弐番線 通学路、 異常なし

 ピピピピピ......。

 「んっ…もう朝か 」

 けたたましい目覚まし音と共に俺の朝は始まる。まだ完全に覚めきれていない体を無理やり起こし、ゆっくりとベッドから出る。

 「ふぁ〜… 」

 カーテンを開けると、一気に部屋に入ってきた太陽の光が俺を照らした。天井に手が届くくらい大きく手を伸ばし万歳の姿勢で体を伸ばして眠気を吹き飛ばす。これで大体80%の眠気は取れる。

 「ご飯できたわよ〜 」

 早々と制服に着替えて洗面所へ。口を濯ぎ顔を洗って残り20%の眠気を飛ばす。

 「おはよう〜 」

 「おはよ…う? 」

 ゆっくりとした口調とは裏腹に、タンクトップ一枚にエプロンという凄い着こなしをしているのが"甲武こうぶ さくら" 俺の母親だ。普段はピンク色の髪の毛を腰まで伸ばしているが、料理をするときは髪の毛をまとめてポニーテールにしている。タンクトップが小さすぎてエプロンだけ着ているようにしか見えない。

「なぜ服を着てないんだ 」

 手を額に当てながら呟くと

「だって暑いんだもん、本当は全裸でいたいくらいよ」

 とただでさえ薄いタンクトップをパタパタさせて空気を入れている。

 それをなるべく見ないよう机に向かい着席するとほぼ同時に料理が全て運び終わり母も席につく。

 「「いただきます 」」

 手を合わせ2人で同時に食べ始める。

 今日も朝から米がうまい!おかずの鮭と食べるもよし、熱々のお味噌汁で流し込むもよしのまさに日本人の魂だ。

 「ねえねえ昨日は大丈夫だったの? 」

 昨日家に帰ったのは午前1時を回った頃で、流石に家族全員が寝ていた、なので昨日あったことを話していないのだ。

 「多分ニュース見た方が早いよ 」

 左のお味噌汁の入っている器のすぐ近くのリモコンを取りすばやくテレビの電源をつける。

 普段からニュース番組ばかり見ているので電源をつけると最初からニュース番組が映っていた。

 《続いてのニュースです、昨日上野駅で起きたデモ隊の暴動についてですが、先ほど鐵道省てつどうしょうは…》

 昨日起きた暴動の映像を流しながらアナウンサーの女性が滑らかに内容を読み上げる。

 スタジオにいる専門家数名と陸軍省関係者が、 「デモ隊が犯行時刻を予告しておきながらなぜ対処できなかった」

 「線路侵入を許すとは何事か」

 「貨物の遅れは国家の存亡に関わる」

 とか、当事者である鐵道省関係者がいない中、憶測と偏見のみで話が進む。

 さすがに国家に関わるとか大袈裟すぎるだろ!

 このところ鐵道省はデモ隊による妨害行為によってダイヤ通りに車両が走らないことが多々あるため国民からはあまりいい目をされていない。それにデモ隊の訴える、航空網の更なる発達に国の予算を割けと言う意見に賛同する人も一定数存在するためデモへの参加者も増加している。

 テレビではちょうど鐵道公安隊の発砲とバリケードが崩壊した部分を何度も流しながら

 「何と情けない」

 「これで鉄道を守れるのか」とアナウンサーの解説そっちのけで専門家たちは話している。

 「銃! 大丈夫? 当たらなかった 」

 「当たってたらここにいないよ! 」

 とツッコミを入れる。母は少し天然なところがあるので心配だ。

 「そう、良かった 」

 母の見せた優しい顔に当てられ思わず頬が赤くなってしまう。

 赤い頬を隠すようにご飯を口にかっこむ。

 「あっ、そんなに焦って食べると...... 」

 「うっ 」

 「言わんこっちゃない 」

 右手でガラス製のコップを取り水を喉に流し込む。

 危うく朝から死ぬところだった。

 「ごちそうさまでした 」

 お皿を軽く水で流しキッチンに備え付けの食洗機に入れ洗面所で歯を磨く。今日は父も妹も家にいないのでいつものように洗面所が渋滞することもなく快適だ。

 荷物を取りに一度自分の部屋に行くため2階に続く階段を登る。

 太陽の光が部屋に張り巡らされた鉄路に眩しく反射する。

 椅子にかけてあるバッグに母が作ってくれたブルートレイン色の布に包まれた弁当と皮でできた丈夫そうな紺色の筆箱を入れてチャックを占め、机に飾ってあるC53の大きめな模型を軽く眺めて部屋を出る。

 「いってきます 」

 リビングにいる母に聞こえるように少し大きめな声で言うと

 「いってらっしゃ〜い 」

 と腕だけを扉から出し手を振る。

 ガチャリ

 4月朝の暖かい風が俺の体を優しく撫でるとさっき目覚めたはずなのに瞼が重くなる。

 通学路はいつもと変わらず、この時間にはあまり人がいない。

 駅につきホームで省線中央線を待っていると、オレンジバーミリオンに身を包んだ201系が音を立てながらホームに滑り込んできた。

 鋼でできた車体に隅々までびっしりと塗り込まれたオレンジバーミリオンの車両は子供の頃から変わらず中央線を走っていて、なかなか引退しない。

 変わったことといえばホームが延長され12両編成に対応したということぐらいか。

 目の前でスピードを落としながら過ぎていくオレンジ色の201系は途中で銀色を挟みまたオレンジにというチグハグな編成になっている。

 最近追加された二階建て両扉グリーン車のサロ233形は試験的にステンレスで作られており、銀ピカにオレンジ帯であまり重厚感はないがこれでも耐久年数は向上するらしい。だがバーミリオンオレンジ一色ではない編成は見慣れないからか違和感がある。

 この時間帯の中央線は相変わらず混んでいるが気にせず乗り込む。

 俺の名前は"甲武こうぶ 大和やまと" 都内の高校に通ういたって普通の高校生だ。

 そして好きなものは鉄道だ。

 おっと鉄道好きだからといって他に興味が全くないわけではなく流行りの音楽やアイドルグループなんかも一応は知っている。

 鉄道好きと言っても、ダイヤグラムの本を隅から隅まで読んで覚えたりしているわけでわないし臨時車両が走る日に学校を休んでまで写真を撮りに行くというわけでもない。

 小さい頃は外球技、中学生の頃はバドミントンをしていた。

 俺の将来の夢?

 もちろんそれは鐵道省へ入省することだ。

 なぜかって?

 そりゃ鉄道が好きだからだし徴兵されずに平和に過ごせるからだ。

 日本には「20歳以上ノ國民ハ2年間ノ福祉義務ヲ有スル」と言うものがある。ここでいう「福祉」とは徴兵のことだ。

 2年間、陸軍か海軍の鬼のような訓練を受けろと?

 無理無理、俺は機関士か車掌、それか駅で乗客案内をして鉄道と触れながらのんびりと過ごしたい。

 だが20歳以上の全員が徴兵されたら国が成り立たないだろ?

 これには続きがある。

 「タダシ、指定ノ職務或イハ役職ノモノハコレヲ免除スル」ここで言う指定の職務というのは、生活インフラに携わる職業や学校の先生、そして各省庁が運営している大学に在籍する者だ。

 まあ他にも色々免除の対象はあるが、一番確実なのは鐵道省に入省するか中央鐡道大學に入学することだ。

 だがもちろん各省庁の運営する大學に入学するのは難しいし、ましてや20歳くらいで入省するなんてもっと難しい。

 そこで俺はこれに参加しようかと思っている。

 それが『省庁大学校入学研修プログラム』略して省大プログラムだ。

 このプログラムに参加すれば各省庁が管理している学校で専門知識を学び、講習を受けながら実際に働いて実践的な力を短期で習得できるのだ。

 そして研修を終えれば各省庁の大学校に入学することができる。

 つまり好きなことを体験しながら徴兵も免除される。

 最高じゃないか、それにこのプログラムに参加していれば、鐵道中央大學に進学することも可能だしもしかしたら鐵道省へ推薦入省できるかもしれない。

 俺にとってはこのプログラムに参加しないことの方が考えられない。

 こんなことを言ったら厳重注意されるかもしれないが徴兵なんてまっぴらごめんだ。命を張って国を守るなんて俺には到底考えられない。それに陸海軍の派閥争いは好きじゃない。

 とにかく鐵道省で何事もなく平和に過ごしていくことが俺の目標だ。

 ちょうど今日は省庁大学校入学研修プログラムレポート提出日だ。

 だから今日はいつもと違い学校に行くのが楽しみでもあり少し不安だ。

 そんな自分にかつを入れるために両手で顔を軽く叩いた。

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