第百七話 訣 別 (けつべつ) Ⅰ
ラジャンは話し終えるが早いかすぐさま場を去り、アシュヴァルとシェサナンドの二人も、バグワントに引きずられるようにして謁見の間を出ていってしまった。
ローカもまた女たちに連れられ、奥の間へと下がっている。
話したいことはあったが、女たちに「もう遅いからまた明日」とたしなめられては断念せざるを得ない。
屋敷を後にしたもののすぐに引っ込む気分にもなれず、少年は少しだけ里の中を歩いてから離れに戻ることにした。
「一緒に旅に出たい」
本人の意見を聞きもせず一方的に願望を言い出したことを、彼女はどのように受け止めただろうか。
もしも一緒に行くことを拒まれたら、あるいは彼女が別の道を望んだのなら、自身はどんな道を選び取るべきなのだろう。
さまざまな懸念が頭をよぎるが、思い悩んでも仕方ないことと無理やり己を納得させる。
辺りは黄昏時から夜へと移り変わる途中の、蒼然とした薄闇に包まれ始めている。
すでに屋外に人々の姿はなく、道沿いに軒を連ねて建つ家々の中からは薄明りが漏れていた。
里の中ほどにある戦士たちの稽古場を兼ねた広場に足を向ける。
その中央まで進み出ると、腰帯に差していた剣を抜いた。
剣は、いまだともにある。
ローカの首輪を断ち切ったのち、ラジャンは鞘に収めたそれを変わらずの大ざっぱな手つきで投げてよこした。
「くれてやる。もう飽きたと言ったろう」
取り落としそうになりつつも投じられた剣を受け止めた少年に対し、彼は物憂そうに言い放つ。
分不相応とも思えるそれを手にすることにためらいを覚えなくもなかったが、この剣があったからこそ鉱山の人々を救う手助けができたという事実も否めない。
両手で鞘を握り締める様を目にし、ラジャンは続けて言った。
「よいか、小僧よ。戦士の真の武器は剣ではない。無論、爪でも牙でもな。戦士の持ち得る唯一つの武器、それは命そのものだ。剥き出しの命だけが、生に対する飽くなき渇望だけが、戦う者の真の力となる。剣は道具に過ぎん。強き願いを得て初めて剣は力となる。生きたいと、生かしたいと
仄赤い輝きを放つ刃を見詰め、ラジャンの言葉を思い返す。
その意味するところを余さず理解したとは言い難い。
それでも彼の言葉がわずかながら理解できる気がするのは、この短期間に幾人もの勇敢な戦士たちの後ろ姿を見てきたからなのかもしれない。
この剣とともに歩めば、彼らのように強い戦士になれるだろうか。
大事と思える誰かを、守ることができるのだろうか。
「——あんまり深く考えんじゃねえぞ」
不意に声を掛けられたことにより、思考は中断を余儀なくされる。
剣の柄を握ったまま振り向いたところで目に映ったのは、いつの間にか広場へとやって来ていたアシュヴァルの姿だった。
「アシュヴァル……」
「くれるってんだから受け取っとけばいいんだよ。もらえるもんならよ、なんでももらっとけって」
言うとアシュヴァルは広場を囲む石垣の上に飛び乗るようにして腰掛ける。
不慣れな手つきで剣を鞘に収めると、少年もまた石垣の上によじ登って彼の隣に並んだ。
しばらく無言のまま星空を見上げていた二人だったが、時を同じくして口を開く。
「あのさ——」
「あのよ——」
そして顔を見合わせ、同時に黙り込んだ。
「お前から話せよ!」
「ううん、アシュヴァルから言って!」
「お前からでいいって!」
「じ、自分は後で……!」
互いに押し付けるように譲り合い、目と目を見交わしながら小さく笑い合う。
「じゃあよ、同時に言おうぜ。——いくぞ」
胸を張って息を吸い込むアシュヴァルを横目に認め、同じように深く深く息を吸う。
続けて、二人同時にその言葉を口にした。
「君と一緒にはいられないんだ——!!」
「お前とは一緒に行けねえんだ……!!」
互いが互いの口にした言葉の意味を噛み締めるような沈黙ののち、今一度顔を見合わせる。
「意見が合ったな」
アシュヴァルはそう呟き、頬を緩めて夜の空を見上げた。
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