第壱章
壱番線 未来へ向けて、出発進行
「あれじゃないか?」
「あれがデモ隊さん?」
「そうだ間違えない、耳をすませてみろ」
ここは上野駅から徒歩3分、入谷口を左に曲がり3段ほど連続したスロープを駆け上がった場所にある両大師橋だ。
「あっ本当だ 」
翼は耳に右手を当てながら言った。
「鉄道の時代は終わった 」
「中央新幹線など無駄だ!」
「税金を航空機開発に使え!」
というデモ隊お決まりの罵声が聞こえてくる。
学校の帰り上野駅周辺でデモ隊が「本日午後10時ヨリ鐵道省へノ抗議ヲ開始ス」というポスターを配っていたのでそれを観察しにきた。
デモ隊なのに実に律儀だ。
ポケットからスマホを取り出しデモ隊のライブ配信を見る。
現在は上野駅中央改札付近で抗議しているようだ。
この時間帯の上野駅はまだまだ通勤客もいる。
撮影者に対して文句を言う乗客もいた。
俺だったらデモ隊に関わらないように絶対避ける
しばらくはただ騒いでいるようだったが徐々に集団は駅の中へ流れて行き午後10時21分には三相の像辺りまで来ていた。
時折通勤客とデモ隊でぶつかり合い中継中のカメラマンにぶつかり映像が何度も揺れる。
「よく見えない…」
翼は俺のスマホの画面を熱心に見ようと頭を突っ込んできたため、もう少しで翼の黒髪の艶やかな毛が当たりそうだった。
"スンスン"
なんかすごい良い匂いがする。
シャンプーなのかリンスなのかはわからないがとても懐かしい匂いだ。
「なっ! 嗅いだ…?」
顔を真っ赤にした翼が頭を隠すように手を置き立ち上がる。
「すまんすまんついな、つい 」
「まったく…さっき走って汗かいてるかもしれないのに…」
最後まで声がはっきりせず声は小さくなっていきモジモジしている。
「大丈夫!大丈夫!俺はそんなこと気にしないから! 」
しゃがみながらも全力で、翼の目の前まで手を伸ばしgoodとハンドサインする。
翼さは軽く髪に手を入れ整えながら
「僕は男だっていってるのに...... 」
と頬を赤らめる。
ファーーーン
橋の下を見ると15番ホームに入線しようとしている省線宇都宮線の115系が警笛を鳴らしていた。
なんで隣のホームの車両が?
その答えを理解するのに時間はかからなかった。
宇都宮線14番ホームの先端まで歩いていたデモ隊がパラパラと線路に降り始めていたのだ。
え?なんで?
まだまだ営業時間中の上野駅には至る所に車両が止まっていた。
そりゃこんな状態じゃ危なくて走れるわけないか。
「おい翼!デモ隊線路降りて歩いてるぞ!」
「ここからも見えるよ!」
画面から目を離し橋の下を見る。
そこには、次々とホームから線路へ降り隊列をなし鶯谷方面へ歩くデモ隊の姿があった。
これまずくないか?
だが橋の後ろから
「直ちに止まりなさい!」
というメガホンのハウリング混じりの声が聞こえてくる
これはまさか!
「翼......」
後ろに行こうと目で伝えようと翼を見つめる。
「ん?なに?」
伝わらなかったようだ。
「後ろ行くぞ!」
少し恥ずかしくなりササっと反対を向く
「ちょっと待ってーー 」
翼が何か言う前に橋の反対側へ走った。
橋から数メートルほど先に鐵道公安隊がバリケードを作っていた。
バリケードは何度も修羅場を潜り抜けたようで「鐵道公安隊 」文字は削れ、鐵道省のシンボル鐵輪マークは金色のメッキが剥がれ銀色が見えていた。
バリケード後方にいる隊長と思われるメガホンを持った男性の
「直ちに止まりなさい、この指示に従わなかった場合実力行使に移ります 」
という丁寧な言い方と裏腹に鐵道公安隊が銃だけをバリケードから構える。
銃口はスポットライトの光を反射し公安隊員が着る紺色の制服に映えている。
行進の速度が少しづつ落ちバリケードと5メートルほど離れた場所でデモ隊が止まった。
このままデモ隊が撤退するのだろうか。
銃構えた相手に素手で敵わないよな…
しかしデモ隊は顔色ひとつ変えず、右肩にかけたショルダーバックから一本の瓶を取り出した。
まさか
脳で予測した瞬間に目の前で答え合わせが始まった。
シュルルルーーー パンッ
導火線に火がついた音とほぼ同時に大きな破裂音が聞こえる。
「きゃっ!」
翼の悲鳴と共に
「総員発射用意」
先ほど指揮を取っていた男性の声が聞こえる
10秒の猶予の後
「打て!」
と言う若干音割れした声と共にトリガーにかけていた指に力を入れ銃口から弾丸が飛び出す。
「ぐぁっ 」
前方にいた数十人が一斉に倒れる。
「ひぃ〜〜なに、なに? 」
翼も驚いて悲鳴をあげている。
おそらく撃ち込んだのは催涙弾だろう。
だがあの距離から打たれたら相当痛いのは想像がついた。
催涙弾がデモ隊に打ち込まれ白い煙が上がる。
ゲホ、ゲホ
風の影響でこちら側にも煙が巻き上がる。
俺はタオルで口と鼻を押さえ目を閉じる。
目を開けるとデモ隊の何人かは倒れてもがいていた。
「勝負あったな 」
「うん、それじゃ帰ろっか 」
俺と翼は携帯をポケットにしまい帰りの準備をする。
カンッ
えっ?
