第12話 百聞は一見にしかず
女子の目立つグループが教室の真ん中で、好きな男子の話をしている。
男子の目立つグループは黒板の前にかたまっていて、ほかのやつらもバラバラに散って会話しているが、この話題になってからはあきらかに声のボリュームが小さくなっていた。
(……おれだって気になる)
参考になるという意味で。
ループ脱出のためには、同級生の女の子の情報はできるだけ欲しい。
こんな理由で耳をすましているのは、きっとおれだけだろう。
つぎの授業の準備をしてるフリしておしゃべりを聞いていると、
「私さー、つきあうよりも別れたいんだよねー」
足を組んで座っている女子が、ふいにそんなことをいった。
まわりの女の子がわっと笑う。
グループは全員で4人。
「ウケる! ショウカそれどういう願望なん?」
「まだ男の子とつきあったこともないのに、わかれる前提とか!」
「ほんとショウカは斜め上いくわー」
「だって……そっちのが面白そうじゃん」
友だちから「ショウカ」と呼ばれる女の子。
シュシュでまとめた長い髪。小顔。160センチごえの身長。
残念なところがまったくない。
まさに、このクラスのアイドル的存在といっていい。
つづけて、
「『いかないで』とか言ってみたくない?」
がたっ
思わずおれは、イスから立ち上がっていた。
男はみんな彼女たちに意識がいっているから、おれの動きなんか誰も気にしちゃいない。
ただ一人の例外をのぞいて。
「あれっ? どっかいくの?」
ゆっくり座り直す。
「いかないよ」
ふーん、と
「コウちゃんも、やっぱり興味あるわけだ」
「なにが?」
「みんなかわいいもんね。ね? あの中だとさ、誰が好み?」
人差し指を向けた先は、教室の真ん中。
そのタイミングでトイレからもどってきた友だちの
(……おいおい)
しかし、空気を察して、おれに「グッ‼」と親指をたててうしろ歩きで遠ざかる。
やめてくれって、そんな気づかいは。
「答えてよ」
「いや」
「ほらほら」
と、右手でおれの肩をつかんで、体をゆする。
「
「そう」
即答――してしまった。
口がすべった。てっきりこいつが「誰もいないの?」とかそんな質問するって先読みしたせいで。
直前に飯間さんの口から「いかないで」が出たことも、たぶん影響している。
萌愛の両目がカッとみひらく。
「アンタが!??」と言いたそうな表情だ。
(そりゃあ、つりあわないってわかるけどさ)
(ん? 「飯間さん」と、話の中で「ショウカ」って――)
いいましょうか。
ちゃんと名前をしらべてみると、たしかに
チカ、と視界の一部で小さなフラッシュ。
窓際の席の前のほうで、メガネのレンズが光っている。
(なっ⁉)
親指をたてた。
おれに。
背中に三つ編みを二本おろした彼女が、肩ごしに顔をこっちに向けて。
まばたき一回すると、
(ほんとにあの……クラスの外でも目立ちまくりの飯間さんが、おれに「ぴったりの相手」なのか……?)
だがやるしかない。
ここは深森さんのアドバイスを信じよう。
それに、目的はつきあうとかじゃないんだ。彼氏彼女の関係にはなれなくていい。
――ただ「いかないで」と心の底から言ってくれればいい。
この瞬間、おれの覚悟は決まった。
◆
「ねぇっ!」
三日後の10月
ついにおれは怒られた。
「しつっっっこい! もういいから!」
「いや、あの……」迫力に
「それがヤなの!!!」
「ヤ」のところをとくに大声で言った。
まるで口から弾丸をとばすみたいな、するどい言い方だった。
おれは撃ち抜かれた。
ただの恋愛だったら、確実にここで試合終了してる。
「あいさつはいいよ……でもさ、なんでわざわざ私を校門の前で待ってるわけ⁉」
「いや教室だと迷惑になるかと思って」
「ここだって迷惑だから‼」
これ以上ないくらい、ズバっと言われた。
今、だいたい8時15分。まわりの生徒は登校を急いでいるが、彼女のことに気づいた男子が何人か足をとめる。
「おれ……」
「何」
「キミと仲良くなりたくて」
そう言ったとたん、ポッ――と顔が赤くはならなかった。
なに言ってんのこいつ、という冷めた雰囲気。
「私はヤ。ヤったらヤ。お・こ・と・わ・り」
「ただの友だちでいいんだ」
「別所くん、私のタイプじゃないから」
「明日も待ってていいかな?」
「はあ……なんでそんなにメンタルつよいのよ……そこだけはソンケーするわ、まじで」
ほんとに明日はやめてよね、と念を押して彼女は校舎に向かった。
「なにやってんだよ、おまえ」
「あっ」とっさに、名前が出てこなかった。
「
すこし茶色く染めた髪と、ダルそうな猫背の姿勢。
第三ボタンまで前をあけた学ラン。中は黒いTシャツ。
「幼なじみをすべりどめにして、ダメ
「それは、ちがうよ」
「どうでもいいさ」
彼はダンス部の萌愛の友だち。
なぜか、あのデートの日以来、廊下でおれを見かけるたびににらんでくる。
「大事な話がある。一度しかいわねー。いいか?」
「話?」
「おれは今日、
ほんとに一度しかいわなかった。
チャイムが鳴る。
(放課後すぐに、自転車置き場の一番奥だって……?)
