第13話 起死回生

 おれと幼なじみの間には不平等条約がある。

 ケンカしたら、必ずおれからあやまること。

 双方の母親立ち会いのもと、近所の公園で決められたこの約束には、そういえば期限というものがない。あれから十年以上たっているが、いまだに有効なんだろうか。


(ケンカってわけでもないんだけど)


 なんとなくケンアクな空気だ。

 たとえば、朝のときも近くにおれがいたのに知らないフリして通りすぎたし、廊下で会ってもシカトだし、休み時間にこっちの目線に気づいているはずなのに見返してこなかったし。


 心当たりがあるとすれば――――



「ねえっ‼ コウちゃん、どうして昨日……私が告白されるところを見てくれなかったのよっ!!!!」



 うーん……。

 ケンカの理由を言葉にするとこうなるんだが、しっくりこない。

 違和感があるというか、


(人類史上いないんじゃないか? こんな怒られ方したヤツは)


 いや、萌愛もあだったらあるのかも。


(おっ)


 いいチャンスに出くわした。

 昼休み終わりの、次の授業の理科室への移動中、前後にクラスメイトがいなくて話しかけやすい絶好の機会。


「……それはないだろ」


 あいつ、おれの姿をみて180度ターンしやがった。

 あわてて追いかけて、前に回りこむ。


「モア」

「なにか御用? 別所べ・っ・しょくん」


 ツン、と目をつむって横を向く。

 ――瞬間。

 長い髪でおさない顔つきの萌愛が、今のこいつとうっすら重なって見えた。

 ヘソを曲げたときはこういう態度だったなー、となつかしさすらおぼえる。


「おれなんかした?」

「べつに」

「べっしょ」


 イチかバチかの賭けだったんだが、萌愛の表情はくずれない。

 そもそも「べっしょ」っていうのはおれがいうパートじゃないしな。


「つまんないんだけど」

「モア。説明ぐらいしろよ」

「わからない? 私、アンタに協力してあげてんじゃん」


 爆速ばくそくなのに一度もつっかえなかった萌愛の早口の説明によると、



・おれたちはクラスで「つきあってる」と誤解されてる(ただし全員にではない)

・おれは「飯間いいまさん」に熱を上げてアタックしている(と、こいつは思ってる)

・おれが「つきあってる」と「飯間さん」とは絶対にうまくいかない

・だからわざと他人行儀にして、おれのサポートに回ってあげてる



 だいたい、こう。

 しかしこいつは肝心かんじんの部分にふれなかった。

 おれから質問するしかない。


「あの、あれ、ほら……ダンス部の的場まとばってヤツは」

「……気になるの?」

「気になるよ。幼なじみとして」

「なんでそう、余計な一言つけちゃうかな」

「えっ?」

「あいつはただの友だち。今のところはね」


 スッ、とおれと肩があたるギリギリのところを抜けて、行ってしまった萌愛。

 追いかけないでよ‼ とはっきり背中に書いてあるので、ぼーっと見守るしかできない。

 窓の外で、イチョウの黄色い葉っぱが一枚落ちた。


(友だち……か。それより飯間さんのこと、クラスメイトにはバレないように、おれなりにうまくやってたつもりなんだが)


 それだけ女子のネットワークはあなどれないということだろう。

 あるいは本人が言いふらしたってこともありえる。

 どうせバレバレなら、もっと大胆に仕掛けてみるか?


(……そんな度胸どきょうないけどな)


