11-5

 タカカミが千絵谷と接触する少し前。

 普段来ている青のロングコートを脱いで帽子と黒のジャケットを着たタカカミは千絵谷の隠れている東エリア一階のトイレに入る少し前の近くにいた。


「さてどうやってトイレに向かうかなと……」


 敵の秘術使いが隠れているとされる場所を見つけるのは思いのほか簡単だった。


――リーダー?ああ、千絵谷さんなら男子トイレに隠れているよ。周囲に誰か来てもあの布陣なら大丈夫でしょ


 近くにいた敵の仲間の一人に仲間の確認としてスマートフォンを見せ合ったついでに『そういやリーダーは何処にいるだろうか?』となんとなくの体で聞いたところあっさりと聞くことができてしまった。そのことにはタカカミ自身驚いていた。


(いくらこれ持ってるからとはいえ……ちょっと不用心がすぎるぞ?)


 彼の手には一台のスマートフォンがあった。それは彼のものではなかった。では誰の者か?

 さらに時間を巻き戻して時は相手の一人を拘束、尋問したときにさかのぼる。


(このスマートフォンがあればどうにかできそうだな)


 タカカミの手には尋問した相手から奪ったスマートフォンがあった。そして自分のポケットから自分が使っている方のスマートフォンを取り出すと彼はそれを妬心愚者の秘術によって増加した力を込めて握りつぶす。


(安いし大丈夫だ。このくらいの出費)

 

 苦い顔をしていたが彼は壊したスマートフォンを目の前で死んでいた敵の手に握らせると洋服屋近くに飾られていた帽子を他の者が来るよりも前に被った。黒のつば付き帽子を。


「後は――」


「あの、すみません」


 誰かがこっちに近づいて来る。タカカミがそちらに視線をやると女性が一人で来た。


「なんだ?どうした?」


 タカカミは堂々とした態度で女性の前にいた。


「それが……きゃあ!!」


 女性が見た方角にはタカカミが殺した男の死体があった。


「ああ……俺が来た時には既に死んでたよ」


「あ……ああ……」


 女性の悲鳴に他の人間も駆けつけてくる。皆、燦星人海の秘術によって千絵谷の部下になった者達だ。


「おい……これ」


「ああ、多分やられたんだ。おいそこのお前。何があった?」


「ああ、それなんだが――」


 タカカミは駆け付けた者たちに嘘を流した。三つ話した。一つ目に自分が来た時には既に死んでいた事。二つ目に彼が持っていたスマートフォンが完全に破壊されていた事。三つ目に青いロングコートの男が蔦に飲まれて消えていったことを。


「そうか。そんな事が……」


「俺が見た時、蔦で潜ったんだ。多分一階のどこかだ。そっち探してみる」


「わかった。俺はこの状況を伝えておくよ」


「ああ、頼んだ」


 タカカミはその場を離れ、足を一階から東エリアへと進ませる。


(これで後は道中に爆弾を仕掛けつつ進んでいけばいい。話が合わなくなったときとかにはぐらかしたりする目的で爆破をかませばいい)


 途中振り返って千絵谷に男の死体について何の疑いもなく連絡する男の姿を見て笑いをこらえながら彼は目的の為に行動を開始した。


――随分とバカな連中だ。どうやら能力を使いこなせていないかそういうのが限界らしい。一度懐に入ればこっちのもんだ


 しばらくしてスマートフォンにメッセージが届く。千絵谷からだった。タカカミはその文章にどこか首を捻った。


(敵を探して殺せって言うのはどうなんだ……まあ別にいいけど)


 そしてニヤリと笑っていた。



「待て。おかしい」


「何がだ?」


 トイレにてタカカミはナイフを千絵谷に向けながら彼の疑問を聞く。


「外の兵隊はどうした?あいつらは!?俺を守るようにといった連中は!?」


「ああ。嘘で払った」


「う、嘘だと!?」


「ああ。こう言ったのさ」






「すまんな急に。実はリーダーに頼まれてこの拳銃を渡しに来たんだ」


 千絵谷の隠れているトイレ前にてタカカミはそこを囲う集団に出会った。数人で構成されたその部隊は全員屈強な体つきにいかついオーラを纏っていた。見た目からしてタカカミの第一印象は今まで出会った敵の中でも手ごわそうな存在に見えた。


「あ?なんだって?」


 部隊の内の一人がタカカミの前に立つ。たくましいその腕にはタトゥーが刻まれている。


「電話があってな。なんでも急用で……二つ指示があった。一つ目に急いで拳銃を持って来いって話だったんだ」


 その部隊を前にしても彼は堂々としていた。

 実際には能力を駆使して部隊を討ち取る事も可能だったが、後方から千絵谷の味方が迫ってくる可能性が否定できなかったため、それはしなかった。何より銃を精製したことで使える魔力に底が見えていたのも理由に加わる。だからタカカミは堂々と彼らの前に立ったのだ。


「ああ……護身用にほしいって所か?」


「そうだ。それから――」


 タカカミは通路の奥にいる数名の人間の内、一人を指さした。


「アイツなんだが……あの黒いジャケットの男。あいつが今回のターゲットかもしれないんだ」


「あ?本当か?」


 タカカミはしーっと声を出して部隊の仲間に声を小さくしてほしいと知らせる。


「実は二つ目の指示が怪しい奴がいたらそいつをここの部隊で倒してほしいって話なんだ。それも……俺の指示で」


「は?お前の指示で?」


「あ、ああ。とにかくちょっと見ててくれ」


 慌てるふりをしてタカカミが彼らの前でスマートフォンを操作する。千絵谷が作製したSNSのグループに 『中央エリア異常なし』とメッセージを書いた。すると――


「あ?アイツなんもしてないじゃん」


「見てほしいのはあいつの周りなんだ」


「ん?……あ!」


 タカカミが指さした先にあった光景は数名の仲間がスマートフォンを見て即座に確認しているにも関わらずその男だけはスマートフォンを見ていなかった。

 実際にはタカカミは黒ジャケットの男と事前に接触しており、その際にスマートフォンのチェックをした折に通知機能をこっそり切ったのだ。その為、『通知が来たらすぐにスマートフォンを確認しろ』という千絵谷の指示を聞き取れないことになっている。


