第15話 花に嵐

 まさしく「みやぶる」だった。

 放課後の教室でやぶったんだ彼女は、おれの中の何かを。

 幼なじみに対する思いこみを――――だろうか?


 フに落ちつつフに落ちない。


 反論したい気持ちもあった。


 おれが積極的にグイグイいって、好感度がMAXまで上がった萌愛もあが、

 転校する最終日の大事な場面で、しれっとトイレに行ってしまうことは、

 べつに矛盾むじゅんしないんだ。


 むしろそういう……いつでもマイペースなところこそ、もっともあいつらしい。


 靴箱で靴をはきかえる。

 よっ、とスクールバッグを肩にかけた。


(とにかく深森ふかもりさんはすごいな)


 おれのタイムリープを「みやぶる」スピードからして超人的だったが、会ってもいないあのときの萌愛もあの胸のうちまで想像できるなんて。


 それと飯間いいま翔華しょうかの件。

 彼女がループを脱出するカギだ、って深森さんは教えてくれた。

 それが確かなら、おれは正しいルートをすすんでいるといえる。


(でもまだ〈押し〉が足りない……なにかあと一回ぐらい、飯間さんと急接近できるような出来事がないと……)


 学校の外に出る。

 いきなり左右から黒い影があらわれた。



「はい確保ーーーっ!!!」

「おとなしくするんだよぉ」



 えっ⁉ ちょっ⁉ なにっ⁉ ととまどうおれにおかまいなしで、



「別所くんに拒否権はないのよっ」  

「拒否しない権利だったら、あるよぅ」



 両腕をとられた。

 萌愛の友だちの中山と山中だ。 

 おれの右腕をがっちりつかんでいる中山が片手を高くあげて、


「さー、モアっちの家にレッツゴー!」


 と口にしたところで、やっと状況がわかった。

 おれの左腕の制服のそでをつまんでいる山中がそっと無言でうなずく。


「おれを待ってたの?」

「そうそう」中山がこたえる。

「案内させるために?」

「これはおもしろいジョーク」山中が、ふっ、と小さく息をはいた。「モアちぃのおウチを、親友の私たちが知らないはずはない」

「ん。別所くん。これはね、そうだなー、レンコーだと思ってちょうだい!」


 そう明るい声で言うと、中山はおれの腕から手をはなした。山中も同じようにはなす。

 れ、連行れんこう……だって?


(まいったな)


 両手に花。

 しかし、あまりうれしくない強制イベントな感じ。

 ムリヤリつれていかれる―――――幼なじみの家まで。



「きたの」



 そんなそっけないセリフで、おれたちは出迎えられた。

 お母さんに呼ばれて、玄関前にやってきたのはうすい黄色のパジャマ姿の萌愛。

 丸っこいショートの髪は寝癖ねぐせひとつなく、きれいにととのえられていた。

 ぱっと見、いつものあいつだった。調子もわるそうじゃない。

 中山がおどろいて言った。


「モアっち! 病気じゃなかったの? 大丈夫?」

「心配ないよー。朝、ちょっと熱っぽかったから休んだだけで……今は平気。お昼もトンカツ食べたし」 


 立ち話もなんだから、とお母さんがおれたちを家に上げてくれた。

 てっきり、リビングにでも行くのかと思いきや――


(萌愛の部屋っ⁉)


 か、顔が赤くなる。



「お願い。もう少し、あと1分だけでも……いっしょにいよ?」



 10月30日の夕方から夜にさしかかる時間。

 親にバレないようにこっそり萌愛の部屋に上がって、おれたちは……まあ、話をしただけで、とくにやましいことはしていないけど。

 それでもあつかったんだ。

 テーブルの下でふれた、あいつの手は。


「あ。コウちゃんはクッションないからね。じかにゆかだから」


 ひんやりしたフローリングに、おれはあぐらをかいて座った。

 冷たい仕打ちだ。さがせばあるだろ、座布団のひとつぐらいは。

 だが安心した。

 土曜日のことは、とくに怒っているワケじゃないようだ。



「あれっ?」



 さっき中山はトイレに、山中はスマホの電波がわるいとか言って、それぞれ部屋を出ていった。

 それがなかなか帰ってこない。


「おそすぎない?」

「そうだな」

「ね、おとといのデートはどうだったの?」


 ひくいテーブルに組んだ腕をのせて、その腕の上にあごをのせて、萌愛は問いかけてきた。


「楽しかったんだろうなー。私のさそいをことわってまで行ってきたんだから」

「そう言うなって。ああいうときは、先約せんやくを優先するのがふつうだろ?」

「まってラインきた」


 そのままの姿勢で視線だけスマホに流す。

 その目をゆっくり閉じて、無言で首をふった。


「え? あの二人、帰ったのか?」

「帰った」


 まったくサインをわしてるようには見えなかった、あざやかなコンビプレー。


(っていうか、じつはこうするのが目的だったとかじゃないだろうな?)


