第31話
翌日、晶は薄ら寒い玄関で二階堂を待った。理数クラスと芸術クラスは離れているから、教室まで行くよりも学年で使う玄関で待ち合わせた方が楽なのだ。
しかし、日陰の冷たい石作りの玄関で待っていると、晶の太ももは鳥肌が立ち膝が震えだした。
外の明るさを見て、晶は堪らず玄関から飛び出した。
シュロの木が伸びる中庭の日向に入ると、袖からかじかんだ手を出し陽の中に差し入れた。
明るい所から玄関を見ていると、何人か出てきたが二階堂ではない。晶は、陽に当てた自分の手をしばらく見つめた。
無心で陽に当たっているとゴウゴウと音がして、南風が吹き抜け粉塵を巻き上げると、何処かの看板が倒れる音がした。
口を閉じて鼻から息を吸い込んだ晶は、どれくらい砂を吸い込んでいるんだろうと思ったが、口の中がジャリジャリするよりはマシだと考えた。
ふいに裏門へ目を向けると、桜が一斉に散っている。花吹雪とはこういう事かと思う程だ。
晶は持ち歩いている小さなカメラを取り出して、慌てて何枚か撮った。撮影しているとさっきの瞬間が一番撮りたかったと思う。
やがて地上は治まって、積もった花弁が車の往来で微かに巻き上がるだけになった。
もう何も起こらない桜の木の下で晶はボーッとなった。また風が起こるのかそれともこのままなのか。次を待っていたいような気もするのだ。
腕を組み、なんとなしに離れられないでいると、校舎から出てくる群れの中に細長い人間がいて、髪型や歩き方、その輪郭に見覚えがあった。
晶は駆け寄って、二階堂だと確信した距離で笑顔になった。しかし、二階堂の姿がはっきり見えると、立ち止まって目を凝らした。
肩に掛けたカバンの持ち手で紺色のセーターが引っ張られ、中のワイシャツも同じ方向に突っ張っている。Vネックの綺麗な三角は崩れて、生身の人間が着たいかにも動きのある形をしている。
白いワイシャツは、影にいるせいか青く美しい。細い首がそのワイシャツから、スッと伸びている。
服の下にあっても二階堂の成長途中の骨が透けて見えるようだった。鎖骨から下あたりの薄い肉付きは、まるで十六才の象徴のようだ。
もうこの二階堂には二度と会えない気がする。時間は止まらない。そう直感して、晶はどうにかしてこの瞬間を自分のものにしたいと思った。
「ごめん、ちょっと止まって」
晶はそう言うと、写真を撮った。正面、左右斜め、上から下から。二階堂は、周りをうろつく晶を不思議そうに眺めて腕を組んだ。
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