「そうか……そういうことか!」


「……頼めるか?このままじゃまたアイツに爆発攻撃やらされて犠牲者が出ちまう。ここもいつかは――」


「おう任せろ。お前は銃を届けてこい。リーダーは男子トイレの奥の個室だ」


「ああ、それじゃ」


 部隊は真っすぐにその男の方へと向かっていった。トイレ前は静かになった。その通路の奥へ向かう最中、タカカミの顔は歪んだ笑みを見せていた。






「馬鹿な!そんなの信じるはずが――」


「馬鹿だからな。信じたよアイツら。しかも気前良く受け入れて俺たちに任せろって言ってな。いやあ正義感の強いバカってのは小説でも現実でも気持ちのいいもんだなあ!まあ嘘の犯人をボコしているってのはどうかと思うけどな」


 遠くから響く悲鳴にタカカミは苦笑いをした。だがそれは千絵谷から見れば邪悪に見えた。


「そんな……ばかな」


「いやあ、お前本当に弱いな」


 ケタケタと千絵谷を嘲りながらタカカミは言葉を吐く。


「堂々としていればいいだけの作戦だったよ。成りすまして、馬鹿どもだまして後はこっちに向かうだけ。なんだ?お前戦うあんの?死にたいの!?スマートフォン一戸で認証とか馬鹿じゃないのか!!呆れたよ!今までの敵でお前は一番弱い!!断言するさ。子供よりも、デート賭けてきたバカよりも、ジジイよりも遥かに!!俺ならお前の能力もうちょっと使いこなして――」


「うるせぇ!武器を下ろせ!!」


「やだね」


 言葉を遮られて不機嫌になったタカカミはナイフを千絵谷の心臓に突き刺すとそれを勢いよく引き抜いた。鮮血の中に千絵谷は苦悶の表情を上げて倒れこむ。


「まあそういうわけだ。人間ってのは嘘と暴力で踊るもんさ。それを抑える方法はただ一つ。それ以上の嘘と暴力さ」


「な……何を言っているんだ?」


「お前らが俺にしたことさ。酷いよなあホント」


 悲しげな表情で手に持った血まみれのナイフを握りしめる。


「お前に……俺が?なにをしたって――」


「でも礼は言っておく」


 独りよがりの会話の中、タカカミは笑う。


「れ、礼……だと?」


「ああ、弱くてありがとうってな!」


 タカカミは仰向けに倒れる彼にナイフを何度も振り下ろした。床が、壁が、血に染まってゆく。苦悶の声が響いていたがしばらくしてそれは止んだ。タカカミの瞳はその間、黒い目になっていた。

 疲れたのか、それとも確信を持ったのか動かなくなったその死体への攻撃を止めた。またがっていた死体から離れ、トイレから出ると血に染まったその両手を見始める。


「……これで終わりか?本当に神になれるのか?」

 

「ええ。これで儀式は終了です」


 後ろにいつの間にかスズノカが立っていた。思わずびくりとなるがタカカミは口元を緩くして笑った。


「本当に唐突に現れるね。お前は。そういやヤツの仲間は?」


「記憶を消して元の場所に戻しました」


「さらっと怖いことしてるね」


 表情は悲しげには見えず、でも嬉しそうではなかった。スズノカはタカカミに向けて自身の手をかざす。すると彼が浴びた血が全て消えていた。彼女はタカカミが礼を言う前に口を開いた。


「すみません。次の過程ですがその前に――」


「次?次ってなんだよ?また殺しをやれって言うんじゃないよな?」


「いいえ。それですが――」


 次に言葉を遮ったのはスズノカが持っていたノートだった。それが光を放つと彼女はそれを開き、内容を見始める。

 スズノカがノートの内容を見ていたその間、静寂が二人の合間に流れていた。


(……なんだ?どうした?)


 タカカミはスズノカが見ていたノートの内容が気になっていた。恐らく新しい記載か何かがあったのだろうと推察する。儀式が終わったから何かが起きようとしているのだろう。


(……どうしたんだ?本当に)


「少々お待ちください」


「あ、ああ」


 静寂はしばらく続いた。タカカミは何処か不安だった。


「タカカミ様。次の手順について説明します」


「次の手順?まだ何かあるのか?」


「手順というよりは待っていただくことになります。蒼き星の神の力はその強大さゆえに権利あるものへの譲渡に時間がかかるのです」


「なるほど。力を下ろすための準備か」


「はい。しばらく……約三十日ほどかかります」


「わかった。もう戦いに出なくていいんだよな?」


「はい。もう大丈夫です」


 スズノカの返答を聞いた時、タカカミはほっと胸をなでおろした。手に血がついたままで。


――これで俺は……救われるのか。そしてこいつも


 転送の準備をするスズノカに視線を移す。彼女の顔は何処か悲しそうに見えた。


「スズノカ」


 転送間際に彼女に声をかける。


「はい」


「やったのは俺だ。繰り返し言うが」


「……はい」


「それだけだ」


 光に包まれ、タカカミはその場から姿を消した。

 スズノカの表情は未だに悲しさを写していた。


「……ええ。手にかけたのは貴方。でも導いたのは……皆を死に導いたのは私なんですよ。タカカミ様。だから私には……あなたが導く世界で生きる権利なんてないんですよ」

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