「ふざけるな 」
「暴力に屈するな 」
デモ隊はバリケードにバラストを投げ込んでいたのだ。
鐵道公安隊の鉄製バリケードはより一層凹み、先ほどより広範囲の攻撃は公安隊から視界を奪った。
それに一瞬怯んでしまい、その隙をついてデモ隊はバリケードを突き破った。
時刻は午後10時33分、先程まであったバリケードが破壊されデモ隊はどんどん進んでいく。
先ほど投げた火炎瓶やバラストの影響で公安隊そしてデモ隊にも怪我人が出ていた。
はちゃめちゃだ鐵道公安隊が止められない以上どうするつもりなのだろうか。
すると鶯谷へ向かう緩やかな左曲線からポォォという汽笛と共にデモ隊に向かって一筋の光が迫ってくる。
ん......なんだ?
すると大量の蒸気を放ちながら近づいてくる車両が見えてきた。
おぉぉぉーー!
俺は思わず声をあげた。
あれは9600型!
「それに、あの車両は…… 」
9600型の前に連結されている車両に俺は興奮を隠せない。
「きゅっ、九四式装甲列車ーー? 」
現役を引退して奉天鉄道博物館に展示されていたはず。
なぜここにいるんだ?
それに陸軍の鉄道部隊を見るのは初めてだ。
大量の蒸気にゴホゴホとむせているデモ隊をよそに、客車から十数人の隊員たちが銃剣を構えながら出てきた。
おそらく中身は実弾、撃たれたらアウトだ。
隊員たちは道を作り微動だにしない。
ガチャッという重厚な扉が開く音と共に客車からカーキ色の軍服を着た美人がランウェーショーのようにゆっくりとそして威圧を放ちながら歩いてくる。
星の印がついた帽子を被り。腰あたりまで伸びた黒髪。
そして特に目を引くのが大きく膨らみ今にもはち切れそうになっている胸元。
思春期真っ盛りの俺にとってこの女性はだいぶ刺激が強い。
「どこみてるの?」
翼に釘を打たれる
列を成していた男たちは火砲車についている階段を素早く展開させ列に戻った。
コツ、コツ、コツと階段を登り砲の少し後ろで仁王立ちしている。
その際腕を組んでいたので、先程の胸元がより強調されていた。
先ほどまで騒いでいたデモ隊も雰囲気に圧倒され視線が釘付けだ。
メガホンを左手に持ち
「直ちに武器を捨て我々に同行しろ 」
と重く冷め切った声で警告する。
先ほどまで圧倒されていたデモ隊は時が動き出したかのように叫ぶ。
「何が同行しろだ!」
「陸軍は鐵道省への干渉をやめろ!」
「この平和な時代に武器増やしてんじゃねぇーー!」
と火炎瓶とバラストを投げつける。
先ほど階段を準備した隊員と女性で何か話している。
「これ以上ダイヤを遅らせるわけにはいきません。それにこの車両はーー 」
女性は隊員の口に手をかざす。
「分かっている、あれを使うすぐ準備しろ 」
すると隊員は少し考えた表情をした後にすぐ返事をした。
「了解しました。直ちに準備します 」
隊員は指揮車まで素早く移動し何やら操作をしている。
デモ隊はバラストや数発の火炎瓶を投げ込んでいたが、火砲車には一切傷がついていない。
ウィーン、ウィーン
なんだ?
