参番線 上野駅通過
《まもなく、神田、神田です。お出口は右側です。山手線、京浜東北線、営団地下鉄銀座線はお乗り換えです。》
駅に着くと同時に201系の電気子チョッパ制御から鳴る特徴的なブーンという音が鳴り止み扉が開く。
ふぁ〜、にしても今日はねむいな
省庁大学校入学研修プログラムに参加するにはまずレポートを書かなければならない。
そのレポートを1週間寝る間を惜しんで書いていた俺はもう眠くて眠くて仕方がない。
ホーム備え付けのエスカレーターで一度改札階に降り、上野方面の電車に乗り換えるためにまたエスカレーターを登る。
直接乗り換えられる歩道橋を作ればいいのに。
高校生活が始まってから約1年間、歩道橋があればどんなに楽かと考えなかった日はない。
入省したら神田駅に歩道橋を作ろう。そうすれば上野方面に行くお客さんは間違えなく喜ぶだろう。
入省後にやることその一を考えニヤニヤしている内にホームに着いた。
ガタン、ガタンガタン
時刻は7時46分ちょうど省線京浜東北線の901系が入線してきた。
ピカピカのステンレス製車体に青22号の帯そして屋根と青帯の間にビシッと黒色の帯が引いてある未来感満載の車両だ。
901系は鐡道省が新系列車両として開発した試作車両で車体はオールステンレス。開発目標である『重量半分・価格半分・寿命半分』を計算上達成しさらには2シート工法の採用によりコルゲートも無くなった。
そしてこの901系は量産され......なかった。採用されなかった理由として価格半分を実現するには大量生産が必要だったこと、鐵道省では古い鋼製の車両が現在でも数多く使われていることから「最初から丈夫に作っていれば50年はもつ、それに新規採用のステンレス車両は信用ならない」と言う何というか変化を好まない日本らしい理由で量産には至らず、試作された3編成のみが細々と走っている。
結局は901系のデザインをそのまま普通鋼製にした209系が量産された。
だが901系を意識しているのか塗装だけでも先進的にしたかったのか、シルバーをびっしりと車体に塗りそこに青22号の帯を2本という塗装になっている。
じゃあステンレス製でよかったじゃん!
ここが変だよ鐵道省、明らかにコストをかける部分を間違っている。
スーーガチャ
鋼製の車両と違う軽いドア開閉音は何だか違和感がある。
普段ならこの時間京浜東北線は空いているはずだが、昨日のデモ隊が起こした暴動により朝から他線は遅延中のため混んでいて座れない。
少し眠りたかったがしょうがないか。
窓側に近い吊革を持ち、スマホで次に聴く曲を決める。
スーーガチャ
先ほどと同じ頼りない音と同時に扉が閉まる。
ちゃんと閉まってるのか?
901系に搭載された三菱GTOから鳴り響くだんだんと高くなる音と共に音楽の再生ボタンを押した。
《次は、上野、上野です。お出口は右側です。新幹線、宇都宮線、高崎線、常磐線山手線、営団地下鉄銀座線ーー》
むにゃ......ん?
「はっ! 」
春でも暖房をつけて過ごしやすいせいなのか人が多く温度が上がっていたせいなのか俺はつり革を持ちながら立ち寝していた。
起きてすぐの指先に力が入るはずもなく、つり革を持っている手は上野駅直前の緩やかな右カーブの揺れに耐えきれず体がドアへと投げ出される。
脳で考えるより先に反射神経がはたらき、思わず目を瞑ってしまったがこれでは無闇に手を前に出すこともできない。
もし目の前にいるのが女性だっだら…
考えるだけでも恐ろしい。
俺は、ドアにぶつかるまで秒読みすることくらいしかできない。
コンマ1秒ごとにドアが近づいてくる感覚。
やばい…
額が壁を捉え変化することなく進んでいく。
くそ! せっかく意気込んだのに朝からこれかよ。
そう考えるとなんだか怒りがふつふつと込み上げてくる。
あぁこれはぶつかるな。
俺はすでに痛みを受け入れる体制に入りさらに固く目を瞑った。
ポフッ
へ?
