伍番線 鐡道省職員と奇妙な噂
授業も終わり、昼休みに入る。
「大和、ただいま〜 」
左腕に教科書を持ち右手を振りながら翼がやってきた。
4時間目は選択授業になっていて俺は自教室で翼は一つ下の教室で授業を受けている。
「おかえり 」
「教科書をロッカーに入れたいから、机いつもの形にしておいて 」
「了解 」
昼食を食べるときは大体机をくっつけて食べている。
だから今日もいつものように机をくっつけて翼を待ちながら身の回りを片付ける。
少しすると翼も机に座り灰色に緑の帯が入った布に包まれた弁当箱を出す。
「「いただきます 」」
2人で手を合わせて弁当を食べ始める。
俺の弁当は白米の上に鮭の切り身が乗っている、いわゆる鮭弁当だ。
塩が効いた鮭に仄かな甘味のある米の組み合わせ最高だ。
それに右端に入っている甘い卵と食べるとより塩味が引き立ち美味しい。
翼の弁当はご飯の上の牛肉が乗っている牛肉弁当だった。
「レポート書いてきたけど、これで大丈夫か不安だよ 」
翼は不安そうな顔をしながら親指と人差し指でペットボトルのキャップを閉じたり開けたりしていた。
「そこまで心配しなくて大丈夫だよ、指定の文字数以上書いてれば問題ないさ 」
す
「「ごちそうさまでした 」」
ピンポンパンポーン
《12時40分より省庁大学校入学研修プログラム参加者のレポートを回収する。該当者は多目的ホールに集まるように。なお陸海軍省へ提出のレポートは後日回収するため本日は集合なし。以上 》
どうやら行かねばならないようだ。
机を元に戻し、黒一色のリュックからA4サイズの茶封筒を出す。
「行くぞ、翼」
「あっ、ちょっとまって〜〜 」
翼も封筒を持ち2人で教室を出る。
ガラガラ
職員室前にあるパーテーションで囲まれた多目的ホールの戸を引くと前方で各省庁の職員が長机を並べ生徒から課題を回収している。
どの省庁も人気で職員の前に生徒が行列を作っている。
そんな中で一つだけほとんど人が並んでない場所がある。
まさか……。
「あそこじゃない?右から2番目のところ 」
翼が目を向ける方向を見るとそこには生徒の行列の間に挟まれた誰もいない空間があった。
やっぱりか。
俺の予感は的中した。
他のところは20人以上並んでいるのにここだけ人がいない。
最近鐵道省はデモ隊との衝突や予算増大によって社会的イメージが低下している。
これでも最近は良くなった方で父さんが俺たちぐらいの時は毎日のように鉄道施設で事件が起きていたらしい。
「少年! 君は鐵道省希望かい? 」
声の方向を見ると行列と行列の間からキリッとした目でこちらを見た。
「は、はいそうですけど 」
俺の後ろに隠れるようにして立っている翼もちょこんと手を上げた。
「あっあの、僕も 」
ギューー
翼さん、気付いてないかもしれないけどそんなに強く腰を握られると痛いんですよ。
「うっ...... 」
えっ?
突然目の前の女性が右腕を目元に当てながら泣き出した。
「よがっだ、よがっだですふだりもしぼうしでくれて 」
会場にいた全員に聞こえたのだろう、生徒も他の省庁職員もこちらを見ている。
大粒の涙を流し下に置いてある封筒も濡れてしまっていた。
「あの、良かったらこれ使ってください 」
俺は右ポケットに折りたたんで入れておいた蝶の刺繍が施された青いハンカチを手渡す。
「あっ、ありがどうございます 」
女性は丁寧にハンカチをたたみ直しこちらに差し出す。その時の顔は先程の鋭い目つきではなく優しいお姉さんのような雰囲気だった。
「お見苦しいところをお見せしてしまいました。私は鐵道省の"
スッと右手を出されたので俺も右手を出して握手をした。
なんだかとてもひんやりしていて落ち着く。
「いつまで握ってるの? 」
右隣に座っていた翼がなんだか不機嫌そうに言ってきた。
「あっすみません 」
なんだか急に恥ずかしいことをしている気分になってカァッと顔が赤くなった。
「フフフッ別に全然平気ですよ 」
白棚さんは優しく微笑んでくれた。
「とりあえずレポートを回収しますのでこちらにって、あぁーー」
今度はなんだ?
「回収ようの封筒が涙でびしょびしょに 」
再び目元が潤み出してもう少しで雫が垂れてきそうだ。
「あの、よかったらこれ使ってください 」
翼は茶封筒を入れていた透明の書類ケースをさんに手渡した。
「あっ、ありがとうございます 」
さすが翼さん。これで話が進みそうだ。
「ごほんっ、それでは簡単な説明をいたしますね 」
白棚さんは得意げに胸を張ると鐵道省の黒色の制服はミチミチと音を立てた。
「「はい、よろしくお願いします 」」
「このプログラムに参加する生徒は、西国分寺にある中央鐵道學園に2年間通うことになります。最初の1ヶ月は基礎体力と基礎学力を身につける講座を受講しーー 」
白棚さんが説明し終え、俺たちからの説明にもいくつか答えてくれた。
10分ほどの説明をまとめると、中央鐡道學園に2年間通いながら時には駅員として、時には公安隊として研修をすると言うことだ。
1つの科目を集中的にやるのではなく満遍なくいろんな知識や技能を身につけるらしい。
自分の興味のある科目を選択して受講することも可能だ。
夏休みなんかの長期の休みでも普通に研修や授業があると言うのはちょっと驚きだが仕方がない。
そして、一番重要なことそれは、研修中に見たこと聞いたことは絶対に口外してはならないこと。
⭐︎
学校帰り、電子チョッパ音を唸らせ鐵道省201系は神田川の横をいつものように爆走していたが俺たちはいつも通りの気分ではない。
「あの白棚さんて言う人軍機と言ってたけど僕たち鐵道省の説明受けてたんだよね? 」
翼が疑問に思うのも無理はない俺もさんが言っていた「研修中に見たこと聞いたことは絶対に口外してはならない 」という点が引っかかっていたのだ。
前にこの研修の内容について調べたが異常と言っていいほど情報が少なく中央鐡道學園の公式サイトにも詳しい説明はほとんどなかった。
「俺もびっくりだよ、軍部と関係ないと思ってたけど考えてみたら戦車を運ぶのも魚雷を運ぶのも鉄道が携わってるからな 」
「それもそっか、だけど学生の僕たちがそんな軍機に触れるような重要なことも研修でやるのかな?」
確かに、いくら研修があるとはいえ俺たちは学生だ。まさか兵器輸送とかの研修もあるのか?
