僕は主人公じゃない
双見
僕は主人公じゃない
太陽の日差しと熱、それと僕の体温で熱をはらんだマウスピースから口を離す。
ホームベースのもとで背中に十二番を背負った同年代の青年が膝をつき、地を叩く。
僕らの夏はここで終わった
一塁側から聞こえる歓声が酷く耳障りだった。
試合終了のアナウンスが球場に鳴り渡った。酷い虚脱感に襲われた。
整列する彼らの肩は小刻みに震えていた。
礼をしてこちらにやってくる彼らには前の試合の時のような笑みはなかった。
「応援、ありがとうございました」
そう言った彼らの声は震えているように思われた。
僕らが拍手をすると同時に彼らは、堰が崩れたかのように声を上げて泣き出した。
中には崩れ落ちて涙を零す人もいた。
その様子を見ていると自然と眉間に力が入った。僕はここで泣いてはいけない。この場所の主人公は彼らだ。そう思い涙が出そうになるのを必死にこらえ、視線を足元に移す。 いままで毎日のように学校のグラウンドで練習をしていたのを見ていたので彼らがどれだけ頑張っていたかを知っている。彼らの悲しみ、悔しさは僕には計り知れない。
ただ僕もこのまま彼らを見ていたらそれこそ耐えられなくなりそうだった。
楽器をケースに直しているときも、後ろでは三年が二年が思いを託しているのであろう。
「お前にはまだ来年があるじゃないか」という声が聞こえてきた。
彼らのことを見るのは今の自分にはキツすぎた。
僕は卒業してからもOBとしてこの場所に立つことができる。だが三年ならそのグラウンドに再び立つことはないのだろう。
今日この試合は彼らの心の中に深く刻まれるのであろう。
彼らはこの日の事を一生悔やむのだろうか。それとも自分のなかでどこか落としどころを見つけて美談に仕立て上げるのだろうか。
僕はどうなのだろうか。今日この日の事を一生覚えているのだろうか。ただの高校生活の一幕として覚えているのだろうか。
楽器をトラックに積み込むときは今までの時とは打って変わって誰一人として口を開こうとしなかった。口を開いたとしても必要最低限の指示だけ。
積み込みが終わり、楽器を乗せたトラックを見送ってから木陰でちょっとしたミーティングをした。僕らのやるべきことはやったので明日からは切り替えて吹奏楽コンクールの練習に励むように的なことを言っていたと思う。疲れからか悲しみからか虚脱感からか、それともそれらすべてからか、一向に話は僕の耳まで到達してこなかった。
解散になり、一人球場から離れ、駅の方へ向かう。
ただ、一番近い駅の中央口の方に続く道から逸れて西口の方へ向かう。わざわざ遠回りして駅に向かう人はいないであろう。
五分ほど進み、踏切を渡り、線路沿いを進む。
その間脳内では、悲しみに打ちひしがれ、涙する彼らがフラッシュバックしていた。
線路沿いの石塀にもたれ掛かり、深呼吸をする。自然と涙が溢れてきた。
抑えた手の指の隙間から嗚咽が溢れ出た。
たとえ今日の事をいつか忘れてしまう日が来てしまうかもしれなくても、今はこの感情に一人浸りたかった。
まだ僕はこれからのために気持ちを切り替えるのには時間がかかりそうだ。
僕は主人公じゃない 双見 @futa_mi_
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