柔らかいクッションに当たったような音と共に肩を軽く叩かれたくらいの衝撃が俺の体に走る。
「痛っ……くない? 」
「大丈夫? 大和 」
さっきの多少の痛みと込み上げた怒りさえも忘れさせてくれるこの声は…
「翼! 」
顔を上げるとそこには太陽のような笑顔があった。
「おはよう大和、朝から眠そうだね」
翼は胸元に水色の体操着入れを構え俺はそれに突っ込んだことで痛みを軽減することができたようだ。
彼は
黒髪ショートでぴょこんっとアホ毛が立っているのが特徴だ。毎朝髪を直しているらしいのだがここだけはどうしても跳ねてしまうようで歩く度にぴょこぴょこしている。
「ふふっ、こうゆう咄嗟の判断は得意なんだよふふふふ 」
翼は「フンス! 」と鼻息をたて、俺のことを見下ろす。
「そうか......」
少し誇らしげにしている翼は可愛いが、あの顔を見ると何というか少しわからせたくなる。
まあ今はいいか、神田駅にもうすぐ着くようだし。
「ちょっと、その...... 」
「ん? どうした 」
先ほどとは打って変わって何だか恥ずかしそうに辺りを見渡す翼。
「そろそろ手どけてくれないかなって 」
「なぜ? 」
「だって太ももがくすぐったいから 」
俺は現在顔は胸元、手は太ももに蹲っている。
翼の太ももはとても触り心地の良いムチっとした弾力とほんのりとした暖かさを兼ね備えている。
「なるほど......それは面白いことを聞いたな 」
おそらく今俺の顔は口角が緩んだニヤケ顔をしているだろう。
俺は両腕を翼のムチっとした太ももにロックオンして大きな深呼をする。
「ん? なにしてっ...... 」
翼が言葉を言い切る前に太ももにくすぐり攻撃を仕掛ける。
「きゃははは、ちょっやめ、ふははは 」
おっ効いてる効いてる。翼がくすぐりに弱いとはいいことを知った。
ドリルのように頭を動かし胸元の体操着袋も刺激した。
さらにくすぐるスピードを上げると翼は涙を流しながら俺の腰を力なく叩く。
「そんな力じゃ俺は止められないぞ? 」
「分かった、分かったから、あっ、あっなんか変な気持ちになって...... 」
やばい面白い。
もちろん俺はスピードを緩めるどころかさらに早く手を動かす。
「ほ、ほんとうにやめ、あっあっ//あぁ〜〜ん 」
変な声をあげながら翼は901系の灰色の床に膝から崩れ落ちた。
やばいやり過ぎた......
後悔すでに遅し、白い煙を出して放心状態の翼は下を向いて動かない。
「あの......翼さん、その大丈夫ですか? 」
この後の展開は大体予想できるだろう。
「や、や、や・ま・と〜〜 」
さっき俺のことを守ってくれたあの水色の体操着入れは今目の前で、俺を襲う凶器となった。
ポンポン、ポンポン
少し痛いが中身は体操着だからかあまり痛くはない。
「すまん、すまん、ついあの顔を見てわからせてやろうかと 」
「まったく、大和はそういうとこだよ、だから彼女もできないんじゃないの!」
ぐはっ。
痛いところを突かれてしまった。
まだ止まらない体操着攻撃に体は耐えられそうだが、心への攻撃はかなり効く。
「全くその通りでございます。申し訳ございません 」
俺がすごく丁寧な口調で翼の目を見ながら謝ると攻撃が止んだ。
すると翼は頬を赤くする。
「ちょっ、ちょっと顔近いよ 」
「男同士なのに変なことを気にするやつだな 」
俺がそう言うと翼は呆れた目をして言う。
「やっぱりそう言うとこだよね。大和は 」
え、俺なんかしたか?
「何でもないよ。何でも 」
翼はやけに含みのある言い方をした。
ふとドアの右上にある電光掲示板を見て俺は翼の両肩を揺らしながら言う。
「翼! もう上野駅過ぎてるぞ! 」
「ほんとだ、もう鶯谷に着いてる 」
俺はさっき翼に当たった時の衝撃で外れたイヤホンをクルクル巻にしてポケットに突っ込む。
ーープルプルプルプルーー
《発車します。閉まるドアにご注意くだ……》
閉まる寸前、翼と俺は901系を飛び出した。
「よかったな翼、あのまま俺が気づかなかったら日暮里まで行くことになってたぞ 」
翼の肩をぽんぽんと叩くと俺のことを覗き込み顔を可愛いく顰めながら言った。
「まったく、『よかったな!』じゃないよ 」
俺たちは3号車付近の跨線橋を登り1、2番線ホームに移動した。
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