なんだか始まる前から不安になってきた。
「もし口外しちゃったら、こっ殺されちゃう? 」
誰にだよ!
「落ち着け、今の日本にそんな野蛮なことする組織はないから 」
「そっ、そうだよね。ふう...... 」
本気で心配していたのか翼は安堵のため息をついた。
「それに翼が軍機について話しそうになったら俺が止めるよ 」
「僕は大和の方が心配だよ、言わなくていいこと言っちゃうことあるでしょ? 」
翼は俺の白唇を突きながら言う。
「俺そんなに口軽くないぞ、翼が前にじょ......」
「あぁーー 」
すると翼は柔らかな手と手でバツを作り俺の口を全力で抑える。
叫び声で周りに座っていた乗客は耳をビクッとさせていた。
「余計なこと言わないようにね 」
翼は眉毛をピクピクとさせながらこちらを覗き込む。
コクンコクン
声が出ない俺は首を振り同意の意思を示す。
すると口元を覆っていたては外れ一気に新鮮な空気が入ってきた。
「はぁーー、全く危ないだろ!」
「言わなくていいことまた言いそうになってたでしょ!本当に大丈夫なの? 」
翼はアホ毛をぴょこぴょこさせながら言った。
「大丈夫だよ。俺は絶対に翼がじょ...... 」
「あぁーー」
また俺は翼による口の封鎖攻撃を受けた。
「まったくもう!」
この話をしているといつか酸欠で倒れると思い話題を変える。
「そういえば、俺たちは中央鐡道學園に通うことになるんだっけ? 」
俺が疑問を投げかけると翼は携帯を取り出しパパッと學園について調べる。
「ここみたいだね。西国分寺から徒歩10分だって 」
画面には中央鐡道學園の公式ホームページが載っていた。そこには西国分寺駅徒歩10分 帝都一の鐵道學校 と青と白のさわやかな色で書かれていた。
「すごい大きいね東京ドーム12個分だって 」
駅前の一等地に広大な学校を作るとはさすがは親方日の丸だ。
「家から大体30分か、今より短くなりそうでよかったよ 」
今の学校は家から1時間以上かかるので半分以上通学時間が減るのはありがたい。
「通学時間は短くなるけど学校帰るのは遅くなりそうだよ 」
なんだって?
翼は《時間割》と書かれたPDFファイルを開き月曜日の欄をズームする。
「えっ、7時間目?」
そこには7時間目 16時までの文字......。
「うん、それに朝7時から実習することもあるみたいだよ 」
時間割を見てみると7時間目、朝実習など普通の学校ではみることのない文字が至る所に散りばめられたていた。
「そういえばこんなのを見たことあるんだけど 」
翼はさっきまで見ていたページはそのままに新しいタブを開きポチポチと文字を入力する。
「ここで研修があるんだって 」
翼は地図上にある綺麗な長方形をタップした。
「立川駐屯地?」
陸軍の施設で研修があるとすればおかしな話だ。
「本当か?というか誰から聞いたんだその話 」
すると翼は記憶をたどりながらまた新しくタブを開いた。
「えーと、たしかこのサイトに 」
翼が開いたページには黒い背景に赤い文字で《鐵道省のマル秘情報》ときみ悪く書いてあった。
何だこのオカルトめいたサイトは。
俺の疑問をよそに翼は目的のページを見つけこちらに見せた。
「あった、これだよ 」
そこには《鐵道省のやりすぎ研修の実態》と書いてある。
「何これは? 」
都市伝説かよ。
「えーと 」
俺はひとまず翼が言っていた最初の訓練についてのまとめを読んだ。
《ーー研修生は最初機関士の訓練でも車掌の訓練でもなく陸軍の基地で訓練が行われる。》
「これが本当なら何で白棚さんは言わなかったんだ? 」
鐵道省の研修でやるのなら説明があるはずだ。
「あっ! 」
翼が何かを思い出したかのように呟いた。
「どうした? 」
「もしかしてこれじゃない? 」
翼は中央鐡道學園のサイトに戻り《研修生の予定》のリンクをタップした。
そこには《ーーなお、鐵道大学公安科入学希望者は立川駐屯地での実習あり》と書いてあった。
研修内容について詳しく書いてないとはいえ多少の情報はあるようだ。
「多分これのことだよ、きっとあのサイトを書いた人は公安科を選んでたんだよ 」
「なるほど、それもそうか流石に全員が受けるわけないもんな 」
よくよく思い出してみると白棚さんが受けたい研修を自分で選択することが出来ると言っていたような気もした。
「うん、ありがとう 」
翼は今までの不安が取れたかのように笑顔で答えた。
俺もそれを見て安心してフフッと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます