step2 職にありつく

「ついたわ」


 こじんまりとした雰囲気の喫茶店の扉を何食わぬ顔で開き中に入っていく颯。


「あらじゃい」


 刑務所から出てきた風貌の強面のマスターが殴るように俺を睨みつけている。

 

「エスプレッソ2つ、アリアリのマシマシで」


 なんだそれ。


「変なカスタムするなよ」

 

 ツッコミに反応した颯は振り返ってから耳元で小さく囁いた。


愛言葉アイコトバよ」


 いい匂いだった……。耳元にでささやかれる小さな吐息混じりの音、俺はそんな変態的な感情を押し殺して周囲を見回した。


 平常心を保て……。


 颯の注文に反応した強面のマスターは俺たちを奥の部屋へと案内してくれた。


 案内された部屋は4畳ほどの広さ。

 真ん中に配置された机がスペースを取っている分、余計に狭く殺風景に見える個室。


「……てか狭いな、もう少しくつろげる場所が良かったんだけど」


 俺と対面の席に腰をかけた颯は不服そうな俺の顔を見てガッツリとため息を吐いた。


「あんたモテないでしょ。文句ばっか言う男は嫌われるわよ」


 うっ……!

 言葉のナイフの切れ味も相当だ。


「因みにこれはエレベーター、これから地下に行くのよ」


「うぉっ。本当だ、動いてる」


 ガコンっと音が鳴り入口のドアが自動で開いた。地下だからもっと暗い場所をイメージしていたのだけれど、電気が通っていることもあり普通に明るい。


 俺は颯に案内されるがまま廊下を歩いた。

 

 緊張してきた……。


 どこかのエージェントの秘密基地みたいだ。

 けど少しだけワクワクもする。


「それじゃあ、行くわよ……」


 颯は掛け声とともに廊下の突き当たりのドアを勢いよく開けた。



「「生還おめでとーー!」」


 数人の掛け声とともにお祝いのクラッカーが地下の広間に鳴り響きDJ風の男が広間に大音量で音楽を流し始めた。



 ……何これ。



 そう思い始めてから30分が経過した。


 歓迎されるなりお酒を強要するホストっぽい金髪のお兄さんは当夜とうや。……触れてはならないのか、苗字は無いらしい。


 そして大人の色気がムンムンと漂う綺麗でスタイルの良い女性が望月もちづき千癒ちゆ


 部屋の隅の方でパソコンを操作している地味めな赤毛の少女は宇都宮うつのみや月花げっか

 部屋に入るなり爆音EDMを流しているのがDJフーヤーこと風谷ふうや音夢おとむ


 そして颯とずっと話をしている一人だけ雰囲気が違う人物がリーダーの白峰しらみね宝太ほうた


 因みにここにいる俺を含めた6人は全員異世界からの生還者らしい。


 つまりは全員なのだ。


「望月のスキルって何?」


千癒ちゆでいいよ。私のスキルは『治療ナース』、怪我や病気を治せるの結城君のいろんなところも元気にさせてあげよっか?」


「……いえ、結構です」


 刺激が強過ぎる。


 望月千癒は俺の中で話しかけにくい人ランキング堂々の一位にランクインした。


「月花ちゃんは『電脳攻撃ハッキング』フーヤは『音調リズム』そして俺は『博打ギャンブル』」


 そう語るのは当夜、みんなそれぞれいかにもなスキルを現実世界へと引き継いでいる。しかしそう考えると異世界のクリア条件を満たしたのは新しい価値を生み出した創造ばかり。


 前述したこの4人が異世界で生み出した新しい価値はそれぞれ『病院』『サイバー攻撃』『音楽』『ギャンブル』と言ったところか。


「あんたさっき加戦してくれなかったけど一体どんなスキルなのよ……」


 グラスを片手に持った颯が当夜と千癒との会話に割り込んできた。


「その前に颯、お前はどの条件で異世界をクリアしたんだ?」


「その前にって何よ童貞のくせに……。

 まぁいいわ。私は宝太と同じパーティでS級クエストをクリアしたの」


 どおりでか……。


 颯の持つスキル『音速ソニック』はレアスキル。つまり魔王を倒したかS級をクリアしたかのどちらかだった。


 そして颯は後者だった。


 それより俺は颯に嫌われているのか? 

 それとも会話や仕草で見抜かれてしまったのだろうか、俺が童貞であることが……。


 不貞腐れた表情を浮かべている俺のもとに見るからに好青年な見た目の白峰宝太が俺を一瞥してから近づいてきた。


「僕は白峰宝太、よろしく結城くん」


 俺は白峰が差し出した右手に応えるように握手をした。


「よろしく。白峰のスキルは何だ?」


「君が自身の異能スキルを教えてくれたら答えるよ。君が僕たちのチームに加わるとは限らないからね」


 僕たちのチームと言った白峰の言葉から察するに政府から逃げ続けているような集団はいくつもあるのだろうか。


 それにしても用心深いヤツ。



「わかった」


 そして俺は音速のスピードで部屋の至る所へと移動してみせた。みんな思った通り驚嘆の表情を見せているが白峰だけは違っていた。


「現実世界で同じスキル持ちなんて絶対にありえないだろリーダー?」


 そう。俺が使ったのは『音速ソニック』、先ほど颯が使用したスキルである。


 あっけらかんとした顔で解を求める当夜。


 当夜は先程『同じスキルは絶対に無い』と言った。……そう聞こえ気がする。



「つまりそれは『能力模倣スキルコピー』だろ?」


「なんで分かった」 

 

「さっき当夜が言った通り、異世界から現実に引き継ぐスキルに重複はありえない。だから『音速』の上位スキルか下位スキル。もしくはコピーに絞られる……そして体感的に颯と同じくらいの速度だった。それだけだよ」


 白峰は淡々と話すが言っていることはどれも的を得ている。


「なら白峰のスキルは?」


「僕のスキルは『才覚ジーニアス』頭の回転が速くなるだけの地味なスキルだよ」


 なるほど、だから俺のスキルを瞬時に見破ることが出来たのか。


「結城君のスキルは汎用性が高いから早速今回の任務に同行してもらう。月花説明してくれ」


 月花がDJフーヤーの元へと、てくてくと小さな歩幅で歩いていきマイクを取った。

 空気を読んだフーヤは音楽を止めて月花に視線を送る。


 月花は自分のPCを無線でプロジェクターに接続して広間の壁一面に地図を表示させた。

 


「作戦名は『生還者を奪取してダッシュ』」


 にんまりと微笑み、マイクが無ければ聞こえないであろう小さい声で話す月花。


 あまり聞き取れなかったが月花が面白いことを言っていた気がする。


 そして映し出された地図には輸送車の移動方法や襲撃時間などが細かく記載されている。


「ここに結城さんの能力は組み込まれてないから結城さんの使い方はリーダーに任せる」


 早速仕事か……契約書とか無いのか?

 報酬はいくらくらい貰えるんだろ。


「颯……この仕事、俺で大丈夫なのか?」


「それは君次第だねっ」



 俺の呼び方がアンタから君に昇格した。

 それと同時に俺は一つ、おかしな点に気付いてしまった。



「なぁ、あの実施予定時刻14時ってあと1時間後じゃねぇのか!?」


 壁にかかった時計が数字の1を差す。


「ええ、出発よ」


「なにぃぃいいーー!?」



 こうして俺が現実世界に帰ってきてからの新しい仕事先が決まった。

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