12-1 四月・明かされる舞台裏、迫る残酷な選択
二十三人が倒れた『称えられし二十五の儀式』。
タカカミがその儀式に参加してから新たに入った四月。彼はというとスズノカより受け取った儀式を生存したことによる報酬をその手にした。
「いやあまさかいつもの何十倍の額を貰えるなんて想定もしていなかったよ」
最後の燦星人海の秘術を使う者との戦いの後、次の日。彼の部屋には二つのアタッシュケースがあった。札束がしっかり詰め込まれたそれを見て彼は驚愕したがこれから神へと至る彼にとってはきっとそれは些細な者だろうと感じていた。
「負けを気にせずやれるのって最高だな」
とにかく悦に浸る日々であった。
彼は相も変わらずスロットに競馬とギャンブルを楽しんでいた。時には酒とタバコと趣向を変えながらもやはり目を細められる、煙たがられるなどと言われてもおかしくないそんな日々を謳歌していた。博打に熱中するその傍らでは本を買いあさっていた。自分がもともと勤勉でもあったこと、娯楽のために読むことを理由に。
「新品の本買うのいつ以来だ?」
夕方になって彼は新品の本数冊が入った紙袋を手に帰り道を歩いていた。
「リサイクルショップの本屋でもいいが……まあ最新の本やら話題の本ってもの悪くない」
タカカミが普段読んでいるのは教科書に載るレベルの有名作家の短編集や長編。たまに読むのがタイトルで気になった本。ただしライトノベルなどを除く。
「この『スイカは宇宙へ飛んでいった』っての気になったが……どんな話だろうな」
あらすじには関東に住むスイカ売りの家の少女が一つのスイカ関西に住む母の実家へと届けるのだがそのスイカに宇宙人が乗り込んでおり、それが原因でひと騒動起きるというあらすじがあった。
「まあろくでもないってことはないだろうが……面白ければいいや」
ほかにも数冊の本を買いあさっており、小遣いの上限を気にせずに帰るという感覚に幸せを覚えていた。
(ここに神の力が……俺に流れ込んで……どれだけ素敵な日々になるだろうか)
とにかく上機嫌であった彼は帰り道をわくわくしながら進んでいた。
いつの間にか彼の足はマンションの自室前に付いていた。
自室ドアを開き、リビングに入ると早速彼は紙袋の中にある本の一つを取り出して読もうとした。その時である。
(あれ?まだあるぞ?)
部屋の壁際にかけてあったそれに視線が映った。青のロングコート。黒のジャケットの隣に丁寧に掛けられていたのは桜色のマフラー。よれもなく真っすぐに掛けられたそれは男物の洋服がかかっている壁の中でひときわ目立っていた。
「アイツ……どうしたんだ一体?今日でもう二週間近くになるが――」
テーブルの椅子に座ると片手にノートを取り出してテーブルに置く。そしてペンを手に取るとさらさらと文字を書きだした。別に書く必要はなく、声を取り込んで文字にすることも可能なノートだったが今日はそういう気分ではなかった。
――マフラーいつになったら取りに来るんだ?
文を書いてしばらく待つ。すると文字がページに刻まれる。
――すみません。多忙につき、しばらく置かせてください。多分あなたが神になるころには戻ってくると思います
――わかった。ところでスズノカ。聞いていいか
――なんでしょうか?
