第32話

「腕は下げててくれる?」と、晶が言うと二階堂は困ったような顔をした。

「――ねぇ、怖い。どうしたの」

 耐えかねると言わんばかりに二階堂はシャツの襟をしっかり閉じて言った。無言のまま夢中になっていた晶は「確かに」と思った。


「――雰囲気をつかみたいんだよね」

 一言言うと、晶はまたカメラを構えた。すると、二階堂は晶の手首を軽く捕まえて言った。

「岩合さん、ちゃんと説明してよ」

 

 相手が何を求めているのか、自分が何をしたいのか。晶にはわかっていた。だけど、いつだって言葉にするのは難しい。


「なんて言うのかな。――体の線ていうか、若さっていうものが醸し出される時やその状態みたいなもの、そういうのを掴みたいというか。なんで若さって見えるのかなみたいな感じ――?」

 頭の中にある事の半分も表せてない気もしたが、自分の中にあるイメージに追いつこうと晶はなんとか説明してみた。

 二階堂は、うんうんとしっかり聞くと、「なんか言いたい事分かる」と言った。そして、「それで、私に若い人特有の雰囲気があるんだね?」と、良い感じに理解していた。

 二階堂と話ていると伸び伸び出来て、自分の考えている事を口に出しても大丈夫だと晶は感じられる。一緒にいるといつも空が高かった。


 風が吹く度、裏門の桜は散った。見ている間は、限りがないような気がするほど花びらが辺りを染めた。

 二階堂は、桜が舞うのに気づいて裏門を出て薄桜色になった道を見回した。春の風情にすっかり心を奪われ、桜の木の下に入って手を伸ばしている。

 歯を見せて大きく笑って、寝癖で跳ねた髪が揺れる。

 晶はその様子をしばらく眺めて、写真を数枚撮った。今見ている光景と同じぐらい、花柔らかな春の陽光きらめく瞬間を、絵に描けるだろうか。

 心を動かすものを見ると晶はいつもそんな風に思った。

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夕陽から飛びだして来い 山と空 @kogumaza

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