第11話
そうかと言って、いつまでも知らん振りをするのは失礼だと晶は思った。それにどうやら悪さをする者でもなさそうなのだ。
さっきから、体の左側を温めてくれている。窓側からの日差しよりも、包み込むような柔らかい熱だ。
なんて話しかけたらいいのか分からなくて、晶はなんとなく言ってしまった。
「――いいお天気ですね」
小鬼は満面の笑顔で、小指から出す温かい光をさらに輝かせた。
晶は体を起こしてあぐらをかくと、小鬼と向き合った。自分に当ててくれる光を真正面から受けた。
小鬼の赤橙色の体を覆う揺らめく蜃気楼、小指から出ている透き通った白金の光、見た事のない美しさである。
晶は自分に向けられた光に手を当ててみた。小さい頃にはよく感じていた母の体温みたいにホンワリしている。考え事や心配事が無くなるような空が心を占め、光に触れて何分も経っていないのに、気分は長閑な春日向のようだ。
「――母君は極楽で柿の実を摘んでは、友達とお喋りをしながら干し柿を作っているよ」
記憶を透かしたように小鬼は言った。
晶は、急所を突かれたように崩れ落ち、泣き出した。大粒の涙が眼鏡に伝って池のように溜まっている。
楽しく過ごしているんだ。友達もいるんだ。晶は母の干し柿を作る姿を頭の中で思い描いた。そして、小鬼の言葉を頭の中で繰り返した。
嬉しくて、満足で、これでもう大丈夫だと思った。何が大丈夫なのかは分からないけど、落ち着ける、居てもいい場所を見つけた時のような安堵感で一杯だった。
それに、永遠を信じていられた頃の天真さや喜びが、今日また自分の中で息を吹き返したようだった。本当の自分のような気分だ。
眼鏡を外して泣いている晶の背中を、小鬼はゆっくりさすった。その手の温かさから、優しさ以外の何ものも混じっていない気配を感じて、晶はもっと泣けてくるのだった。
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