ミッション・ストーリー《異世界から生還したら現実世界が大変な事になってたんだが》
tomis brown
第一章 解放編
step1 生還
異世界で生活するようになってから5年が過ぎた。
俺の名前は
これまでの経緯を簡潔に説明するとこうだ。
俺は都内の病院で生まれ、小学生になった頃に親が離婚し親戚の住む石川県へと引っ越しすることになった。
それから中学生になるが、やりたい部活が決まらずに転々とし、気付いた頃には高校に進学していた。高校生活でも何の爪痕も残すこと無く卒業した。
大学に通う金も学力も無かった俺は幸い母親の同級生が経営している会社で働かせてもらう事になった。
ご縁に感謝し頑張ろうと思った社会人生活。
苦手なコミュニケーションを克服するために必死に上司や同僚と会話する努力をした。それなりに上手くいっていたと思う。
不器用なりにもだんだんと仕事が楽しいと思うようになった。
しかし社会は俺が思ってた以上に黒かった。
楽しそうに仕事をしている俺を見て妬む上司に仕事の量を倍に増やされ、挙句には理不尽な八つ当たりばかりされ始めた。
頑張ればいつかは報われるだろう。
そう考え何日も何日も、その暴挙を耐え忍んでいた。しかし人間という生き物は自分が思っているほど強くは無いのだ。
ある日、俺は過労が原因で倒れた……。
そして目を覚ますと病院、ではなく木で造られた小さな小屋の中だった。
俺は小屋を出てから周囲を見渡し、その時になって初めて気付いた。
俺は異世界に転生したのだと。
なぜそう思ったのかって?
その村の住人はみんな人ではなかったのだ。
それに目を覚ましてから視界の端に映り込むパラメーターやステータスの表示。
俺の異世界生活の始まりだった。
しかし異世界での生活は最悪だった。
食べ物は味気がないし戦闘は生きるか死ぬかの命懸け、もちろん生活していける保証なんてどこにも無かった……。
いかに日本という国が恵まれていたのか、自分の住んでいる環境が整っていたのか。
今ある物や環境、その全ての価値は失ってからようやく気付くことなのだと実感した。
それから俺は死に物狂いで頑張った。
みんなよく異世界に転生したからと言って躍起になってレベル上げやらレアアイテムを探し始める。
もちろん俺もその一人だった。
そしてそれなりのレベルや武器、スキルを習得し仲間を集め魔王の討伐に向かった。
だが魔王の側近ですら見ただけで足が竦み、一目散に逃げ出したのだ。
それから戦う気力も失せ、生きる希望すら見失い異世界廃人と化していた俺に何の因果か最後のチャンスが舞い降りた。
と俺は今、そう思っている……。
「異世界クリアおめでとうございます」
女神のような女性に話しかけられ、訳のわからないことを言っている。
俺が異世界で生活するようになって5年経つ、故にそれなりの知識もあった。だからこの女神もどきが言っている
そもそも異世界を攻略する条件は3つあった。
一つ目は魔王を倒すこと。
異世界を支配する最強の魔王を倒すことで現実世界への片道切符がアイテムとして支給される。
そして自分が習得しているスキルを一つ選択して現実世界へと引き継ぐことが出来る。
だが前述した通り俺は魔王の側近から逃げ出している。そしてもちろん未だに魔王を倒した転生者はいない。
そして二つ目は超高難度と言われる冒険者ギルドのS級クエストをクリアすること。
クリアすれば習得しているレアスキルの中からランダムに一つ現実世界へと引き継げる。
だが俺はS級クエストをクリアした記憶も受注した記憶すらもない。
そもそも受付嬢と会話をしただけで、ナンパと勘違いされギルドから追放された。
最後の三つ目は異世界に新しい価値を創造すること。
ある者はITの知識を用いて異世界での事務処理を自動化したことにより一国の経済を再生させた。
その者はスキル『自動化』を習得して現実世界の情報の海へと消えていった。
では何故俺はクリア条件を満たしたのだ?
「現実世界に持ち帰りたいスキルを2つ選択して下さい……」
「えっと、じゃあ……」
2つ!?
おかしい。異世界ドッキリの匂いがする。
モニタリングされて全異世界に配信されそうで怖い、そして
そんな煩悩だらけの心を胸に秘めた俺だったが発した言葉は可笑しくも矛盾していた。
「じゃあこの2つで……」
表示されたステータスのスキル一覧から2つのスキルを選択した。
「承りました」
そして現実世界への片道切符を渡された。
本当に電車の切符みたいだ。
なんだか懐かしいなこの感じ……。
「その切符を天に掲げてこう唱えてください『
そんな事でと疑問に思ったのも束の間、早く帰りたいという気持ちに拍車が掛かったように勢いよく切符を持った右手を天に掲げていた。
我ながら自分の行動力が恐いな。
「
◆◇
突如目の前が暗転し、異世界に転移する前のアパートで視界が回復した。
本当に帰って来たのか……?
カーテンの隙間から暖かな木漏れ日が差し込んでいる。
周囲を見回すと散らかったベッドに乱雑に放置された机、洗い物が溜まった台所……間違いなく過労で倒れる前の俺の部屋だ。
早速だけど仕事でも探そうか。現実の世界はお金が無いと何も出来ないのだ。
それから靴紐を結び終え、いざ出発しようとドアノブに手を
ありゃ?
「話は後、早く一緒に来て!」
急かすような口調で外からドアを開けたのは銀髪碧眼の女の子だった。
顔はあまり見えなかったけど良い香りがする。そう思ったのも束の間、彼女に腕を掴まれ外へと連れて行かれた。
俺は走りながら銀髪碧眼のいい香りの女の子に問いかけてみた。
「もしかして、ここまでがドッキリか?」
「あんたバカ? 狙われてんのよ」
「……つまり俺に守ってくれと?」
この子は一体何に狙われているのだ。
いきなりだがこういう展開も悪くはない。
こういう出会いも悪くはない。
そう、人生とは突然である。
「狙われてるのはあんたよっっ!!」
その言葉からコンマ数秒後、俺がいたアパートの一室が物凄い音とともに爆発したのだ。
そして爆風が背中を押すように俺たちの足を加速させ、俺は勢い余って転げた。
ありゃ確実に死んでた。
「あんた大丈夫?」
「ああ、お前こそ大丈夫だったか?」
表情や仕草から察するに大丈夫だったのだろうけど、社交辞令として女の子が転んだら心配してあげるのがイケメンだと昔、何かの本で読んだ気がする。
しかし彼女が放った一言は俺が期待していた答えとずいぶんと違っていた。
「大丈夫じゃなかったみたいね……囲まれてるわ」
周囲を見渡すと先ほど爆発した煙の中から1人、そして前方から2人の男が俺と銀髪の彼女に敵意を向け歩いてくる。
黒スーツを着た男たちは皆似たような顔立ちでサングラスをしており、異世界から帰ってきたばかりの俺はそれらが人間でない事は容易に想像できた。
「こいつら……NPCか?」
「アンタ、いい読みしてるね。でも違うわ、こいつらは人形よ、それもスキルで作られた意思が宿った人形なの」
懐からナイフを取り出した彼女からは僅かな殺気が放たれた。
これは護身のためのナイフじゃない、おそらく彼女は戦う気だ。
「敵は3体。アンタも戦ってよ『生還者』でしょ」
こんな状況を予想していなかった俺はもちろん攻撃に特化したスキルを引き継いでいない。
それより何故俺がスキル持ちだと分かったのだ。もしかするとこの子も俺と同じく異世界から生還した者なのか……。
すると銀髪の女の子は目にも止まらぬスピードで1体の首をナイフで
あれは……スキル『
「人形ってのはね、魂が無いから頭を破壊するまで動き続けるのよ」
そして続け様に残る2体の首もあっという間に撥ね、彼女を視認できたのはその後だった。
「きっつぅーー」
先ほどのスキル『
確かに凄いレアスキルなのだがその分スタミナの消費が激しいのが難点だ。
「ありがとう、助かったよ。えっと……」
「私は
「俺は
「女の子みたいな名前ね。それよりあんた行くとこ無いんでしょ、ウチに来なさいよ」
その言葉そっくりそのまま返してやりたい。
それよりもだ……。
「ウチに来なよって……俺はこれから仕事を探しに行くんだよ……ニートだし」
「じゃあ仕事も紹介してあげるわ、あんたに向くかわからないけどね」
颯になんだかんだと言いくるめられた挙句、俺はその子とアジトと言われる場所へと歩き始めていた。
そして目的地に到着するまで、颯にはいろいろな事を教えてもらった。
この世界の現状、スキル持ちの事やスキルを持ち帰ってくると言われる『生還者』の存在。
そしてスキル持ちの生還者が増え治安が悪くなった事もあり、政府は国を守るための組織を作り『生還者』を見つけ保護するようになった。
だが颯の話を掘り下げていくと、保護という言葉は政府の信頼を保つための言い回しであって、実際に保護された『生還者』は人格が破壊されるまで人体実験を繰り返され人格が破壊されれば施設へと移され一生を終えるという悲惨な未来が待っているという。
そのために『生還者』で集まりチームを作って立ち上がったレジスタンス、そのアジトへと向かっている。
と言っていた。
それも驚きだが『生還者』がそこまで多いことにはさらに驚いた。
……物騒な世の中になったものだ。
「ついたわ」
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