――神ってなんだ?お前の中にいるイメージの神様を聞いてみたい
少し間が流れる。やがてノートに文字が浮かぶ。
――私にとっての神は『全てを救う者』という認識です。それも善き人もも悪しく人も関係なく。その手を振るえば一切の闇を払い、その足で歩けば不毛たる大地に花を満たす者。それが私にとっての神様です。参考になりましたか?タカカミ様
――ありがとう。邪魔したよ
ぱたりとノートを閉じた。そしてため息を一つ吐く。
「自分の意識の低さにまいっちまうよ」
タカカミはスズノカの述べた神のイメージにどこか衝撃を受けて固まっていた。
(立派なイメージだよ。俺は神について人を救うというぼんやりとしたイメージしかなかった。特にお前を、貸しのあるお前を救いたいと思っているさ。お前は幸せになるべきだ。ほしいものがあったらその手に納めさせてやる。隣にいたい人がいるというなら結ばせてやる。苦しみが走るというのなら解いてやる。そんな気持ちでいたけど……そうだ。これからはもう全てを――)
脳裏にかつて自分を破滅に追いやった者達の姿が浮かぶ。表情が暗くなる。
「あいつらも……救わないとダメか?」
苦笑いが浮かんだ。椅子に座ってマフラーに視線が映る。
「マフラーは……まあいいかしばらくは。減るもんじゃないし」
タカカミは立ち上がってマフラーの近くによると掛けられていたそれに手を当てた。撫でるようにそれに触れていた。
「スズノカ……お前は救われていいと思うぞ。何を思い詰めてるのかは知らんが」
そんな言葉が不意に出た。マフラーから微かに香ったその匂いにタカカミの脳が反応する。しばらくその匂いに何か思いを馳せていたがやがてそれは止んだ。
「何やってんだか」
自身の行動に呆れ、テーブルに戻ると隅にあった灰皿を中心に置くと彼は嫌な顔で煙草に火を点けようとした。しかし視界にマフラーが入ってくる……というより入り込んでくるので煙草に近づいたライターは近づいただけでそれっきり何もなかった。
「まあ……禁煙ってことにしておこうか。マフラーある限りは」
煙草とライターを閉まって紙袋から本を取り出すと彼はそっちに夢中になり始めた。マフラーは真っすぐに整ったままであった。
彼は異変が起きていたと気づけなかった。
「あれ?もう三十日経ってない?まだか?」
気づけば既にスズノカが伝えた日にちが明日に迫っていた。
しかして彼女からの連絡はなく、ただ時間だけが過ぎていた。その間マフラーは部屋にかかったままでタカカミが何度連絡しても取りに行けない旨を伝えられる日々。その間も彼は博打、読書、タバコと同じ生活を繰り返してばかりだった。
「どうなってんだ一体……」
桜色のマフラーに視線を移す。
(流石におかしい。アイツ、何かあったのか?)
ノートをその手に現出しようとしたその時だった。ぱたりと何かが部屋に落ちてきたのは。
「なんだ?」
テーブルの上に落ちてきたのは彼が使っているノート。それがそうだとわかったのはタカカミが触れた時とそれを開いて彼女とのやり取りがページに書かれているとわかった時。
「俺のノート……なんでいきなり――」
疑問が浮かんだ瞬間にノートが光を帯びる。何か胸騒ぎを感じた。それを手に取ってページをめくる。開いたページに文章が記されていた。字体は自分やスズノカが書いた文字ではない。文脈は二人のどちらかが書いたものとは違うものが流れている。
――称えられし二十五の儀式を潜り抜け、二十六番目の秘術をその手に宿す『資格』を得た者よ。汝に最後の試練を与える。
絶対審判の裁きを超えよ。
さすれば汝、神となりて全てを救う資格を得る
「……は?」
呆然としていた。その文章はスズノカが書いたようには見えなかった。スズノカもその分も機械的なフォントで出力されていたのでそこで見分けることはできなかったが文章のそれからして明らかに彼女が書いたようには見えなかった。
「なんだこれ……システムってのから来たメッセージなのか?」
疑問に対し、文字が並ぶ。
――そうだ。私がこの称えられし二十五の儀式の全てを管理するシステムだ
「……まじかよ。なんで今出てきた?」
――汝にその資格が現れたからだ。システムに謁見できるのは絶対審判の秘術を持つ者、あるいは儀式によって資格を得た者のどちらかである。
「そうか。お前が……このページの向こうにいるのがシステムなんだな?」
冷や汗が流れていた。
システム。スズノカの話に出ていた長らく謎であったそれがタカカミの前にノート越しに現れ出でていた。
――四月は始まりがある。ゆえに残酷な季節だ
と、誰かが言った。
タカカミがそれを身をもって知るとは思っていなかった。
彼にとって唯一の理解者。その者との別れの時が近づいているとは知る由もなかった。
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