第4話 猪突猛進

 朝から大雨だ。夜までずっとやまないらしい。

 教室で、まず友だちの優助ゆうすけにあやまった。気のいいこいつは「たのむぜベツ」と言っただけで、昨日のことはさらりと水に流してくれた。できれば会う約束をした女の子にもあやまりたかったが、連絡先を知らないのであとのフォローは優助にまかせるしかない。

 そして一時間目の授業中、おれはこんな結論にいたったんだ。


(やっぱり〈クラスメイト〉の中からさがそう)


 一ヶ月という短さを考えると、そうするのがベスト。

 仲良くなるには、とにかくたくさんエンカウントできないと話にならないからな。


 一時間目の休み時間。


 前のほうに誰もいない机がひとつある。

 萌愛もあの席だ。

 休み?

 いやそんなはずは……風邪とかそういう様子はなかったけど。


「ねーねー」


 左右から同時に声がきこえた。

 いつのまにか、おれの席の両サイドに二人の女子が立っている。


「モアっちは? なんか知らん? 別所くん」

「既読すらつかないんだよぅ」


 と先に右から言ったのが中山なかやま、つづいて左から言ったのが山中やまなか


「知らないけど」

「まー、薄情なダンナさんだよぅ」

「ダンナとかいわないでくれよ、山中さん」

「ほぼそんなもんでしょー? あなたたち、はっきり言って結婚フラグたってるじゃん」

「中山さん……ほんとに、そういうんじゃないから」


 話が終わると、二人は教室の外へ出ていった。


 友だちからのラインも無視だって?

 休んで家にいるとしたって、スマホで返事ぐらいはできるはずだ。

 おれは窓のほうを見た。


 どしゃぶり。

 つよい風がふいてて視界もかなりわるい。


(いや、まさか、あいつにかぎってな)


 二時間目がはじまる。


(でもけっこうそそっかしいところがあるし、遅刻しそうになって無茶な信号無視とか……) 


 イヤな想像をしてしまった。

 落ちつかない。気がつけば、右足で貧乏ゆすりしていた。

 萌愛――



「コウちゃん。ねえ……あ、あのさ、今日のデートたのしかったね? また今度……は、もうムリなんだっけ」



 最初から転校することがわかってて、それでもこんなおれにつきあってくれた幼なじみ。

 もしあいつの身に何かあったのなら……


(今回のループはあきらめよう。一ヶ月じっとして、またやり直せば……)



「すいませーーーん! 寝坊しましたーーー‼」



 どっとクラスが笑いでいた。

 豪快にドアをスライドさせて元気よくそう言ったのは、もちろんあいつ。

 っていうか、髪もきちんとととのえてるってことは……どうせ遅れるならと思ってひらきなおりやがったな?


(心配してソンした)


 放課後。

 文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、あいつはさっさと部活にいってしまう。

 おれはため息をついた。

 ゆっくり帰り支度をして、ちょっとまわりを見わたしてみる。


(優助のやつもバレー部にいったか。深森ふかもりさんも帰ったみたいだな)


 今日は金曜日。

 土日は授業がないから、そのぶん恋愛するチャンスもへる。


 だが、こういうことはあせってもしょうがない。

 むしろあせると、裏目うらめに出てしまうだろう。


 すこし歩きながら考えるか。

 外は雨だから、校舎の中を適当にぶらつこう。

 二階から一階におりようとしたとき、


「ひどい! ウソでしょ⁉」


 と上から女子の声。誰かとモメているようだ。


「そんな仕打ちはないじゃない! いやっ!!!」


 なんか……かなりはげしくやってるみたいだな。

 他人のトラブルをのぞく趣味はないが、自然に足が階段をあがっていた。

 そこで耳をうたがう言葉。



「いかないで!」



 えっ。

 まさかおれのほかにも、これから転校しようとする男子がいたのか?

