12-2

「システムだったか?お前に聞きたい。スズノカは今どうしている?何処にいる!?」


――その要求には答えられない


「……クソが」


 タカカミの胸騒ぎは大きく確かに内にて広がっていた。

 夕日が沈み始め、空の色がほんのり変わり始めた頃、彼は儀式の全てを管理しているというシステムに奇妙ではあるがノート越しで出会った。しかめっ面の彼はシステムの融通の利かなさにどこか苛立っていた


「お前は一体何だ?人間か?それともロボットか?誰かが作ったAIか?」


――私は人間でもロボットでもAIでもない。私は、システムは人間の潜在的無意識より生まれた。そして来たる日に、呼び声によって私は構築されて現れた


「呼び声……?」


――そうだ。人類の叫びに。数多の救いの声に。そしてスズノカは私を起動することを選んだ


「スズノカが?」


 タカカミの脳裏にはある言葉が浮かんでいた。


――ある時、私は啓示を受けました


「成程。あの時のセリフはそういう事か……」


 ペンを握った手に力が籠る。


「では聞くがスズノカが起動しなかったことを選んだ場合、どうなっていた?」


――その場合は他の者を選んでいた


「俺が言うのもなんだがなぜ彼女に選択を……この人の命を弄ぶような儀式のスイッチを差し出した?そして押させた?」


――押させたのではない。彼女が自発的に押したのだ。この病んだ世界に救済の光をもたらすことのできる儀式を行う権利があると私は彼女にそう伝えた。そして彼女はそれに応じた。事実、その時彼女は救いを求めていた


「……へえ」


 握りこぶしを作りながらタカカミはシステムと話を続ける。


「ちなみに彼女は、当時のスズノカは何をしていた?スイッチを押す間際の彼女はどんな状態だった?」


――記録の限りでは絶望にいた。そこにシステムが彼女に提案を持ち掛けた。一切の差別と疫病、飢餓に貧困に苦しまなくてよい世界を作るための儀式を執り行う気はないかと私は持ち掛けた


「それをまだあんなに若い女に持ち掛けたのか?馬鹿じゃねえのか!?まだ成人すらしてなさそうだったぞ!?」


 タカカミは声を荒げる。彼にとって彼女はまだ少女に見えなくもない年に見えていた。実際の年はわからなかったが彼にとってはまだ若い一人の女に見えていた。


――資格はあった。慈愛、正義、勤勉といずれも十分な精神を持っていた。見た目ではなくその心こそがシステムに選ばれた要因なのだから


「ああそうかい!!」


 タカカミの怒りは未だに続いていたが、システムに対して暖簾に腕押しのような感覚を覚えると彼はむき出しになった歯を隠して怪訝そうな声を出す。


「それで今後はどうなる?絶対審判の試練だったか?今度は俺に何をしろというんだ?」


――次の試練が絶対審判の者より伝わる。私から伝えられるのは後はその者と戦い、勝った場合に蒼き星の神としての力が授かる


「……は?」


 声を失った。

 とどのつまりは次の戦いでスズノカを殺せということ。その事実にタカカミはノートを落とした。


――冗談だろ。俺にアイツを殺せってのか!?


 部屋にかけられたマフラーに視線を移す。


(本当にそうしないといけないのか?何か他に方法は――)


 システムにそれを聞こうと床に落ちたノートを手に取ろうとしたがノートはふわりと浮いてタカカミの前にページを開いたままで固まる。


「なんだ……そんなことできるのかよお前」


――最後の手順は絶対審判の者より連絡が届く。それに従い、事を成して神となれ


「……殺さなかったらどうなる?俺が彼女を殺さなかったら?」


――その場合は儀式は終わる。ただし神は生まれずに終わり、資格あるものは、汝は死ぬ。審判は死なない


「……そうか」


 青のロングコートのポケットから拳銃を取り出す。銃弾は既に入っていた。


「その言葉に嘘偽りはないな?」


――ない


「それを聞いて安心したよ」


 拳銃をこめかみに当てると彼は高鳴る心臓の鼓動によってぶれる照準を必死に抑えながら、引き金を引いた。


(生きろ。スズノカ――)


 引き金を引いた。そのはずだった。しかし何もなかった。


「な――」


 引いたはずの引き金が、確かに指に力を込めて引いたはずの引き金がまるで引かれていない。

 ではどうなったのか?引き金を引いた瞬間、タカカミの腕はぶらりと下がって銃はその手になく、テーブルの上にあった。銃の横にはいつの間にか広がっていたノートに文字が浮かんでいる。


――今の汝に自死は認められない。資格あるものの放棄は不可能である


「なんだと?じゃあどうすればいい?」


――どうすればとは?


「決まってる!スズノカが死なずに済む方法だ!!知ってるだろ!儀式の全てをつかさどっているお前なら!!」


――現時点ではない。汝は次に始まる戦いに備えよ


「クソが!」


 浮かぶノートを叩き落とす。手に反動でひりひりとした感触が走る。


「どうする……このままじゃアイツが死ぬ。何か手はないか?儀式が――」


――待てよ?戦い?


