第29話

 午前十一時、春の日差しで教室内がすっかり温まり、黒板の前に立つ先生もどこかぼんやりしている。

「いやぁ、なんだか今日はいかんね。陽気につられてやる事忘れちゃう」

先生がそう言うと、生徒は共感の笑いで答えた。

 晶も一緒になって笑っていると、後ろの席の人から肩を軽く叩かれ振り向いた。

「これ」と、囁くと小さく折り畳まれた紙を渡してきた。

 宛名の「晶へ」と書かれた二文字で、二階堂からの手紙である事が分かる。

 二階堂は、理数クラスの生徒で、入学して以来関わる機会がほとんどない中で知り合った人物である。

 ある日、朝礼で立ちながら居眠りをしていた二階堂が晶に倒れかかってきて、介抱したのがきっかけだった。それからたまたま一緒に帰ることになって、校内でちょぼちょぼ口をきくようになって、気づいたら仲良くなっていた。

 廊下を通ったのかな、晶は教室のドアを見つめた。もう誰もいなかったが、通路側にある壁の足下部分の扉が開いていて、どうやらそこから手紙を人に託したようだった。

 二階堂のいつでも気楽さを忘れない性質は、晶にいつも自分たちのままで過ごしていて良いのだと信じられる安心感を与えた。

 手紙には果たし状のような文言とフォントで、昼に屋上で待っていることが書かれていた。一緒にお昼を食べようという事だ。晶はクスッとして、折り目通りに手紙を畳んでポケットに入れた。友達がくれた物は、なるべくその人の作った形のままで取って置きたいと思う晶だった。


 昼、屋上の重たいドアを開けると、南風が一斉に吹き込んだ。温かい風が髪を吹き上げて、目には砂埃が入って、晶は思わず両手で前を遮った。

 風が止むと、晶は目を開けて屋上を見渡した。青空が広がり、白い壁は太陽の光を受けて反射している。

 二階堂は、淵沿いにあるベンチに腰掛けていた。誰もいないから好きなだけ足を伸ばしてグラウンドを眺めている。

「おーい」

晶は近づきながら声を掛けた。二階堂は片目をつぶり、眩しそうにこちらを見ると、笑顔になった。

 二階堂の隣に腰掛けて、しばらく黙って日差しを浴びた。


「気持ちいいね」と、晶が言うと、

「――うん」と、二階堂は顔を上げて言った。 

 

 二人の間に置いてあるサイダーのペットボルに陽が差し込んで、炭酸がキラキラしているのが見えて、晶はずっとこのままでいたいと思った。

 

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