確認しにいった。病欠だといわれた。


 そんなはずはない。

 そんなはずはないことは、この世界でおれだけが知っている。

 あいつは〈10月〉に学校を休んだことなんか、一日だってないんだ。


 何が起こって―――――



「別所君」



 考えこんで下にさげていた顔をあげる。

 目に飛びこんできたのは、ずいぶん近くにある、セーラー服の前にたれる三つ編みの髪。ふちの黒いメガネ。

 深森ふかもりさんがそこにいた。 


「調子はどう?」

「いや……その……まあまあ、かな」

「まあまあじゃダメ。死ぬ気でやりなさい。ループから出られないと、あなたはずっととらわれたままなんだから」

 

 きびしい言いかただが、そのとおりだ。


「そんなにあの子の欠席が気になる?」


 さすがの観察力。

 おれのことなんか見てないようで、ちゃんと見ている。


里居さといさんは『いかないで』を言ってくれなかったんでしょう?」

「そう、だよ」


 放課後の教室には、あまりクラスメイトはいない。

 人目ひとめがないからいいと思ったのか、深森さんは前の席のイスにすわった。


「ほんとにそう?」

「あいつは……最後のところで、トイレにいったから」

「最後っていうのは?」


 おれはくわしく説明した。

 31日、校門を出ていくときにみんなで花道をつくってくれることとかを。

 話をききおわって、深森さんはこう冷たく言った。



「あほ」



 おれは絶句した。

 彼女は腕を組んだ。

  

「あなたみたいなスペシャルなあほ、現実に存在したのね。ある意味、おどろき」

「えっ? どういうこと……」


 そのとき、たまたまか、教室にいるみんなのおしゃべりが止まるタイミングが一致した。

 しん―――と物音ひとつなく静まる。

 なんだか背筋が冷たくなるような、こわい時間だった。


「ただの推測で確実性はない」


 水を打ったような教室で、深森さんの言葉が呪文のようにひびく。


「それでも言いましょうか? きっと彼女は、現実にたえられなくてその場所から逃げたのよ」


 メガネの横のところに指先をそろえてあてる。


「あなたと、わかれたくなかったから」

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