「そうか……それだ!ならば――」


 拾ったノートにペンで文字を書き込んでスズノカにメッセージを送る。


「間に合う。今なら全部!」


 決意のこもった瞳の裏では自らを死に誘わんとする炎が怪しく揺らめいていた。


(大丈夫だ。神なんぞいなくとも……そもそもお前には生きる権利があるんだ!)


 ノート越しにスズノカへのメッセージを送り、彼女からの送信を待つ。


「頼む……今ならまだ間に合う!!」


――話がしたい。今から会えるか?


 急ぎながらも書いたメッセージの返答をじっと待つ。彼女からの声を。しかしそのメッセージに返答する気配はない。


(何やってんだバカ。死にたいのか……!?)


 スズノカから返答が来る気配はなかった。


(待てよ?もしかしたら俺が普段通りに生活していれば……俺が死んで彼女は救われるんじゃないのか?)


 そんな考えに至った。

 もし彼女が次の戦いの全てのルールを把握していたとしたらの話になる。ある場所までにタカカミがいなくてスズノカがいたら。何もしないでいたらスズノカの勝利が確定してタカカミが死ぬ。そうなっているのかもしれないとタカカミは思いつく。


「念のため、システムに聞いてみるか」


――俺とスズノカによる最後の戦いはいつ行われる?場所は?


――審判の登録した場所はこのマンションの半径十キロメートル圏内。儀式が執り行われるのは十八時である


(……なに!?)


 時計を見る。時刻は既に十六時。

 すぐにペンを走らせる。


――彼女は儀式が行われる場所に到達しているか?


――いない


(畜生!そういう事なら答えやがって!!だがまずいぞこれは……!)


 儀式の行われる場所にスズノカがいない。

 その場合、彼女は失格となって死ぬ。その事実にタカカミは震えていた。


「やめてくれ……アイツだけは……なんで」


 テーブルをノートごと叩きつける。泣きそうな顔で。

 なんという皮肉か。神の力を得て現状への革命と過去の者たちへの復讐を行うために儀式を通して命を奪ってきた者が最後に奪う命はこともあろうに生きてほしいと願っていた者だったのだ。


「本当に他に方法はないのか!?彼女を救う方法は!!」


 ノートに向かって怒鳴りつける。その先にいるシステムに向かって。


――彼女が生存する方法はあるとすればお前が戦いの中で死ぬことだ


「……それは俺にスズノカの手で殺されろって事か?」


――そうだ。それが最も自然で単純な条件だ。それ以外に方法はない


「そうか」


声に怒りが満ちていた。だがタカカミは何処か納得していた。

ペンを取りだして彼女に連絡を入れようとする。


――システムから全てを聞いた。このままだと俺かお前のどっちかが死ぬと


 メッセージを書いて十数秒後の事である。


「聞こえますか」


「な!?スズノカ!?」


 声が響いた。何かの音も聞こえ、タカカミは室内を見渡す。しかしそこには誰もいない。


「聞こえているようですね」


「なんだ……これ?何をしている!?」


「メッセージを飛ばしています。声によって」


「そんなことできたのか……」


「はい。今までそうしなかったのは単に情報はノート越しでよいと思っていたので」


 そのペースに、声に、何処か安寧をタカカミは覚えていた。笑っていた。


「……なあスズノカ。お前は今どこにいる?」


「私は今遠いところにいます」


「本当か?」


「はい」


「……俺はどうしたらいい」


「それをこれから死ぬ相手に聞くのですか?」


 『これから死ぬ』という単語に思わず何か沸点を超えたのかタカカミは声を荒げた。


「当たり前だ!!俺はお前に生きてほしいんだよ!!だから!!」


 声を室内の天井に向けた。彼女に届くように。


「だから頼むよ……死ぬなよ」


 涙がこぼれていた。いつ以来だろう。泣くのは。誰かのために泣いたのは。それはもしかしたら昏仕儀タカカミにとっては初めてかもしれない。


「ごめんなさい。何もかも、私のせいなんです。さよなら」


「あ、おい!!」


「タカカミ様。貴方が私に生きてほしいように……私もあなたに生きてほしいと思っています。私は……貴方に罪がある」


「罪?罪ってなんだよ?儀式に参加させたことか!?」


「……そうです。さよなら――」


 声は聞こえなくなった。タカカミはその場で固まった。しかし彼は『何か』の音を聞いていた。気が付けば彼は家を飛び出し、真っすぐにその場所に走っていた。


(この近くなら……あそこしかない!!)


 聞こえていた音。今いる場所から戦いの条件から外れている場所。それを頭の中で導き出すと、彼は一目散にその場所に向けて走り出していた。

 夕日は沈み始めていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る