 みんなの前だと、せいぜいチラ見ぐらいしかできない。

 せめて一対一になれれば、って感じだ。


 そして授業が終わって理科室から教室にもどると――


 手紙。


 っていうか、たしかフセンっていうんだっけ、これ。

 うすいピンクの正方形の紙で、裏の一部がくっつくようになっているもの。

 それが、おれの机のど真ん中にバチッとられている。


「だいたい5時 校門でマテ」


 名前は書いていない。

 文字の最後には〈βベータ〉みたいな羽のマーク。

 すぐに見当けんとうはついた。


「おっす」


 片手をあげてあらわれたのは、予想通りの人物だった。


 飯間翔華しょうか


 あの羽のマークはきっと下の名前の翔の字からだな。

 赤い夕日を体の正面に受けながら、ゆっくりおれのほうに歩いてくる。


「あっ!」左右をきょろきょろみる。「…………クラスの誰かに見られてない?」

「たぶん」

「はやくいこ。こっち」


 と、彼女はきれいなフォームの早歩きでズンズンすすむ。


「あの……」

「もう! 私と横ならびにならないでったら!」

「ごめん」


 おこったような口調だったが、顔はそうでもなかった。

 なんとなく、うれしそうだった。

 おれはこの〈うれしさ〉の理由を、30分後に納得する。


 彼女にボッコボコになぐられた。

 対戦格闘ゲームで。



「よっわ~~~~い。男の子のクセにぃ~~~」



 クリっと丸い猫のようなひとみを上目づかいで向けて、きつい言葉。おでこの前髪は夕焼けで赤く染まっている。


「もっとがんばってよ~! 小学生の妹でも、キミよか強いよ?」


 くっ。

 残念だが言い返せない。戦歴は30戦30敗。


 場所は、学校からけっこうはなれた児童公園。

 おれと飯間さんは、ひとつのベンチにはなれて座っている。

 公園についてスクバから出したのは、ちょっと古めのゲーム機だった。2台。色はピンクとシルバー。彼女はおれにシルバーのほうをわたした。


「あーあ。じゃ、次でラストにしよっか」


 べつにまったくゲームをしない人間じゃない。それなりに経験はある。アクションゲームも対戦格闘ゲームもだ。


 ――シンプルに、彼女が強すぎるんだ。


 反則だろこれ。コンボかなにか知らないけど一発はいったらバンバンつづくとか、いいタイミングで必殺技も出されるとか。なんなんだよ。つかってるキャラも女の子じゃなくて、両手にかたなとかもっててイカついし。


 勝てないって。まじで。

 そもそもどうしておれと――


「女の子はさ、やろうとしてくんないんだよ」

「飯間さんの友だち?」

「そ。やらせようとしてもさ、ヤだヤだって」


 きいてみたら、そんな答えだった。


(初心者を問答無用でサンドバッグにしてるからじゃ……)


 そんな疑いの目を向けてしまう。


「はい。はやくキャラえらぶ。最後くらい、キミの男をみせてよね」

「お、オッケー」

「んー、ラスト一回、別所くんが本気をだせるように、こんな提案をしよう!」


 おれに向かって、細い人差し指を立てた。


「提案……?」

「そっちが勝ったらデートするっていうのはどう? 私と」


 なっっっ!!!???

 これは―――なんてすばらしいことを言ってくれるんだ!

 最高の展開じゃないか。

「いかないで」が一気に近づいたぞ。


 が、有頂天うちょうてんになってもいられない。

 格ゲーの腕は、天と地ほどちがう。


(くそっ、起きろ奇跡!)


 開始。


(……あれ?)


 攻撃が、おもしろいように入る。入る。入る。

 反撃されてダメージもあったが、なんと勝てた。


「こうじゃないとねー。ギリギリの緊張感っていうの?」


 勝てたといっても1ラウンドとれただけで、

 とれたといっても、これはいわゆる「なめプ」。 

 この対戦ゲームは、2ラウンド先取。

 それでもこれで、あと一つ勝てば……


K.O.ケーイオーーーーッ!!!」


 おれのえらんだカンフーをつかうキャラはあっさりダウンした。

 瞬殺。パーフェクト負け。

 やはり……実力の差が……


「あっ。あそこにモアが。同級生もいる! みんなでこっち見てる!」

「えっ⁉ うそっ⁉」


 おらぁ!!! と死ぬ気の連打。


「いないじゃん! あーーーっ⁉ もー最低っっ‼」

「わっ! こんなに減らされてる!」

「えーっ! めくり当ててきてるじゃん!」


 そして運命のときはきた。


「スパコンでフィニッシュ……。信じらんない」


 がっくりと肩をおとす飯間さん。

 やりかたはどうあれ、おれは勝った。


「………………かえして」


 手を伸ばしてきた彼女にゲーム機をわたす。

 それをスクールバッグに仕舞しまって、無言で立ち上がった。

 おれは座ったまま、斜め下から飯間さんを見上げる。

 心なしか、長い髪をまとめたシュシュがぷるぷるふるえているような気がした。


「行き先は私が決めるから」

「デートの?」

「デートのっ!!!」


 ふりむいて両目をぎゅっとつむって、口を「イー」と発音する形で、いう。

 表現しようがないほど、かわいい。


 今しかないと思っておれはラインのIDを交換してもらった。


 予想もしないところから、いきなりふってわいた幸運。


 その週末は、来週の最初にテストがあるからという理由でダメだった。


 テストが終わって10月18日。土曜日。天気はくもり。


(今日はなるべく彼女の話をきこう。もっとよく、おれは飯間さんのことを知ら―――)


 玄関のドアをあけた。



「あっぶないなぁ‼ 鼻にあたるとこだったじゃん!」



 あけてすぐ、

 ダブルデートのときとはちがう服でしっかりオシャレして、

 小さいころにおれが「いい」とホメた、思い出のヘアピンを髪につけた、


「どっか……出かけるの?」


 幼なじみがいた。

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