第8話 触らぬ神にたたりなし

 去りぎわが一番大事だいじなんだ。

 たとえば今、ここで「転校したくなーいっ‼」とブザマに地団駄じだんだふんだとしたらどうなる?


 きっと女の子は「いかないで」といってくれない。


 こんな極端な話じゃなくても、とどまりたい気持ちが前面に出てしまったら、おそらく逆効果になるはずだ。

 いつもの下校のときのように、あくまでも自然に出ていくべきだろう。



「残念だな」



 3回目のデートでの、さくらの言葉を思い出した。

 


「ね? むかうだってそう思う……よね?」

「もちろん」

「もし転校がなかったら、ねえ、私たちどうなってたかな?」


 ぎゅっとおれの手をにぎる。

 手から伝わってきた気持ち。


 あのときおれは確かに、手ごたえを感じたんだ。

 小原おはら桜を大切に想う心にもいつわりはない。

 ――うん。

 深呼吸。

 まような自分。


(よし! いくぞ!)


 きっと彼女なら言ってくれる。

 ループ脱出を確信して、おれは一歩、前にふみだした。


(しかしこの瞬間は、いつも恥ずかしいな……)


 両サイドからクラスメイトの拍手と、はげましの声かけ。

 無表情でいるのもおかしいから、それなりに愛想を浮かべるおれ。


 だが意識は一点に集中。


(桜!)


 彼女のところまで、もうすこし……一人、二人、三人、

 そのとき、おれの視界が強制的に横に流された。



「ベツぅ~~~~~っ!!!!」



 ぎゅっとつむった目からぼろぼろ涙をこぼす優助ゆうすけ

 おれにはもったいないくらい、いいヤツだ。

 つかんでる両肩に力が入りすぎて、ちょっと痛いけどな。


「そんな泣くなよ」

「くっそー! おまえが……明日からいないなんてしんっっっじらんねー!」

「いままでおれと仲良くしてくれて、ありがとな」

「……ベツ。おれは、おれはっ――」

「下向くなよ優助。べつに今生こんじょうのわかれじゃないだろ?」


 へんなめぐりあわせだ。

 ひとつ前のループでこいつがおれに言ってたことを、逆におれが口にしてるなんて。


(…………もし、うまくいってループを出れたら)


 この気のいい友だちとは、これで最後になるのか。

 もちろん、ただの社交辞令のつもりはないから、かならず優助とはいつかどこかで再会したい。


「もうはなせって。おれ、いかないと」

「わるい。ははっ、シワになっちまったな」


 花道の、もといた場所にもどっていく優助。

 ちょっと空気が、おちついたというか……。

 おれと優助で「いかないで」みたいなムードが、いったんできてしまったのはよくないかもしれない。

 行動を起こしにくくなったか?


(……)


 おれは、ある女子の目の前で立ち止まった。

 桜。


(……)


 何秒間か、見つめ合う。

 向こうはやわらかい表情で拍手をしている。

 

 さらに数秒。

 拍手する彼女。

 こらえきれず、おれは声をだした。

 つきあっていることは同級生にはオープンにしてないから、ちゃんと呼び方をかえて。


「じゃ、じゃあ、あの――――小原おはらさん、元気で」

「うん。別所君もね?」


 あまり親しくないクラスメイトの男子に言うような口調。

 え?

 これは……一体どういう…………


 あーーーっ!!!!


 ――かすかにかみしめているような口元。

 ――とりつくろったような声色こわいろ

 ――すでに泣いたあとのような、充血した瞳。


(おれはとんでもないミスをおかしていた)


 一瞬でスッとわかった。 

 まるで推理小説で犯人を追いつめる名探偵のように。

 いくつかの点が、一気につながったんだ。



(これは〈演技〉じゃないか……)



 演劇部は、悲しくないのに泣く、っていうお芝居だけをするんじゃない。

 その正反対だってある。


「どうしたの? 別所君」


 心配そうな表情で小首こくびをかしげる。


「なにか忘れ物でもした? とか言って」


 あはは、とまわりの女子が笑った。

 おれは笑えない。

 彼女がせいいっぱいやってる迫真の演技を、まだ、受け入れることができなくて。


 頭の中で、

 デカい石でできた「いかないで」の文字が、

 ヒビわれてガラガラとくずれてゆく。


 もはや認めるしかない。

 おれは今回もループに負けた。


 担任の先生が、花道の終点で声をはりあげる。


「はーい。じゃあ、最後にもう一度、別所くんに大きな拍手をして~~~!」


 ぱちぱちぱちぱち。

 おれは棒立ちで、みんなの拍手を浴びる。

 大泣きの優助、よそよそしい桜、興味なさそうにそっぽを向いてる幼なじみ。


(……)


 また過去にもどってやり直しだ。


 ふだんつかわない言葉なんだが、これははっきり言って「無理ゲー」だ。

 もっと汚くいえば「鬼畜ゲー」。

 あるいは告白しても玉砕する「死にゲー」であり、つまりは「クソゲー」だ。


 ――エンディングは用意されてるのか?


(どうしたら……いやまて、深森ふかもりさんがおれを助けてくれるようなことを言ってたじゃないか)


 それは現時点のおれの唯一の希望。たのみのつな

 おれは彼女のほうをみた。

 スンとした顔つきで、手もたたかずに立っている。

「10月3日に机の中を見ろ」――か。


 おれは先生と同級生たちと校舎に背中を向けた。


(あーあ……)


 足、重っ。

 それでも校門の外に出なきゃ、だよな。

 ループする境界線は、ぴったり校門のさくのレールのところ。

 その先へふみだしたら、吸い込まれるように引っぱられて、はじまりの日の朝のベッドの上に移動するんだ。



 ざわっ



 とうしろでどよめいた。


 なんだ?

 おれはあやうく境界線をまたぎかけていたのをめて、くるっと体をターンさせる。


「コウちゃん!」


 花道のど真ん中に仁王立ちしているのは幼なじみ。

 いつつけたのか、さっきまであいつの髪にはなかったはずのヘアピンが。

 かざりの赤い花がキラリと光る。


 この感じは……

 まさか、ここから大逆転があるのか?


「まって! コウちゃん! わ、私、わたしっ、ほんとは……。お願い! まってーーーーっ!!!」 


 どぉん、と突進してきたあいつと正面からぶつかった。

 そのはずみで、おれの体は――校門のラインをこえてしまう。



「わっ!!!」



 つよい衝撃があった。

 外からきこえてくる、スズメの鳴き声。

 カーテンのスキマからさしこむ朝の光。


(いってー…………)


 おれはベッドから転落していた。

 スマホで確認するまでもなく、本日は10月1日。


(なんだったんだ、最後のバタバタは)


 気になる。

 けど、すでに時間はもどされて新しいループがスタートしている。

 切り替えていくしかないようだ。

 二度と着るはずじゃなかった制服を着て「いってきます」と家を出た。


「モア。おまえさっき、なにを言おうとしたんだ?」

「はーーーぁ!!!??? さっきもなにも、いま会ったばっかじゃん!」

「そうだよな。まちがえた」

「意味わかんない。バカ。まじバカ。もしかして寝不足なの?」

「べつに」

「べっしょ」

「それはおれの名前」


 あっはは、と萌愛もあは笑う。

 おれはわからなくなった。

 この無限ループにおいて、こいつは勝利の女神なのか、負けかくの疫病神なのかが。

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