第7話 百戦錬磨
あいつの言葉はウソじゃなかった。
「ベツ。おれはな……やめといたほうがいいと思うんだよ」
昼休み。
次の授業は体育なので、着替えて運動場にいる。
天気、気温ともにスポーツにはもってこいの日だ。
「やめる、ってなんのことだ?」
「演劇部のあの子に言い寄ってるだろ? めっちゃ女子ん中でウワサになってるぞ」
「ウワサか……」
「ひどいのだと、
それはこまるな、とおれは女子がいる体育館のほうを見た。
これもこまるな、とおれは友だちの
昨日だされた
しっかり
つまりこいつに同情させて、自分の味方に引き込む作戦にしたようだ。休み時間に二人でなにか話してたと思ったら、これだったか。
「
「かっけー…………」ぶるっ、と濡れた犬みたく首をふって真顔にもどる。「いっ、いや、かっけーじゃなくってさ‼ それじゃあかわいそうだっていってんだよ!」
「モアが?」
「そう!」優助がおれの肩をつかむ。「おれはずっとフシギでしょうがねぇよ。そんなにナチュラルに呼び捨てしてるのに、なんでおまえらつきあってないんだ?」
ぽん、ぽん、と目の前をサッカーボールがバウンドする。
もともとバレーよりサッカーが好きなこいつが、反射的にトラップにいこうとしたのがわかった。背が高いとキーパーやらされるからって、いまの部をえらんだんだ。
「ベツ彼女ほしいって言ってたよな?」
「それには事情があって……モア以外じゃないとよくないんだ」
「なんで?」
「なんでも」
「あんなにいい子なのにか」
「優助」おれは目をそらす。「幼なじみっていうのは、恋愛感情がわきにくいもんなんだよ」
口にしてる言葉とは真逆で、これ以上ないほどわいた―――ようにみえたけどな、あのときは。
結局おれのカンちがいというか、「いかないで」といってくれるほど好かれてなかったんだけど。
(もしかして幼なじみじゃなかったら、よかったのかもな)
あの彼女みたいに。
体育館の外に立って、肩までの長さの髪を風になびかせて、こっちをみている子。
表情がわからないほどはなれているが、たぶん、ウィンクしてくれた感じがする。
その日の帰り道にそのことをきいたら、
「うん。うれしいな、あの距離でわかってくれたんだ?」
やっぱり的中。
それと、イチかバチかで「いっしょに帰らない?」と勇気をだしてよかった。
家がある方向は正反対だが、たくさん歩くぐらいは全然ツラくない。
――「いかないで」のためならば。
「えっと、あのさ、演劇部っていつでも『おはようございます』ってあいさつするってほんと?」
とか、
「意外と筋トレするんだよね」
など、
ネットで仕入れた〈演劇部あるある〉で会話も退屈させない。
おれだって努力してるんだ。
まだまだ
小原さんを相手に練習――女の子にしゃべりかけること――をつんでれば、いつか一対一で誰とでも自然に話せるようになれるかもしれない。
ある意味、修行でもしている気分だ。恋愛の技を
「じゃ、このあたりでバイバイしよ?」
「うん」
見えなくなるまで彼女を見送った。
途中二回、こっちにふりむいてくれた。
やがて中間テストも終わり、おれたちが話すようになって2週間ほどたったある日――
帰り道で
「主演……はずされちゃった」
「えっ」
とびだし注意のこどもの看板の前で、おれたちは立ち止まった。
「三年生の先輩がね、やっぱり名前とかで役を決めるのはよくないって、また配役をふりなおしたの」
「そんな!」
オハラって名前が、こんど文化祭でやる劇の主人公といっしょで、同じ名前の彼女がえらばれたというのは以前にきいた。
「ひどすぎるって! 演技の勉強のために映画までみにいったのに――」
「あはは……。あれはまあ……単純に楽しむっていう目的もあったから」
おれと向かい合ったまま、一度目線を下に下げて、ゆっくり顔を上げる。
「自分のことみたいに怒ってくれて、ありがとね。なんかちょっとラクになったよ」
「いや、ほんとに……」
ぱちっと片目をつむった。
そのアクションに気をとられて、おれは言いかけた言葉のつづきを忘れた。
「また行ってくれる? 今度はさ、スカッとするアクションがいいなぁ……」
「いこう。絶対いこう」
「約束だよ?」
で、週末の19日に桜さんと2回目のデートすることになった。もちろん二人きり。萌愛があとをつけてこないように、さんざん気をくばったからな。
そしてその翌日の
彼女は手ぶくろをくれた。
近ごろ、すでに「
一気に距離が縮まった気がした。
いや気のせいじゃない。
一ヶ月の間に、おれたちはとても親しくなれたんだ。
一ヶ月と思えないぐらい、みじかい時間だったけど。
とうとう最終日。
やれることはやった。
やり残したことはない。
念のため……
(ふう。なんとか花道にいてくれてるか)
おれを新しい場所へ送り出すために、クラスメイトが左右にならんでつくった列の中に桜が立っている。
一応、もうひとつ確認するか。
萌愛のヤツは、と――――
「つまんない」
「わっ」
すぐ横にいた。
「せっかく敵になって邪魔してやろうと思ったのに」
「モア」
「女の子と仲良くなろうとして必死すぎるコウちゃんをみてたら……そんな気もなくなっちゃったよ」
「そもそも、どうして敵になろうとしたんだ?」
「知らないじゃん」萌愛はおれの肩を、痛いぐらい、強めにたたいた。「じゃっ、元気でね」
スタスタ歩いていって花道の列に混じった萌愛。
とくに泣くのをガマンしている様子はない。
(あいつの好感度がそれほど上がらなかった〈10月31日〉は、こういう感じなのか……)
「そのままきいて」
うしろから声がする。
おれの足元には、三つ編みを二つつくった女子の影がのびていた。
黒一色なのに、どうしてだか彼女が腕を組んでいるのがわかる。
「ふ、深森さ――」
「そのままだっていってるでしょ。そのままといったらそのまま。うごかずに、耳だけに注意して」
イラついたように言う。
校舎から担任の先生がこっちに向かっているのが見える。
いよいよ、おれのこの学校でのタイムリミットがせまっていた。
「もし、あなたがまた時間をもどることがあれば、そのときは」
「えっ⁉ えっ⁉」
「10月3日に、私の机の中をみること。いい?」
深森さんの影がスーッと逃げるようにはなれていく。
クラスのお調子者の
ラスト数分。
おれは――本当にループを終わらせられるのか?
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