 三階から屋上に向かう階段の踊り場――の下からは死角になって見えない位置にいるようだ。


「行ったら許さない! って…………誰かそこにいる?」


 ひょこっ、と階段の手すりの上から頭だけが。

 つぶらなひとみの、セミロングの髪の女の子。


小原おはらさん?」

「ん? まー上がってきてよ」


 階段の途中にいたおれは、踊り場まで上がった。

 ザー、と締め切った窓越しに雨音がきこえてくる。


「恥っず~。誰も来ない場所だし外もうるさいからバレないと思ったのに」

「あ……ごめん」

「こっちこそごめんっていうか、誰くんだっけ?」

「おれ別所です」

「うん、そーだ、そーそー!」小原さんは笑顔になった。「サトちゃんの彼氏だ!」


 今日おれに話しかけてきた女子3人中3人に、おれとあいつがそういう仲だと誤解されていた。

 ……そんなに教室で親しくしたおぼえはないんだけどな。


「たしか演劇部ですよね」

「私? そうだよ」

「さっきのはお芝居のセリフとか?」

「まあそんな感じ」

「よかったら……その……おれが相手役をやりましょうか?」

「え? まじ? いいの?」


 こくっとうなずきながら、おれは内心ガッツポーズしていた。

 これは思ってもないラッキー。

 タナからぼた餅じゃないのか?


(そんなに甘くないという気もするが……)


 やってみる価値はある。


「じゃあ、いくよ? とりあえず、そこに立っててくれるだけでいいから。目の前に人がいるのといないのじゃ、だいぶちがうんだよね」


 そしていくつかのセリフのあとで―――


「いかないでっ!」


 感情たっぷりに、そう言われた。

 ど、どうだ?

 一応、ループ脱出の条件はこれで満たせたぞ。形だけは。しかし手ごたえは全然ない。


 ……。


 これでクリアっていうのは、ちょっと現実的じゃないな。

 そういえば「涙ながらに」っていう条件もあったはずだ。

 おれは心の中で肩を落とす。


(こういう抜け穴みたいなやりかたじゃなく、地道に恋愛するしかないのか)


 気づけば、じーっと顔をのぞきこまれていた。

 すごい至近距離で。


「どうかな?」

「えっ?」

「私の演技。別所くんの感想をきかせてよ」


 髪を耳にかきあげながら言う。

 演劇をやっているせいかは知らないけど、小原さんは雰囲気が大人っぽい。高校生ぐらいのお姉さんを相手にしているようだ。

 だが実際は同級生。気おくれするな、おれ。


「うまいと思ったけど」

「ほんと? うれし…………きゃっ!!??」


 なんのまえぶれもなく、どごぉぉぉん、と爆音がとどろいた。

 おれはとっさに抱きつかれ――ることもなく、彼女はその場にしゃがみこんだだけ。


「カ、カミナリ? すごかったね。近くに落ちたのかな」

「そうかも」

「あーあ、やっぱりもう帰ろーっと。お母さんに迎えにきてもらわなきゃ」


 おれに向かって彼女はウィンクした。

 その仕草でおれに電撃が走った。


 ――クラスメイト――演劇部――自然に「いかないで」というセリフを口にできる女の子。


 見事につながる。

 おれには見えた。

 最終日、まさに校門を出ようとする花道の途中で、周囲の視線にもかまわずそう叫んでくれる彼女の姿が。


「あのっ‼」


 階段を下りる足をとめて、小原さんはふりむいた。


「ん?」

「よかったらまた、おれを練習の相手役にしてくれませんか」

「あはは。わるいから、いいよ。今日はありがとね」


 ダダダダっとおれは高速で階段を駆け下りた。

 下から、彼女を見上げる。


「ぜひ! どうしても、キミの役に立ちたいんだ!」

「お、おう……急にグイグイくるんだね」

「とりあえず明日、おれとデートしてくれませんか?」


 バカが暴走してると思われるかもしれないが、これはれっきとした戦略だ。


 毎晩、ダテに『恋愛心理学』の本を読みこんでいるわけではない。


 ――その名も、(シャット・ザ・)ドア・イン・ザ・フェイス。


 一番ことわられやすい要求を最初に相手にぶつけて、二番目、つまりこの場合だと〈演技の相手役〉っていう要求を受け入れてもら……



「映画でいい?」



 カッ、と見つめ合うおれたち二人が、まもなくカミナリが落ちるの確定のまばゆいフラッシュにつつまれた。

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