良く見ると火砲車前方にある機関銃が斜め右の資材置き場に照準を定める。
女性が腕を振り下ろす。
「撃てー!」
ダダダダダ、ダダダダダ
と銃弾が作業小屋に撃ち込まれる。
現代日本でこんなことあっていいのか?
デモ隊は投石をやめ何人もが腰を抜かして倒れていた。
だがまだ何人かは火炎瓶の準備をしている。
「なかなかしぶといな」
女性の目は冷徹だったが口元が少し微笑んでいた。
俺なら鐵道公安隊が出てきた時点で逃げている。
カチカチカチ
歯車の動くような音と共に火砲車に搭載された高射砲の砲身が上を向く。
「射角よし!打て!!」
ドカァーーン
その空気弾は橋の上で様子を見ていた俺たちを貫いた。
あまりの衝撃に驚いた俺と翼は共に尻餅をついた。
砲身からたなびく白い煙。
映画や歴史の映像じゃないんだぞ?
本物の砲音をこんな近くで聞いたことあるわけがない。
デモ隊もこの経験は初めてだったのだろう。
腰を抜かしている者、背を向けて助けを求める者、火炎瓶を落として線路の周りが燃えている場所もあった。
静けさがその空間を満たし、静止画のように固まった世界であの女性だけがゆっくりとメガホンを車体に置き大きく息を吸い込む。
そして静寂は破られた。
「貴様ら!鉄道はなぁ!國を守るための要なんだよ!その鉄道を貴様らの勝手な思想で停止させ、必要物資の到着を遅らせたぁ!國防を舐めんじゃねえ!」
もう抵抗している人はその場におらず駅に引き返す者線路から出ようと左右に移動する者とデモ隊はすでに列を崩していた。
周辺一帯は当然のことながら陸軍と警察に囲まれていて逃げ場はないようだ。
あちこちで「確保!」と言う声が聞こえてきた。
「直ちに線路を復旧する。総員かかれ 」
先程女性と話していた軍人がそう指示すると、機関車後方に連結されているチキ1500から物資を取り出し早々と作業を開始していた。
到着した消防車によって火炎瓶で起きた火災を消火し救急隊員は負傷したデモ隊や公安隊員達を担架に乗せ救急車に乗せていた。
「よし、そろそろ帰るか 」
「うん 」
翼は早くここから離れたいようだ。
「ん?」
ふと視線を感じ橋の下に目を向けると先ほどの女性と目があった。
・・・・・・
「どうしたの?」
「んっ?なんでもないよ」
そういえば、帰りの電車は…
スマホでルート検索をすると【線路侵入により一部区間運休】の文字
時刻は午後11時3分、こりゃ帰るのが遅くなりそうだ。
スロープを降り入谷口のエスカレーターに乗る。
《現在線路侵入の影響で一部区間が運休または遅延となっております。お急ぎのところお客様にはご迷惑をおかけしており、誠に申し訳ございません。現在運休の路線は…》
山手線か京浜東北線どちらかがすぐ来てくれるとありがたいな。
入谷通路を歩いていると隣からスーツを着た男性2人が走ってきた。
「今止まってる京浜東北線逃したら次30分後だってよ、急ぐぞ」
「待ってくださいー」
《…京浜東北線は11時5分ごろの発車を予定しております。山手線は…》
ちょうど放送が聞こえてきた。
11時5分?
俺は左腕につけている時計を凝視する時刻は午後11時3分。
やることは決まった。
翼の腕を掴みぐいぐい引っ張る。
「どっ?どうしたの?えっちょ」
「時間がない、行くぞ!」
入谷通路を走り抜け、入谷口改札を颯爽と通過する。
公園口通路をまっすぐ進み、転ばないギリギリのスピードで階段を駆け降りる。
京浜東北線4番ホームに停まっている青22号に包まれた省電103系が目に入る。
《まもなく、4番線京浜東北線発車いたします。駆け込み乗車はおやめください。》
ブルブルブル
やばい、ブザーがなっている。
「飛べ!翼」
「へ?なっ?あっ!」
翼の腕を掴んだまま俺は黄色い線の内側から飛び込んだ。
飛び込みと同時に扉は閉まり定刻通りに出発する。
「セーフ」
「アウトだよ!」
電車内にはあまり人もおらずぶつかることはなかったが、当然目立ちこちら側に視線が集まる。
《駆け込み乗車は大変危険ですのでおやめください》
「「はい、すみません」」
俺と翼は心の中で謝った。
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