なんなんだこの
一時間目から六時間目まで、あっというまに終わった。
(あいつ)
友だちにもなにも言わず、そーっと一人で教室を出ていく萌愛。
おれは、そのあとを追い―――
「まちなさい」
目の前に、腕を組んだメガネの女子。深森さん。
「今のあなたに、里居さんの
「まあ、そうだけど……そんなに他人ってワケでもないから」
「ブレないで。もうわかってるでしょ? 飯間翔華こそ、あなたがループから出るためのキーだって」
反論はできない。
ただ……なんか、このモヤモヤをどうにかしたい。
直接見に行かなければ、いけないような気がするんだ。
萌愛に告白。
たぶんあいつは、そう簡単にオッケーなんかしないはずだが……。
「おい」
顔をあげると、深森さんがいた位置に、ちがう女子が立っていた。
「……朝はちょっと、いいすぎたかも。私、朝って機嫌わるいから」
「だ、大丈夫っ!」声が妙にカン高くなってしまった。「ぜんぜん気にしてない、よ?」
「カンちがいしないでよね。これあやまってるんじゃないから」
おれに言いたいことを言うと、すばやくグループの中にもどっていく彼女。
すごい。
さすがは『恋愛心理学』の本だ。
毎日あいさつするだけっていう〈単純接触〉が、ここまで
とにかく、今日はこれが飯間さんとの交流のマックスだろう。
急いで自転車置き場に―――
(いない)
まだ告白してないのかと思って30分ぐらい様子をみても、そこには誰もこなかった。
帰宅してから寝るまでにラインしようかと思ったが、結局できなかった。
(まーあいつが男とつきあうなんて、想像もできないしな)
イメージできない。
気にしすぎだろう。
必ずことわってる。
「コウちゃんだから私……キス、したんだよ?」
最後のデートでのあいつが、昨夜のおれの夢の中にあらわれた。
10月
いつもの場所に立って待っていると、
「もー! なにやってんのよー!」
まったくちがう声なのに、一瞬、幼なじみの
「やめてって言ったじゃん! 絶対にヤだってさー!」
言葉とはウラハラに、顔はちょっと笑っている。
おれも相手に合わせて笑おうとしたとき、
「……どうしたの?」
顔面がフリーズ。
想像をこえるものを目にしてしまった。
喜怒哀楽のどの感情になっていいかわからない。
(おれが昨日……告白の場に立ち会えなかったせいなのか?)
遠目でもわかる丸いショートカットのあいつのとなりを、同じダンス部の背の高い男友だちが歩いていた。
肩がぶつかりそうな距離で。
二人とも、どことなく照れてるようで。
まるで登校デート。恋人がいるとこういう感じなのか。
「あれ……
感きわまってしまった。
なぞの
や、やばいっ―――!
「別所くん?」
「あっ、ちょっとまって」
横に向けた顔を、飯間さんに回りこまれてのぞかれた。
「泣いてるじゃん」
「泣いてないよ」
「ショックだったの? 里居っちのこと」
「べつに」
「べっしょ」
なっ!!??
その受け答えは萌愛がやる、萌愛だけの……
「泣き顔みちゃったからしょうがない! 友だちぐらいならなってあげるか」
「いま『べっしょ』って……」
「でも教室では話しかけないでよね」
シュシュでまとめた先の、しっぽのようにゆれる髪。校舎の中に入って見えなくなるうしろ姿。
(ブレないで、か)
この10月がいったいどういう結末になるのかも、おれにはまったく見えない。
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