第3話 以心伝心

 いきなり見抜かれた。

 クラスの中では目立たない、でもひそかに成績トップの読書好きの女の子ぐらいにしか思ってなかったのに。

 全然――ちがった。

 はるかに頭が切れる。


「これ見て」


 スクールバッグから何かを取り出して、顔の高さにそれをかかげる。


「あ……」

「べつに私も推理小説のマニアってわけじゃないけど、これって特別な本なのよ」


 ばん、と少し乱暴に表紙をパーでたたいた。

 図書室でかりて、いまおれのバッグに入っているのと同じ本を。


「すでに絶版で発行部数も少ない。そんじょそこらの図書館にはなくて、もちろん書店でも手に入らない」


 とんでもなく早口でいった深森ふかもりさん。

 頭のうしろの二本の三つ編みの髪が、片方、セーラー服の前にれていて先端は新品の書道のふでみたいだ。


「けれどあなたは内容を……ちゃんと読んだ上で理解していた。当てずっぽで犯人を言い当てたとかそんなレベルじゃない。作中、真犯人の名前はどこにも明かされていないんだから」

「いや、まあ、おれミステリーとかけっこう好きで……」

「だまって。いまそんな話、してないから」


 ずい、と一歩接近する。

 華奢きゃしゃな女の子でおれより背は低いのに、この迫力。

 っていうか、


(かわいい)


 この魅力。

 メガネの向こうの目は大きくて、近くで見ているだけでドキドキする。


「ほかに考えられる可能性は、以前にどこかで買ったけど捨てたり失くしたりしたとか――」

「あの、じつはおれ時間を」

「時間を?」

「もどされたんだ! 今月の31日から今日に! それで、その、それで……もどされる前にいた時間でちょこちょこ読んでて」

「そう。なら納得」


 話はおしまい、という感じでスタスタいってしまう。

 え? 終わり?

 おれが時間をさかのぼった点は、興味ゼロ?

 しんじられない。

 もっとくわしい事情をききたくならないか?


 ぽつーん、とその場にとり残されたおれ。

 けど残り時間は一秒も待ってくれない。


 日付はかわり、10月2日になった。



「おはよう」



 めずらしい。

 近所に住む幼なじみの萌愛もあと、二日つづけてエンカウントした。

 もしかして、


(昨日「転校する」って投げやり気味に伝えたけど……その影響?)


 理由があるなら、それしか考えられない。

 いつもなら遅刻すれすれまでベッドでねばるのに、こんなに余裕をもって登校してる日が連続するなんて。

 ひどいときは三度寝までしてるってこいつのお母さんもあきれてたしな。


「おはようって言ってるじゃん」

「おお」

「『おお』じゃなくて」ぶん、と手持ちのスクールバッグを振り回しておれの肩に当てようとする。スッとかわした。「あー‼ ムカつく~!」


 くちをトガらせる萌愛。

 わるいが、トガらせたいのはこっちだ。

 おまえが「いかないで」を言ってくれたら、最後の瞬間にトイレに行かずにそうしてくれてたら、おれはこんなことになってないんだよ。

 が、苦情をいってもしょうがない。

 顔を真っ赤にしておれに誕生日プレゼントのマフラー――しかも手編み――をくれたあいつは、もうどこにもいないんだから。


「なあモア」

「…………なによ」

「好きな子いないか?」

「え?」一瞬きょとんとした表情になって、そこから、視線を目の前の地面に向けた。「へ、へぇー……、興味あるんだ、やっぱり。ふーん」横を歩きながら、ちょっと前傾姿勢になって顔だけおれのほうに向ける。「そりゃあ、こんなにかわいい幼なじみなんだから、気になるのは当たり前かな?」

「おれのことを、好きな子」

「はぁぁぁ⁉」

「知らないか?」


 萌愛はくさいものをいだときみたいな、かわいくない顔つきになって、


「そんな子いないよっ!」


 大声をだして、タタタと先に行ってしまった。

 いないか……。


(これはこまった問題だ)


 女子をり好みできる身分じゃない、っていうのはある意味ではこのループにおける絶対的な〈ハンデ〉。


(だからあいつに最初にアタックしたのに――)


 あーなんか、気持ちが前に向かないな。

 やってやろうという気分が……


「うぃ」


 靴箱のところで肩で肩を押してきたのは、おれの友だち。

 三方みかた優助ゆうすけだ。

 こいつもおれといっしょでイケメンではないけど、身長が高くてスポーツ万能。バレー部のキャプテン。

 マネージャーの子と、夏からつきあっている。

 夏休み明けに、なんかこいつが大人になってみえたのは、はたして気のせいだろうか。いやちがう。


「なんだよベツ、おれの鼻に鼻くそでもついてるか? ははっ」


 本人は無自覚みたいだが、ガンガンにモテるオーラが出ている。

 できればおれにも分けてほしいよ、このオーラを。


「あのさ優助」

「おう、どうした」

「くだらないヤツだと思うだろうけど……おれ、おれ」ぐっ、とバレー部のたくましい腕をつかんだ。「ノドから手がでるほど、彼女がほしいんだ」

「くだらなくねーよ!」

「えっ」

「よく言った親友! その言葉を待ってたぜ。ってか、そんなこと言われんじゃないかなーって予感してたんだ」


 ポケットからスマホをだした。

 おれの持ってる親のおさがりとはちがって、こいつのは最新型だ。


「親友同士で通じるものがあるんだな。これ昨日、撮ったばっかなんだ」

「撮った? 昨日? なあ優助、なんの話だ?」

「みろよ」


 さしだしてきた画面をのぞきこむと、ちがう学校の制服をきた一人の女の子がややうつむいてピースしている静止画。


「どうだ?」

「いやどうだって言われても……」

「この子と塾でいっしょでさ、誰か彼氏ほしいんだって」

「でも、おれのことは知らないんだろ?」

「まあいっぺん会ってみろって。会うセッティングぐらいなら、おれもしてやれるんだから。それに――」


 ひじでおれの胸をかるくこづく。


「彼女がほしいんだろ?」


 だまってうなずくおれ。


 結局、トントン拍子で話をすすめて、さっそくその日の放課後に駅前で会うことになった。二人きりで。



「優助くんがうれしそうに言ってたけど、マジなの?」



 放課後。

 教室を出ようとするおれに近づいてきた萌愛。


「きいたのか? あいつ口がかるいな。べつに、いいけど」

「ほんとに行く気?」

「ああ」


 何も行動を起こさなかったら10月が永久に終わらないからな、とはもちろん言わない。


「じゃあな。がんばれよ、ダンス部」

「あ……うん……」 


 ひらひらと手をふって萌愛に背を向ける。

 部活にいく生徒や家に帰る生徒でゴミゴミしている廊下。


 一秒、二秒、

 三秒。


 そのとき、ワイワイガヤガヤの雑踏ざっとうの音にまじって、ちっちゃいころからずっと聞いてきた女の子の声がした――気がした。



 いかないで



 おれはふりかえった。

 出てきたばかりの教室のほうを見ようとしても、人ごみでかくれて見えない。


(……ソラミミだよな。きっと)


 あるいは、そう言ってほしいっていう期待。

 このところずっと「いかないで」を意識して生きているからな。



 ――数時間後。



「ベツ!」

「どういうことだよ!」

「いくら待ってもこなかったって」

「女の子カンカンだぞ」


 そんなラインの連打が、優助から届く。

 おれは「ほんとにごめん。死ぬほどハラがいたくなったから」と言いわけしておいた。


(……)


 せっかくの約束をすっぽかした理由は、おれにもよくわからない。

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