 おれは息をととのえて、部屋の中を見回す。

 デカデカと壁に貼られたむかしのミュージカルのポスターよりも、一番おれの目をひくのは机の上にあるぬいぐるみだった。

 それをじーっとみつめていたら、


「ちょっと。あんまり女の子の部屋をじろじ―――――」


 おれの視線の先を追った萌愛が、幼なじみじゃなくてもわかるぐらい「しまった‼」という表情になった。


「あのキャラ、おまえ好きだったっけ?」

「あ、あー、そうね、そう! このなんともいえない愛らしさが気に入ってるのよ」


 頭のてっぺんに黒い毛が三本たった、黄色いアヒルみたいなキャラクター。

 おれが小学生のとき人生ではじめてクレーンゲームでとったやつだ。

「あげる」と言ったときは全然うれしそうじゃなかったのに、いまでは勉強する机の上という特等席に置かれている。


(あからさまに動揺するなよ……おれもおかしな気持ちになるだろ)


 ソワソワして落ちつかなくなった。

 よく考えれば、おれがここにいる意味はないんじゃないか?

 萌愛の無事は確認できたし、やるべきことは他にある。


「じゃあ、このへんで」 

「アンタも帰る?」


 おれが立ったら萌愛も立ち上がった。ふわっ、といいにおいがした。


「帰る前にひとついい?」

「なんだよ」

「お見舞いにきてくれて、ありがとね」

「いいよ。べつに」

「べっしょ」

「それは、おれの名前だよな」


 くすっ、という小さな笑いだった。

 まだこいつの体調が万全じゃないのか、またはこのやりとりの賞味期限が切れてきたかのどちらかだろう。

 部屋をでていくおれの背中に、萌愛はひとりごとみたいに言った。


「私、コウちゃんのことが大好き」


 ◆


 翌日。10月21日。火曜日。


 おれは大勝負に出ることにした。



「……なんか、顔つきがちがうんだけど」

飯間いいまさん」



 学校の正門前。

 今日は朝から風がつよい。

 びゅうびゅう、と音もうるさい。遠くのほうを通過している台風のせいらしい。


「今日おれと、あの……」

「え? なに?」

「いっしょに、下校してほしいんだ!」

「ヤだ。友だちと帰るし」片手を腰にあてる。もう片方の手で前髪をおさえる。「キミも里居さといちゃんと帰りなよ。どうせ家も近いんだろーし」

「だから、おれとあいつはそういう――」

「『あいつ』って呼ぶのは、仲がいいからでしょ?」


 と、おれの心を見透みすかしたように口元だけで笑う。


 シュシュでまとめた髪の先が、強風でこいのぼりのように横に流れている。


 よくない展開だ。


 萌愛もあと幼なじみだという事実が、ここにきて足をひっぱりはじめた。


 これを突破しないと今回もループから出られない。


「風つよっ。じゃあ、私いくからね」


 このまま飯間さんの好感度も下がって、すべてが水のアワになってしまうのか?

 


「まって。いまの話、私たちのことを誤解してる」



 ききなれた声がすぐ近く、うしろのほうから飛んできた。

 おれはふりかえった。


「ずっと迷惑だったんだよね。幼なじみだからイコール仲がいいとか思われるのって」

「……おはよう、里居ちゃん」

「おはよう。飯間さん。ほんとに私は」おれのほうを一瞬チラッとみる。「別所くんとはなんでもないから。この人とウワサになるの、すごいイヤなんだよ」

「そこまでいわなくて、よくない?」


 萌愛が首をかしげる。

 おれも心の中では、こいつよりも倍の角度で顔を斜めにしていた。



「別所はねぇ―――めっっっちゃいいヤツなんだから!!!」



 風に負けない大声。

 彼女の前髪がぶわぁと上がって、おでこ全開。

 思いがけない結果になった。

 萌愛がおれをけなしたことで、逆に、それが飯間さんの感情を刺激したんだ。

 こんな化学反応があるなんて。


(モアは助けてくれた……のか?)


 それともただ飯間さんとの恋愛をらしたかったんだろうか。

 わからない。

 昨日の「大好き」だってわからない。本気の告白だったのか、友だちとして好きっていうだけか。

 ただ、たとえ本気だとしても、こいつは「いかないで」と言わない。

 つまり、萌愛と恋愛することは無限ループにはまることを意味する。


 ――放課後。



「別所さぁ、あのね、もうキミとこういう仲になったから言うんだけど」



 夕日の当たり具合でキラキラしてる目をおれに向けた。

 横ならびで、川沿いの道を歩いているおれと飯間さん。そんなに大きくない川で、横断歩道ぐらいの幅しかない。


「ひかないでよ。絶対。約束して」

「わかった」

「私ね」


 すぅ、と息をすって、意を決したように彼女は告白した。


「生まれてからまだ一度も、男の子を好きになったことがないの」

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